5月16日(金)ご乱心なのです
今日は5月の新聞が発行される日だ。
いや、もう朝からソワソワですよ。
今も休み時間にこうしてラウンジでじーーっとラックを観察してる。
あ、今もひとり新聞を取って行った!
今回は結構手に取る人が多い気がする。
現に今、ラウンジでも読んでる人いるんだよね。
それは一面にドドーンと載ったマイケルの写真のせいかな?
巴さんから聞いたんだけど、マイケルったらかなりノリノリだったらしいよ。まあ、それは一面の写真を見ても分かる。
これ……ハリウッドスターかなんかですか……。
顔にかかる影の感じとか、これはプロのカメラマンを用意したんじゃないの?
服も私服を用意したみたいで、中のインタビュー記事では服を変えてるんだよね……。ちなみに、一面はスーツです。三つ揃えです。胸にはバラを差してます。
なんでも、新聞は白黒だからシンプルで体にピッタリと沿ったスーツが映えるよね、だそうです。バラはカラーじゃないと分からないよね?の問いには、ノーコメントでした。
あっ。また一部減った!
うー! この嬉しさを分かち合える人がいないのが残念だよ!
今日は、丞くんがお休みなんだ。
なんでも風邪をひいたらしくてね。
「アイツ、昨日からちょっと具合悪そうにしてたしなぁ……」
相棒がいないからか、珍しく風斗くんが大人しい。その風斗くんが寂しそうに呟いた。
昨日からか……どうしよう。空気が読める私としたことが、その変化に気づかなかったなんてなんたる失態! 最近色々あって忙しかったとはいってもこれは悔しい! ぐぬぬ。まさか男の風斗くんに出し抜かれるとは……!
「心配よね。如月くん、いつも九鬼くんと一緒だもの」
「山科さん……」
おおっと! これまた珍しくラウンジにいた山科さんが風斗くんに声をかけた!
藤見茶会以来、山科さんと話す機会は増えたとはいえ、山科さんは孤独を好む性格なのか、基本的には休み時間も教室で難しい本を読んでいることが多い。
まあそれも個性だよね、と思うので、積極的に誘うようなことはないんだ。
その距離感は山科さんも心地いいのか、かえって山科さんの方から「一緒にいいかしら」と入ってくることもあった。
でも、今日の山科さんは明らかに、元気のない風斗くんを気にしてのものだ。
だって、ちょっと顔を赤らめてるし!
そうだよね! 好きな人との会話のきっかけって、緊張するよね!
「……たぶん、気疲れだろうなって思うんだ。アイツ、すげー周りに気を使うし、周り見すぎて自分は二の次みたいなとこあるし。あんま丈夫じゃないのにさ」
「そうね……。きっと、高等部に上がってクラス全体に目を配るのに相当気を使ったんじゃないかしら」
え? そうなの? いや、よく気が付く凄い人だなとは思っていたんだけど、自分のライフをゴリゴリ削ってまで和を尊重する人だったの?
聞けば、なんと丞くんは以前から少し体が弱いらしい。幼稚部や初等部の頃は、よく休んでいたんだとか。で、初等部を卒業する辺りから、休むことは少なくなったものの、人当たりの良い性格と、周りをよく観察して動くことに長けていたことから、委員長などを任されるようになったんだって。でも、頑張りすぎて熱を出しちゃうことが、たまにあったそうだ。
この話を聞いて個人的に思ったんだけど、今回のことって茅乃ちゃんのことも関係してるんじゃないかな。だって、そんな丞くんが自分の想いを抑えきれずに茅乃ちゃんに告白したってことは、諏訪会長のことがあって焦ったとはいえ、丞くん自身すごく葛藤があったと思うんだ。私にフォローを頼むくらいだもんね。
今の会話、茅乃ちゃんが聞いたら気にしただろうなぁ……。
茅乃ちゃんは、転校してきたばかりのマイケルと一緒に職員室に行っている。選択授業のことなんだけど、まだ学園に慣れていないマイケルの通訳兼案内役として茅乃ちゃんも一緒に呼ばれたのだ。
「俺もアイツに頼りっぱなしだったしなぁ……」
風斗くんは相当凹んでいるらしい。
いや、私も容体は気になるけどね。
丞くんを頼っていたのはなにも風斗くんだけではない。私も、丞くんが話しかけてくれたのをいいことに、あれこれ頼りすぎてしまったという思いはある。
「……そうだ。今日の放課後、みんなでお見舞いに行く?」
以前、巴さんに近所で遭遇したから、近くだって知ってるし、その時に聞いて大体の場所も分かってる。だからまあ、行けなくはないなってふと思ったんだ。
それだけの思い付きでなんとなくそう言ったんだけど、意外な人が食いついた。
「それ! すごく、いいと思うわ!!」
「や、山科さん?」
「いや……でもホラ……丞ん家は……」
山科さんの勢いに反して、小さな声でモゴモゴ話すのは風斗くんだ。
どうしたんだろう。いつもの元気だけがとりえの風斗くんらしくない。
風斗くんこそ熱があるんじゃないの?
