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4月21日(月)弱いところを突かれました

 ドキドキして通学した月曜日、淡い期待は見事に打ち砕かれた。


「――誰も手に取ってくれない……」

「あ? ふぁに?」


 風斗くん、カップに口つけたまま喋らないでよね。

 お行儀が悪いぞお行儀が~! って、私に言われたくないだろうけど。


「新聞。4月号が今日置かれたんだけど、減ってないなってことだよ」

「……新聞?」

「うん。一生懸命作ったんだけどね。なんでかなぁ?」

「んー。ぶっちゃけていいなら、理由はたくさんある」

「えっ。風斗くん、それってなに?」

「その1、大体の情報はアプリでもう発信されている。その2、荷物になる。その3、読んで得することがない。その4――」

「もういいよ……」


 私はため息をついて視線を壁際に置かれたラックを見た。

 ラウンジに設けられたラックには新聞がまだたっぷり入っている。

 そしてラウンジにいる生徒の殆どは、そこに新聞が入れられていることにすら気づいていないようだった。


「頑張ったのになぁ……」

「あ、あの……私読みたいな」

「えっ。茅乃ちゃん本当!?」

「うん。……えっと、じゃあもらうね」

「わぁ~、ありがとう! ねえねえ、風斗くんは?」

「悪い。俺、活字は教科書が限界」


 この脳筋め!


 それにしても……本当にみんな関心がないんだなぁ……なんだか悲しい。茅乃ちゃんが読むって言ってくれたのだって、私が友達だからだ。

 これって嬉しいけど素直に喜べない。茅乃ちゃんはきっとちゃんと読んでくれるし、これからもそうだと思う。でもさ~、読みたいって気持ちで手に取ってもらわなきゃ意味ないんじゃない?

 む~っと考え込んでいると、ポンと頭に手が乗った。


「――た、丞くん」

「うーん、のどかが今なにを考えてるか、大体はわかるけどさ。こういうきっかけでもいいんじゃない? 実際、姉貴と俺だけだったら書こうと思わなかった記事を企画したのはのどかだし、これから少しずつ変わっていくと思うよ」


 そうかなぁ? だといいんだけどなぁ……。


「ただ……」


 丞くんがなにかを言いかけた。


「なに?」

「いや……今日も坂巻先生休みみたいなんだよね……」

「そうなの?」


 坂巻先生は、ウチのクラスで現国のサブを担当しているふくよかで優しそうな印象の女性教師だ。確か先週、坂巻先生がお休みで、代打として阿久津先生が来たんだよね。へんた……おっと。阿久津先生か……。あんまり会いたくないなぁ。なんせ昨日のあの衝撃の事件があってから、見る目が変わっちゃったんだよね。イヴだかなんだか知らないけど、勝手にやってたらいいじゃない。なにがリアル女子高生アドバイザーだ。そんなのお断りだよ。第一、いつもレベルの高い女子高生に囲まれてるじゃない。何にも染まっていない普通の女子高生がいいとかなんとか言われたけど、ベッドゴロゴロの後にそんなの聞いても危険人物にしか思えないわけだよ。でも……坂巻先生がお休みってことは、またあのへんた……阿久津先生が来るってことかな。

 それは嫌だな……同じ学園にいる限り、顔を合わせずに過ごすことは無理だろうけどさ、昨日の今日でっていうのはちょっとねぇ……。すると、隣から深いため息を聞こえてきた。


「丞くん、どうしたの? ため息なんて」

「……のどかは知らないの? 坂巻先生がもしこのまま休職にでもなったらちょっと大変なんだよ」

「そりゃあ、仕事を休まなきゃいけないくらい体調悪いなら心配だけど、無理して学校来るよりいいんじゃない?」

「そうだけど……ウチ、顧問がいなくなるんだよ」


 え? コモン?


 ポカンとしていると、丞くんが顔をしかめて「マジか」と呟いた。

 えー? 全然話が読めないんですけど? 風斗くんも茅乃ちゃんも不思議そうな顔をしてるのに、なんで私だけそんな非難されなきゃいけないのさ。


「あのな。坂巻先生は、新聞部の顧問なんだよ。部活としてやっていくには、部員が最低3人、それと顧問が必要なんだよ。坂巻先生になにかあったら――今度こそヤバい」

「え?……他に先生……」

「この学園、部活とか同好会とかやたら多くてね~。手が空いてる先生なんていねーよ」


 おい脳筋、部活に入ってないお気軽帰宅部のくせにそんなことを言うなんて!


「兼任してる先生もいるけど、新聞部うちのように活動が不定期なのはまぁ避けられるね。坂巻先生だって、顔を出したことないだろう。歴史はあっても今は廃部寸前。名前出してくれただけでもありがたいってもんだよ」


 そ、そうなんだ……うう……坂巻先生! どうか早く戻ってきますように!


 そんな私の祈りは簡単に打ち砕かれた。


「坂巻先生は、体調がすぐれず、早めに産休を取ることになりました。復帰は来年になりますので、今後は僕がそのままサブに入ることになりました」


 教壇に立ったへんた……阿久津先生が爽やかな笑顔でそう言ったのだ。

 そ、そんな! でも、愕然としているのは当然私だけ。周りは嬉しそうにはしゃぐ女の子ばかりだ。教え方が上手なのは、先週の授業でもう知っているためか、男の子も喜んでいる子が多い。坂巻先生だって上手だったよ! みんな薄情だな! でも妊娠おめでとう!



