4月30日(水)仲良しになったようです
マズい。めちゃくちゃ寝坊した。
昨晩例の秘密箱と格闘してて、ついつい夜更かししちゃったんだよね……。結局見かねたパパがヒントをくれてね。秘密箱って、手順をひとつでも間違うと、開かないんだって。それで35通りの手順で開くっていう秘密箱の動画を、モコモコ動画で見せてくれたんだ。流れるコメントの多さにちゃんと見れなかったんだけど、あくまでも一例だからねって言われた。なんでも、ひとつひとつ開け方が違うらしい。私が持っている箱のサイズだと、もう少し手順は少ないだろうってことだった。でも、教えてくれたのはそれだけ。それでね、メモを取りながらあちこち動かしてたわけだ。すると、わかったのはある一部分をスライドさせたまま数か所動かして、その後最初にスライドさせていた場所だけ元に戻すとか……とにかく面倒! これは確かにメモしながらじゃないと無理だわ……。とまぁそんな風にメモりながらちまちまちまちまやってたわけだよ。
――結局開かなかったけど。
そんなこんなで、私は今誰もいない廊下を必死で走っている。学園の門はギリギリで閉められた。ほんとに皆、あの箱どうやって一晩で開けたんだろう? 私本当にばかなのかな。試験の結果、めっちゃ悪かったらどうしよう。
「おはよー。珍しいね、こんなに遅いなんて」
「ね、寝坊しちゃって……」
そろそろ担任がやって来るとはいえ、教室はやけに静まり返っていた。それに、いつも一番に挨拶をしてくれる茅乃ちゃんが顔を上げるとホッとしたように微笑み、「お……おはよう。のどかちゃん」と消え入りそうな声で挨拶をした。
「どうかしたの?」
「……まーな」
「風斗、その話は後にしよう」
何かあったのかな。教室全体がピリピリした雰囲気だ。
その原因が判明したのは、お昼休みだった。この日は移動教室もなくて、クラスの皆は教室やラウンジにいた。それだと話したくなかったみたいで、丞くんが教えてくれなかったんだ。それに、やけに他の生徒がこちら……っていうか、茅乃ちゃんを見るんだよね。なんかすごーく嫌な感じがした。
「ねえ。そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
「ああ。今日はランチボックス注文したから、外でな」
なんと! 学食やカフェテリアでも憚られるお話らしいです。
え~、大げさな~って思ったけど、茅乃ちゃんが遠慮がちに小さな声で「ごめんね……」なんて言うから私は勿論、ランチボックスを注文することにした。
学食もカフェテリアも席数は十分だとは言っても、お天気の日など外の劇場前広場のテーブルセットで食べる人も多いんだ。だからランチボックスも売っていて、いずれは食べたいなぁなんて思っていた。でも、今日はあんまり天気が良くない。灰色の雲が空を覆っていて、いつ雨が降って来るかも分からないお天気。こんな日に外っていうのはなぁ……。
「いいけど……でも、どこで食べるの?」
「いいとこ、あるんだ。中等部の時に見つけたんだよ。穴場だから、内緒だよ」
丞くんの後ろをついて歩くと、丞くんは図書館へと続く渡り廊下へと曲がった。図書館は校舎に隣接していて、高等部からも中等部からも渡り廊下を使って行けるようになっている。でも、行くのは初めてだ。中には希少な蔵書もあって、アプリを使って入館しなければならない。でも、こんな場所でご飯なんて食べていいのかな?
「さすがに本がある場所ではダメなんだけどね。こっちに……」
最上階の5階は丸い屋根にある天窓がある開放的な空間だった。校舎の教室フロアにあるラウンジと同じように、ソファやテーブルがたくさん置いてあってコーヒーメーカーもある。
「図書館の本は持ち込みできないんだけど、勉強の合間の休憩スペースってところかな。本試験前なんかは結構使われるんだけど、校舎から距離があることもあって、昼休みは誰も来ないんだよ」
「へぇ~。お前、教えてくれなかったじゃん」
「言おうとしたよ。でも風斗は図書館って言葉だけで話聞かなくなるじゃん」
「ぷぷーっ。風斗くんらしい」
「のどかちゃんったら……」
それにしても、こんな場所があるなんて。今日の朝からずっと感じてた茅乃ちゃんへの視線もないからか、茅乃ちゃんにやっといつもの笑顔が見れた。
「それにしてもさ、どうしたの一体? なにかあったの?」
「なにかって言ったらあったし、でもあったって程のことでもねーし」
「なにそれ」
「あー。実はさ、諏訪生徒会長、いるでしょ。登校の時茅乃ちゃんに声かけたんだよね。おはようって」
「あぁ、そう」
それが何か?
