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4月29日(火)影があったみたいです

 試験が終わった翌日がお休みって最高だね!

 今日は心置きなくくまのカフェに出かけられるよ。

 久しぶりだな~。

 4月も下旬となると、晴れの日はポカポカしてお散歩日和だ。私はのんびりと歩きながらくまのカフェに行くことにした。少し歩いてお腹をすかせて行ったら、より美味しく食べられるものね。

 ああ……商店街のお団子屋さんから香ばしいいい匂いがする……そういえば、まだ食べてないなぁ。今日は帰りに買って帰ろうかな。ママは学生時代に食べて大好きだって言ってたもんね。うん、そうしよう。

 そんなことを考えながらくまのカフェに行くと、中は沢山の人で賑わっていた。


(あれ? もしかして、満席?)


 くまのカフェはお客さんにゆっくりとくつろいでもらいたいという考えから、ゆったりしたテーブル配置になっていて、その上観葉植物やパーティションで目隠ししてあるから分からないんだけど、見た限りでは空いている席はない。

 嫌な予感は的中したようで、申し訳なさそうに困った表情を浮かべた千香さんがやって来た。


「いらっしゃいませ。申し訳ありません。ただいま満席で……あれ? のんたん?」

「あ、千香さん。こんにちは」

「ビックリした。最初誰か分からなかったわ。帽子似合うのね」


 ええ、最近帽子を見つけるとついついチェックしちゃうんです。ふわふわですぐに風に負けちゃう髪を気にしてたんだけど、丞くんが「帽子かぶればいいんじゃない?」って言ってくれまして。――それにしても、帽子で誰か分からないなんて、千香さんもしかして私のことモコモコ頭で判別してました?


「のんたん、またスタッフルームで良かったら、ご飯食べて行って!」

「え? いいんですか?」

「うん。大丈夫よ。お姉ちゃんに言ってくるわね。ちょっと待ってて」


 いいんですか?なんていいながらも動く気はない。

 カウンターのちょうど真上にあたる場所にあるスタッフルームは、建物の中だというのに横一列に窓から取り付けられていて店内が一望できるようになっている。急に混んで来たらすぐにフォローに入れるようにそうなっているんだって。天井が高い元倉庫だからできる造りだよね。

 すると、すぐに千香さんが戻って来た。


「のんたん、お姉ちゃんにも話してきたから、行きましょう。私も今から休憩なんだ」


 千香さんの後についてカウンターに入ると、キッチンスペースの脇に階段がある。そこを上がるとスタッフルームだ。奥に男女別になったロッカールームがあって、手前――店内が見える窓側に休憩スペースがある。

 中央にはゆったり座れそうなソファーセットもあるんだけど、千香さんと私は窓に対して垂直に置かれたダイニングセットに向かった。


「ごめんね。今日は祝日だから下の様子見ながらじゃなきゃいけないの。こっちでもいい?」

「勿論ですよ! すみません。お休みな上にこんなお昼時に」


 そうなんだよなぁ。ゆっくり歩きながら来てみれば、時間はピッタリお昼ご飯。そりゃ混んでるよねぇ……申し訳ない。

 いや、遠慮なく座りますけどね。ええ、そうしますけどね。


「今日ね、まかない麻婆豆腐丼なのよ。山椒が結構効いててね、辛いんだ。どうする?」

「私辛いのはちょっと苦手で……」

「そう? じゃあ、お店のメニュー持ってくるから待っててね」


 なんだか申し訳ないな~とは思うものの、でもいつもまかないをもらうのはもっと申し訳ないしね。

 それにしてもおなか空いた……ついつい、窓から見える他のお客さんのテーブルに視線がいっちゃう。


(あぁ……あれ美味しそう。スープパスタかな? あ、あれも美味しそう……サンドウィッチ! 表面がこんがり焼けてる! あ~、でもあっちのグラタンも……)


 結局、石焼スープパスタなるものにしました。運ばれてきた時、濃厚なトマトスープがぐっつぐつでね。上にはチーズがとろりと溶けていて、もっちもちの生パスタによく絡むんだわこれが!! 最後には添えられていたバゲットで隅までソースを綺麗に取って食べちゃったもんね。ああ……幸せ! 満足! もう何も入らない!

 そんな私を千香さんは嬉しそうに眺めていた。


「のんたん、デザートも食べるでしょ?」

「食べたい!」


 いや、スイーツは別腹ですから!

