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5月5日(日)正体が判明しました

「のどか。中身は何だった?」


 春らしい陽気の中、リビングでぼーっとしていたらパパに突然そう尋ねられた。


「中身?」


 はて。なんのことでしょう。


「おいおい。まさかまだ開けてないのかい? 総帥からいただいたんだろう。秘密箱だよ」

「……あっ」


 忘れてました。すっかり忘れてました。そういえばそんな物ありましたね。

 それにしてもパパ。総帥からいただいた物とか紛らわしい言い方やめてよね。あれは出席者全員から配られた物なんだから、参加賞みたいなもんですよ。

 それに、中身はクラウンのブローチなんだよ。中にはめ込まれた石の色は分からないけどね。――でも、さすがにそろそろ開けなきゃマズいよねぇ……。


 結局、家で奮闘していても埒が明かないので、人の手を借りることにした。とは言っても、パパはもう手伝ってはくれないし……。というわけで、秘密箱を持ってやって来たのはくまのカフェだ。

 他にも色々考えてみたんだけど、あのティーパーティーに参加したことを隠してる以上、学園に持っていくのは避けた方がいいでしょ。いくら丞くんや茅乃ちゃんは知ってるとはいえ、誰に見られるか分からないしね。


「いらっしゃいませ! おひとり様ですか?」


 迎えてくれたのは、千香さんだった。相変わらずのホニャッとした笑顔。あぁ~癒される。それにしても……おひとり様ですか?って、もしかして私に気づいてないんだろうか。


「千香さん、私、のどかだよ」

「えっ? ああ! のんたん! いつもと雰囲気違うから気づかなかった!」


 ええ~。帽子かぶってるだけでまたこの反応……。みんなどれだけ私を髪型で認識してるの……。モコモコ頭しか見てないのか!ていうか、千香さん……前も私の帽子姿見てるはずなのに!

 私のジト目に気が付いたのか、千香さんはごまかすように「へへ……」と笑う。まったくもう!


「ええっと、じゃあお席に案内するわね! えっと……」


 広い店内を見渡すと、空いている席は奥にある4人掛けの大きなテーブルだった。う~ん……私ひとりだし、あそこに座っちゃうと満席になるよね?


「あのう……。ご迷惑じゃなかったら、またスタッフルームでもいいですか?」

「え? いいの?」


 うんうん。その方が混雑ぶりを気にすることなく向き合えるしね。時々休憩にと交代でやって来るスタッフさんとのお喋りも楽しい。こちらに知り合いが少ししかいないんだから、街の情報や流行りのお店なんかも聞けて嬉しいんだよね。ネットで情報集めもいいけど、こうして得る情報って重みが違うよね。


(あ、ネットと言えば……)


 ハルさんに返信していないことを思い出して、スマホを取り出して操作する。

 あれ以来、ハルさんとは時折メールのやり取りをする仲になった。

 ハルさんは色々なお店に行ったりしているみたいなんだけど、中でもくまのカフェはお気に入りらしい。

 くまのカフェは常連が多いお店だ。和三盆ドーナツを始め、裏メニューが多いのは、実は特別感を狙ってのことではない。

 由香さんが教えてくれたんだけど、なんでもオーナーのクマさんのずぼらな面が出てしまっているらしい。

 初めは新メニューもちゃんとメニューに載せてたんだけど、なんとそれが面倒になってしまったそうだ。

 カウンター上部に貼り紙をしたこともあるけれど、なにせ広さが自慢の元倉庫。そんなんじゃ一部の人にしか見えない。じゃあどうしようか? そうなった時、クマさんが出した答えは「もういいや」だったそうだ。

 元々常連が多いカフェ。店員とは顔なじみで言葉を交わす人は多い。その時に言えばいいじゃんってことらしい。なんとまぁ商売っ気がないというか何と言うか……。でも、ハルさんはそこがとても気に入ったらしい。

 昨晩はこんな会話をした。


『肩肘張らずに過ごせる。そんなところがとても心地良いんです』

「わかります~! クマさんの人柄が出てますよね」

『それに裏メニューがいつ出るかと思うと、ついつい足を運んでしまいますね』


 ふふふ。憧れのブロガーさんとこんな風に話せるなんて、なんだか不思議だな。今も来ているって送ってみようかな。いや、でもこうしてメールを送りあうようになっても、ハルさんは自分の話をしない用心深い人だ。

 人物を特定するつもりはないけど、私がそうメールすることによってハルさんの足がくまのカフェから遠のいたら困る。


(う~ん……)


 どうしたもんかなぁ……。

 結局、頼んでいた食事が運ばれてきたので、スマホは一旦横に置いてごはんにすることにした。

 ごはん! 大事!

