5月12日(月)危機一髪なんです
ゴールドバーグデパートのレセプションパーティー招待状にはこう書かれていた。
『6月1日(日)のオープンに先立ちまして、5月31日(土)にレセプションパーティをおこないます。
是非、ご家族と一緒にご参加ください』
アバウト!
こりゃアバウトだねぇ。ざっくりしてる。
う~ん……ドレスコードとかあるんだろうか……。
ご家族と一緒に、ということだから、そんなに堅苦しいものではないんだろうと思うんだけど……。
どうしようかなぁ。まだ少し日にちがあるから、リサーチすることにしようかな……。
パーティーには、諏訪生徒会長と和沙さんのお家が招待されていることが分かっている。
週末の内にトークアプリで聞いたところによると、茅乃ちゃんも、丞くんも招待されていた。
茅乃ちゃんはマイケルの家とは昔からの家族ぐるみのおつきあいだったということで。そして、丞くんはお家が新聞社だからというのが大きいようだ。大きく記事にしてもらって、宣伝してもらおうってことだね。
この時点では、風斗くんは招待されてないようだったけど、学園に行くと珍しく早く登校していた風斗くんが嬉しそうに招待状を見せてくれた。どうやら、マイケルから直接もらったみたい。
「お前らも行くんだろ? 俺、実はこういう場ってあんまり慣れてないんだよな~。なあ、どんな感じなんだ?」
慣れてないのは私も一緒。
風斗くんの質問は、まさに私も知りたかったことだから、私も一緒になって身を乗り出した。
「どんなって……単なる立食パーティーだよ。難しい話は大人たちに任せればいいさ。デパートも開放されているから、買い物もできるよ」
おお。正式オープン前に買い物もできるのか~。特別感あるよね。ということは、やっぱり堅苦しい恰好で行かなくてもいいのかな?
「そうだね。人数多いし、デパートはそれなりに広いし……。ま、一応パーティーだからジーンズは困るけどね」
「でもこのパーティー会場って、どこ? ゴールドバーグホールって聞いたことないんだけど」
もしも会場がデパートより離れていて、外移動が伴うなら色々面倒だ。
すると、マイケルが驚くべきことを口にした。
「デパートの上だよ。売り場の上に、催事場にも使える多目的ホールや、小劇場なんかがあるんだ」
「えっ!?」
なんでも、お得意様を招待してのブランド主催のイベントや、ファッションショーなどのために作ったスペースだと言う。
それ以外でも、デパートお抱えのスタイリストがいるゆったりとしたつくりのフィッティングサロンで売り場に出ずにお買い物とサイズのお直しができたり、あとは系列会社の高級エステに、メイクルームと、とにかく至れり尽くせり。
普段着で来たお嬢さんをこのデパートだけでお姫さまに変身させることができる、夢のデパートだ。
そして極め付けが屋上。
デパートの屋上というと、ビアガーデンとかちょっとした遊具があったり、あとは緑化運動だよね。でも、ここは違う。
なんと、ヘリポートになってるんだよ!
21世紀のお姫さまは、デパートで変身すると、ヘリでデートに向かうのです。
すげえなアメリカ!
この話を聞いて、そりゃあ建設現場の看板に“複合施設”って書かれるわけだわ、と妙に納得しちゃったよ。
ラウンジで話してたんだけど、周りは耳がダンボになってる。
ほんと、現金なもので、マイケルが私たちのグループに入って以来、茅乃ちゃんや私、そして風斗くんに対するみんなの態度が変わった。
結菜嬢の取り巻きの中心人物である、鍋谷さんや中田さんはまだ結菜嬢のそばにいるけれど、こちらに対する高圧的な態度は見えなくなった。それに、実は結菜嬢の態度にも変化があった。
私たちなんていなかったかのように振る舞っていた結菜嬢が、じっとりとした目で見るようになってきたんだ。
私たちに対して無関心だった彼女は、じっと私たちを見ることなんてなかった。それは、無視というほどあからさまではなかったものの、正直最初は戸惑ったよ。でも、そのままで良かったと今では思う。それ位、じっとりとした目つきなんだ。まとわりつくようなその視線がなんだかとても怖かった。
* * *
放課後、私は結局資料室に向かっていた。
結局、まとめた記事と載せる写真が合わないものがあって、確認に行くことになったんだ。
手のひらで鍵穴を覆い、ゆっくりと鍵を回す。
カチリと小さな音がすると、いくら手で覆ってても冷や冷やする。
音を立てないように、そーっと室内に入ると、和沙さんの声がした。
(今日はもう来てるんだ……)
がっくりと肩を落とす。
2人がいると、本当に作業に集中できないんだよなぁ……。
音を立ててしまうのが怖くて、いつもよりも作業に神経を使う。
結果、下校時間ギリギリまでやっていても思ったように進められないんだ。
(早く生徒会室に戻ってくれないかな……)
そう思っていると、意外な人物の声が聞こえた。
「教えてくれないだと?」
冷たく響くその声は、たっくんのものだった。
「ああ。枚数が合わなかった予備の招待状、1枚抜き取っていたことを、じじいが認めた。だが、それを誰に渡したか、教えてくんねーんだ」
「総帥自らが、招待したということか」
「最初はそれすらもはぐらかしてたけどな」
なぜか、総帥は私を招待したことを内緒にしているらしい。どうしてだろう? まぁ……私も変に目立つのは嫌だから、その判断は助かるけど……。
「だが総帥もご高齢だ。おひとりでは動かれないだろう」
「あ~……そうだな。秘書……安田か……?」
ぐは! そ、それは止めてください!