 すると、千香さんがトレーに乗せてきたのは、昨日見たばかりの物だった。


「こ、これは!」

「ピンクレモネードのトライフルだよ~。ほら、前にのんたんが試食してくれたでしょ? あの後お姉ちゃんが改良して商品化したんだけど、なかなか食べてもらう機会がなかったから……」


 いや、すみません! 昨日食べました! すっごく美味しかったです! 甘酸っぱさがまた爽やかでね。っていうか、これってくまのカフェのだったんだ! 買ったのって茅乃ちゃんだよね? そういえば……貸し切りで入れなかったけど、くまのカフェには一緒に来たし……そうか~。あの後もここに来てくれてたんだな~。なんだか嬉しい。

 口に入れたピンクレモネードはよく冷えていて、石焼パスタを食べてほてっていた私にはちょうど良かった。ほのかな酸味も、さっぱりと感じて美味しい。

 美味しさを噛みしめながら黙々と食べていると、千香さんがおもむろに口を開いた。


「あの……ね、拓真がのんたんを困らせたみたいで……ごめんね」

「ぶっ!」


 い、いきなり何を言うんですか千香さん! 思わず吹き出しちゃったじゃないですか! ゲッフゲッフ


「わ! のんたん、大丈夫?」

「だ、大丈夫です」


 私こそ驚いたからといってクラッシュゼリー飛ばしてすみません。


「あの日、お休みじゃなかったら私が届けに行ったんだけど、なんかたまたまたくちゃん――拓真がお店にいて、それでお姉ちゃん頼んでくれたの」

「そ、そうなんですか」


 ど、どうしよう。千香さんどこまで聞いてるんだろう? 


「あの……拓真先輩、何か言ってました?」

「う~ん……何かっていうか、昨日やけにたくちゃんがご機嫌でね。聞いたらのんたんと友達になったんだって言うの」

「は、はぁ……」

「あ、たくちゃんの名誉のために言っとくけど、決して友達がいない可哀想な子とかそんなんじゃないのよ?」


 え、そんな風に聞こえましたが違うんですか?

 だってさ、それがどうして私を困らせたとか、そんなことになるの?


「あのね、たくちゃんの周りにはいつも沢山のお友達がいるのよ。それは小さな頃からなの。三兄弟の中でも一番派手な容姿をしているからかしら。いつも笑顔だし気遣いもできる子だし、自然と人が集まるのよ」


 それなら、一昨日から頻繁にトークアプリで話しかけてくるのは別人ですかね? そんなに沢山のお友達がいるなら、素っ気ない私にわざわざ話しかけるのは時間の無駄だと思うんですけど……。


「ううん。違うのよ。たくちゃんはね、人一倍寂しがりやなの。あのね、私の実家はたくちゃんのお家のお隣でね、小さな頃はいつも私について来たのよ。何て言うのか……人の感情に敏感で、疲れてしまうの。でもね、寂しいのよ。だから傍にいて安心できる人がいると、その人と一緒に居たがるの」


 ああ、もしかして私がお店で見たのがそれなのかな?

 貸し切りのくまのカフェには沢山の人がいた。でも、拓真先輩はカウンターで仕事をしている千香さんの傍にひっついてた。


「巴さんも、そうなんですか?」

「あ、のんたんは巴ちゃんも知ってるのね? そうね。彼女に出会ったのは、巴ちゃんが受験生だった頃よ。たくちゃんのお兄さん、翔真が家庭教師をしていたのがきっかけ。巴ちゃんもたくちゃんにとってはとても楽な相手みたい」

「はぁ……。楽……なんですか」

「そう。それでね、たくちゃんの様子から言って、きっとのんたんもそうだと思うの。でものんたんにとってはきっと突然でビックリしたんじゃないかなぁって思って……。ごめんね? でも決して変な子じゃないのよ。とても繊細で、我慢強いんだけど脆い子なの。仲良くしてくれると、嬉しいなぁ」