「な? あったって程のことでもねーだろ? なのにさ、生徒会長がご自分から声をかけたわ!とか、なんか朝から会長のファンがうるせーんだよ」
「しまいには藤見茶会でうちのテーブルに来たのも、あらかじめ会長の好きなスイーツ聞いてたんじゃないかって」
「はぁ~? なにそれ。バカみたい」
「本当に偶然なんだけど……」
そうだよねぇ。私はそれを知っている。あれはくまのカフェのスイーツだった。あまりお店を知らないっていう茅乃ちゃんをくまのカフェに連れて行ったのは私だ。その日はちょうど貸し切りで中には入れなかったけど、茅乃ちゃんは別の日にまた行ってくれて、それであのスイーツを選んだんだろう。だから、ほんっとうに偶然なんだ。
確かに、藤見茶会で諏訪生徒会長と茅乃ちゃんはよく話していたと思う。でもさ、藤見茶会っていうのは元々そういう場でしょうが。先輩と交流を深めて、学園生活をより楽しみましょうね~って機会なわけでしょう? それに、私たち1年生は先輩をおもてなしするホスト的な立場だったわけだよ。会話しないなんてわけにはいかないじゃないの。なんて、そんなことは取ってつけた理由であって、私は純粋にその場を楽しんだけど。巴さんとそのお友達は本当に楽しくて、陽子さんは年上とは思えないくらい可愛くてね~。
で、まぁ……ふと気づいたら諏訪生徒会長と茅乃ちゃんが楽しそうに話していたんだ。実は、ちょっと意外だった。茅乃ちゃんはとても大人しくて、ゆっくり慎重に話す、少し引っ込み思案なところがあるなって感じてたから。でもさすがは生徒会長ってことなのか、そんな茅乃ちゃんからとても上手に話を引き出していたんだよね。控えめに、でも嬉しそうにキポ島での暮らしを語る茅乃ちゃんはすっごく可愛くて、私も嬉しかったよ。
「ていうか、単なるくだらない嫉妬でしょ? なに? その会長様から話しかけるなんて~って。そんなことある?」
「いや、それがあるんだって。そりゃ、諏訪生徒会長は挨拶されたらきちんと返すよ。でも、自分から話しかけるって実は珍しいんだ」
「大げさな……珍しいってことは、別に今までもあったんでしょ? それが今日だっただけじゃないの?」
「ちっがう! 朝は小雨が降ってたろ? え? 知らない? お前が遅刻してっからだよ!」
「してないもん! ギリセーフだったもん!」
おかげで雨に濡れずに済んだもんね。汗はかいたけどさ。そろそろ暖かくなってきたし、そろそろ汗拭きシートを持ってこようかな。女子としてのたしなみだよね。ほほほほ。
「おい、聞いてるか。俺たちさ、たまたま門の前で千石と一緒になったんだ。そしたら車が通り過ぎてってさ。入口に横づけした車から出てきたのが生徒会長。そしたら小雨が降る中、小走りで俺たちんとこに来てさ」
あらら。運転手がせっかく坊ちゃんが濡れないようにと横づけしたにも関わらず、駆け寄って話しかけたってこと? それは……萌えますな。女の子ならドキっとしちゃうシチュエーションだよね。ただしイケメンに限る。
「そしたら、だ。千石ってば、会長に傘を差し出したんだよ」
「だって……濡れちゃうかなと思って。私は島育ちで、結構あの……雨とかそういうの慣れてるから」
「でも会長がさ、『島と違って湿気がある日本ではすぐには乾かないよ。風邪をひいてしまう』って! 差し出された傘を受け取った挙句、千石も入れちゃったんだ」
それって……! それって……! 時代を経てもなお、女子憧れの鉄板シチュ、相合傘じゃないのよ! ただしイケメンに限る。
あ~、それはファンが騒いでも仕方がないわ。うん。ていうか、風斗くん似てないよ会長の物まね……。
「でも……知り合いが傘を持っていなかったら、みんなそうするわよね?」
「うんうん。そうだよね。そうだよね!」
まぁ……わざわざ横づけされた車から濡れると知りつつやって来て、傘を奪い取った挙句、一緒に入るよう促すっていうのは……それが当てはまるとは思えないけどね。でもイケメンだからいいでしょう。
うわぁ~。それにしても、見たかったなぁ! そんなの間近で見ちゃったら、悶える! 萌え死ぬ! 死なないけど!
