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5月25日(日)切り替えが早すぎます

『のどかちゃん、JSCって知ってる?』


 なんですかその銀行みたいなテーマパークみたいな名前。

 さて今日は明日に向けて試験勉強しなきゃな。そう思って日当たりの良いダイニングテーブルにノートを広げた日曜日の朝、スマホがブブブと震え、メッセージの着信を知らせた。

 誰だろうと思い確認すると、メッセージの送信相手は巴さんだった。


「JSC? ……って、なに?」

「あら、のどか知らないの?」


 知らないの~?もなにも……私この街に来てまだ二ヵ月も経ってないんだけど。

 でもママは知ってるみたいだ。


「隣の街の大きなスポーツ施設よ」

「え? この前届け物に行ったところかな」

「そういえばそうね。おつかい頼んだんだっけ」


 そういえば、あそこで松丘くんと綾さんの決定的瞬間を見ちゃったんだよねぇ。

 あの偶然がなかったら、選択授業も茅乃ちゃんとふたり、のんびりやれたかもしれないのになぁ。

 そっか。じゃああそこがJSCってところなのか。


『隣町の大きなスポーツセンターのことなら、知ってますよ。先月、用事で行ったばかりです』


 そう巴さんに返信すると、すぐに返事がかえってきた。

 はやっ!


『取材に行こうと思ってるんだけど、場所がわからなくて……一緒に行かない?』


 なんですと! 巴さんが困っている! これはお手伝いしなければ!


「ママ! そのJSCってとこに行っていい? 帰ってきたら絶対勉強するから!」

「え~? 試験前日にお出かけ?」

「部活だもん! 巴さんの取材に一緒に行くの!」

「まあ、いいじゃないか。のどかは受験の時から随分勉強を頑張ってきたんだし、今のクラスでもちゃんと上位に入ってるんだ」


 ママはかなり渋っていたけど、パパがフォローしてくれたおかげで、遅くならないという約束で出かけることをOKしてくれた。

 でも正直プレッシャーだ。これで成績が落ちたら、部活をやめろなんて言われかねない。

 これは……今日遅くまで勉強しなきゃな……。


「のどかちゃん。こっちよ!」

「あ、巴さん。すみません、待ちました?」

「ううん。大丈夫よ。ただ、もうすぐバスの時間だから少し焦っただけ」

「もうすぐ?」


 おかしいなぁ。私が調べた時間は、もう少し余裕があったはずなんだけど……。


「何番に乗るんですか?」

「4番でしょ?」

「えっ……。7番ですよ」


 4番だと逆に行っちゃうんですけど! あぶないあぶない。


「そうだった? 久しぶりだからかな?」


 真逆に行っちゃったら、久しぶりだからでは済まないダメージだと思うんだけど……。良かったよついてきて……。


「歩きなれた場所なら大丈夫なんだけど、たまにしか行かない場所って苦手なのよね……」


 巴さん……それ、方向音痴の人が言うセリフです……。

 そういえば、初めて会った日も中等部側の校舎だったけど……もしかしてネタを求めて歩いていたらうっかり逆に来ちゃったとかだったりして……。


 数分後に無事やってきた目的のバスに乗り、JSCに向かう。

 ちなみに、JSCっていうのはジャパン・スポーツ・コンプレックスの略なんだそうだ。

 最初はセンターのCだと思ってたからビックリ。

 コンプレックスって、劣等感って意味だと思ってたけど、複合施設って意味らしい。

 JSCは様々なスポーツに対応した施設が揃っていて、体育館だけでも練習用のこじんまりとしたものから、使用する競技によってイスが電動で配置される最新鋭の大型の競技場もある。


「今日はなんの取材なんですか?」

「水泳よ。のどかちゃんたちの学年に、水泳のすごい選手がいるでしょう」


 うぐっ。

 ま、まさか松丘くんのことですか……?


「そうそう、松丘くん。今度国際大会に日本代表として出場するから、その前に練習風景を取材したいと思ってね。それで、取材の申し込みをしていたのよ」

「はぁ……」

「そうしたら、今日は公開練習の日だからってOKをもらえたの」


 そうか……。同じ高校の学生とは言っても、日本代表ともなるとその練習風景もそうそう見れるもんじゃないんだね。

 学園の水泳部に所属してるとかじゃないもんね。

 きっと日本代表のチームか、松丘くんが個人的に所属してるチームがあれば、そこに申し込まないといけないんだろう。


「彼が所属している速水スポーツの関係者も、うちの卒業生だったのが幸いしたわ」


 って、おじいちゃん家かい!


「あの……そこ……うちの母方の祖父の会社です」

「えっ? そうなの!? それはラッキー! ねえ、トレーナーさんとかの話も聞けるかしら?」

「ええと……松丘くんのトレーナーは伯父ですし、管理栄養士は伯父さんの奥さんがやってるんで……多分、なにかは聞けるかと思いますけど……」


 私がモゴモゴと言うと、巴さんが目を輝かせた。


「なんて偶然なの! 素敵! のどかちゃんは私にとって天使だわ!」


 そんな大げさな……とは思ったものの、どうやら巴さんは本気でそう思っているらしい。

 それだけ、今月のマイケルのインタビューを掲載した新聞が好評だったようだ。

 ぶっちゃけ、巴さんの学年の方が学園のアイドルは多い。

 諏訪生徒会長に、和沙さん。それにたっくんと、色々なタイプが揃っている。

 でもそれを言うと、巴さんはすごく嫌そうに顔をしかめた。


「あいつらが簡単に取材を受けてくれるならね……」

「そ、そんなに難しいんですか?」

「諏訪くんも篁くんも、一年の時から生徒会役員をやっているのは聞いた?」

「はい」

「だからよ。全ての部活動に対して平等でいたいからって取材はお断り。大和に関しては、私が申し込む気がないの。アイツの手を借りて部数が伸びても嬉しくもなんともないわ」


