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4月25日(金)交渉成立です

 なんだか教室の中がピリピリしている気がするのは気のせいですかね? いつもつるんでる結菜嬢の取り巻きさんたちも、なんだか距離を感じる。


「ねえねえ。どうしたの?」

「え? ……どうしたのって、なにが?」


 茅乃ちゃんてば気づいてないよー。まったく。茅乃ちゃんてば随分のんびりさんだなぁ。こんなに雰囲気が殺伐としてるのにさ。


「篁家のティーパーティーだよ。明日あるらしいんだけど、どうやら真白と鍋谷だけ招待されてるみたいだね」

「なんかめんどくせーな。呼ばれたとか呼ばれてないとか、そんなにピリピリすることかねー?」

「まあ、ファンならそうなんじゃない? なんせあのティーパーティーは婚――」

「たかむら……家?」


 わぁぁぁぁぁ! 危ない危ない! うっかり婚約者候補の話をするところだったよ! 茅乃ちゃんありがとう! ナイスタイミングだよ! のんびりとか言ってごめんね!


「篁家っていうのは、うちの学園でも人気がある篁和沙生徒会副会長のお家のことだよ。特に女子生徒に人気だから、彼に近づけると思ってそのパーティーに行きい子が多いんだろうね。ところで、のどか。なんせあのティーパーティーは……って、何?」


 セーフ! と思ったものの、丞くんは聞き逃さなかったらしい。いやそこは聞き流してよ! 新聞部魂発揮させなくていいから!


「いや~……えっと。実は私も招待されてて……」

「えっ? そうなの? ああ、そうか。のどかも篁グループの関係だったね」

「え……なんで知ってるの?」

「入学式で千太郎氏に手を振ってただろう?」

「あっ。そういえばそうだった!」

「へぇ~。お前、招待されてんの? 気を付けた方がいいぜ~? あいつらに知られたら面倒なことになりそうだ」


 ちょっと止めてよね風斗くん。そんな……たかがティーパーティーで大げさな……。と思った時、鍋谷さんがこれ見よがしに取り出した招待状が入った封筒を、睨み付ける女子生徒が目に入った。――殺せる! あやつら、視線で人を殺せる!!


「こ、こわっ。やだな~。行くのやめようかな……」

「大げさだよのどか。それに大体、そんな話してなかったじゃないか。招待状、いつもらったんだ?」

「え? 昨日」

「昨日? ……おかしいな。いくら小規模の集まりとはいっても、遅くても3週間前には送付されているはずだ。真白は随分前に招待状を持っていたよ。それを見て、鍋谷は羨ましそうにしていた。その後、親にでも強請って手に入れたんじゃないかな。でも、のどかは違うだろう?」

「違うよ! なんか秘書の人が持ってきたんだって昨日突然パパが出してきたんだもん!」


 強請ったなんてとんでもない! できることなら、あの腹黒天使には近づきたくないからね!


「秘書? 千太郎氏の秘書が直々に……しかも、前日に突然? ふぅん……なるほど」

「えっ? な、なに? 丞くん」


 い、いきなり考え込まないでくれるかな。何かおかしなことを言っちゃったのかとドギマギするじゃないの。


「いや、もしかしたら、のどかはこっちに来たばかりだから、リストから漏れてたのかもしれないね」

「え~……それなら漏れたままの方が良かったよ……」

「でもあの……楽しいかもしれないわよ?」


 茅乃ちゃんがフォローしてくれたけど、絶対そうは思えない。なんせ茅乃ちゃんは和沙さんの悪魔っぷりを知らないからね!


 明日のティーパーティー、その腹黒天使になるべく気づかれず、その他大勢に紛れ込もうかと考えながら1人で廊下を歩いていたら、突然腕を引かれて階段下のスペースに押し込められてしまった。な、何事!?