確か、パパが総帥の秘書さんが会社にやってきたと言っていた。秘書さんはさすがに口を割るんじゃないだろうか。
嫌だあ! ただ目立ちたくなかっただけだったのに! 隅でひっそりと座ってただけなのに、なんで探されてるんだよう! 私が何をしたっていうのさ!
「安田はなぁ……じじいの命令は絶対だから、教えてくれないだろうなぁ……」
「運転手もか?」
「じじいに同行したならともかく、安田が単独で動いたのなら、自分で運転しただろうな。じじいに極秘ミッションとか言われてたら、カーナビの走行履歴を消すくらいはしてるだろうし」
なんだろうこの綱渡り感覚。すっごい疲れる……。
でもまぁ、この様子だと、私までたどり着くことはなさそうだな。
そうホッとした時だった。
たっくんがとんでもないことを言い出したのである。
「待てよ……。篁家は、いつも進学祝いのパーティーを開いているよな? 総帥が自ら招待したとなると……進学祝いの場にもいた可能性が高いんじゃないか?」
「そうか……! じじいが変な動きをし始めたのはその頃から……よし。そっちも名簿も当たってみるか」
やーめーてー!
話の展開に動揺した私は、思わず立ち上がってしまった。
ガタンッ
イスが倒れる音が大きく響く。
「なんだ? 隣か?」
「おい! 誰かいるのか!?」
ヒィー! どうしよう!
慌てた私はバッグを掴むと、すぐにドアに向かった。逃げるしかない! 盗み聞きじゃないんだけど、違うけど! でも私は色々聞きすぎてしまった。
隣からもバタンと大きな音がした。どうしよう。誰がいるのか、確認しに来ようとしてるんだ。急がなきゃ!
ドアノブに手をかけようとしたその時、その手を強い力で引かれ、もう片方の手で口を塞がれてしまった。
「!?!?!?」
なに? 誰? 怖い!
「黙って。ほら、この棚に隠れて」
耳障りのいい声が間近で囁く。
見上げると、そこには阿久津先生がいた。
「ほら、早く。篁くん達が来てしまいますよ?」
私がコクコクと頷くと、先生は資料棚のひとつを開けた。そこは空っぽで、人が座って隠れられる位のスペースがあった。
中に入り込み、体育座りをしたところで、棚の扉は静かに閉められた。それと同時に、資料室のドアが乱暴に開けられた。
「誰だ!」
たっくんの鋭い声が聞こえる。
私は隠れてもなお、その声に驚き肩が跳ねた。心臓がバクバクとうるさい。
「ねえ。誰か分かった? あれ? なんだ。阿久津せんせーじゃないですか」
「先生……どうしてここに?」
「ここは新聞部の資料室なんですよ。最近、顧問になったので、資料の保管状況を確認していたんです。もっと広かったはずなんですが……どなたかの手で、半分の広さになっているようですねえ」
「あ~っと……。それはぁ、雨音が会長の仕事に集中できるようにと思ってのことですよ。ほら、せんせーは生徒会の顧問でもあるんだから、現状を知ってるじゃないですか」
和沙さんの口調は、すっかり柔らかくなっている。まったく……大した演技力だ。
「ええ……紫藤さんですね。私も反対したのですが……理事長がどうしてもと……。まあ、勝手に会長室を作ったことは、今回は多めに見ましょう。確認したところ、資料もバラバラにはなっていないようですしね」
「やったぁ! せんせーありがとー!」
「――失礼します」
阿久津先生の説明に納得したのか、ふたりはすぐに生徒会室に戻って行った。
だけど、勝手に資料室を半分使ったことを気にしているのか、隣の会長室につながるドアは閉まったままだ。
それでもなんとなく、出づらい。棚の中で膝を抱えていると、外から先生の声がした。
「さて。もういいですよ」
静かに扉が開けられる。
すると、入り込む時に落としたのか、資料室の鍵が床に落ちているのが見えた。
先生もそれに気づき、拾い上げる。すると、楽しそうに笑った。
「秘密箱の中の鍵に、資料室の鍵……ですか。のどかさんは面白いですねえ」
何が面白いのかさっぱり分からない。
でもとりあえず助かったので、お礼を言った。
それにしても、先生はいつから資料室にいたんだろう? 入ってきたことに、私は全然気が付かなかった。
「言ったでしょう。資料の保存状態を確認するために、ここに来ていたんですよ。棚の資料を見ていたら、のどかさんが入って来たんです。でも、しゃがんでいたからか私に気が付かなくて……出づらくなって隠れてしまいました」
「言ってくれたらよかったのに。助かったけど……びっくりしました」
「すみません。でも……隣から聞こえる話に表情をくるくる変えるのどかさんが愛らしくて……きっと私が出て行ったら、やめてしまうのだろうなと思うと、勿体なくて、じーーっと見つめていました」
思わず頭突きをした私は、悪くないと思う。




