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4月28日(月)招かれざる客なのです

 午前中の試験はなんとか集中しようとしたんだけど、ジュモン……いや、拓真先輩の言動を思い出してしまってなかなか集中できなかった。正直、結果が怖い。

 だいたい! 丞くんがプリン好きっていうなら、あのプリン譲ってくれても良かったと思う。あぁ……でもプリンは茅乃ちゃんが用意するかもしれなかったからなぁ……。

 藤見茶会の数日前、私と茅乃ちゃんは教室移動の途中で山科さんに呼び止められた。で、藤見茶会でどんなお菓子を用意するつもりなのかって聞かれたんだ。


「だって、バランスよくしておかないと先輩たちに失礼でしょう」


 な、なるほど! そこまで考えてなかったわ~。副委員長になった時も片鱗を見せてたけど、山科さんって気遣いの人なんだね。若いのに~。

 さて、そんなところ申し訳ないんだけど、私はくまのカフェの和三盆ドーナツ一択なんだよね。だって他のお店ってよく分からないし、第一くまのカフェの試食係としては、他のお店を選ぶなんてありえないわけで。そしたら持ち歩ける上に、メニューには載っていない和三盆ドーナツでしょ! と、私は早い段階から決めていた。


「ふぅん……そう。千石さんは?」

「え? ええっと……のどかちゃんがドーナツなら……私はプリンとかゼリーにしようかしら」

「そう、そうね。それはいいかもしれないわね。じゃあ私はサンドウィッチかカナッペにしようかしら」


 そんなやり取りがあったわけだ。当日は調理部の部室にある大きな冷蔵庫を借りることもできるし、お昼休みに使用人が届けにくる子もいるようだ。だから結構長時間保存が難しいお菓子や軽食もテーブルに並ぶらしい。

 確かに、それぞれが好きな物を持ち寄って……例えば全員がケーキだったらいくらケーキ好きの女子とはいえ、口が甘ったるくなるってモンですよ。

 まあそれで急にひとりだけメニュー変えるとか無理だったんだ。

 あ~あ……でも丞くんがプリン好きって、前から知ってたらな……。


「どうしたの。ボーっとして」

「えっ。あ、丞くん!」

「そろそろ行こうぜ。千石も待ってるぞ」

「わ、ごめん!」


 試験は終わったんだから、藤見茶会に頭を切り替えよう。せっかくのお茶会だからね。

 外は快晴で、藤見茶会がおこなわれる広場を囲む藤の花も綺麗に咲いている。広場には清潔なクロスがかけられたテーブルセットが並んでいる。早いグループは既にテーブルセッティングを始めていた。


「ほら、俺たちも早く準備しようぜ。いい皿が取られちまう」

「えっ。そうなの!?」

「そうだよ。自分で用意したスイーツに合う食器を選ぶのもまた勉強だからね」


 なんと! 奥深い……奥深いよセレブ社会……!

 ちょっと自信ないなぁ……。そんな風に思ってたら、いつも大人しい茅乃ちゃんが率先して決めてくれた。


「茅乃ちゃん、すごいね! センスいい!」

「え……そ、そうかしら」

「本当だわ。シンプルで合わせやすい食器は殆ど取られちゃったのに、上手ね」


 山科さんも感心したようにそう言うと、茅乃ちゃんは照れくさそうに笑った。


「うち……リゾートホテルやってるから……時々手伝っていたの」


 なるほどね~。慣れてるだけあって、結構カラフルなものを選んでいるんだけど、お菓子を乗せるとあらピッタリ。おかげでうちのテーブルはとても華やかになった。

 茅乃ちゃんが選んだのは、花が開いたように縁が波打って広がった透明のガラスの器が涼しげなスイーツ。一番下はスポンジ、その上には淡いピンクのムース。更に上にこれまた淡いピンクのクラッシュゼリー、そしてその上に色鮮やかなピンクの果実が乗ったもの。4層の可愛らしい逸品だ。そして山科さんはクラッカーの上にクリームチーズとサーモンが乗ったカナッペだった。

 

(お、美味しそう!)


