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5月7日(火)お尋ね者ですか?

 鍵って、こりゃ一体どういうことですかね。

 ゴールデンウィーク明けの火曜日、久しぶりに学園のラウンジの隅に座って考えていると、私の目に結菜嬢の姿が飛び込んできた。

 結菜嬢の制服の襟元には、クラウンのブローチがついている。

 おかしい。

 私の手元にも、あのブローチの石違いがあるはずなのに。

 和沙さんのお家のティーパーティーで、総帥に渡された秘密箱。あの中身は、小さくて古い鍵だったんだ。

 どういうこと?

 そもそも、皆が受け取っていたお土産のあの箱は、秘密箱じゃなかったってこと?

 同じ包装紙でラッピングされていたから、私はてっきり同じ物だと思ってたんだけど……。


(う~ん……)


 “秘密箱”そして、“小さな古い鍵”


 これが一体何を指すのか、私にはさっぱり分からなかった。


 …………


 は! これはまさか! 私がクラウンのブローチなんてそんな上等なもん、まだ似合わないんだよってことですか! 総帥!


(まさかな~)


 総帥はそんな回りくどいことをする人とは思えない。

 そう思ってるなら、私をあのパーティーに呼ばないはずだ。

 パパは、総帥の秘書さんが職場に突然やって来て招待状を手渡して行ったって言ってた。てことは、総帥が私を呼んだってことでしょう?

 でも、じゃあこの箱の意味は何か? そうなるとほんとお手上げだ。


 それにしても、今日は茅乃ちゃん遅いなぁ。もうすぐ朝のHRが始まる時間だっていうのに……。

 隣に座る丞くんもソワソワして、しょっちゅう廊下を見ている。話しかけても返事は上の空でね。わかりやすいったらないよね。

 そりゃあ、告白後初めて会うんだし、ここでどう接するかで今後の付き合いも変わってくるだろうからね。失敗できないんだから、気もそぞろになるよね~。

 そんな丞くんを見ると少し胸が痛むけど、こんな姿を見せられては、私の気持ちなんて仕舞い込むしかないってもんですよ。


「茅乃ちゃん、遅いね」

「えっ? あ、うん。そうだね」

「まさか日本のゴールデンウィーク事情に慣れてなくて、今日も休みだと思ってるとかな」

「まさか。風斗じゃあるまいし。宿題だってちゃんとやってると思うよ」

「しゅ、宿題!?」


 丞くんの言葉に慌てたのは風斗くんだ。まるで、シュクダイなんて言葉、初めて聞きましたって言い方だけど……ちゃんと先生言ってたよ? 目の前の席なのに、覚えてないのかな……。


「そんなのあったか!?」

「お前だってテキスト受け取っただろう」

「はぁ!? テキスト!? なんだそれ。俺、全部机に入れたままだぞ?」


 うわぁ。それ、折り目ひとつついてないテキスト机に入れたままお休み入っちゃったんじゃん……。もうさすがとしか言いようがないんですけど……。


「はぁ……。まったくお前は……。回収、放課後にしてもらうよう先生にかけあってやるから、それまでに写せよ」

「サンキュ! 丞! んじゃ、さっそく!」


 おつむだけではなくフットワークも軽い風斗くんはあっという間に教室に戻って行った。

 これは……わざと風斗くんを遠ざけましたね?


「茅乃ちゃんのこと、心配?」

「……僕のせいで、学園に来づらくなってるんだとしたら、どうしようって」

「そんなこと、ないと思うよ。茅乃ちゃんだって丞くんを頼ってるし、丞くんの存在に助けられてるとこも多いと思う」


 すると、丞くんは少し微笑んだ。でもそれは、なんだか寂しそうな笑顔だった。


「今は……それで我慢するしか、ないんだよね」

「…………」


 その言葉だけで、それが丞くんの望みではないんだろうなって分かる。

 そんな丞くんに私はちょっとびっくりした。

 どんな形でも、一緒にいられる嬉しさを取った私って弱いのかな。それとも、丞くんとは違うものを見ているのかもしれない。

 私は確かに、丞くんが好きで特別だって自覚した。勿論自分の気持ちが通じて、“好き”を返してもらえたらすごく嬉しい。でも正直……恋人関係になった後に関しては想像がつかない。

