5月8日(水)救世主が現れたようです
「おはよう!」
…………
ええ、ええ。そんな気はしていましたよ。
元気よく挨拶しながら教室に入ると、それまで楽し気に談笑していたクラスメイトが突然話を止めた。
それどころか、ハッとこちらを見てもサササッと目を逸らすし、何人かはスッと立ち上がるといそいそと教室を出て行った。
その中には、クラスの女王、真白結菜嬢もいた。でも、彼女は一切私に目を向けない。「おちらに参りましょう。結菜様」と鍋谷さんに言われ、面倒くさそうに立ち上がる。それに女子が数人、ゾロゾロとついて行った。そのうちの1人、中田さんにはすれ違いざまにギリッと睨まれたよ。
敵認定ですか。そうですか。
ふぅ、とため息をつきながらバッグを机に置く。
あの子たち、きっとラウンジに行ったんだろうなぁ。
私もこれから行こうと思ってたんだけど……。う~ん……。
面倒だ。面倒なことになった。
第一、明らかに諏訪会長や丞くんに好意を寄せられている茅乃ちゃんが妬まれるならわかる。いや、それを行動に出すのはいかがなものかと思うけど、憧れの先輩とかクラスの人気者っていうなら、なんであの子だけ……と嫉妬めいた感情を持つってあるだろう。ちょっと前まで私もほんのりチリリと胸を焦がしたからね。思春期の女子だもの。そんな感情を受け止めきれないってこと、あると思う。
でもね!
私はまるっきり濡れ衣ですから!
私は浬くんのことなんとも思ってないし、彼もそうだ。
むしろ、私の親戚のおばさまに恋心抱いちゃってんじゃね~よ。ゴルァ!と思っている。
そりゃあね、縁というものは繋がる時もあれば、離れる時もあるだろうさ。
でも、速水家は私が見る限りではとても仲の良い円満家族なんだ。
万が一にも、綾さんが伯父さんを振って浬くんの想いに応えるって、ないと思うんだよねぇ……。
そんなことを考えていると、丞くんがやって来た。
「おはよう、のどか」
「おはよう!」
「えっと……」
丞くんの目が前の席に移る。
「茅乃ちゃんならまだ来てないよ」
「そ、そっか」
先回りして答えると、丞くんは照れくさそうに頬をかいた。
「顔に出てる?」
「う~ん……。そうだね。でも、いいんじゃない? だってふたりの間ではちゃんと話して解決してることでしょ」
それなら周りがどうであれ、そこまで気を配ることはないんじゃないかな。
でも昨日のこともあるし、茅乃ちゃんが遅いと気になるね。
よし。ちょっと様子を見にいこうかな。丞くん……も、行くよね。勿論。
鍋谷さんたちは今日は結菜嬢の取り巻きに戻っているし、彼女たちがまた茅乃ちゃんに何かしてるとは思えないけど、同じクラスでアレだもん。茅乃ちゃんのことをよく知らないで、他のクラスの子たちがいちゃもんつけてたら大変だ。
と思ったら、茅乃ちゃんはエントランスホールに1人突っ立ってました。
「おはよう、茅乃ちゃん! 何してるの?」
「おはよう。のどかちゃんに九鬼くん。あの……今、人を待ってるんだけど……」
「え? ……それってもしかして、諏訪会長?」
うわぁ……一気に丞くんのテンションが落ちてるよ……。
「え? ち、違う……! あの、マイコを……」
「あ! この前言ってた子? そうか。転校してくるって言ってたよね? 今日なの?」
「そうなの……」
「あ、そうなんだ! なんだ、ビックリした! あははは!」
え~……めっちゃわかりやすいわ……丞くん……。
待ってるのが諏訪生徒会長じゃないとわかった途端に、声がめっちゃ元気になってるんですけど。あはははって笑っちゃってるんですけど。
しかも名前からして、待ち人が女の子ってわかったしね。まだまだ俺、チャンスがあるぜ!って思ったんだね。
「でも……もうすぐHR始まるよ? 転校生なら、もう来てて職員室に行ってるんじゃないかな」
「あ……そうなのかな……。久しぶりだったから、会いたかったんだけど……」
丞くんの言う通り、エントランスホールの人もまばらになってきた。
そろそろ教室に行った方が良さそうだね。
てことで、3人で教室に向かっていたら、後ろからバタバタと大きな足音がした。
「待ってよ! ねえ! みんな俺を迎えにきたんじゃないの!? なんで先に行くんだよぉ!」
風斗くんだった。
忘れてたよ。ごめんごめん。
転校生の噂は他のクラスメイトにも広まっていて、HRは少しざわざわとしていて浮足立っていた。
そうだよねえ。転校生って、なんか新しい風もしくはトラブルを運ぶってキャラじゃん。漫画とかアニメとか映画だと。
しかも、5月初めっていうこの微妙な時期! なんかありそうな空気を醸し出しているよね!
マイコちゃんは相当な美少女だよ? 見たのは数年前のパーティーの集合写真だったけど、それでも分かるくらい美少女オーラ出してたんだから。
これは……男子はざわつくんじゃないだろうか。
と、思っていたら、先生と一緒に現れたのは金髪碧眼の美少年でした。
ど、どういうこと?
