5月4日(土)引っかかったようです
思いっきり泣いて、思いを吐き出して、ぐしゃぐしゃになった次の日……起きたらスッキリしてました。あらビックリ。
いや、そりゃあね。好きなんだと自覚したことで、なんつーんですかね。これが切なさっていうんでしょうか。そんなチクリとした胸の痛みはある。あるんだけど、でも、なんだか「しょうがないじゃん」ってスッキリした気持ちの方が大きいんだ。やっぱりアレだね。もやもやした感情は内に溜めてちゃいけないね。
(あとは……)
うん。拓真先輩にも感謝しよう。吐き出させてくれたのは、拓真先輩だから。
あの時、拓真先輩に会えなかったら、どこに向かっていたかわからない。
泣きながら、私はふたりの“トモダチ”でいようと決めたけど、それは無理にそうしようと自分に言い聞かせたわけじゃなく、自覚したばかりの小さな想いよりも、ふたりとの今までの関係の方が大きくて。すごく泣けて仕方がなかったけど、泣きながらもたくさん話して、ふたりに出会ってからのこの1ヶ月を思い返した。そうしたら、自然とそんな風に思えたんだ。
正直、丞くんに想われている茅乃ちゃんが羨ましいって気持ちはある。
でも、茅乃ちゃんだって悩んでるんじゃないかな? 寮で? ひとりで? そう考えたら、羨ましいって思いよりも力になりたいって気持ちが大きかった。
小さいけど、気づくの遅かったけど、それでも初めて男の子を好きになったんだもん。そう簡単に消すなんてできない。でも、思い続けるっていうやり方もあるってことを丞くんが教えてくれた。この想いがどんな形に変化するのか、私にはわからないけどね。でも未来なんてそんなもんじゃん。いつか、どこかで花が咲いたらいいなぁって、そう思う。
てなワケで、すっかり立ち直ったので茅乃ちゃんに会いに、今日は藤ノ塚学園の寮にやってきました!
学園の寮は、校舎のある丘の中腹にある。高い生垣に囲まれた大きな門には詰所があって、中に入れてもらうためにはアプリが必要だ。やっぱりホラ、良いお家柄のお坊ちゃまお嬢様を預かっているわけですしね。警備は厳重にってわけですよ。
中に入ると、明るく広いエントランスがあり、既に茅乃ちゃんが待っていた。
「あ、茅乃ちゃん! 待った?」
「ううん。あの……いらっしゃい。のどかちゃん」
昨日の今日だから、茅乃ちゃんに会ったら何か感じるかなって思ったんだけど、不思議なことに何も思わなかった。それどころか、茅乃ちゃんの笑顔を見れてホッとしたんだ。
「すごーい。広いね。もう寮には慣れたの?」
「うん……寮監さんもいい人だし、お料理はおいしいし……結構すぐ慣れたの」
寮はエントランスを中心に、右が男子寮で左が女子寮だ。最初は同じ建物!?とビックリしたんだけど、勿論行き来は自由にできない。でも、エントランスの他に食堂やラウンジなど共有スペースも充実している。そのためか、とても自由な雰囲気だ。
寮とは言っても、全員が個室。しかもリビングルームとベッドルーム、専用のバスルームがある。バスルームだってユニットバスじゃないんだよ! 勿論冷暖房完備だし、小さいけど冷蔵庫もついてる。ついついキョロキョロしてしまって、茅乃ちゃんに笑われてしまった。
なんとなく寮って聞くと、厳しいイメージがあるんだけど、申請すれば門限より遅い帰宅もいいらしい。ゆるいなぁ。そんなんでいいの?とも思うんだけど、その申請書は保護者からのみ受け付けるみたい。高校生とは言っても、親の付き合いで夜出かけることもあるんだって。
(そういえば、高校生ともなると若者向けのパーティーなんかも増えて、セレブの社交界は賑わってるって聞いたなぁ……)
あれは確か、制服を頼んだお店のお姉さんが言ってたんだった。
私はまだ篁家のティーパーティーしか行ったことないけど、あれだって隅っこでひっそり見学してたし、話し相手だってもっぱら総帥だった。――今考えると、すごく虚しいな。和沙さんから隠れるためとはいっても、なんて惨めなパーティーデビューなんだ……。やだ、気づきたくなかった……。
「ねえ、茅乃ちゃんてパーティーとか出たことあるの?」
「……えっと……。うん、色々あるわよ。ホテル主催のクリスマスパーティーとか、カウントダウンパーティーとかも、加えていいなら……なんだけど」
「あ、そうかー。茅乃ちゃんのお家は主催者側になることが多いんだね」
茅乃ちゃんが慣れた手つきでタブレットを操作する。すると、華やかなパーティーの画像が出てきた。中央には大きなクリスマスツリーがあり、そのまわりでは沢山の紳士淑女がダンスを踊っている。まるで夢の世界だ。これ、ママが見たら飛びつきそうだなぁ……。
「……あ、あとはホテルの常連のお客様で長期滞在を終える前の日に盛大なパーティーを開く方もいらしたわ」
「えー。すごいねそれ。茅乃ちゃんも出席できたの?」
「ええ……ご家族に私と同じ年齢の子がいて……とても仲が良かったの。――あ、そういえば!」
珍しく茅乃ちゃんが大きな声を上げた。
「え? どしたの?」
「あのね、そのすごく仲が良かった子が今度転校してくることになったの! マイコって言うのよ」
