4月26日(土)潜入成功です
誰すかコレ。
鏡に映っている自分を見てそんなことを思うのは、進学祝いのパーティー以来だ。
あのパーティーで総帥に言われたのがグサリときたのか、家にやって来たメイク担当のお姉さんにママっては「ナチュラルに」って言ってたよ。言ってたけど……ええ、これ、誰すか。今はつけま三重乗せがナチュラルメイクなんですか? じゃあがっつりメイクってどんなんですか。それはもう特殊メイクって言っていいんじゃないですか?
「長くてくるんと上を向いたのと、短くてみっしりついたものを重ねて、あとは目じりに長めのカラーのものをピンポイントでね。ほら、自然に大きな瞳になったでしょう?」
「わ、わぁ~ほんと~」
いや、めっちゃ不自然だから! 目じりだけぴょこんとブルーのまつげってどこが自然なんだ!
そんなまつげを凝視するつぶらだったはずの目はあら不思議。黒目が大きくて潤んでる! こわいわ~。黒目を大きくクッキリさせるカラコンってなに? 人相まで変わっちゃってる感じするけど! プリクラで写真撮って「デカ目~! こんなに大きな目だったらね~」とは思ったことはあるけど、実際なってみると別人感半端ない。
そしてなにより。
私の頬を撫でるゆるふわウェーブ。
ええ、予想はしていました。ウィッグです。ママはどうしても今の私の綿菓子のようなくるくるショートが好みではないみたい。今回のウィッグはね、てっぺんから後ろだけなの。前髪は自前で、てっぺんでパチンと止めるとゆるく巻かれた艶やかな黒髪が左右の頬にふんわりと当たるボブヘアーになった。おお……! 丸い顔の輪郭が隠れたよ! 小顔効果抜群! 前髪をアップにされたから、ボールのような顔が出来上がるかと思いきや、なるほど~頬のラインが隠れるだけでこんなにも印象が変わるんだね。ふむふむ。そして前髪を上げて左側にゆるく編み込むとそこにヘッドドレスを装着された。シックな黒のビロード生地にハートやダイヤをかたどった赤いラインストーンと、クローバーとスペードをかたどった黒いラインストーンがついていて、照明を浴びてキラキラと輝いている。
「さすが正樹さんのお友達はオシャレねぇ」
「ん? ああ~そうだね~」
そう。これは阿久津先生が持ってきてくれたイヴの新作、アリスシリーズの服なんだ。数種あった中から先生が選んだのは、スクエアカットの白のカットソー。5分袖の先には7センチほどの長いレースがスカートのように広がって付いている。腕を動かすたびにひらひらしてなんだかくすぐったい。結構胸元が大きく開いていてびっくりしたんだけど、なぜか先生とお兄ちゃんに「鎖骨は出すべき!」と強く言われてこれになった。
「首がそんなに長くないから、あえて大き目のスクエアカットなんですよ。それに袖もね、パフスリーブみたいなふくらみがあるものは、首が長くて華奢な体型に似合うんです。首元をスッキリ開けて、肩のラインはシンプルにして肘下にボリュームを持たせることで視線が下にいくんです」
はぁ~、なるほど。でも胸元がスースーしてなんだか心元ない……。ええと、お辞儀する時は胸に手を当てて……だね。
下はハイウエストの黒いスカートになった。ハイウエストだから胸が目立つんだけど……このスカートも2人がこれと言って聞かなかった。確かにシンプルだけど可愛いんだ。裾にもハートやらダイヤ、クローバーにスペード、大きさを変えてあちこちに刺繍されてる。そして少し持ち上げると、白いレースがちらりと見えたりして。うひひ。可愛い。
「のどかは体型を気にしていつもゆったりした服を選ぶけど、胸を気にしてのことなら逆効果だよ。太って見えちゃう」
「そうですよ! せっかくの魅力的なぽわぽわおっぱ……はぐぅ!」
なぜか手が出ましたごめんね先生。先生のほっぺた、女の子みたいに伸びますね。にょ~んって。にょ~~んって。
とはいえ、確かに今までの自分とは違う姿が鑑に映ってるのは本当。
いや、メイクとか髪型だけじゃなくてだね。ぽっちゃりを気にしてたんだけど、鎖骨を出したらやけにスッキリして見える。標準より大き目の胸も、太く見える体型も気にしてたけど、隠すよりもちゃんとウエストのライン出した方が太って見えない。……ていうか、私ウエストあったんだ!? 新 発 見 !
