5月27日(火)呼ばないでください
「あれ? これだけ?」
一泊分の荷物を詰め込んだバッグを持って学園にやって来た私は、クラスメイトの顔を見て思わずそう口に出してしまった。
だってさ、クラスメイトの殆どがいないんだよね。
結菜嬢もいないし、当然のように鍋谷さんや中田さんもいない。
でも、内部生の丞くんと風斗くんはなんとも思っていないようだ。
「あ~、バス移動嫌なやつは、現地集合だから」
「えっ。そんなアバウトなの?」
まさかそんな選択肢があるとは思わなかった……!
でも、風斗くんによると、こういうのって昔からあったらしい。
修学旅行はさすがに現地集合とはいかないけど、遠足や今回のような学園外での行事なんかは、学園も黙認してるんだそうだ。
ちなみに結菜嬢は幼稚部の頃から、現地集合メンバーだったそうだ。
学校っていうのは、集団行動の大切さを学ぶ場でもあるんじゃなかったっけ?とか思うけど、この学園に世間の常識は通じないか……。
そういえば、バス移動って普通の学校ぽいな!なんて思ってたら……。
「お、来た来た」
な、なんすかこのゴージャスバス!
やって来たバスは、ふかふかでゆったりと座れそうな背もたれが高い大きな座席が設置された2階建てのバスだった。しかも、車体には学園のロゴが入っている。
まさか……学園専用のバスですか! このゴージャスバスが!
「そうだけど……どうして? 遠足や部活の遠征なんかは他の学校でもあるだろう」
そういうのは学校側がバス会社に連絡して手配するんだよ!
だからさ、たまに当たりの場合もあるけど、外れの時はちょっと古いバスだったりしてね。座ってると座席のスプリングが感触でわかるほど使い込まれたものだったりするんだよ……。
「のどか。荷物これだけ?」
「あ、うん。ありが……」
――みんな荷物多くないですか?
私何度も交流会のお知らせ読んだけど、1泊2日だよね? スーツケース率高くない? 茅乃ちゃんはわりと小ぶりなキャリーバッグだけど、丞くん、デカくない?
「そうかな……。だって、用途で靴を変えるだろう? そうなると日数分は靴が要るじゃないか」
こんな時、恋する乙女の私でも一瞬素に戻ることがある。
セレブ感覚……ついていけねぇ!
入学して2ヶ月近く。
最初は驚くことばかりだったけど、そんな中でも友達ができて段々馴染んだと思っていた私は甘かったんだ……。
そんなたそがれ気分でバスに揺られること2時間。
ぶっちゃけ、2時間経ったなんて信じられないくらいバスの乗り心地が快適で、うつらうつらと船を漕いでいたら着いたんだけどね。
「あの……のどかちゃん。そろそろ着くみたい……」
「うん? あ、そうなんだ……おおっ!」
いつの間にか、周りの景色がすっかり緑だ。
広く、まっすぐ続く道路沿いには広いスペースの駐車場がある商店や土産物店、レストランなんかがぽつぽつと並んでいる。
背の高い建物はなく、遠くには新緑が眩しい山々が見えた。
なんだか田舎を思い出す。
今住んでいる街は、大都会の中でも比較的最近新興住宅街として整備された街だ。だから、すごく整然としている印象。勿論、最近の傾向で緑も豊富なんだけど、人の手が入っていると一目で分かる景観をしている。
勿論、今住んでる街にも愛着が湧きはじめ、都会は便利だなぁと感じてはいるんだけどね。でもこの光景を見てると、心が落ち着くね。
さすがに“山荘”って名前だもの。これは、この地に馴染んだシンプルな建物なんじゃないの?
な~んて思っていたけど、藤ノ塚に限ってそんなことあるわけもなく。
はい、側道に入ってぐんぐんと進む森の中。視界が開けたと思ったら、日の光を浴びてキラキラと輝く大きな池が現れました。そして、その横には3階建ての建物が6棟並んでいた。
向かって右側に3棟、左に3棟。その間には青々とした芝生が綺麗な広場になっていて、片隅にはBBQ施設がある。
建物は大きさといい佇まいといい、ヴィラだよこれ!
建物の外壁には、ヨーロッパで見るような木組みが施してあって、ここはまるでドイツのロマンティック街道かと思うくらい。
……行ったことないけどね。イメージイメージ。
更に建物の奥には巨大なテニスコートが見える。
なんと4面あるそうだ。見たところ、観覧席もついてますよ。その横にあるのはクラブハウスだとさ。
それってサンドウィッチじゃないんですか。宿泊施設以外にもそんなものがあるって意味がわからない。
試合の開き時間や、全員揃っての最後の晩餐に使われるんだそうだ。
え~? 必要? ねえ、これ必要?