「なんだか賑やかだね」
「うっわ! か、会長!!」
妄想に悶えていると、背後から落ち着いた声が聞こえた。声真似をしていた風斗くんの慌てようといったらない。立ち上がろうとしてテーブルに長い足を強打していた。
でも確かに驚いた。なんと現れたのは話題の中心人物、諏訪雨音生徒会長と、篁和沙生徒会副会長、そして文化部部長の大和鷹臣先輩だったんだから。
――勢ぞろいじゃないですか……。
先輩たちはいつもここを利用しているのか、私たちがいることが分かると、大和先輩はチッと小さく舌打ちして、さっさと窓際のソファーセットに向かった。
何さチッて! ここは誰が使ってもいい場所なんだからね。そんなわが物顔でいられても困る。ドジっ子たっくんのくせに! プププッ。
「まったく、鷹臣は……。ごめんね、君たち。どうぞ、食事を続けて」
ええ言われなくても食べますよ! ランチボックスも美味しいんだこれがまた。ちなみに私は生ハムサラダとパエリアの二重のボックス。サラダの横には小さなパンナコッタが入っている。茅乃ちゃんは温野菜サラダとナシゴレン、デザートはココナッツミルクプリン。丞くんと風斗くんはステーキ丼だ。そういえば、さっきから丞くんがあまり喋らない。今も少し表情を硬くして、会長に挨拶している。うーんこれは……丞くんも新聞部を窮地に追いやった大和先輩に苦手意識があるのかな?
「千石さん、何食べてるの?」
「あ、あの……ナシゴレンです」
「食べたことないな。千石さんはやっぱりこういうのが好きなの?」
「ええと……なんとなく、懐かしくて……あの、キポ島もこういう香辛料の効いた味の濃いお料理が多くて……」
おお。茅乃ちゃんがいっぱい喋ってる……! これは……だいぶ仲良くなったんだねぇ。
「ねえ、食事を続けて。とは言ったけど、本当に僕に見向きもせずに食べるね、君」
「え?」
今、とっておきのエビを食べようとしていたのに、和沙さんの邪魔が入ってしまった。だって、食べろって言ったじゃん。お昼休み中に、ご飯食べなきゃいけないんだから。そりゃ食べるよ。
「面白いね、君。僕に興味ないの? そんなに素っ気なくされると、寂しいなあ」
悲しそうに眉尻を下げて小さく微笑んでみせるけれど、それが演技だって私には分かっている。中身の悪魔は「おい、声かけてやってんだぞ」位に思ってるに違いないんだ。
でも変に興味をもたれても困るしな……現に今、面白いとか言われたし、ここは合わせておくか。まったく面倒くさい。
「この場所、先輩たちが使っているって知らなくて、早くした方がいいかなと思いまして」
こ、こんなもんか?
「そんなの、気にしなくていいんだよ? ここは皆が使える場所なんだから。でも……そうだね、この場所はなるべく話さないでもらえると助かるな。学食じゃゆっくり食事ができなくてね」
「そ、そうですよね。わかりました。絶対喋りません」
「君、いい子だね。名前は?」
和沙さんがにっこりと笑ってしゃがみこむ。下から覗きこまれるように見つめられて、さすがにドキッとした。
ど、どうしよう名前聞かれた! 答えなきゃ変に思われるよね? ぎ、偽名使う?
「えっと、あの……」
「可愛いなあ。そんなに照れなくてもいいよ?」
「和沙。そんなとこで油売ってないで早くしてくれないか」
大和先輩のイライラした声が聞こえた。すると、和沙さんは「ごめんね~。怖がらないでやってね」と言うと、大和先輩のいる窓際に向かった。
よ、良かった。名乗らずに済んだ……! ていうか、大和先輩よりも和沙さんの表の天使っぷりが怖いよ! 間近で見ると怖いよ! 完璧すぎて。一瞬、騙されそうになったよ!
落ち着け~落ち着け私~。
食べよう。とにかく、食べよう。気持ちを落ち着けるためにも食べるのだ。エビ。さっきのエビ食べよう。せっかくの美味しいご飯。私はご飯に集中するのだ~。
だからさ、大和先輩がなんで和沙さんを急かしてたか、ふたりが何の紙を覗き込んでたか、ちゃんと聞こえてなかったんだよね。
「持ってきたか。和沙」
「持ってきたよ。リストなんてどうして気になるの。今までもああいった集まりはあったでしょ?」
「気になることがあってね。リスト、見せて」
「へえー。なになに?」
「あの時、会場で……の……で……だよ」
リスト? なんのリストだろう。
それにしても、諏訪生徒会長はちゃっかり茅乃ちゃんの隣に座っている。
おふたりさん、リストもいいですが、生徒会長を回収してくれませんかね。
あ、エビさんウマー。




