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4月24日(木)好奇心が勝ったんです

 セレブって、色々大変なんだなぁ……。


 昨日資料室で聞いてしまった諏訪生徒会長と和沙さんの会話が気になって仕方がない。

 気になるっていうか、なんか胸に刺さった棘の先からモヤモヤが漏れ出て、それが全身に回ってくる感じ? このモヤモヤは何だろうね。不安? しがらみの多いセレブ社会に片足突っ込んじゃったから? でもうちは基本的には何も変わってない。変わったことといえば、ママが仕事を始めたこととか、パパが仕事の関係で都会に引っ越してきた。それに伴い、学校が変わった。それ位。

 確かに、ママの実家はお金持ち。おじいちゃんは時々驚くようなことをするけど、それでも笑って済ませられる程度だと思う。

 でもね、おじいちゃんはもしかしたら私があまりビックリしないように合わせてくれてたのかもしれない。昨日、2人の会話を聞いてそう思ったんだ。

 家、将来、これまで培ってきたもの、かぁ……諏訪生徒会長が背負っているものは大きい。三男でありながら、婚約者って言葉が出る和沙さんも、きっと大きいものを背負ってるんだろう。

 そう思って周りを見たら、皆なんだか私とは違うんだなぁって思っちゃった。

 丞くんも風斗くんも、そして茅乃ちゃんも山科さんも、それぞれが背負ってるものってあるよね。そんな中で私、能天気すぎるんじゃないかなって。


 “しがらみ”って、私の嫌いな言葉だ。


 私は小さな頃、おじいちゃんとおばあちゃんによく遊んでもらっていた。

 その頃から2人が亡くなるまでの間、繰り返し繰り返し言われたことがある。


『価値は物につけるもんじゃない。人につくもんだ。そういう人間になりなさい』


 小さな頃は、一体なんのことかサッパリ分からなかった。

 でも、大きくなっておじいちゃんに詳しく聞いたんだよ。

 おじいちゃんは、会社、家柄、そんなものに価値を見出してはいけないって意味なんだと、そう話した。どうしてって聞くと、それは所詮『物』で、何代か前の自らに価値を身に着けた人物が作り上げた物の名残なんだと、そう言った。

 名残だから、縋るものでも崇めるものでもない。そんな物は、簡単に手を離れる。もっと大きな会社に買収されたり、誰かの策略に掻っ攫われたり。

 でも、もしも自分自身に価値をつけることができたら、それは不可侵のものになる。誰かが横から真似しても、利用しようとして媚びて来ても、それはその人自身が身に着けたものだから、根こそぎ奪われることはないんだって。

 そしておじいちゃんは必ずこう付け加えた。「お父さんは、そんな人だったからお母さんがお嫁に来たんだ」って。

 おじいちゃんのお父さん。つまり、私の父方の曾お爺ちゃんは、家具職人をしていた人だ。曾お婆ちゃんは雇い主の大切な大切な一人娘だった。一度は諦めようと思った恋だったんだけれど、曾お婆ちゃんも実は曾お爺ちゃんを好きだったらしくて、身分違いの恋は駆け落ちという形で成就した。親戚を頼って地方へと逃れたけれど、雇い主のお嬢さんと駆け落ちをしたという噂はすぐにまわり、家具の注文は途絶えて生活は苦しくなった。それでも、曾お爺ちゃん自分の足で仕事を探してまわり、個人の家の仕事をとってなんとか生活費を稼いで、小さな小さな木材加工会社を作ったんだって。

 お爺ちゃんもお父さんも、そんな曾お爺ちゃんを知ってるから曾お爺ちゃんが作った小さな会社を『名残』にしたくなくてそこにまた別の命を吹き込むために頑張った。それをなぜパパが手放そうと思ったのか、私には分からないけれど、でもそれはパパ自身に付加価値があったから出世したんだと思うし、やっぱりおじいちゃんやおばあちゃんが言ったことに嘘はないと思う。

 諏訪生徒会長が言う家や将来、これまで培ってきたもの――おじいちゃんの話を聞いていた私にとって、それはとても重苦しくて窮屈なものに感じた。

 既に多くなことを成し遂げた人を祖先に持ち、それを維持することって大変なことだと思う。背負う覚悟がなくて、何も身に着けようとせずにただ偉ぶってる人には言えないことだよね。てことは、諏訪生徒会長は灯っている命を引き継ぐ覚悟があるんだと思う。でも、周りはどうなんだろう。彼にそれを期待している人や、そんな彼に価値を見出して取り入ろうとしてる人っているんじゃないかな。おこぼれがあればラッキー。あわよくばそっくりそのまま手に入れてしまえって人もいるんじゃないのかな。

 彼はきっとそれも知っていて、それも含めて全部背負い込もうとしてるんだよね。そして、悪魔のような発言をしていても、きっと和沙さんもそう。そして、紙の新聞の衰退を知りながらも新聞部に入った巴さんも丞くんも。挫折しながらも前向きな風斗くんも、ご両親とちゃんと話し合って1人で日本に来た茅乃ちゃんも。彼らは、最初から近くにあった恵まれた環境に甘えてはいない。だから私のこともすぐに受け入れてくれたし、自分たちの家のことをひけらかさない。

 だから彼らのことが大好きだし、私はすごく感謝しているんだ。

 反面、一部のクラスメイトが合わないなぁって思うのは、恵まれた環境を、あって当然のように振る舞っているから。だからといって、それを咎める権利は私にはない。それに、そんな風に教わってきたんだろうから、たかが学園のクラスメイトが言ったところで刷り込みっていうものはそんなに簡単には払しょくできないだろうしね。

