6月2日(月)襲撃事件ですか?
席替えがありました。
正直、先月の試験は自信なかったんだけど……丞くんと茅乃ちゃん、山科さん。そして私の4人は席替えが必要なかった。
安心したよ~。私だけ席が離れるとか、寂しすぎる。
皆もそうだったのか、ホッとしたような笑顔を見せた。
その中には山科さんの姿もある。
元々ひとりが好きなようで、気づいたらいないっていうのも多いんだけど、その逆も多いんだよね。いつの間にか会話に加わってるとか、気づいたら自然に合流してるとか。
でも、それってお互いが気を使わない関係になったってことでもあるのかなって思うから、いいと思う。
ちなみに、風斗くんも変更無しだ。教卓の真ん前。
でも寂しくないよね? だって隣にはマイケルが来たんだからさ……。
マイケルは転校生だから、その辺りは学園も考慮してくれるのかと思いきや、容赦ありませんでした。ハイ。
いや、むしろ考慮してくれたのかもしれない。
先生が「確か如月くんとは仲が良かったわよね?」なーんて言ってたから。そんな考慮はいらなかったと思うけど……。なんにせよ、ふたりはいいコンビになりつつあると思うんだよね。
さて。今日は放課後に新聞部に行かなきゃ。
なんでも、交流会特集の号外を出すことになったんだそうだ。
巴さんにたっくんの調理画像を提出するのは裏切ったようで正直気が進まないんだけど、当然巴さんも交流会での様子は知ってるしなぁ……。
なんだかたっくんにしてやられた感じがして、モヤモヤするよね。
一昨日のレセプションパーティーの時の奇行といい、最初に持っていたイメージとはどんどん離れていく。
クールで女性嫌いの完璧主義者――それがどんどん崩れていく。
思わず階段で抱きしめられたことを思い出して、私はそれを振り払うかのように勢いよく頭を振った。
* * *
「ああ、いいのよ。ネタにさえなれば」
「――え。そんなもんですか?」
部室移動のことから、てっきりたっくんを毛嫌いしているんじゃないかと思っていた巴さんなんだけど、私が提出した画像を訂正記事をあっさりと受け取った。それどころか、面白そうにニヤニヤしている。
「たっくん――大和先輩のこと、嫌いなんだと思ってました」
「まぁ……好きじゃないわね。文化部部長になってからというもの、部の歴史よりも、近年の実績を見るべきだって大幅に変えちゃったからね」
「やっぱり」
「悔しさはあるけど、でも別に嫌ってはいないわよ? むしろ向こうが嫌ってるんじゃないかしら」
なんですと。巴さんを嫌うなんて、なんてことだ!
「仕方ないわ。私、昔から新聞部にインタビュー記事を載せたいって騒いでたから。あの容姿でしょ? 女子の人気高いし、成績もいいから先生受けもいいしね。でも、あまり目立つのが好きじゃないみたいで、ずーっと断られてたのよ」
う~ん。確かに、キャーキャー騒がれるのが苦手で女性嫌いになったくらいだから、そういうのダメなんだろうな。
「そうなのよ。結果的に、しつこくしちゃったのが裏目に出てソフト部の躍進に繋がったくらいだからね」
巴さんが大きくため息をついた。
なんと、そうだったんだ?
スマホやメディアプレイヤーの普及で色んな便利アプリが使えるようになったタイミングで、ソフト部が学園のシステムと生徒情報を連動させるアプリを開発したんだって。でもそれがなんと、新聞部よりも早い情報を提供できるようにするというのが根底にあったらしいんだね。
「その大和が、自ら新聞部にネタを持ち込んで、しかも画像使い放題とか……むしろ、よくぞやったわって感じよ。のどかちゃん!」
褒められました。
巴さんの反応には驚いたけど、確かにこういうことがなかったら、たっくんは新聞部の記事に協力とかなかったかもしれない。
そう考えると巴さんがニヤつくのも分かる。
きっと号外はたくさんの人が手に取るんだろうな……ふふふ。
記事をまとめるという巴さんに別れを告げ、私は上機嫌で部室を出た。
そのまま鼻歌でも歌いそうな勢いで階段を下り、角を曲がった時だった。
顔に影が差したことに気づきいて見上げると、背の高い人物がゆらりと私にのしかかってきたではありませんか!