 でも、それが丞くんには見えてるみたいだった。

 恋愛って人それぞれだろうけど、そんな丞くんを見てたら私はまだまだだなって思っちゃったよ。

 なんだか少し、丞くんが遠く感じた。

 どう応えようか、ちょっと迷っていると、やっと茅乃ちゃんが姿を現した。


「来た! 茅乃ちゃん、おは――」

「様子が変だ」


 私の声にも気づかず、茅乃ちゃんは俯いたまま歩いている。その顔はなんだか青ざめて見えた。

 いち早く気づいた丞くんが茅乃ちゃんの元へと向かう。私も慌ててその後を追った。


「茅乃ちゃん。どうしたの? 何かあった?」

「……え? あ、あの……おはよう」


 ハッと顔を上げ、何かを言いかけた茅乃ちゃんだったけど、丞くんを見て口をつぐむ。そして私もいることに気づくと、もの言いたげな視線を寄越した。


「あ……えっと。僕、外そうか」

「え……ううん。あの……」


 少し傷ついたように声のトーンを落とす丞くんに気づいて、再び茅乃ちゃんが俯く。どうしたらいいんだろう……迷っていると、数人のクラスメイトが通りがかった。


「あら。まだ教室に行ってなかったの? どんくさいのね。男の気をひくのは早いくせに」


 悪意に満ちたその声が、なにを指しているのかわからなかったけれど、その声にビクッと身を震わせ反応したのは茅乃ちゃんだった。

 声の主は鍋谷さんで、茅乃ちゃんを睨み付けている。さっき結菜嬢と一緒にいないな~と思ったら! 鍋谷め!


「おい。いきなりなに言い出すんだ」

「九鬼くん。この女には気を付けた方がいいわ。あなたの告白への返事は保留にしていながら、雨音さまともランチの約束をしてるのよ」

「えっ?」

「私、見たもの。お休みの日、千石さんと出かけていて、告白したでしょう」


 鍋谷さんに隠れるように立っていた小柄な女の子が話し出した。

 この子、結菜嬢の取り巻きのひとりだ。名前は確か、中田さん。下の名前はなんだったかな。印象の薄さそのままに、いつも誰かの影に隠れているような子だった。

 それにしても、人目につくような場所で告るとか、余裕がなかったとはいえ、丞くんそれはちょっとどうかと思う。

 丞くんは内部生からも信頼の厚い優等生で、クラスを上手にまとめる存在として委員長になった。私や茅乃ちゃんと親しくしているもの、クラスメイトとしての責任感からだと考えていた人も多いだろう。それが、実は恋愛感情でした~とか、面白くない人もいるだろう。その上、学園のアイドルである諏訪生徒会長とも親しいとなれば、女子の反感を一気に買うというものだ。

 でも、それは言いがかりもいいところだ。茅乃ちゃんが望んでそうなったわけではないんだし。とは言っても、この状態で丞くんが庇うのは逆効果と思われた。

 じゃあどうしたらいいんだ。

 困っていると、私を呼ぶ大きな声がした。


「のどかちゃん!」

「えっ。松丘くん?」


 ただでさえややこしい事態で、誰がどう出るかってピリピリした空間に、明るく陽気な笑顔を見せてやって来る。

 え。空気読んでよ! 脳筋じゃないとは言っておきながらその体育会系爽やかスマイルなんなんだよ!