「へえ! うちに? どの子?」
「ええと……この子よ」
別のパーティーの画像には、パーティー終わりの集合写真のようだった。
沢山の人々が笑顔で写真に納まっている。茅乃ちゃんが指差した場所には、茶色の髪をゆるく巻き、微笑んでいる女の子がいた。ハーフかな? 目鼻立ちがハッキリとした美人さんだ。
「この時期に転校なんて、珍しいね?」
「うん……最初は私と同じ外部入学を目指していたらしいんだけど、準備が間に合わなかったみたいで、入学式にいなかったの……」
そうかー。それで茅乃ちゃん少し心細そうに見えたのかな。一緒に入学を目指してたお友達がいたのに、一緒の入学は叶わなかったんだね。外国は学校の入学時期も違うって言うし、色々タイミングが合わなかったんだろうか。
それからはそのまま画像を見せてもらって、キポ島の話をたくさん聞いた。
この日、茅乃ちゃんの口からは、丞くんの話は出なかった。
少し寂しかったけど、きっと茅乃ちゃんも思うことがあるんだろう。私も丞くんへの想いを打ち明けるつもりはないんだから、このことをまだ胸に秘めておこうと決めた茅乃ちゃんを責める気はない。いつか、打ち明けてくれるまで私も、知らないふりをしよう。
そう心に決めて、私は寮を後にした。
近くのバス停でボーっとバスを待っていると、頭上から声が降って来た。
「何してんだ。こんなとこで」
「ゲ」
「ゲ。じゃねえよ。失礼なヤツだな」
なんと話しかけてきたのは浬くんだった。
「えーと、ちょっと茅乃ちゃんの部屋に遊びにきただけ」
「ふ~ん」
…………。
なんで立ち去らないのかな!
「なあ。油絵のセットいつ買ってきてくれんの」
「え? このゴールデンウィーク中には行くつもりだけど……」
「ふぅん……。昨日は家庭教師があったんだっけ?」
「違うよ。従兄のお兄ちゃんが勉強見てくれてるの。速水のおじいちゃん家が学園の近くだから――」
「やっぱり」
「――は?」
やっぱり、って何? なんか会話おかしくないですか?
「――のどかちゃん、あの時体育館裏にいただろ」
「……え?」
なんだ? なんなんだこの流れは?
「な、なんのことかな~……はは」
「俺と、綾さんの話、聞いてたよね」
「あああああ綾さん?」
なんだこの追い詰められてる感は! チラリと見上げると、浬君は仁王立ちで私を見下ろしていた。
こわいよ! ただでさえデカいのに、座ってる私をそんな風に見下ろさないでよ!
「しらばっくれても無駄だよ? あの時、綾さんは『のどかちゃん』って電話で言ってた。選択授業で同じ名前を聞いて、偶然かなって思ったけど、この前、正樹さんの名前を出したよね。それで、今は『速水のおじいちゃん』って言った」
「…………」
「否定しないんだ」
できないよ。ああ……選択授業で一緒になってから、やたら話しかけてくると思ったのはこれだったのか……。謀られた~。見事に引っかかってしまったよ。
くそう。実は頭脳派なのか?
「脳筋だと思ったのに……」
「風斗と一緒にしないでもらえる?」
すぐに風斗くんの名前出るとか……風斗くん、どんだけおばかで有名なんだよ……。
そんなこんなで、私は寮に逆戻りです。浬くんとラウンジで向かいあっております。
「なによ。私はあの日、綾さんに届け物があっただけなんだからね」
「でも、俺の一世一代の告白を邪魔した!」
「結果的にそうなっただけでしょ~。それにさ、伝えて満足って、すっごい自己中。綾さんは困るとかさ、考えないの?」
ほらほら、伝えるだけが恋じゃないって知った今の私のセリフどうよこれ! 大人だ。私、なんだか大人だ!
「――わかってるよ。んなこと」
「大体、どうして綾さんなの?」
「俺さ、中学上がりたての時、全然勝てなくてさ。その頃身長がグングン伸びて、筋肉の成長が全然追いつかなくて……すげー自暴自棄だったんだ。でさ、その時、『やめたい』って呟いたら、知らない女の子に言われたんだ。『諦めたら、そこでレースは終わりよ』って」
「ん? 女の子? 綾さんじゃないの?」
「綾さんが管理栄養士としてついてくれるようになったのは、それより後。その女の子は……わかんねーんだ。誰なのか。すげーグサッときて。俺、泳ぐ前から負けてたんだなって。更にそこから逃げようとしてたの見透かされたみたいで……」
「はぁ」
「それからその女の子に会うことはなくて、そのまま水泳はやってたんだけどさ。強化選手に選ばれて管理栄養士として綾さんが紹介されて……最初は身体造りが辛くてさ。思わず弱音を吐いたら、また『諦めたら、そこでレースは終わりよ』って言われたんだ。サラッと流れる長い黒髪とか、その言い方とか……あの時の女の子が重なってさ」
「……はあ」
私の腑抜けた返事にムッとしたのか、浬くんはむきになったようだった。
「なんだよそれ! すごくね? まったく同じこと言われたんだぜ? これは運命だろう!」
「いや。それ、有名なスポーツアニメの名台詞だから……たぶん、結構な確率で皆知ってる」
「――え?」
浬くん……キミ、やっぱり脳筋だろう。