「あら、素敵ね」

「巴さん!」


 私たちのテーブルの準備が整った頃、友人を伴って巴さんが現れた。

 巴さんのグループは3人。皆さん女性だ。

 1人は巴さんと同じ位背の高い、ショートカットのよく似合う中世的な女性で、七瀬ななせ彩果あやかと名乗った。化粧品会社の社長令嬢だそうだ。そして、七瀬先輩と巴さんの間にいるのが、五十嵐いがらし陽子ようこさんという方。地方の大地主のお嬢様だとかで、ふわふわしたセミロングの髪に大きなリボンをつけ、ほんわかした雰囲気が魅力的な方だった。


「本当ね。私、ドーナツ大好きなの」


 五十嵐先輩はのんびりした口調で話し、にっこりと笑った。


(か、可愛い!)


 背は私よりも小さい。きっと、150cmあるかないかだと思う。その雰囲気といい話し方といい、すっごく癒される。それは七瀬先輩と巴さんも同じようで、五十嵐先輩が嬉しそうにお菓子を眺める様を、おふたりもまた笑顔で見ていた。

 いいなぁ、この雰囲気。楽しいお茶会になりそうだ。一昨日、和沙さんのお家でおこなわれたお茶会とは大違いだね!

 和沙さんのお茶会と言えば、例の秘密箱はまだ開かない。試験が控えていたということもあって週末の内に開けることは早々に諦めたっていうのもあるんだけど、なんと今日登校してみたら教室の一部ではその話題が出ていたんだ。結菜嬢や鍋谷さんも参加していたから当然なんだけど……ふたりとも、制服に小さなブローチをつけていたんだ。ちょうどカーディガンを羽織ると隠れるような場所だったんだけど、取り巻きにせがまれて見せているのが目に入ったんだよね。そこには小さな王冠をかたどったシルバーのブローチがあった。はめ込まれた石の色はそれぞれ違う。結菜嬢はピンクで、鍋谷さんは水色だった。

 なんでも篁グループのロゴが王冠がデザインされたものらしいんだよね。これはあれですかね、篁グループと懇意にしてますのよオホホホってアピール?

 でも、こうしてふたりとも身につけてるってことは……


(ふたりはあの箱を開けることができたってことだよね?)


 うそでしょ。私全然開けられないんだけど? 私……バカなんだろうか。

 今日、帰ったらもう一度チャレンジしてみよう。うん、そうしよう。


「のどかちゃん、何か考えごと?」

「えっ?」

「大丈夫か? 今、俺が1年のメンバーを紹介してたんだけど、聞いてた?」

「わっ、ごめん」

「終わったら試験のことは忘れた方がいいぜ? 俺は過去を振り返らない!」

「お前はもうちょっと振り返ってくれ。定期試験の一番の勉強方法は授業の復習だって何度言ったら分かるんだ」


 開き直る風斗くんを丞くんがため息をつきながら諭すんだけど、風斗くんはもう聞いてない。まったく、丞くんは風斗くんを心配して言ってくれてるのに、聞かないなんて失礼だな。

 すると、そんなやり取りを見ていた山科さんがふっと少し微笑んだ。

 わ……山科さんもそんな表情するんだ。いつもキリッとしていて話し方もテキパキ。常にメガネに手を当てて話してるようなイメージなんだけど、今はとても柔らかい表情をしている。


「風斗はまだそんなこと言ってるの? 私があれほど勉強を見たのに、あれは無意味だったのかしら?」

「えっ!? いや、そんなことないっすよ!」

「姉貴は去年、風斗の受験勉強を見てくれてたんだよ。それでもギリッギリ合格だったんだけどね」


 なんだと! それは羨ましい! 私も巴さんに教わりたかった!

 あ、山科さんの顔が曇った。意外と表情豊かなんだなぁ。――いや、もしかしたら風斗くん限定? この前からどうも山科さんに変化が見えるのは風斗くんが絡んでいる時だけだ。うん、これはやっぱり…… 恋 ですね?


「いや、あの……巴さんは俺のペースに合わせてくれるし……すげーわかりやすいし……だから、あの……また……」


 顔を赤くして話す風斗くんを見て、山科さんは唇を噛みしめている。

 切ねぇ! 切ねぇのう! 風斗くんは明らかに巴さんが好きっぽいしなぁ。く~っ。うまくいかないねえ!


「それはそうと……去年私たちが1年の時は、飲み物はだいたいが紅茶、たまに珈琲のところもある位だったけど、今年は雰囲気が違うね」


 七瀬先輩が周りのテーブルを見ると不思議そうな顔をした。

 そう、そうなんだよ。全てではないんだけど、結構な確率でテーブルの上にはピンク色の飲み物が用意されてるんだ。


「これはね~、実は新聞の影響が大きいのよ」

「え? 巴、どういうこと?」

「ほら、私が始めた投稿コーナーあるでしょ。あそこでね、諏訪生徒会長が藤見茶会ではピンクレモネードをご所望だって書いたのよ」


 は! そうだった! そうだよ! そういえばそんなことがあった!