でも驚いたのは湖だよ。宿泊施設が建つ場所の反対側には長い長い桟橋が付いている。それと、森に隠れるようにずんぐりとした大きな小屋が見えた。
「ボートハウスだよ。手漕ぎボートが何艘かあるんだ。え~と……20位?」
いや、それ何艘か、の数じゃないですよね……。
「明日は用意されてると思うよ」
「はぁ……」
「おい、早く行こうぜ!」
風斗くんが急かす。
まだ現地集合組の何人か来てないから、そんなに急ぐ必要ないんだけど。
でも、風斗くんがこんなに張り切るのにはワケがある。
今日は1日使って、トーナメント方式のテニス大会があるのだ。
私はルールをあまり知らないから、見学にまわりたかったんだけど、そうもいかなくてね……。はぁ……。
それにしても……セレブはテニスを通るものなの? 茅乃ちゃんも山科さんもできるんだって。だから、参加して当然って感じだったんだよね……。
「はーやーくー」
風斗くんに急かされ、私たちはやっと建物に向かった。
* * *
さて。動きやすい恰好に着替えて、テニスコートにやってきました。
観覧席のあちこちには日傘の花が咲いている。
そんなに日焼けが嫌ならクラブハウスにでも行っていればいいものを……でも彼女たちはこうして日傘をさしてまで、ここに居座っている。
それはなぜかというと……。
「おい、聞いてるのか」
「え?」
声をした方を見ると、目の前でたっくんが腕組みをして見下ろしていた。
「え~、あ~、なんです?」
「お前は後ろにいろって言ったんだ」
「大和くん、彼女じゃ足手まといでしょう? やっぱり私が代わりましょうか?」
「あ、そうしていただけるとありがたいで――」
「悪いが宮森。俺のパートナーはコイツでいい」
シーーーーーン
あの……。たっくん……。宮森さんが固まってます。しかも、固まりつつも段々と目は吊り上がっていき……その視線は私に。
なんで!? 私はパートナーを譲る気満々だったのに? むしろ好意的だったのに?
「ほら、行くぞ」
「はっ? ちょ、ちょっと!」
そのまま手首を掴まれ、グイグイとコートサイドに連れて行かれた。
テニスの試合は各ペア1ゲームのチーム戦。先に3ゲーム取った方のチームが先。
最初は風斗くんと山科さんのペアだ。
山科さんは最初戸惑ってたけど、ここは何としてもペアにしてあげたいよね! そう思って後押ししてたら……気が付いたら私はたっくんとペアになっていたっていうね……。ナンデカナ~……。
ちなみに、茅乃ちゃんは諏訪会長のペアになりました。
これまた、丞くんが最下級生グループのリーダーとしてあれこれ動いている間に、諏訪会長が茅乃ちゃんから約束をもぎ取ったのだ。
ふぅ……。
どうして人のためにと思って頑張った私たちがこんな目に遭うかね……。
と、思わず遠い目をしていたら、突然大きな声が聞こえた。
「危ない! のんたん!」
「えっ!?」
あまりの大声に驚いて立ち上がりかけたところに、顔の近くでパシン!と乾いた音が響いた。
「バカかお前! さっきから何ぼーっとしてる!」
「えっ?」
「鷹臣。あまり責めるな。のんたん、大丈夫かい?」
「ののの、のどかちゃん……! 当たらなかった?」
見ると、諏訪会長の手の中にテニスボールが収まっていた。
どうやら試合中のボールがこちらに飛んできたらしい。私がそれに気づかず、ボーっとしていたため、諏訪会長が庇ってくれたようだ。
「す、すみません! ありがとうございます! あの、だ、大丈夫です」
急に大声で呼ばれたからビックリして心臓はバクバクだけど、間一髪、ぶつかる前にボールをキャッチしてくれたから怪我はない。
でもあの……諏訪会長、なんて、呼びました?
かなり響き渡った大声……それは当然、コートサイドだけじゃなく、観覧席にも聞こえたようで、日傘軍団を中心にざわつき始めている。
「のんたん? なに? あの子のこと?」
「諏訪さまと一体、どんな関係?」
「あの方がニックネームで呼ぶなんて……わたくし知りませんわ!」
ヒィィィィ! こわいこわいこわい!
「のんたん、大丈夫かい? 怖かったろう」
「い、いえ……。大丈夫です。それよりあの……のんたんって……」
「ああ、すまない。とっさのことでつい……。でも、くまのカフェののんたんだろう?」
ええ、ええ。そうですよ。その通りですよ!
一緒のラウンジでご飯食べるようになってからも、ちゃんと自己紹介してなかったですもんね、私!
でもね、このタイミングでこのギャラリーで、ニックネーム呼びます!?