「のどかさん、例の物、持ってきてくれました?」

「せ、先生ぃぃぃぃぃ! ビックリするじゃないですか!」

「声ならかけたましたよ? なのに、全然気が付かないんですから、仕方がないじゃありませんか」


 男の人にしては細くて長い、それでも女の人の手とは違う骨ばった阿久津先生の指が、私の二の腕をむにむにと揉む。ひぃぃぃぃ! やめて!


「ああ、失礼しました。とっても柔らかくて触り心地が良かったもので……離さなきゃいけませんか?」

「あああ当たり前でしょう!」


 すると先生は渋々とその手を離すと、自分の顔に持って行ってクンクンと嗅ぎ出した。やめろ変態ぃぃぃ! そんなんで匂いが残ってたまるかぁぁ! チッって何! 舌打ちとかいけないと思います!


「なかなか例の物、持ってきてくださらないので……」

「――すみません。それどころじゃなくて」

「それどころとは失礼ですね。僕も締切を抱えているんですよ。だから早く普通のちょっと地味目な女子高生のあれやこれを知りたいんですよ」


 ちょっと地味目とかさりげなく失礼ワードを入れるのやめてもらえますか先生。自覚はあるけど、だからといって人に言われるのはいい気はしません。


「それこそ、今なんてネットで色々分かる時代じゃないですか」

「違いますね。見て見て~と自分をわざと晒している輩には興味なんてありませんよ。それにネットは体感できないじゃないですか。いくら時代は3Dになったとは言っても、所詮は平面。あんなものはまやかしです」


 えー……そんな『俺今いいこと言った』風にキリッとしないでもらえますか……言ってる内容は最低ですから……。


「ところで……それどころじゃないとは、何にお困りなのですか? もしかしたら、何かお役に立てるかもしれませんよ?」

「えー……」


 この変態が何の役に立てると言うんだろう……。

 いや、待てよ……。こう見えてもこのへんた――阿久津先生は生徒会顧問だ。ということは、あの腹黒天使のこともよく知ってるはず。これは……利用しない手はない!


「先生! 私がアルバムを提供する代わりに……協力してくれませんか?」

「ギブアンドテイクっていうことですか? いいでしょう。私は何をすればいいんです?」

「実は……明日、篁家のティーパーティーに行くんです。それで……」

「篁くんの……つまり、彼の目に留まるようになるには、どうしたらいいかってことですか?」

「違います!」

「え?」

「逆ですよ。逆! なんでそうなるんですか! 目に留まらないようにしたいんです。でも気軽な恰好でっていうのもよく分からないし、悪目立ちしない、その他大勢に埋もれるにはどうしたらいいか教えて欲しいんです」

「…………」


 …………沈黙が怖いんですが。何か言ってくださいよ。

 阿久津先生は、なぜか私をじっと見ているだけだ。なんだか居心地が悪くなって、私は思わず下を向いた。


「のどかさんは……面白いですね。ええ、本当に面白い人ですよ。いいでしょう。これでも、彼のことは他の人よりは知っているつもりです。――明日なら、今日中に動いた方が良さそうですね。学校帰り、正樹の家に行けますか?」

「え? あ、ハイ」

「では、私も正樹の家にお邪魔するとしましょう。あの部屋のクローゼットに、なかなか良さそうな服がありましたから、合わせてみましょう」


 は! そうか! おじいちゃんの家のクローゼット! あそこには、自分ではなかなか買わない高そうな服が揃っていた。あの中には、ティーパーティーに着て行けそうな服もあるかもしれない。

 って……なんで……なんで私のクローゼットの中身知ってるんですかぁぁぁぁ! 変態! やっぱり変態だぁぁぁ!


「嫌ですねぇ。そんなに褒めないでください。私もいくつかうちのブランドの服を用意しましょうか。それにはやはりスリーサイズを……」

「言いませんっ!」


 だからチッって何だもう! その手には乗りませんからね!


「ああ。そういえば、部屋着もとても趣味が良いですね。あれはのどかさんが選ばれたのですか?」

「いえ、私はオシャレとか苦手でもっぱら中学のジャージですよ」

「ほお。ジャージはお持ちなのですね」

「はっ!」


 あああああ! はめられたーーー!