 千香さんはそう言うとふんわりと笑った。

 周りには沢山、人がいるのに、それで疲れちゃう? よく分からない。

 だって、私が知る拓真先輩は軽くて、ずるくて、強引で、人を馬鹿にしたような話し方をする人。とてもじゃないけど、そんな繊細な心の持ち主には見えなかった。


「えと……突然だったんでちょっとビックリしてるんですけど、3年生だからあまり接点がないと言いますか……」

「あ~、そうかもね。でも、一緒に学校だからきっと私より会う機会は多いと思うんだ」


 い、意外と押しが強いですね。千香さん……。

 すると、階段をトントントンっと軽やかに駆け上がる音が聞こえた。


「ちぃ、休憩時間過ぎてるよ。私もおなか空いちゃったから代わって」

「あ、はーい。ごめんお姉」


 階段を上がって来たのは由香さんだった。手には既に丼と飲み物が乗ったトレーがある。

 慌てて階下へと急ぐ千香さんの代わりにお昼休憩に入るんだろう。由香さんもまた下の様子を確認するためか、窓際にやって来た。


「のんた~ん。一緒に座っていい?」

「あ、はい。勿論です」

「ね、どう? それ、美味しかった?」

「はい! 甘さ控えめで果実の酸味が爽やかですっごくサッパリして美味しかったです!」

「良かったぁ。今度また、試食お願いね。はい、冷たいゆずジンジャーで良ければどうぞ」

「わ、ありがとうございます!」


 ちょうど飲み物が欲しかったところなので、ありがたくいただくことにした。

 手作りだというジンジャエールの中に、生で絞ったゆずが入っている。果肉がそのまま残っていて、すごく美味しい。


「さっき、少し話が聞こえちゃった」

「さっきですか?」

「そう。拓真の話」

「あ~……」

「なんか、拓真にロックオンされちゃったって?」


 ブフォッ。

 だから! 姉妹で変なこと言うのやめてもらえますか。あ、ゆずが飛びましたかすみません。でもロックオンとかそんなんじゃないですから。なんか、私が丞くんをどうこうっていうので面白がってるだけだと思うんだ。


「拓真のおつかいを頼んだのは私だから、なんか責任感じちゃって。だから、私ものんたんに話しておくね」

「え?」

「千香が言ってたこと。ちょっと違うんだ」


 ですよね? やっぱりそんなに繊細なキャラじゃないですよね?


「繊細で、感受性が豊かで周りの感情にあてられて疲れちゃうのは本当。で、千香や巴ちゃんといるのが楽でちょっかい出しちゃってるのも、本当」

「えー。それじゃ全部本当じゃないですか」

「ここからが違うところ。あのね、翔真くんの話聞いた?」

「ええと……拓真先輩のお兄さん、って」

「そう。拓真の兄であり、千香の恋人――候補、かな? 拓真はね、小さい頃から千香が好きだったのよ。その波長が合ってしんどくないっていうの、大きかったんだと思うわ。だから恋心というよりは、心地よい相手として、家族以外では唯一の存在だったの」

「は、はぁ……」


 なぜ私はここで人様の恋愛事情を聞くことになったんだろう。

 由香さんが話したのは、つまりはこういうことだった。


 幼い頃から、周りの感情に敏感だった拓真少年は、一緒にいると心地よい相手として、自然と千香さんに想いを寄せるようになる。けれど、兄である翔真さんもまた、幼い頃から千香さんが好きだった。

 千香さんと同い年である翔真さんは、当然のことながら拓真少年よりも千香さんと一緒に過ごす時間が長い。拓真少年はとても寂しかった。それでも、千香さんはお隣に住んでいたから拓真少年はそれで我慢することにした。

 高校生になった拓真先輩は、自宅でとある少女と出会う。それが巴さんだった。巴さんは当時受験生で、翔真さんが家庭教師をすることになったのだった。巴さんはマンションがリフォーム中で、その間翔真さんの家で勉強にすることになったんだけど、そんな巴さんにも拓真先輩は千香さんと同じ印象を持った。一緒にいてとても心地いい存在だったんだって。

 でも、巴さんは翔真さんにほのかな恋心を抱いていたらしい。

 千香さんだけじゃなく、巴さんまでも――拓真先輩は翔真さんにつらく当たったらしい。末っ子で甘やかされていた拓真先輩。こんなんでこの先、やっていけるのか……今後を心配したご家族は、一度家を離れて違う世界を見るべきだと、拓真先輩に留学を勧めた。とっても疲れていた拓真先輩は、それを受け入れた。


 まさかの、超影があるキャラでした。ビックリです。

 ちなみに、巴さんと翔真さんはなにもなかったらしい。受験が終わると自然と疎遠となって、巴さんからは季節のご挨拶がある程度だと言っていた。きっと淡い想いのままいい思い出となったんだろう。ってことだった。


「翔真が関わっていない人で、拓真が興味を示したのって、のんたんだけなのよ」


 ……なんですか。だからなんだって言うんですか。言っときますけど、人と人との交友って、一方通行じゃいけないと思うんです。ええ、いけないと思います。


「私ね、拓真の心の底からの笑顔、久しぶりに見たわ。拓真は私にとっても弟同然なのよ」


 そうですか。私にとっては他人です。めっちゃ他人です!


「拓真は3年生だから、1年生ののんたんとはあまり会う機会もないと思うの。だから、たまに話し相手になってくれるだけでいいのよ。のんたん、拓真をよろしくね」

「――で、できる範囲でなら……」


 なぜだ……どうしてこうなった!?

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