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5月31日(土)逆ギレされました

「ねえ、のどかったら。本当にその髪で行くの?」

「ママったら……何度も聞かないでよ」


 モコモコ頭のまま、出かけようとしている私を見て、ママが今日何度目かの質問をした。

 いや、だからってまったくの普段通りくるくるしまくってるわけではないよ?

 いつものように家にやってきたヘアメイクのお姉さんに頼んで、なるべくナチュラルにとはお願いしたけど、ちゃーんとプロの手によるものだ。

 髪だって、毛先のくるんを活かしたものになっている。

 ――というのはお姉さんが言ったのであって、私ではない。断じて、私ではない。

 とにかく、毛先はくるんとしていて、モコモコぶりは健在なのだけれども、前髪をふんわりとアップさせて、そこにキラキラと輝くビジューがたくさんあしらわれた大きな髪留めをしているのですよ。

 お姉さんの話をそのまま鵜呑みにするほどうぬぼれちゃいないけどさ、でもこのモコモコ頭がよくお出かけ用になったなと感心してる。なのに、ママはどうにも不満らしい。


「お洋服ももっとドレッシーなものにしたら良かったのに……」

「えーっ。いいよ。私にはまだ早いって」

「でも、のどかももう高校生じゃない?」


 いやいや、今着ているワンピースだって、なかなかドレッシーだと思う。

 ワンピースとはいえ、シフォン素材で繊細なんだから、じゅうぶんパーティー仕様だよ。とてもじゃないけど、これを着て遊園地とか行けないもんね。

 色は涼し気なシャーベットグリーン。デザインだってノースリーブで、少し大き目に開いた胸元にはビジューで大きな花があしらわれている。シルエットはAラインで、長さはひざ上。私にとってはこれでもかなり冒険した。

 大体、ママは海外のドラマを見すぎなんだ。

 あんなスーパーモデルみたいな外見の高校生じゃないんだし、胸が半分見えてそうなドレスとか無理。

 ママが用意してくれたドレスはそこまであからさまではなかったけど、体のラインが結構出ちゃうデザインだったので、即却下した。ママはそれが不満で仕方がないんだ。


「いいんだって。友達もそんなに気合入ってないし」

「お友達って、千石さん?」

「そうそう。後で紹介するね」

「良かったわ。高校から急に校風が変わって、馴染めるか心配だったんだけど、すぐにお友達ができて」

「しかも、マイケルくんとも友達になったんだろう? 最初聞いた時は驚いたよ」


 そうだよね~。私もそう思う。

 たった今、パーティー会場であるゴールドバーグデパートの前に着いて、巨大な建造物を見上げているところなんだ。

 マイケルはこのデパートの御曹司……なんだよね。

 学園でのマイケルはとにかくフレンドリーで、しかもちょっとおバカで……。全然セレブぶらないから、ちょっとそういうの忘れてたんだよね……。

 でも、今目の前にあるのは、重厚感あふれる石造りの博物館のような建物だった。

 結菜嬢、ごめん。通りの向いにある白銀デパートが霞んで見えるよ……ほんとごめん。


「さて、行こうか。のどかのお友達もたくさんいると聞くし、楽しみだな」

「あ、そうだね。紹介する!」


『お飲み物はいかがですか』


 会場につき、その豪華さやたくさんの招待客に目を丸くしていると、後ろから抑揚のない声が聞こえてきた。

 振り返ると、そこにいたのはなんとロボット。私の胸ほどの大きさで、140cmくらいかな。片手には大きなトレイを持ち、飲み物が入ったグラスがいくつも乗っている。

 パーティー仕様だからなのか、首にはちゃんと黒い蝶ネクタイをしていてなんだか可愛い。


「うわぁ。なにコレ。すごい!」

「本当ね!」


 会場を見渡すと、同じようなロボットが何体も、会場の中を上手に移動していた。

 す、すごい……! 近未来がここにある……!


「じゃあ、シャンパンをもらおうかな」

『どうぞ』


 ロボットくんは空いた片手で器用にシャンパングラスを持ち上げると、流れるような仕草で差し出した。


「わー! すごい! すごい!」

『ソフトドリンクは、オレンジとアップル、グレープフルーツがあります』

「えっ。どうして分かるの?」

『私の目には、年齢識別機能がついています』


 な、なんと……! やりおる!


「のどか! 来てくれてありがとう!」


 ロボットくんからグレープフルーツジュースを受け取っていると、名前を呼ばれた。


「あっ。マイケル! みんなも!」


 マイケルの後ろには、茅乃ちゃんも丞くんも風斗くん、山科さんがいた。

 どうやら、山科さんのお家はゴールドバーグジャパンの弁護士としても雇われたらしい。やり手だな……!


「それにしても……マイケル。パーティーほったらかしでこっち来ちゃっていいの?」

「いいのいいの。大人たちに任せておくよ」


 マイケルが視線を飛ばした会場の前方では、一際賑やかな団体がいた。


「あれが父と母、あと日本支店の社長をする兄」


 ほっほ~。揃いも揃って、金髪のゴージャスな容姿。マイケルそっくりだわ。

 ママったら顔を輝かせてジョーダンとかシンディとか言ってるけど、それまたドラマの登場人物でしょ?


「あ、あのドラマをご覧でしたか。実は両親がモデルなんです。後で紹介しますよ」


 なんですとーー! あのセレブドラマのモデルとか……なんだそれ!