「ジャージ、譲ってくれますよね?」

「ぐぐぐぐぐ……」

「見事に、篁くんの目に留まらないように仕立てて差し上げますよ。それと、そうそう。新聞部の復権には、生徒会の協力が不可欠ですよね?」

「うぅぅ……」

「知ってますよね? 私、生徒会の顧問なんですよ」

「うぐぐぐ……わ、わかりました」


 洗おう。

 何度も何度も何度も何度も、洗ってやる! そうだ。最近流行りのフレグランス柔軟剤使おう。とびっきり香りのキツイの選んでやるんだから!

 でも……この変態はどんなにかすかなものでも嗅ぎ分けそうで怖いんだよなぁ……。はぁ。

 チラリとへんた……阿久津先生を見て私はとても後悔した。

 ええ~……なんか頬を赤らめて笑みを浮かべてるんだけど! 見なきゃよかった……見なきゃよかった!


「あら! 阿久津先生……と、小鳥遊さん?」

「え? わぁっ! 鍋谷さん!」


 マズい。鍋谷さんと言えば、阿久津先生のファンなんだった。嫌だなぁ。こんなところで話してるのを見つかるなんて。鍋谷さんは結菜嬢の取り巻きの中でも中心的な存在で、そして家柄至上主義の中心人物でもある。つまり――目をつけられると、色々面倒くさい。なのにホラ、既に私に向ける視線が鋭いよ。


「何をしているんですか? こんなところで……2人きりで」

「えっと、あの……」


 どうしよう。突然すぎてなにも思い付かない!

 すると、阿久津先生がノートの束を差し出した。ん? 先生そんなの持ってました?


「2人きりではありませんよ。実は、先日集めたノートをお返しするのを何人かにお願いしたのですが、断られてしまったのです。それを見かねた小鳥遊さんが申し出てくださったんですよ」

「あ……そうなんですか」

「ええ。でもお1人では大変かと……助かりました鍋谷さん」

「えっ? わ、私はちょっと……あの……」

「では、お2人にお願いしますね」


 え~……助かったけど、鍋谷さんと2人で教室まで行くのはちょっとなぁ……あまり2人きりになりたい人ではないんだよねぇ……。1クラスの人数少ないし、1人で持てると思うんだけど。でも結局、鍋谷さんは渋々ながらも先生からノートを受け取った。ちょっと意外。私が申し出るまでもなく、なんだかんだ理由をつけて断ると思ったんだよね。雑用なんて嫌がるし、私のことも良く思ってないようだから。なのに、どうして? と思ってたんだけど……。


「私、明日篁家のパーティーに行くの」

「はあ」

「あなた、それがどんなに素晴らしいことか知っている?」

「……よく分かりません」


 阿久津先生から離れたと思ったら、鍋谷さんてば突然話し始めたんだよねぇ。でも一体、何を言いたいのか分からない。


「ま、そうでしょうね。あなたは随分と田舎からいらしたようだから? そのような華やかなおつきあいはご存じないでしょう」


 おお。それか。つまりは自慢をしたかったんだな。

 ぶっちゃけ、パーティーは行ったことあるんだけど……。鍋谷さんが自慢気に話す篁家の進学祝いのパーティーにね。でもそうか。うちのパパは篁家が新たに設立した、オリジナル家具を作る会社の代表だ。きっと篁グループに名を連ねたことを知らないんだろう。


(今ここで言ったら面白いことになりそう?)


 そんな誘惑が頭をよぎったけど、私はすぐにそれを打ち消した。

 いやいや、却って面倒なことになりそうだ。今の私は彼女にとって存在価値のない人間で。だから、感じ悪いな~と思うことはあっても、こっちはこっちで楽しくやっている。それが変わるのは困る。変に気を使われるのも、悪意を具体的に行動に移されるのも勘弁して欲しい。

 明日のパーティーはしっかり別人にならなくちゃなぁ……。頼んだよ! 変態!

 

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