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6月4日(水)沈静化をはかるのです

 朝からラウンジは人で賑わっている。

 なぜって、今日は新聞の号外が出る日だからね!

 一面に私が撮ったたっくんのドヤ顔が掲載されているのは、ちょっとイラッてするけどね。

 なにせたっくんはいちいち私のスマホの画面を確認して、気に入らない画像はさっさと削除。それが、やれボゥルを片付けろ、やれ皿を持ってこいだのと言われてスマホを触れない時に限って、勝手に触るんだよ!

 せっかくだから変な画像も提出したかったのに……ぐぬぬぬ。


「すげー。号外、もう殆どないじゃん」


 ふふふ。そうなんだよね。

 狙ってたような変顔たっくんの画像は載せられなかったけど、こうして新聞をたくさんの人に持っていってもらえるのは嬉しい。


「……あのね、寮でもすごい人気だったの」

「本当!? わぁ~、嬉しいなぁ」

「なくなる前に僕ももらおう」

「あ、私も!」


 新聞部部員で、どんな新聞が出来上がるのか事前に知っているとはいえ、こうして出来上がるを手にするっていうのはやっぱり違うもんね。

 一面はたっくんだけど、中身は交流会の様々なイベントがたくさんの写真で紹介されている。

 ソフト部が作ったアプリでも、いくつか画像はアップされてたけど、こうしてたくさんの画像を並べて一度に見れるのって、新聞ならではだよね。

 巴さん、どれだけ走り回ってたんだろう。画像は1日目のテニス大会を始め、2日目もトレッキングもボートもテニスもと、全てを網羅している。

 そりゃ巴さんの姿を見ないわけだわ……。私はもうたっくんの写真を任されてたからお手伝いできなかったけど、丞くんは筋肉痛でボロボロだったし、巴さん大変だっただろうな~。


「――あれ?」


 丞くんが不思議そうに紙面を見た。

 その視線は、私が書いた記事に向いている。

 え? なにかおかしいかな。一応ちゃんと巴さんチェックは入ってるんだけどな……。


「どうかした?」

「……うん……。これ、撮ったののどか、だよね?」

「たっく……ええと、大和先輩の写真? そうだよ。でもアレだよ? ポーズとかそういうのは向こうが勝手にやって、私は本当、言われるがまま撮ってただけ」

「そうなんだ」


 え。なんですか。一体なんなんですか。


「僕、大和先輩のこんな表情初めて見たよ」

「どれどれ? お、ほんとだ」


 こんな表情って、このドヤ顔のこと?

 カメラ目線で、綺麗に焼けたクレープをお皿に移した写真だ。

 これのどこがおかしいって? たっくんはいつもドヤ顔だしいつも偉そうだし、いつも上から目線でしょうが!


「大和先輩は、いつも冷静で落ち着いていて、あまり感情を表に出す人じゃない。こんな……なんというか、こんな風に得意気な表情もするんだな……」


 そりゃあ、料理が苦手っていうのを隠すためのこの企画。うまくいきそうだからこんな顔してるんじゃないかな。って、ここで口を滑らせるわけにはいかないから、私はぐっとその言葉を飲み込んだ。


「それにしても、まさか新聞部が衰退するきっかけにもなったソフト部を作った大和先輩が、こうして新聞にデカデカと登場する時がくるとは思わなかったよ。これは、のどかのおかげだな」

「あと、宮森先輩のな」


 うわ。風斗くんてばなんてブラックなことを……。


 女嫌いとして、女子生徒とあまり関わることのない大和先輩になんとか近づこうと、宮森先輩は新聞の情報をネタを利用した。

 作戦はまんまと成功。

 弱みを握られたくない大和先輩は、渋々宮森先輩と交流会同じグループで行動することを了承したわけだ。

 でもそこは一筋縄ではいかないたっくん。その交流会を、新聞に宮森先輩が投稿したネタはデマだと見せつけるために、料理上手アピールをすることにしたわけだ。

 結果はたっくんの逆転満塁ホームランでコールド勝ちってとこですか。

 ランチの時はデザートをたっくんに直接振る舞われて目をハートにしていた宮森先輩。でもその時、「弱みを握ったつもりだったのなら、残念だな」とたっくんに冷たく突き放され、ジ・エンド。

 もうたっくんに近づくことはできなくなってしまったらしい。

 どうやら、交流会をきっかけにたっくんに少しでも近づきたいと思っていた他の女子からも風当りも強いらしいよ。

 ただでさえ近寄る余地のないたっくん。イベントならなんとかチャンスがあるかも……と思っていた女子には、宮森先輩の手は大打撃だったんだろう。まんまと出し抜かれたわけだ。なのに、それがたっくんの口からデマだと言われたんだからね。「はぁ~!?」となるわな。


(宮森先輩も、自分が投稿者だ、なんて名乗り出なきゃ良かったのに……)


 そもそも、先輩もこのイベントを利用してなんとか近づけないものかと苦心した1人であるわけだからね。そこに新聞のネタ。――魔が差した、っていうヤツでしょうか……。

 ただ、投稿者は別にいるっていうのは、私しか知らないから、他の人からしてみれば、宮森先輩はまんまとたっくんを罠にかけたように見えるわけだ。


(うむ~。なんというか……もどかしい)


 本物の投稿者を知ってるだけに、今のこの状況はなんとなくもやっとするよね。

 そう考えて、私ははたと気づいた。


(私……もう学園アイドル情報を投稿できない!?)