 なんせゴールデンウィークに入ってからというもの、やっとお休みらしいお休みを手に入れたママは自室に籠りきりでね。多分たまりにたまったストレスを、ドラマで発散してるんだと思う。晩ごはんはともかく、朝ごはんとお昼ごはんは好きにしてねって具合です。だから逃げて来ました! パパはあまり料理が上手じゃないのに、なぜか時々やりたがるんよね……。ちょっと前に超絶ふやけた素麺が出てきたりとかね。素麺って誰でもそれなりに作れるよね? 

 さて。目の前にはふやけた素麺とは似ても似つかないパスタがありますよ! うに! 今日はうにのクリームパスタだって!! それにオニオンスープとパン、サラダがついて、なんと980円!(税込)


「あと、これね。はいっ」

「えっ? これ何ですか?」


 ランチセットの後、千香さんがもってきたのは、小さなお皿。そこには丸いドーナツが乗っている。

 いつもの和三盆ドーナツかと思ったけど、ちょっと質感が違う。しっとりとしていて、揚げたようには見えない。


「これ、新作のレアシュガー焼きドーナツよ。甘いのにカロリー控えめ!」

「まあ! なんてこと!」


 今話題のレアシュガーだとう!? しかも焼きドーナツ! 揚げてないんですよ奥様! 別腹も大喜び!


「えええー! 知らなかった~! 由香さんてほんとに研究熱心ですね」

「う~ん。でもコレ、実はお義兄さんのメタボ対策から生まれた商品だったりするんだけど……」


 お義兄さん……クマさんか。

 スタッフルームの窓から下を覗き込むと、大柄なクマさんが器用にテーブルとテーブルの間を歩いている。

 クマさんは2m近い元柔道選手なので、元々体が大きい。太っているというよりは、ガッチリと逞しいって印象だったから、千香さんの言葉は意外だった。

 そんなに気にする程かなぁ? ……あ。うん……そうだね。

 空いたお皿を回収して戻ってきたクマさんのお腹が、以前よりもなんだかぷっくりと突き出ているように感じる。


「試食試食って言いながら、ついつい食べすぎるのよ。だから試食はのんたんにお願いしてるし、他のスタッフもいるのに……って、お姉ちゃんがぼやいててね」

「そうなんだ……」


 ついつい自分のお腹に手を当てて、つまんでみる。

 ――だ、大丈夫。まだ、大丈夫なはず……! このつまめるお肉は座ってるからだよ。うん、そうに違いないから!


「じゃあ、ゆっくりして行ってね」

「は~い。ありがとうございます」


 そうだ! くまのカフェの新メニューともなれば、早速ハルさんにお知らせしなければ! どう返信しようか迷っていたけれど、これだね!


『ハルさん。ニュースです! くまのカフェではまた新メニューが出ました!

今度はレアシュガーの焼きドーナツですよ!』


 うん、これでいいかな。うにパスタはなかなかのボリュームなんだけど、女子には別腹という便利な胃袋がありますからね! 勿論ドーナツもいただきますよ!

 おおおおう。しっとりとしているのに、ドーナツのふんわり感もある! しかもカロリー控えめなのにしっかりと甘い! でもその甘さは揚げてある物と違ってしつこさがない。いや、あれはあれで好きなんだけどね。

 おいしさに感動していると、由香さんがやってきた。どうやら休憩らしく、トレイを持っている。お、今日のまかないはロコモコ丼のようですな。


「あ、食べてくれてるのね。それ、どうかな?」

「美味しいです! ちゃんと甘いのにしつこくなくて、しっとりしてるのにふんわりしてて! ドーナツってこういうのもあるんですね~」

「ふふ。ありがとう。どこで情報を仕入れたんだか、下でも早速注文があってね。なんだか嬉しいね」


 え? それってもしかして……?

 慌てて窓から下を覗き込む。私のメールを読んだハルさんだったりして……。

 人物を特定するつもりはない、なんて言いながらも、今店内にいるかもって思うとついつい探しちゃう。

 ハルさんには言ってないけど、ここにママと一緒に来た時にハルさんの姿は見ていて、細身の若い男性ってことは分かってるからね。それらしき人を探して満席の店内をキョロキョロと見渡した。


(え~と……。多分、ハルさんは帽子をかぶってるはず……)


 そう。最初に見た時も帽子をかぶっていた。顔が鼻から下しか分からないほどに目深に。だからなんとなく、今日もそうだろうなって思ったんだ。

 すると、店の奥のテーブルにその姿を発見した。彼の前にはドーナツが置かれたばかりのようで、色々な角度から写真に収めている。上から見ているからよくわからないけれど、口元はきっと笑みを浮かべているだろう。

 間違いない。あれはハルさんだ!