「仕上げは、ええと……コレですよね? うん。少し地味だけれど、今日の装いにはピッタリだわ」
メイクのお姉さんの手にあるのは、やっぱり先生から提供されたペンダント。
真紅のサテンのリボンが結ばれた真鍮の鍵がぶら下っている。少し大振りで、細かな装飾の中央にはハート型の赤い石が入っていた。
鍵……アリスといえば、ペンダントになりそうなモチーフって懐中時計じゃないの? って思ったんだけど、それは白ウサギだって言われた。どうやら白ウサギをイメージした服もあるらしいよ。でもそれにはうさ耳をつけなきゃいけないそうで、即行辞退したけどね。
そんなこんなで私は篁家に乗り込みました!
プリクラ級のデカ目と目じりにちょんっと鮮やかなブルーつけま、ゆるふわボブと普段は着ないようなシックな中にも女の子らしい服装で!
(さあ! 誰も私と気づかないでしょう!)
そう意気込んで乗り込んだものの……そういえば、結菜嬢と鍋谷さん以外はそもそも私を知らないんだった……。
周りの女性はもっと派手で華やかで。私の胸元のちょっとした露出なんてものは露出の内に入りませんてな具合に胸元がバーンと開いてるお姉さまとかもいた。
(――確かに、婚約者候補って言っても同世代の高校生だけが呼ばれてるわけないもんね……)
ティーパーティーとはいえ、その会場の規模からやっぱり中央の大きなテーブルに軽食やスイーツが並ぶビュッフェスタイル。壁に沿ってテーブルとイスが置かれていて、既に顔なじみの人たちは座って談笑している。
ていうか……私、ぼっちじゃない? とはいえ、結菜嬢たちに話しかける勇気もないしなぁ……。仕方ない。今日はその他大勢に埋もれながら和沙さんの婚約者候補を観察するのが目的だ。食い意地張って目立つわけにもいかないし、適当にサーモンとチーズのサンドウィッチとミニタルトとマカロンを取ると隅のテーブルに向かった。そこは飲み物を給仕するカウンターの近くで、スタッフの人たちが忙しく行ったり来たりしている。そんな席なものだから、出席者たちは寄り付かなかった。
(うんうん。べスポジだわ、これは)
そうこうしていると、会場が騒がしくなった。
皆の視線の先には、案の定天使の笑顔を浮かべた和沙さんがいる。
うわぁ……嘘くさいわぁ……中身は真っ黒悪魔のくせにっ!
和沙さんがステージに上がり、パーティーの開始を告げる挨拶をすると、会場の隅ではクラシックの生演奏が始まった。
ステージを降りた和沙さんに、早速積極的な女の子たちが向かったけれど、彼女たちはすぐに足を止めた。和沙さんが向かった先には諏訪生徒会長も姿もあった。
(ああ、そうか。裏の目的は婚約者候補と和沙さんの交流だけど、表向きは同年代のお友達との親睦パーティーだもんね)
思った以上に男性の姿も多い。進学祝いパーティーで和沙さんに一生懸命話しかけていた大柄で身振りの大きな男の子もいる。でも今日は諏訪生徒会長が一緒だからか、彼らの輪に入っていけずにいた。
おっと、そんな中、和沙さんたちに話しかける猛者がいるぞ。後ろ姿しか見えないけど、彼も諏訪生徒会長に負けないくらいスラリとした長身で姿勢がいい。シャンデリアの光を受けて艶やかに輝くサラサラの長めの黒髪が恨めしい。
(ん? サラサラ黒髪の長身男子……?)
まさか……? その姿にはなんとなく見覚えがある。まだ顔を確認したわけじゃないけど、もしかして彼は――。
その時、私の思いが通じたのか、彼が振り返った。
(――! やっぱり! あの人だ。おじいちゃんのお隣さん!)
初めて男の人を見て『綺麗』って。そう思った男の子が和沙さんと諏訪生徒会長と談笑している。
もしかして、彼も藤ノ塚の生徒なのかな? ええと……表札、見たはずなのに思い出せない。なんだっけ?
それにしても、女の子顔負けの中世的な可愛さの和沙さんと、凛とした雰囲気漂うスッキリとした短髪が爽やかなザ・日本男児諏訪生徒会長、そしてメガネの似合う冷たい美貌を持ったおじいちゃん家のお隣さんという、タイプの違ったイケメンが3人も揃うとこうも空気が変わるものなのか……。
あの結菜嬢ですら近寄れずに遠巻きに見つめている。まるで見えないバリアーでもあるみたいだ。
でも、どんな世界にも空気が読めないというか、恐れを知らないというか……そんな子はいるらしい。一際華やかな装いの女の子が彼らに近づくと、親し気に和沙さんの腕に触れた。
(あ、和沙さんの笑顔が固まった)
周りはそれに気づいていないのか、「和沙さんと仲がよろしいのね」などと話している。その中には「生徒会に入れたのはもしかして和沙さんの推薦があったのかしら」というものがあった。
(ん? ということは……彼女が例の理事長の愛娘? あの生徒会長にもすり寄ってるっていう?)