 だってそうだよね? 世間的には投稿者=宮森先輩ってなってるわけで。しかもこの交流会の流れからして、宮森先輩はもう投稿できないでしょ? 私がのこのこ投稿続けてたら、表向きは宮森先輩が「あの子懲りないわね……」みたいな目を向けられるわけじゃん!

 いやいや、情報を投稿するなんて好きでやってることじゃないけど、ここまで順調に学園アイドルの記事が乗って新聞がまた脚光を浴びようとしてるのに、今止めるのって、すごく勿体ない気がするんだよね。

 ……あれ? そもそも、私で宮森先輩=投稿者、ていう図式を守ろうとしてるの?

 幸い、投稿用に使っているメールアドレスはすぐに取得できるフリーアドレスで、しかも私っぽくないメアドにしたんだ。だから、真犯人として登場しても、それはアリなんじゃないかな?

 そうすると、とりあえずは宮森先輩が計画的に仕組んだことっていう嫌なイメージはなくなるんじゃない?

 いや、接点も特にないから、そんなに庇う気もないんだけど……でも、きっかけは私の投稿だもんね。後味が悪いっていうかさ。うんうん。


「のどか? 聞いてる?」

「――え? あ、ごめん! なに?」


 私はどうやら深く考え込んでいたようで、気づいたら丞くんを始め、皆がこちらを見ていた。

 あれ? もしかして、そんなに呼ばれてた?


「次の記事だよ。テーマどうするか決めた?」

「え? まだだよ」


 だって、まだ6月は始まったばかりじゃないか~。交流会も終わり、そして成績が落ちてないってことでようやく気持ちも落ち着いたから、今からゆっくり決めるつもりだった。

 すると、丞くんがため息をついた。


「来月は中旬から夏休みだろう。その関係で、今月と来月は発行日がいつもと違うんだ。今月は中旬発行で、来月は上旬発行。早めに準備した方がいいぞ」

「げ」


 夏休みかぁ……早いな。もうそんなこと考える時期なんだ。

 テーマなんて全然考えてなかったよ。

 投稿よりも、自分の記事をまず考えなくちゃ。

 それにしても、夏休み……。そっかー! 来月は夏休みなんだね! この街に来て初めての夏休みだ。皆どうするんだろう? 一緒にプールとか海とか行けちゃったりするのかな? 肌を焼いてみちゃったり? いやー、ちょっと楽しみかもしれない!


「のどか!」

「あれ。松丘くん」


 突然現れた松丘くんは、まるで一足先に夏休みをしてきたかのように真っ黒だった。


「なんでそんない黒いの?」

「台湾で水泳の大会があったんだよ。屋外だったからさ……」

「へえ~。台湾!」

「なんだよ。知らねーの? 俺、先週から台湾だったんだけど」

「あ~。だから交流会で姿を見なかったのか。なるほどね~」

「なるほどね~、じゃね~よ。それよりさ、この前のあの人……ちゃんと紹介してくれよ!」

「あの人?」

「そう! 髪がサラ~っと長くて背が高くてさ。一緒に練習見学しに来たじゃん!」


 む。巴さんのことか。

 そういえば、巴さんを見て騒いでたな……。

 でもさ、松丘くん、綾さんが好きじゃなかった? 告白しちゃう勢いだったじゃん!(邪魔したけど)ちょっと、気持ち変わるの早すぎじゃない?

 いや、綾さんは既婚者で家庭もうまくいってるんだから、綾さんを諦めてくれるのは全然構わないんだけどさ。でも、そんなに惚れっぽい人に巴さんは勿体ないよ!


 ――あ。そうだ。次の情報は松丘くんにしよう。

 タイプが似た女性が現れたら、案外すんなりとそちらに気持ちを向けるかもしれない。

 それに、諏訪会長、たっくんと続いてきたこの情報、この辺りで生徒会周辺から離れた方がいい気がするんだよね。

 なんとなくこの時、私は和沙さんの表情のない冷たい目を思い出していた。



 『松丘浬の好きな女性のタイプは、サラサラの黒髪ロング』



 何度も文章を書き直して、結局はまたシンプルなものに落ち着いて、私は深夜になってメールを送信した。

 松丘くんファンがこれに飛びつき、巴さんの周りが少し静かになればいいな。あと、宮森先輩の周囲も落ち着けばいいな。そう考えて。

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