 松丘くんのこととか、開かない箱とか、拓真先輩とか、最近色々なことがありすぎてすっかり忘れてたよ。


(でも……確か、ピンクレモネードなんとかって言ってたんだよなぁ……はて)


「諏訪くんがピンクレモネード? 随分とかわいらしいわね」

「でしょ? だからね。会長が今日、どのテーブルを選ぶのか……すごく楽しみだわ。あ、ホラ。来たわよ」


 巴さんの視線の先を見てみると、諏訪生徒会長が姿を現した。

 その後ろから和沙さんと……ん? あれは速水のおじいちゃん家のお隣のたっくん? どういうこと? 確かにたっくんは和沙さんのパーティーにも来てたから、個人的に親交はあるんだろうけど、今日のは学校行事だ。もしかして、彼も生徒会の役員なんだろうか。

 すると、巴さんが苦々しく呟いた。


「別の意味でアイツが選ぶテーブルも気になるわね。ここには来て欲しくないから」

「まあまあ。大和先輩だってさすがにここは避けると思うよ」

「大和先輩?」

「そう。ホラ、今篁副会長と話してるメガネの……ホラ、言ったろ。ソフト部の部長で、文化部を取りまとめる文化部部長」


 え! まさか、それがたっくんだったとは! てことは、たっくんは巴さんの天敵ってことじゃないの。

 これは……来月のネタはたっくん、あなたのドジっ子ぶりが一番の有力候補ですな。ケケケケケッ。そうそうネタなんて転がってないと思ったけど、あるもんだねぇ。ケケケッ。

 私が心の中でそんな黒い笑いを浮かべていると、頭上から声が降ってきた。


「こちらにお邪魔してもいいかな」

「えっ?」


 見上げた先には、涼し気な瞳で見下ろす諏訪雨音生徒会長がいらっしゃった。


 え? え? こ、ここにはお求めのピンクレモネードはありませんが?

 ほ、ほら。巴さんもポカンとしてるよ?

 けれど、風斗くん以外には動じない山科さんがさっさと席を勧め、紅茶の用意を始めた。ちょ、ちょっと! 少しは動じなさいよ! 冷静すぎるよ!


「ああ、ありがとう」

「諏訪くん? ここにはピンクレモネードはないよ?」


 のんびりと問いかける五十嵐先輩に、諏訪会長は少し不思議そうに首を傾げた。


「ああ、なぜか僕がピンクレモネードが飲みたいと言っていると話題になっているようだね。でも、僕はピンクレモネードが飲みたいわけではないんだ」

「え~? ガセってこと?」


 ちょ! 違うんです! 巴さん! 私、嘘はついておりませぬ! 決してガセでもありませぬぅぅ!

 そう言いたいけど、言えないこの状況……。辛い。辛いっす!


「いや、あながち間違いではないんだ。――これ、いただいてもいいかな?」


 そう言って指差したのは茅乃ちゃんが用意したスイーツが乗ったお皿。


「あ……ハイ。勿論です。あの……どうぞ」

「ありがとう。これは、君が用意したの?」

「は、はい……」

「嬉しいよ。僕はこれが食べたかったんだ」


 近くでニッコリと微笑まれ、茅乃ちゃんは顔を真っ赤にしてしまった。

 ピンクレモネードが飲みたいわけじゃないけど、間違ってもいないって、どういうこと?


「茅乃ちゃん。これ、なあに?」

「これ……あの、ピンクレモネードのトライフルなの。ゼリーかプリンを探していたら、これを見つけて……そしたら、のどかちゃんからもらった新聞記事を思い出したの」

「え? これがピンクレモネードなの?」

「……ピンクレモネードって、ブルーベリーの一種なんですって」

「そ、そうなんだ。私てっきり飲み物の方のレモネードかと思った。だってほら、他のテーブルは飲み物で用意してるよ?」

「あ、でも新聞には『スイーツ』って書いてたから……」


 なるほど! 深い! 深いよ茅乃ちゃん!


 それにしても……周りからの視線が痛いよ……はぁ。


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