マイコちゃんは!? マイコちゃんは!?
金髪碧眼の美少年はスラリとした長身の持ち主で、隣の先生がやけに小さく見えるほどのモデル体型だ。
少し少年ぽさは残ってるんだけど、同級生と較べると肩とかやけにガッチリしていて、大人びて見えた。
勿論、ざわついているのは女子の面々だ。
「皆さん、静かにしてください。今日は転校生を紹介します。マイケル・ゴールドバーグくんです」
紹介された男の子は、一歩前に出るとぴょこんと頭を下げた。
マイケル……マイケル……マイコー!!
なんだよ! マイコじゃなくってマイコーかよ! 茅乃ちゃん発音良すぎるよ!
なんてこったい! てっきり女の子だと思ってたのに!
それは丞くんも一緒のようで、なんだかソワソワし始めた。
こっちをチラチラ見るのは止めてくれませんか。聞きたいことがあるなら自分で聞けばいいじゃないですか。なんでそんな視線を私に寄越すかな!
……もう!
「ねえ、茅乃ちゃん。茅乃ちゃんが今朝待ってたのって、あの子?」
「そうよ? マイコー。ほら……前にのどかちゃんに写真見せたでしょ?」
「私、てっきり女の子かと思ったよ。ほら、髪を巻いたハーフっぽい女の子がいたでしょ?」
私の言葉に、茅乃ちゃんは少し考えた素振りを見せる。
「あ。それ……多分私の従姉だわ。マイコーはその隣にいたはず……」
なんと……見間違いでしたか……。
「えーっと、じゃあキポ島のリゾートホテルに学校の長期休みの間滞在してたっていうのが、マイケルくん?」
「そうよ?」
そのマイケルくんは檀上から茅乃ちゃんを見つけ、嬉しそうに笑顔を見せると手を振ってくる。
どうやら私よりも丞くんの戸惑いの方が大きいみたいだ。
* * *
「カヤ!」
「マイコー!」
HRが終わると、ふたりはハグして楽しそうに話し始めた。
何を? って、それは全然分からない。なにせ日本語じゃないんだ。英語にも聞こえないけど。
後から聞いたら、どうやらキポ島は昔、ヨーロッパにある小国の王族が所有していたらしいんだよね。それで、公用語がフランス語なんだって。
それにしても、茅乃ちゃんがこんなに早口でしゃべるの初めて見たよ!
ちょっとなかなか入れる雰囲気じゃないんですけど……。
すると、一通りの話が落ち着いたのか、マイケルくんがこちらに目を向けた。
「初めまして。ボクはマイケル。皆もマイケルって呼んでよ」
日本語上手! 日本の高校に転校してくる位だしね。かなり流暢だ。
「私はのどか。よろしくね」
ニッコリと笑うと、目がなくなっていきなり幼くなる。
おお……これは……学園に新たなアイドルが誕生した。そう思ったね。
「失礼。ゴールドバーグってことは、あの、高級デパートのゴールドバーグ?」
「そうだよ。知っているの?」
「てことは、日本進出って噂は本当だったんだ?」
ん? なになに? そんなに有名なの?
不思議そうにしていると、丞くんが説明してくれた。
ニューヨークに本店があるゴールドバーグデパートは、高級マンションで有名で、そこに出店することがブランドのステイタスと言われるほどのものなんだそうだ。
今までロンドンとパリに支店ができてたんだけど、次は東京かって噂があったんだって。
それを聞きつけて、朝ツンとしていた子たちが集まってきた。
「ゴールドバーグが日本でオープンって本当?」
「えー。私、是非通いたいわ!」
「すごーい。千石さん、ゴールドバーグと親しいのね」
「私にも紹介して!」
おっと君たち。現金にもほどがあるぞ。
いかにも茅乃ちゃんと友達デースみたいなフレンドリーな感じで話しかけてきたけど……。それほどゴールドバーグっていうのはセレブの中でも大きいんだろうか。
「えー。でも、どこに?」
「もしかして……あの……白銀デパートのはす向かいに大きく囲まれてるあそこかしら……」
「ええっ? あそこ? チラッと見えるのが石造りのお城のような建物よね? 工事の看板には複合施設ってあったけど、まさかデパートだったなんて」
「ハクギン? ああ、そんなことを兄が言ってたよ」
「えっ……」
「今夜には公式発表なんだけど、来月オープンなんだ。兄が社長をすることになってね。いずれはボクがって話になっていて、それで兄と一緒にこっちに来たんだ」
……おや? 女の子たちが大人しくなった。
彼女たちが恐る恐る後ろを振り返ると、そこにはこちらを見据え、唇を噛みしめている結菜嬢がいた。
女の子たちは少し迷っているようだったけれど、なんと、次の瞬間にはマイケルくんにオープニングセレモニーに参加したいとねだり始めた。
はやっ! 切り替えはやっ!
こわい~。女の子ってこわい~!
いや。背後には男の子も来てる……! セレブ社会ってこわい!
私と茅乃ちゃんは顔が引きつってしまった。




