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5月2日(金)自覚してしまったんです

 続々と、4月の試験結果が返ってきた。この学園に通って初めての定期試験は、1ヶ月の授業のまとめという位置づけ。理解が不足している部分を早いうちに担任側が把握することで、素早いフォローが可能だから。だから、生徒側としてはそう重く捉えることはなかったんだけど、最初の試験ってなんか怖いよね。だって学園内での自分の学力の位置が分からないから。この学園は全国的にも人気ということもあって、外部入学の入試って結構難しいんだ。すっごく苦労したもん。


「のどか、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

「そーだそーだ。外部入学って、かなり頭が良くなきゃ無理なんだからさ。俺より上だって」

「あ、ごめん風斗くん、それあんまり……慰めにならないかも」

「はぁ!?」


 いや、だって……日頃の風斗くんを見ていると、進級を心配になる位だよ。ほんとに。

 そのやり取りを見て、茅乃ちゃんはプッと噴き出した。

 一見和やかに見える会話だけど、実は私たちの周りには人がいない。ラウンジは広々としているけれど、それでも生徒数に比べるとソファが多いわけじゃない。なーんかね、遠巻きにされてるって、言うのかね~。まぁ……諏訪生徒会長の件だよね。結局昨日のお昼だけじゃ画像を見切れずに、会長ってば今日のお昼の約束も取り付けてたんだよね。その行動力と、押しつけがましくない交渉力には頭が下がる。そして、今朝エントランスホールで茅乃ちゃんと話していると、会長とバッタリ遭遇してしまったんだ。「やばっ」と思ってももう遅い。気づいたら目の前にいたんだよ。なんですかそれ瞬間移動ですか。

 通学時間帯はエントランスホールにもたくさんの生徒がいるわけで。挨拶だけしてさっさとその場を離れようとした私たちに、会長ったら爆弾を落としやがりました。「じゃあ、また後でね」と――。

 日差しの朗らかな5月、中庭から降り注ぐ暖かな光。そんな空間が一気に冷え込んだように感じられたのは仕方がないと思う。周りの視線がそれはもう冷たくてね。なのに、のんびりした茅乃ちゃんは気づいているのかいないのか、会長に「はい、また後ほど」と言う始末。茅乃ちゃんっていつも控えめで大人しいけど、実はとんでもない大物なのかしら……。

 とまあ、そんなことがあってね……こうして休み時間のラウンジでのひとときも、遠巻きに監視されてるんだよね……。まぁ……何かされるわけでもないからいいんだけど。面白いことに、あんまりあからさまな行動に出る人って少ないんだよね。丞くんが言うには、茅乃ちゃんが外部生っていうのが大きいみたいだ。


 

「ホラ、小さな頃って、頭がいいとか運動神経がいい子って人気者だったり一目置かれる存在じゃなかった?」

「――ああ、確かに」


 ○○ちゃん、また100点だったの? すごいね! とか、○○くん先輩より早く少年野球のレギュラーになったんだって! とかね。

 小さな頃って、すごいなって思えることが頭の良さだったり足の速さだったり、ピアノ弾けるとか目に見えてわかること、それだけで尊敬できたりするものだ。


「――まさかそういうこと?」

「多分な。こう言っちゃなんだけど……うちのクラスの女王グループはあまり成績が良くなくてな。成績優秀者にはちょっとした引け目を感じてんだ」

「――風斗くんはそこに入ってないわけだ」

「俺は、頭の良さなんて人の本質には関係ないって知ってるからな」


 ふふん。って笑うけど、今の風斗くんが言うとただの言い訳にしか聞こえないのが悲しい。


「今回の試験結果にもよるけど、あからさまには手出ししてこないんじゃないかな。真白も鍋谷も、進級のためには“ご学友”の協力は欲しいわけだ」

「なっさけねーな」


 なっさけねーとか言ってた風斗くんだけど、HRではしょんぼりと肩を落としていた。というのも、全てのテスト用紙が戻って来て、その結果たった今席替えがおこなわれたばかりだから。