 * * *


「宮野先生。それは僕がやりますよ」

「そうかい? じゃあ、お願いしようかな。……でも今日は資料も多いし、大変じゃないかね」


 授業が終わると、阿久津先生は宿題のレポートを回収すると、それを受け取ろうとしたおじいちゃん先生にそう言った。

 う~ん……昨日のあの姿を見なかったらいい先生なんだけどなぁ……残念だ。残念すぎる。


「……のどかちゃん。次の授業特別教室よ?」


 おっといけない。つい昨日の残念な先生を思い浮かべてしまってた。

 周りを見ると、皆ゾロゾロと教室を出て行く。

 時間は余裕があるんだけど、特別教室の授業は席が決まっていない。後方のベストポジションを確保するには、早めに移動しなければいけないのだ。

 急いで教科書を机に仕舞い、次の授業で必要な物を取り出す。そうしていると、私の上に影がかかった。


「ん?」

小鳥遊たかなしさん、申し訳ないんだけれど、これを運ぶのを手伝ってもらえませんか」


 見上げた先には、にっこりと微笑む変態教師がいた。


「えっ? あ、あの! 教室移動がですね……」

「休み時間はじゅうぶんありますよ」

「先生のお手伝いだったら、他にやってくれる人が……」

「もう皆さん出て行かれましたよ」


 はっ! ほんとだ!


 教室に残っているのは、私と阿久津先生のやり取りを傍でオロオロしながら見ている茅乃ちゃんと、ドアのところでこちらを見ている丞くんと風斗くんだけだった。

 先生のファンの子も、体力が要ることはしたくないらしく逃げ足が速かった。なんて現金な! さすがお嬢様。荷物持ちは嫌ってことかい!


「あ、あの……のどかちゃん、私も手伝おうか?」

「茅乃ちゃん!」


 おお! 天使の声!


「千石は次の授業、今日当番だろ」


 風斗くん! あなた今日はことごとく何なんだよ!


「でも……のどかちゃんが……」


 ああ、心優しい天使が私のせいで困っている……。いいんだよ……万が一、昨日の話を持ち出されても私はまたキッパリ断ってみせるから!


「いいの。茅乃ちゃんは先に行ってて。その代わり、席取っておいてくれる?」

「う、うん……あの、ごめんね?」

「では行きましょうか」

「はぁ……」


 先生は今日の授業で使ったタブレットを私に渡すと、全員分のノートを持って私を促した。えー? 頑張ったら持てません?


「今日に限って、タブレットを入れていたケースとバッグをついうっかり忘れてね。それがあったら僕1人で持てたんだけどねぇ」


 確信犯め!


「それってワザとじゃないんですか?」

「えー? ひどいなぁ。本当だよ。まぁ、昨日の話をしたかったのは事実だけどね」

「申し訳ありませんが、それはお断りします。いくらお兄ちゃんの親友だって言っても、大好きなお兄ちゃんの頼みでも、できないものはできません!」

「勿論、タダでとは言わないよ?」

「お金だっていりません! 別に、困ってませんもん」

「違うよ。――新聞部、坂巻先生が産休で今年度の復帰は無い。大変なんじゃないかなぁ?」


 私の足がピタリと止まってしまった。

 数歩あるき、先生の足も止まる。ゆっくりと振り向くと、先生はニッコリと微笑んだ。


「ここ数年の新聞部の不振で、他の先生は及び腰でね……。でもどうだろう。僕は、やってあげてもいいかな、と思っているんだ」

「えっと……それは……」

「新聞部に顧問が不在となると、ただでさえ縮小された部室と部費、来年度はどうなるかなぁ……。あ、そうそう。僕は生徒会の顧問でもあるんだ。何かと……便利かもしれないよね?」


 ど、どうしよう。でも、巴さんがあんなに頑張ってるのに、自分の代で廃部とかそんなの悲しすぎる……!


「お、オネガイシマス……」

「うん。いいよ。じゃあ、僕の方も、よろしくね」


 言い含めるようにそう言われ、私は渋々頷いた。

 お兄ちゃんも、昨日のはストレス過多による発作のようなもので、異常事態だって言ってたから……うん、普段は大丈夫なはず。それに、できないことはできない。あの部屋にも、お兄ちゃんと一緒の時しか入れないって決めれば大丈夫。


「わ、わかりました。でも、できる範囲で、ですからね!?」

「うん! ありがとう! じゃあ、早速だけどね。中学の時の卒業アルバムと制服と体操服を貸してくれる?」


 いきなりソレかよ! このド変態め!


「せ、制服は後輩に譲ったし、体操服は処分したからありません!」

「エ~!! じゃあせめてプライベート写真! なるべく制服着用の!」


 どうしよう。すっごく残念そうだ。すっごく悲しい顔をしてる。本気だったんだ……手元になくて良かった! 持ってたら、クンカクンカどころか食われてたかもしれないぃぃ! ヒィィィィ!


「修学旅行とか、遠足とか。写真撮らなかった?」

「ありますけど……。な、舐めたり頬ずりしたり匂い嗅いだりしません?」

「しないよそんな変態行為。僕を一体なんだと思ってるの」


 超ド級の変態だと思ってますけど! そんな心外なって顔しないでもらえます?


「ねえねえ、修学旅行はどこだったの? 中学だとそんなに期間は長くないもんね……移動時間を考えると……シンガポールとか?」


 庶民ですみませんね! 東京でしたよ! ガイドブック片手に制服姿で揚げまんじゅう食べましたよ悪かったね!


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