和沙さんは笑顔のまま、さりげなく腕を下ろして彼女の手を外した。すると彼女、今度は諏訪生徒会長に甘えるに首を傾げて話しかけている。
(うわぁ……権力のあるイケメンなら誰でもいいのか……)
まったく、嫌な世界だ。
最初は遠慮していた子も、理事長娘の行動をきっかけに彼らに話しかけはじめた。結菜嬢も、そして鍋谷さんもすぐにその輪に加わった。
中には、お隣さんに話しかける人もいる。あの美貌だもん。彼もきっとモテるんだろうなぁ。綺麗に着飾った女の子相手にしてもドギマギした様子はなく、クールに対応してるところを見ると慣れてるんだろうし……。
ふふふ。でもね、彼は料理してる時、破滅的な手際の悪さで超ドジっ子になるんだよ。ツンと済ました姿を見ていると、とてもそうは見えないけどね。
「1人で百面相かね」
「わっ。驚いた」
ドリンクカウンターの影から現れたのは総帥だった。
「今日はまた可愛らしい恰好じゃの」
「よく私だって分かりましたね」
「そりゃあ、分かるさ」
(年の功ってやつかな?)
「のどかちゃんは、うちの和沙に興味はないのかね」
「う~ん……私がっていうより、和沙さんがないと思いますよ」
「そうかのう……わしにはのどかちゃんが興味を持っていないように見えるがの。身内の欲目かもしれんが、和沙はお買い得だと思うぞ? なにしろ色男で、篁家という権力もある。それに、なかなか能力も高い」
「う~ん……」
言われれば言われるほど、魅力を感じなくなるのはやっぱりうちのおじいちゃんおばあちゃんの教えかな。
「それって、なんだか悲しいですね。まるで和沙さんの中身には魅力がないみたい」
実の曾お爺ちゃんにそんな風に言われる和沙さんを思うと、なんだか悲しくなってしまって、私はついそう口走ってしまった。だって、和沙さんは確かに中身は黒いしお近づきになったら色々大変そうだなって思うけど、でもお家のこととかすごく考えていたよ。篁っていう家を、伝統をちゃんと背負って生きていく覚悟が、その言葉にはあったよ。なのに、身内が外見しか見てないっていうのはどうなの?
ついつい熱くなって、私はうちのおじいちゃんおばあちゃんの教えを語ってしまったよね。なんか途中から総帥が笑顔を引っ込めてじっと話を聞いていたけど、そんなのに気づかない程だった。まだ将来の目標をちゃんと決められていない私が言うことじゃないけど。でも、その重さが分かってるから迷うんだよ。だから、そんな私に比べたらちゃんと腹くくってる和沙さんはすごいんだよ。
「――そうか。あいつが、そんなことをのう……」
最後まで私の話を聞いていた総帥が、そんなことをポツリと呟いた。
この時は、“あいつ”が誰を指すのか分からなくて。その時になって初めて、私は総帥の表情がいつもの好々爺然としたものではないことに気づいた。
笑顔が消えたその顔は皺がたくさん刻まれてはいるけれど、そんな年輪を感じさせないほど目に力があり、私のすべてを見透かすような深い目をしていた。
(あれっ? わ、私なにかマズいことでも言っちゃった?)
今更焦っても仕方がないんだけど、背中を冷たいものが流れた。
でも、次の瞬間に総帥はいつもの人のいい笑顔に戻ったんだ。
「君、あれを持ってきてくれるか」
そうして少し後ろに控えていた秘書らしき男性に声をかけると、男性はリボンがかけられた小さな箱を持ってきた。
「これを、君にやろう」
「えっ? そんな……もらえません!」
「いやいや、今日の参加者に配る記念品じゃ」
「え?」
やだー。恥ずかしー。なんか特別なプレゼントか何かかと思っちゃった。そんなわけないか。
見てみると、会場のあちこちで綺麗に包装された小箱が配られていた。どうやらパーティーはそろそろお開きらしい。いつの間にか窓から入る光も赤みを帯びたものになっている。
別人のような姿で鍋谷さんたちに素性はバレずに済んだけど、理事長の娘がどんな子かは分かっただけで、結局それ以外に婚約者候補っぽい人は分からなかったなぁ。さすがにそんなに簡単にはいかないか。
総帥もいつの間にか消えていた。
さて、じゃあそろそろ帰ろうかと立ち上がった時、手の中の小箱からカタンと小さな音がした。