 なんだかドキドキする。正直、メールをしてても憧れのハルさんと繋がっているって実感はなくて。でも急に実感が湧いて、すごく嬉しくなった。


(もしかして、メールの返信がきてるかも?)


 ハルさんとのメールはフリーアドレスを使用している。だから、サイトの接続しなければメールの受信状況はわからないんだよね。

 スマホで確認してみると、案の定ハルさんからの返信があった。


『いつも情報ありがとうございます。私もさっそく食べてみます』


(おおお! やっぱり!)


 ふひひ。思わず私の顔もにやけてしまう。

 でもあんまり見てると失礼だから、私も自分のドーナツを食べよう。ハルさんもこれを気に入ってくれるといいなぁ。

 きっと、今日のことはまたブログで更新するだろう。どう書かれるかが今から楽しみだった。


 それからはカフェオレを飲みながら秘密箱にとりかかったんだけど、やっぱりなかなか開かない。交代でやって来るスタッフさんにも協力してもらったんだけど、数手進むのがやっと。

 千香さんなんて自分のまかないそっちのけで手伝ってくれたんだけど、全然開く気配がない。

 すると、千香さんが意外な人物の名前を出した。


「拓真なら開け方わかるんじゃないかしら」

「え? 拓真先輩ですか?」

「そう。拓真のお家って、ギャラリーをやっててね。アンティークにも詳しいのよ。それで……カラクリ箪笥っていうの? そういうの、昔拓真の家で見たことあるわ。だから、もしかしたら開け方のコツとか知ってるんじゃないかしら」

「カラクリ箪笥……ですか」


 それが一体どんなものなのかわからないんだけど、聞いてみる価値はありそうだ。

 今日中に開けることは諦めて、バッグにしまいこむと、そろそろ帰ることにした。


「お金はいいわよ~」

「そんな! ダメです! ちゃんと焼きドーナツの分も払います!」

「う~ん。でも、注文もらってたものじゃないし、食べてほしかっただけだもの」


 注文したものではないからドーナツ代はもらえないと言うのだ。

 確かに注文はしなかったけど、新メニューと聞いていたら確実に注文していた。だから払うのは当然のことだと思うんだけど……。

 レジでそんな押し問答をしていると、背後から聞きなれた声がした。


「すみません。お会計、いいですか」

「あ、少々お待ちくださいませ。はい、のんたん。これおつりね」


 ドーナツの料金が戻されたのを大人しく受け取る。

 これ以上、払うと言える状況じゃなくなったのだ。


 だって、聞こえた声は諏訪生徒会長によく似ていたから。

 諏訪会長が、どうして?


 驚いてそのまま少し下がると、支払いが終わったと判断したらしく、その人はレジ前に移動した。目の前、見上げる先には、スッと背筋が伸びた姿勢のよい後ろ姿。


「ごちそうさまでした」


 聞こえる声は、耳に心地よい落ち着いた声色。


 どちらも、ここ最近とても身近にあったものだ。


 間違いない。諏訪会長だ。


(え。ちょっと待って。諏訪会長が、ハルさんってこと?)


 意外な展開に頭が混乱する。まさか。そんなはずない。


「いつもありがとうございます。新メニュー、よくご存じでしたね」

「ええ。ちょっと情報をいただけたので……とても美味しかったです」


 うわぁ! 間違いない! ハルさんの正体は、諏訪生徒会長だ!

 あわわわわ。どうしよう。ハルさんがせっかくひっそりとやっている食べ歩きなのに、思いもよらない形で正体がわかってしまった上に、知ってる人とか! まさかメールのやり取りしてたのが私だったとかビックリするよね。近づくためだとか、変に思われたらどうしよう!?


「あら? のんたん。なにか忘れ物でも?」

「おっと。すまない。僕が邪魔をしてしまったかな。どうぞ、お嬢さん。では、また来ます」

「ありがとうございました~」


 え? 行っちゃった……。

 諏訪会長、私に気づいてないし! そりゃあ、諏訪会長のお目当ては茅乃ちゃんでしょうよ。でもさ、ここんとこ毎日学園でお昼休みに顔を合わせてるじゃないですか!

 それとも何ですか。まさか諏訪会長まで、私をモコモコ頭で認識してるとかですか。失礼な!




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