「うちは……丞ん家に雇われてる身分だから……」
「え? そんなこと?」
そんなことを気にしていたのかとビックリした。
確かにお父さんのふたりのお兄さんも、丞くん家が経営している球団とサッカーチームに所属してるかもしれないけど、でもそれって個々の才能があってこそ契約してるんじゃないの?
「まぁ……そうだけど、丞ん家があってこその契約金で、俺はこうして藤ノ塚通ってるわけで……」
つまり、それをご両親に言い含められているってことなのかな? 丞坊ちゃまに迷惑かけるんじゃないわよ~みたいな?
う~ん……色々難しいねぇ。
「だったら、やっぱり皆で行こうよ。1人で行くのは家族が雇われてる親会社に乗り込むようで気おくれするかもしれないけど、皆で行くならいいじゃない?」
「そうよ! 愛は身分差を超えるのよ!」
ちょっと山科さん言ってることは意味わかりませんが。
その時、ちょうど戻ってきた茅乃ちゃんとマイケルにも話すと、ふたりともそれに乗って来た。
「放課後、巴さんにも話してさ。ね? そうしよう!」
渋る風斗くんを説得して、放課後皆でお見舞いに行くことになりました。
山科さんが興奮していたように「壁をぶち破る瞬間を目撃するのね!」って言ってたけど、やっぱり意味が分かりません。
放課後、皆とは最寄りのバス停で落ち合うことにして、私は巴さんを探しに部室へと向かった。
今日は丞くんがお休みってことで、部室には巴さんひとりきりのはずだ。
それなのに、部室のドアを少し開けると、男の人の大きな声が聞こえてきた。
「どういうことだ!」
「はぁ~? なんのことですか~?」
あまりの勢いに、それ以上開ける勇気がなくて、そのままの状態でフリーズ。私がやって来たことに気が付いていないふたりの会話は続いていく。
「今日の新聞だ!」
「あら、読んでくださったの? ありがとう」
「俺の記事が載っていた!」
あ。この声、たっくんだ。
記事って……あ! タレコミ記事のことだ!
「弱点が料理だと? 一体誰の情報だ!」
「教えられませ~ん」
「くそっ! いいか! 俺はこの記事のおかげで今日一日、女子生徒に随分親し気に話しかけられたんだぞ!」
「良かったじゃな~い。あんたの女嫌い、克服できるんじゃない?」
「鬱陶しいだけだ!」
あららら。たっくんたら、女嫌いなんだ。
ププププッ。これまた新情報。
「それ、なんとかしなさいよ。今年の藤見茶会は一体どうしたの?」
「ソフト部の男子部員で固めたグループに座った」
「うっわ。むさ苦しい……。あんたの女嫌いに付き合わされてその子たち、1年にたった1度のイベント無駄にしちゃったの? ソフト部の新入部員、女の子たちだけ追い出したって聞くし……周りを巻き込むの止めなさいよ」
「うるさい。話を逸らすな!」
巴さんの舌打ちが小さく聞こえた。あらら、ごまかし作戦失敗ですか……。
「とにかく。提供者の情報は教えられないわ」
「あれはデマだ!」
「なら、堂々としてたらいいじゃない。あんまり過剰に反応すると、まるで図星だとでも言ってるようだわ」
「――くそっ!」
「あら、お話はおしまい? では、ごきげんよう」
「いいか――絶対に……」
やばい! 出てくるんだ! どどどどうしよう! 立ち聞きしてたのバレる!
私は音がしないようにそっとドアを閉めた。たっくんの声が小さくなり、聞こえなくなった。
急いで隠れる場所を探す。でも、そんな場所、廊下にあるはずがないじゃないか!
あわあわしていると、ガチャリとノブが回された。思わずドア横の壁にへばりつくと、たっくんは乱暴にドアを閉め、振り返ることなく立ち去った。
……ば、バレてないよね? なんとか、助かったよね?
あ~ドキドキした。
あ、いけない。きっとそのままソフト部に行くだろうから、その前に入ってしまおう。私は静かに、でもすばやくドアを開けると体を滑り込ませた。
「――ったく。捜し出すって、一体どうするっていうのよ。まったく面倒な男ね……うわ! ビックリした! のどかちゃん、いつ来たの?」
「たった今です!」
ええ、ええ。たった今です。何も聞いてないし、誰の訪問も見てません。本当です。
その後、巴さんに事情を話すと、部活を切り上げて私たちを家に連れて行ってくれることになった。
いつも騒がしい風斗くんは緊張からか口数が少なくなっている。対する山科さんは、なぜか鼻息が荒くなってるし……。なんだコレ。
同行したメンバーに多少の不安を感じながらも、わが家の近所までやって来た。見慣れた風景にちょっと安心する。
うちのマンションのひとつ横の道に入り、長い坂道を上っていくと、閑静な住宅地になった。住宅地とはいっても、それぞれが凝った高い塀に囲まれた大邸宅が並ぶ。
うちのマンション周辺は、高級マンションが多いんだけど、この辺りは一戸建てが多いらしい。巴さんが立ち止ったのは、そんな中でも一際大きな門の前だった。
こ、これは……風斗くんじゃなくても緊張するわ……。さすが球団やサッカークラブを所有する会社の社長宅……! ものすごい大豪邸でした。