 それに、私だって大きなことことは言えない。苦手だなあと思っても、結局は行動に移せないんだ。それは、自分に自信がないから。今の私には、なにもない。パパのお仕事を継ぐ覚悟だってないし、じゃあ何をするのかって、そのヒントすら見つけられていない。すっごく宙ぶらりんな状態なんだ。とりあえず、せめて自分にできることをって思って勉強は頑張ってる。でも、それだけじゃダメなんだよなぁって、茅乃ちゃんたちを見てると思うんだよ。


 ああ……久しぶりに真面目に色々考えたらおなかがすいてきた……。


 さて、どうして私がこうも真面目に長々と考えてモヤモヤしているかっていうとだね……。帰宅したら、パパから大きくて豪華な封筒を渡されたからだ。

 私でも分かるような手触りの良い上質の紙にキラキラと輝くシルバーの箔押しがデザインされた封筒を受け取り、私は嫌な予感がした。


「これって……何なの? パパ……」

「篁家のカジュアルパーティーの招待状だそうだ。なんでも入学から一ヶ月が経って、そろそろ学園にも慣れた頃だろうから子供たちだけを招いて交流をはかろうって趣旨らしいぞ」


 嘘だ! それ、嘘だよパパ!

 これはね、和沙さんが自分の婚約者を見つけるパーティーなんだよ!

 そう言ったらパパにめっちゃ笑われた。


「そんな……まるでシンデレラの舞踏会じゃないか。そんなことあるはずないだろう」

「いやいやいや! そんなことある世界だって! 第一、今度の土曜日って! 急すぎじゃない?」

「う~ん……実は、パパもちょっと驚いているんだ。でも、今日総帥の秘書の方がやって来てね。さすがに断れなくて……でも、さっきの婚約者云々は考えすぐだと思うぞ? 大体、男の子だって来るんだし」


 え。そうなの?

 これって篁グループ関連のご令嬢が集められて、和沙さんはハーレム状態でうっははーい! なパーティーじゃないの?


「うっははーい!って……なんだい。のどかももしかしてママと一緒にドラマを見てるのか?」


 ママが見ているドラマとは、海外ドラマナンバーワンという触れ込みで日本にやってきた『ゴシップボーイ』というヤツだ。

 一時期見ていた中国歴史ドラマから、いつの間にか日本の若手俳優にハマって特撮や学園不良ドラマを見ていたママだけど、最近はこのドラマがお気に入りらしい。世界的セレブの高校生が主役のこのドラマは、3人の幼馴染の男の子をメインにセレブの色々な日常をスリリングにスキャンダラスに見せ、世の女性たちは熱狂しているとかしていないとか……。ちなみにママは熱狂している。

 だいたい、私が藤ノ塚を受けることになったからセレブ高校生の日常に詳しくならないと! とか言ってたけど、結局ドラマは高校生でありながら車を運転してる上にお酒とがドラッグとか……おいおいそれ日常なのかってドラマが、一体なんの勉強になるのかなって思うよ。ママ、自分が元お嬢様だって忘れてるんじゃないかな。


「でもまぁ……。そういう展開はママが聞いたら喜びそうな話だね」


 ええほんとに。だからといって、私がママに影響されてるとか、そういうのじゃないから! どちらかというと、そこに巻き込まれたくないっていうのが本音だから!


 ん? 巻き込まれる……? なんで私が?

 考えてみたらおかしな話だ。だって、婚約者候補は既に絞られてるわけだよ。8人に。で、私は和沙さんとは接触がない。和沙さんは私の存在すら知らないだろう。だから、万が一にもその8人の中に私が含まれているなんてあり得ない。だから、巻き込まれるなんてそんなことないはずなんだ。


 ……どうしよう。私の中からムクムクと好奇心が湧き出てきましたよ!


 だってだって。中身の悪魔っぷりを上手に隠している、藤ノ塚の天使と言われている和沙さんの婚約者候補だよ? 気にならないって言ったら……嘘になるよね。それに……うまくいけば、何か情報が入るかもしれない。そうしたら巴さんに提供できるんじゃない? なんでもいいんだよ。好きな飲み物とか、お気に入りの私服ブランドとかさ。第一、学園では制服姿しか見ないし、プライベートは謎に包まれている。その上、このパーティーは学園理事長の娘がしつこくおねだりしてまでも行きたいというレアなものだ。


 私はコクリと唾を飲み込んだ。


 秘密の目的を持って、パーティーに潜り込む――どうしよう。探偵っぽい! しかも私は謎の情報提供者。なにこの立場ドキドキする!


 いやいや、でもここはちゃんとパーティーの情報を手に入れておかなきゃ。

 行ってみたら参加者の中で女の子は私入れて9人でした。とか、笑えない! 候補者の8人になぜかオマケの私とか、それだと和沙さんとの距離感近すぎてやり辛い。


「どうだ? 行ってみないか? 学園で友達ができたって言っても、それでもまだ慣れないことは多いだろう。他の子とも親しくなるチャンスでもあると思うよ」

「う、うん……でもさ、ホラ。あんまりこじんまりしてても、入り辛いじゃない?」

「ああ……そうだな。でもホラ、会場は進学お祝いパーティーをやった広間だよ。あの広さなら、結構人数来るんじゃないかな」

「え? そうなの?」


 あの広間が会場なら、相当な人数が来るはず……。

 今回は、午後の明るい時間におこなわれる保護者不参加のティーパーティーだ。カジュアルな格好でと書いてるし、そんなに大げさなものではないよね。


 イケる。これはイケるぞ。


 私は封筒を受け取ると、パパに返事をした。


「うん。行ってみる」


 

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