「この前頼んだアレ、どうなった?」

「え。持ってきたよ」

「サンキュ。じゃあ、後でな。一緒に行こうぜ!」

「は、はぁ」


 ニカッと太陽のような笑顔で私の頭をくしゃっと撫でると、走って行ってしまった。

 なに? それだけ? そりゃ今日は選択授業あるけどさ。ここまで来たなら持っていってくれればいいのに。なんで教室移動一緒にしなきゃいけないのさ。

 まったくもう。とかそんな風に思っていたら、アイタタタ。なんか頬が痛いです。突き刺さるような何かを感じます。


「……最低!」

「は?」


 中田さん? あの、めっちゃ顔怖いんですけど。私めっちゃ睨まれてるんですけど。


「あんたは浬くんなワケ? 一体どんな手を使ったの? 彼はみんなのアイドルなのに!!」

「はぁ?」


 おいおい。頼まれ物を持ってきただけなのに、なにこの言われよう。


「今年の外部生は最悪ね! 見てらっしゃい。いつまでも好き勝手になんかさせないんだから!」


 捨て台詞を吐き、鍋谷さんたちは立ち去った。

 私は何がなんやらポカーンだし、茅乃ちゃんは青ざめてるし、丞くんは茅乃ちゃんを気にしつつも、こんな事態を招いた一因もあると思っているのか気まずそうだ。

 え、なにこれ。なにこの空気。


「おっはよ~。いやぁ、ギリセーフ!……って、なにしてんの? まさか俺を待ってた?」


 こんな時にのんきな笑顔を見せる風斗くんが憎い。

 それは3人とも同じだったと思う。



 * * *



 お昼になって、図書館に行こうか迷っている茅乃ちゃんを励まし、私たちはいつも通り図書館に向かった。

 だってさ、いくら言われようが周りには関係ないじゃん。茅乃ちゃんが友達だと言えば、それはトモダチなんだよ。それを名前もうろ覚えな単なるクラスメイトに言われて取りやめるとか意味がわからない。

 少しは意地みたいなものもあったんだと思う。

 やっぱり急にこんな有名なセレブ学園に入学って、私も怖かったわけだ。巴さんや丞くんのおかげで、「あ、やっていけそう」ってホッとしたけどね。すぐに茅乃ちゃんや風斗くんとも仲良くなれて、すごく恵まれてたなって思う。

 でもそれ以外は? そう考えると、決して好意的ではなかったんだよね。

 向こうなりに理由はあったんだと思うよ。伝統ある学園に毛色の違うヤツが来やがって位には思われてたかもしれない。セレブ社会で見たこともない成金が来て、あー面倒くさいとかね。だから諏訪生徒会長をはじめ、暗黙の了解で遠巻きに見つめていた学園のアイドルと親しくなったことで、その感情が爆発したんだと思う。

 いや、でもやっぱり余計なお世話だわ、と思うわけだ。

 かと言って! 私が松丘くんをどうこうしようとしてるとか違うから! 誤解もいいとこだから!

 なんか勝手に色々巻き込まれたり誤解されたり言いがかりつけられたり、本当に意味がわからない。だからって、大人しくするとか癪に障る。

 と、意気込んで向かいましたところ、鍵がかかっていました。

 ドウイウコトー?

 ラウンジとはいえ、設置されている場所が図書館という場所柄、図書館の静寂を守るためにドアで仕切られているんだ。

 ドア……ドア?

 じゃあ、アプリで開けれるんじゃない? と思ったけど、ダメでした。開錠アプリで自分のID読ませてもピーともプーとも言わない。

 え~……せっかくランチボックス買ったのに~。今日は中華! 金華ハムの炒飯と棒棒鶏サラダだ。めちゃくちゃ楽しみにしてるランチなのに……今から学食戻っても、4人席空いてるかな?

 すると、中からガチャリとドアが開いた。


「どうぞ。待ってたよ」


 にっこりと天使の笑顔を見せて和沙さんが開けてくれた。

 待ってたって言うわりに、ガッチリ鍵はかかってましたけどね……。


「僕たちのランチ場所が一部の生徒にバレてしまってね。でも、お昼くらいゆっくりしたいでしょ? そうしたら先生が鍵を預けてくれたんだ」

「あの……私たちの所為でしょうか……」

「そうだろうな。俺たちだけの時は、暗黙の了解で皆そっとしておいてくれたものだ」

「あっ……」

「大和。そんな言い方はないだろう」


 萎縮してしまった茅乃ちゃんを、諏訪会長が庇う。その様子を見て、丞くんは唇を噛みしめた。


「あ~、腹減った。ほら、早く食おうぜ」


 だから……風斗くん。君は本当、空気が読めない子だね……。時折羨ましく思えるほどだよ。

 それにしてもたっくんは本当に感じが悪い。私たちが邪魔なら、そっちが出ていけばいいのにさ。


「和沙。本当にこれで全員なのか?」

「だからそうだってば」


 いつもツンとしていてとっつきにくい感じだけれど、今日はいつもにも増して機嫌が悪そうだ。イライラしたように、目の前に置いた紙を指でトントンと叩いている。


「大体、そんな子いた? 僕見てないけど」

「いた。ずっと隅の席にいて、総帥と話していた」

「じじいと? 大体、じじい自体来てないはずなんだけど」


 和沙さんはお手上げとばかりに手を挙げる。

 でも、うっかりその会話を聞いてしまった私は味わっていた金華ハムを吹き出しそうになった。


 それって……もしかして、私のことですか?


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