 思わず私も凝視してしまう。

 オーラ……オーラが違うよ。周りを取り囲んでいるおじさんおばさんも、その身なりや堂々とした立ち振る舞いから、相当なセレブなんだろうけど……ごめん。取り巻き1・2・3にしか見えない……。ごめん。

 すると、ジョーダンとシンディ(仮名)を囲む人垣が一気に崩れた。まるで何かの合図をしたかのように、人々が道を開ける。


「あ」

「総帥だわ。それと……」

「諏訪家のご当主だ。会長のお父上だよ」


 す、すごい。総帥ともども、圧倒的な存在感。

 ふたりは共に紋付き袴を着ている。背筋はピンと伸びて、その場の空気がピンと張りつめたようになった。人々が道を開けたのも頷けるオーラだ。

 ふたりは左右に避けた人たちを気にすることもなく、当然のように中央を歩き、ジョーダンとシンディ(仮名)と話し始めた。

 うわぁ……ほんとにさっきまでの話し相手が取り巻き1・2・3になった!

 おふたりがいらっしゃったてことは、和沙さんと会長も来てるんだろう。

 ま、この人の多さじゃなかなか見つからないか。


「これからは大人たちの顔合わせっていう名の腹の探り合いとかゴマすりが始まるからさ、下の売り場を案内しようと思うんだけど、どうかな? それともおなか空いてる?」

「う~ん……まだそんなでもないかな~。茅乃ちゃんは?」

「私も……」


 だよねー。まだ夕方だし、売り場の方にも興味がある! 会場まで、案内されるがままにまっすぐエレベーターで来ちゃったけど、途中見た売り場がもうとにかく華やかで! キラッキラしてるんだよね。見るからに高そうだったから、さすがに手は出ないけどさ。

 売り場に降りてみると、私たちと同じで会場を抜けてきたのか、着飾った若い招待客がチラホラと見えた。このために明日からのオープンにも関わらず、お仕事してる店員さんは大変だなぁ。――でも考えてみれば、今日の招待客はセレブが殆どなんだから、バッチこいって感じだったりして。

 そんなことを考えながら、あれこれと見ていたら……迷子になりました。

 え!? みんなどこ行ったの!?


「あ、あの! マイケルは……マイケル見ませんでしたか!?」

「ま、マイケル様……で、ございますか? あの……失礼ですが、お客様はマイケル様とはどのような……」

「友達です! 学園の!」

「…………どちらの学園でございますか?」


 わー! めっちゃ疑われてる! マイケルに近づこうとしてる人間に思われてる!


「いえ、い、いいです! 電話かけてみます」


 慌てて店員さんから離れると、煌びやかな売り場にひとりポツンといるのが急に怖くなった。

 足早に売り場の隅へと向かうと、私は手に持っていた小さなバッグを開け、スマホを取り出す。

 でも、茅乃ちゃんも丞くんもマイケルも出ない。山科さんの番号はわからないしなぁ……。


(残るは風斗くんか……)


 あの3人が出ないんだよ? 風斗くんがまさか……あ、出た。


「あ、もしもし! ねえ、みんなどこにいるの? うん。うん」


 風斗くんの声がよく聞こえなくて、私は人気ひとけのない非常階段へと足を向けた。


「え? なにそのブランド。知らないって。何階? ……だから」


 元々が庶民の私に、ブランド名なんて言っても分かるわけがないじゃないか!


「えっと……とにかく、下に降りたらいいのね? うん。うん……」


 話しながら階段を急いで下りていく。

 この時私は、1人になったことが不安で仕方がなくて、近づく人影にまったく気が付かなかった。


「もう、置いて行かないでよ! ――きゃっ!?」


 スマホを持っていた手を後ろから急に掴まれ、バランスを崩した私は後ろに倒れかかった。


「危ない!」


 履きなれないヒールで階段を踏み外しそうになった私を、背後の人物が引き寄せるようにして体を支えた。


「大丈夫か」

「大丈夫、です、けど、あの……離してもらえませんか……」


 今、私は見知らぬ男性に抱きしめられている状況だ。

 大きな手が肩をがっしりと包み、自分の胸へと私の体を強く押し付けている。


「……すまない。待ってくれと言ったのだが、逃げるように降りていくから……」


 いやいや。全然聞こえてませんでしたけど!

 とにかく離して欲しい。むき出しの肩に置かれて手の熱さが、頬に押し付けられた硬い胸板が、もう色々すべて私の許容範囲を超えてます。


「本当に、すまない。君は……あれ? お前か」


 ぶっきらぼうながらも、気づかわし気だった言葉が一気に偉そうになった。

 この口調は……。


「げ。たっくん」

「たっくん言うな! なぜお前がここにいる!」

「私だって呼ばれたんです~。ちゃんとした招待客です~」


 するとたっくんは私を掴んでいた手をようやく離してくれた。

 まったく……。突然なんなんだ。危うくスマホ落とすところだったじゃん。これ、入学祝いに買ってもらったばっかりなんだからね!


「だいたい、乱暴すぎます! 一体誰と勘違いしたんですか!」

「誰か……は、わからない。ただ、声が……」


 たっくんが珍しく言葉を濁す。


「はぁ? 声が聞こえただけで腕を掴むって意味がわからないんですけど」

「俺だってワケがわからない!」


 そう言い捨てると、たっくんは踵を返して階段を駆け上がった。

 はぁ? 逆ギレ? 逆ギレですか! なんなんですかもう!

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