「……なんだか、如月くん寂しそう……」

「う、うん。随分離れちゃったけど、テスト結果相当ダメだったのかな……」

「う~ん。多分ね」

「彼は高等部に進学できたのも奇跡だから」


 ちなみに、この声は上から茅乃ちゃん、私、丞くん、山科さんの順だ。

 驚いたことに、試験結果はクラスの席にも反映されるんだって! 私はただ試験が終わったら席替えがあるからね~って聞いてただけで、まさかこんな展開になるとは思わなかった……! てことは、私結構成績良かったみたい! 私の席は窓際から2列目の一番後ろ。前には茅乃ちゃんがいる。そして、隣はなんと丞くん。そしてその前に山科さんだった。そして、風斗くんは先生の真ん前。なにがなんでも先生の視線から逃れられることのできない席。

 風斗くん……もしかしてだけど……ビリなの? ビリだったの?

 頭抱えてるけど、もう遅いよ……。



 * * *


 休み時間になると、風斗くんがすっ飛んできた。


「お前ら! なんでそんなに頭がいいんだよっ!」

「そこ怒るのおかしいし!」


 ラウンジに行っても風斗くんはふてくされていた。丞くんは担任に呼ばれて山科さんとふたり、職員室に行ってしまった。こんな状態の風斗くん置いてかれても困るんだけど……。クラス委員の仕事だそうだから、仕方ないかぁ。

 それにしても……明日から本格的にゴールデンウィークかぁ……。今年は結構飛び石になっていて、連休は5月に入ってからだった。明日から4日間。ふふふ、この街に来て初めての大きな連休。学園にもようやく慣れたし友達もできたし、街を色々見てみたいなって思うくらいの心の余裕が出てきていた。茅乃ちゃんは寮なんだよね……。寮は夏休みや冬休みのような長期休暇の時期も、365日管理をする人がいる。特に茅乃ちゃんはお家が海外だから、たったの4日では帰ることもないだろう。そうだ、この機会に寮に遊びに行くっていうのもいいかもしれないな。


「ねえ、茅乃ちゃん。寮に遊びに行っても構わない?」

「勿論! ……うれしい!」

「じゃあ……」

「お。浬じゃん。どうした?」


 ラウンジがざわついたと思ったら、浬くんが現れた。おやこちら側に来るなんてあるんだねえ、なんてのほほんと考えていると、なんと私の顔を見るなり手を上げてこちらに来るではないですか。


「おう。ちょっとのどかちゃんに聞きたいことがあってな」

「あ? のどかに?」

「え、なに」

「ひでぇ……そんなにあからさまに嫌そうにしなくても……」


 ごめんごめん。ついね。昨日風斗くんに言われたことを思い出しちゃってさ。文句なら彼に言ってくれ。


「いや、なんのことか分からなくて」

「選択授業のことだよ。油絵の道具ってもう買ったのか」

「ううん。まだだよ。明日からの連休中に行こうかなって思ってるけど」


 お試し期間はデッサンだったけど、文化祭に向けて油絵を描きましょうってなったんだよね。そのための入門セット的なものを買わなくてはいけない。それも色々種類があるらしくて、私は直接お店に見に行こうと思っていた。


「俺、よくわかんないんだよ。一緒に買いに行ってもいいか」

「え!」

「だから……そんなに嫌そうにしないでくれないか」

「そそそそんなことないけど、私だって初心者だもの。ただ画材屋さんに行って、入門セット見せてもらって決めようと思ってて……」

「いや、それでいいから。今日の放課後行こうぜ」

「あ~っと……今日はダメなんだよね~」

「あの……のどかちゃん、寮に遊びに来るの」

「あ、ごめん。それは明日からの連休でって思ってて……今日は正樹お兄ちゃんにテスト結果見てもらわなきゃいけないんだ」


 そういえば、さっき話の途中で浬くんが来たんだった。危ない危ない。


「お勉強、見てもらってるっていう従兄さん……?」

「そう~。結構厳しいんだよね……」

「ふぅん……そっか。じゃ、俺のも買ってきてくれないか」

「えー!」

「頼むよ。のどかちゃんと同じのでいいからさ。俺、明日からまた練習でスケジュール詰まってるんだ」


 う~ん……。それなら仕方ない。一緒に行くよりマシだよね。

 私は渋々その頼みを受け入れた。

 だって、今日お兄ちゃんにテスト内容のチェックをしてもらって、明日からの4連休は勉強から離れたいんだもの!