「えっ、ちょ、あの……えええ!?」
私よりゆうに頭ひとつ大きいその影を支えるなんて到底無理で、私はあえなく下敷きに。
後頭部をしたたかに打ち付けました。でもモコモコ頭が少しはクッションの役割を果たしたのか、意識はしっかりしている。
「く、くるしい……重い……!」
呟いた唇に、サラサラと手触りのいい金髪が触れた。
ん? この髪は……。
「拓真先輩?」
押しつぶされてた手を抜き取り、名前を呼びながら腕を揺さぶると、先輩はビクリと体を震わせてゆっくりした動きで顔を上げた。
あ、起きたみたいだ。良かった。退いてもらえる。
「……え、ここ……は……」
こちらを見る目はまだ焦点が合わなくて、息遣いは苦し気だ。
どうしよう? 具合悪いのかな? そう思って汗で張りついた前髪を払いのけると、先輩はぎゅっと目を瞑り、ゆっくりと瞼を持ち上げ、そしてしっかりとした目で私を捉えた。
「…………の、ど、か……」
「どしたんですか? 具合悪いんですか?」
「え? あ、ああ……」
思いきりのしかかってることに気づいて、先輩が起き上がる。
制服のネクタイも大きく緩み、シャツもしわくちゃだ。
「先輩、なにかあっ――」
「八重樫く~ん。もっとゆっくり休んだ方が……あら?」
起き上がった先輩の背に隠れて見えなかったのか、ねっとりとした声が冷たいそれに変わった。
声の主は――保険医の宮下さんだ。
美人だと評判だったけど、実際見るのは始めて。
大きくはだけた白衣の下は、体にピッタリとフィットした薄手のセーターを着ていて、そこからたわわなおっぱいがドーンドーンと、まるで狭苦しい空間から開放されたがっているように主張している。
(これは……もしや……あの……その……)
あわわわと一気に汗が吹き出し、後退る。
すると、敵前逃亡とみなしたのか、宮下さんは勝ち誇った顔でにっこりと笑った。
「女子生徒がひとりで遅くに帰るなんて危ないわ。早くお帰りなさいな」
ええ、ええ。それって邪魔だどけってことですよね。
目の前で、ツーッと先輩の広い肩に綺麗の手入れされた指先が滑る。
すると、先輩がまた苦しそうに顔を歪める。
「でも先輩、具合が悪いんじゃないですか?」
「そうなの。だからね、ご家族が迎えに来るまで保健室で休みましょう。ね?」
うわわわわ! 食う気だ! 頭からバリバリと!
「ほら、ご自宅は近いの? 遠いなら日が暮れてしまうわよ? 早くお帰りなさい」
「そ、そうします。ほら、拓真先輩立って!」
「は?」
「女の子がひとりで帰るのが危ないと言うので、先輩と一緒に帰ります。では先生。ごきげんようサヨウナラ!」
グイグイと腕を引っ張ると、先輩が立ち上がった。
良かった。さすがに担いで帰るなんて無理だもん。
「ちょ、ちょっと……あなたねぇ」
「……てワケなんで、失礼しますセンセ」
胸を押さえてまだ少し苦しそうだけど、先輩はそう言うと私が引く手に抵抗することなく、素直に後をついてきた。
「……だいじょーぶですか?」
「うん。ありがとな」
学園を出て話しかけると、先輩の様子はいつもと変わらないものになっていた。
てことは、やっぱり今のは……人の感情をダイレクトに感じ取って影響されちゃうという、アレなんだろうか……。
「うん、正解」
「え、私、今喋ってました?」
「いや。でもそう思ったんだろうなって。だから、あそこから連れ出してくれたんだろ?」
「だって……それで体調までおかしくなって、そんな先輩をどうにかしようとか……フェアじゃないです」
宮下さんめっちゃ舌なめずりしてたからね! イメージだけど!
あああ、怖い怖い。肉食女子怖い。
「いや。気をつけてたんだけどな……。今日は油断したわ。マジで助かった」
「……いいですよ。その……間に合ったなら、それで」
最初、タクシーでもとめようかと思ったんだけど、話してるうちに先輩の呼吸も顔色も元に戻ったので、いつも通りバスで帰った。
* * *
「拓真? 拓真! あなた、大丈夫なの?」
おっと、びっくりした。
一応ここまで来たらと思って、先輩を部屋まで送り届けることにした私は、先輩の部屋の前で鍵を開けるのを待っていた。
でも、その前にガチャリとドアが開くと、中から金髪美女が飛び出してきたんだ。
「母さん! なんでここに……!」
「なんでって……! 学園から連絡があったのよ。具合が悪いようだって」
どうやら、宮下先生はちゃんとご家族に連絡をしていたようだ。
「あなた……また、発作が出たの?」
「母さん……それは……でも、のどかが助けてくれたから、大丈夫」
「え? あ、あら! あらあら! ごめんなさい」
ようやく私の存在に気が付いたようで、金髪美女は慌てた様子で私の方を向いた。
「私、拓真の母のエレナです。今日は本当にありがとうございます」
「い、いえ。ええと……私は小鳥遊のどかです。たまたま同じマンションに住んでいて……一緒に帰って来ただけです」
「一緒に? それで……あなた、なんとも?」
エレナさんが目を丸くすると、拓真先輩と私の顔を交互に見た。
「なんとも……?」
「うん。のどかは……大丈夫なんだ」
拓真先輩がはにかんだように笑うと、エレナさんは私の手をぎゅっと強く握った。
「え? え?」
「ようやく、ようやく会えて嬉しいわ! 拓真の母です!」
ええと……それさっき聞きましたけど……それに、ようやくも何も、拓真先輩とは最近知り合ったばかりですが……。