 あああ……相当、部室移動の件、根に持ってるんですね……巴さん……。

 そんなたっくんの調理特訓の相手をさせられているなんて、とてもじゃないけど言えないや……。しかもそれは、巴さんの記事がデマだと証明するためなんだもん。しかもそれを新聞部員の私に証人になってもらおうって考えてるんだから、私ってば超板挟み状態じゃないか。ツライ。


「まぁ、大和にも弱点があって、それを新聞に書けたっていうのは気持ち良かったけどね。そういうネタなら大歓迎なのよ」

「そ、そうですか……」

「そうそう。アイツ、まんまとネタ提供者の宮森さんにやりこめられたけど、それじゃ終わらない気がするのよね……。アイツ、超負けず嫌いだし。これは山荘の交流会が楽しみだわ」

「ソ、ソウデスネ……」


 巴さんとの会話に、内心ヒヤヒヤだ。

 あ~あ……たっくん、あのまま料理下手キャラでいてくれないかな……。

 あ、でも待てよ……。本番ではドジっ子キャラが復活するんじゃない?

 だって、今特訓中のたっくんが手際がいいのって、もっと下手な私が一緒だから悪目立ちしてないだけでしょ? でも本番はそうはいかないじゃん。

 これは……ふふふ。本当に楽しみかもしれない。


 そうこうしている間に、私たちはJSCの最寄りのバス停に到着した。

 着いたら受付でパスをもらうことになっているんだけど、その前に伯父さんに連絡を入れることになった。

 練習公開日ってことで、本物のマスコミなんかも来てるんだって。

 私たち素人はその合間を縫って写真を撮ったり色々やらなきゃいけない。

 インタビューに関しては、後日学園でってなったんだけど、トレーナーの話も加えたい巴さんとしては、あらかじめ伝えておいて欲しいってことになったんだ。


「マスコミは他の選手たちも取材対象だからね。少しならこっちの質問にも答えてくれないかしら」

「今日が無理なら、後からでも聞けますよ」


 松丘くんと伯父さん、そして綾さんという三角関係メンバーが揃った状態を見るのはほんと、勘弁してほしい。

 三角関係とは言っても、きっと伯父さんは松丘くんが綾さんに懐いてるなって程度にしか考えてないだろう。綾さんも、もしかしたら……いやでもまさか、と本気にはしてない状態なんじゃないかな。で、松丘くんはもうフライングしちゃうくらいなわけですよ。阻止したけど。

 そんな三者三様微妙な状態の三人を正面きって会うとか、なんの拷問……。

 だから、後で話を聞いておきますよってさっきから提案してるんだけど、新聞部命の巴さんは聞いてくれない。


「どうしても、ダメだったらね。できれば、現場の空気感を感じながらお話を聞きたいの」


 いや、だからその現場の空気感が嫌なんですってば……。

 思春期の男子コ―コーセーが競技も大事だけど、恋心抑えらんねーゼ! ってなってる空気感が耐えられないんですってば!

 それなのに……。


 ピロリロリン


『取材はのどかちゃんも来るのか。伯父さんで良ければ、取材受けさせてもらうよ』


 空気の読めない伯父さんから、とても張り切った返事が送られてきてしまいました……。


 嫌だなぁ……。巴さん、鋭いところがあるから、三人揃ってるところを見たら、なにか気づいちゃうんじゃないだろうか……。

 そんな心配をしながら、ガラス越しに練習を見つめる。

 でも、さすがは日本代表。練習中は集中しているようで、松丘くんの表情もいつもよりキリリとしている。

 綾さんは、さっきから連写で松丘くんの泳ぎを撮影していた。


「すごいわね。肩の筋肉とか締まったウエストとか、ちゃんと必要な筋肉はあって、不要なものは削ってる。同じ高校生だけど、彼はしっかりアスリートなのね」


 よくわからないけど、確かにいつもの明るくてよく喋る松丘くんの印象とは違う。

 彼の知らない面を見て、なんかここに来るまで変な心配ばかりしてた自分が恥ずかしいって思った。

 そりゃそうだよね。学生とか日本とか、そういうのもう飛び出して世界で戦おうとしてるんだもん。恋とか憧れとか、そういう気持ちがあってもしっかり切り替えてるんだな。


 そう思ってたのに……。

 休憩時間になり、いくつかマスコミの取材をこなした後、伯父さんに連れられてやって来た松丘くんは、巴さんを見てぽかんと口を開け、そのまま固まってしまった。


「ま、松丘くん? ちょっと?」


 おーい。と彼の目の前で手をひらひらさせると、松丘くんはその手を急に掴んで歩き出した。


「え? ちょっと! なに?」


 痛いくらい手首を掴まれ、仕方なくそのまま一緒に部屋を出る。

 更に少し歩いた廊下で、松丘くんはようやく手を離してくれた。


「ちょっと、一体どうしたの?」

「あの人! あのひと、誰!?」

「は? 巴さん?」

「と、巴さんって、いうんだ……」

「なに言ってんの? 今日学園の新聞部も練習見にくる約束取り付けてるって聞いてたでしょ?」


 ワケがわからず尋ねると、松丘くんがやっと振り返った。

 その顔は真っ赤だ。


「あの人だよ! 昔、俺を励ましてくれた人……! これは、運命だ!」


 え? あの……ちょっと……切り替えが早すぎませんか? 綾さんへの禁断の恋とか、どこ行ったんですか?



 

 




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