「ね、茅乃ちゃん。明日はどうかな? 寮に行ってもいい?」


 今日はそのままおじいちゃんの家に泊まることになっている。学園に近いおじいちゃんの家からだと、寮にも行きやすいんだよね。そんな軽い考えで聞いたのに、返ってきたのは意外な応えだった。


「あの……明日は、ダメなの」

「え? そうなの?」

「うん……九鬼くんが美術館に誘ってくれて」

「――え?」


 胸がドクンってした。なんか、まぬけな声しか出なくて。

 だって、丞くんは仲のいい友達で。茅乃ちゃんもそうで。なのに、私は知らない。誘われてない。休みの日に丞くんと出かけたことだって、ない。


「そ、そうなの? 知らなかった」

「あ、あの……九鬼くんが、のどかちゃんは美術館興味ないだろうからって……」


 うん。ない。

 ないけど、でも声かけて欲しかったよ。だって、私がきっかけでふたりは親しくなったんだよ? なのに私のけ者?

 そこまで思ってハッとした。

 確かにきっかけは私だったかもしれない。たまたまひとりでいる同じ外部生の茅乃ちゃんを見つけたから。席が近かったから。でも、だからって私を誘わなきゃいけないとか、私抜きで話しちゃいけないとかそんなのはすごくわがままで傲慢な感情だ。でも、もやもやが止まらない。


「わ、私も行きたい」

「あ~? 美術館なんざ興味ない人間にしてみりゃ拷問だぞ。やめとけやめとけ」

「面白いかも」

「ごめんね……あの、特別展開催前に、関係者だけ入れる日なの……招待チケット、2枚しかなくて……」


 私じゃ、ダメだったんだ。

 私じゃなくて茅乃ちゃんだったんだ。

 私は確かに美術館には興味がない。特別展だって、作家の名前を言われても分からない。どれだけすごいのかも知らない。だからあえて声をかけなかったんだって、そう言い聞かせてもどんどんどんどん落ち込んでしまう。


「言って欲しかったな」

「え? ……えっと……」

「丞くんと出かける約束してるって、もっと早く話して欲しかった」

「あの……どうして?」


 どうしてって……友達だからだよ!

 すっごい勝手言ってるって自覚してるけど、もやもやして仕方がないんだ。

 2人とも私に言う義務なんてない。でも、言わなくていいって判断されたのは悔しいし悲しい。無茶苦茶言ってるけど、そうなんだもん。

 でも、それを口に出したら自分がすごくすごく汚くてずるくていやらしい人間になりそうで、それをなんとか押しとどめた。


「いやっ、あの……誘う日が、かぶるじゃん?」

「……私、明後日なら大丈夫。寮に来て欲しいな。明後日じゃ、だめ?」

「だめ、じゃない」

「本当? 嬉しい……! あのね、私クッキー得意なの。用意するね」


 すごく汚い感情を抱えてる私なんかにも、茅乃ちゃんは優しい。私が遊びに行くことを本当に嬉しそうにしている。


「クッキーがなんだって?」

「おー。丞、遅かったな」

「お前のせいだっ! お前の勉強を時々見てやってくれって頼まれたんだよっ!」


 丞くんが戻って来て、風斗くんの頭を小突く。

 そんないつも通りの些細なやり取りなのに、胸がぎゅうっと締め付けられて苦しい。


 私、どうやら丞くんを好きになってしまったようです。

 



 

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