4月17日(木)ファンタジーは見た目だけにしてください
教室に入ると、先に通学していた茅乃ちゃんと丞くんが顔を上げた。
「おはよう、のどか」
「のどかちゃん、おはよう……前髪はねてるよ?」
「お、おはよう! 今日風が強くて!」
慌てて前髪を押さえるけど、その様子を見た丞くんが楽しそうに笑った。ちなみに、風斗くんはまだ来ていない。いつもギリギリで駆け込んでくるんだ。
一生懸命前髪を押さえていると、丞くんが風を含んで更に膨らんだ頭にポンと手を乗せた。
「そんなに気になるから、帽子でもかぶったら?」
そ、そうか! 帽子か! なんとなく帽子ってファッションアイテムとしては上級者ってイメージだったんだけど、制服に合わせるところから始めたらいいかもしれない。
うう……それにしても……おでこ全開、丞くんに見られた……私のおでこは顔の比率に対して広く、丸い。私の数あるコンプレックスのひとつだ。
くるくるとよくはねる明るめの色をした柔らかいくせ毛。
ふっくらとした頬。
下がり気味の眉。
短めの首。
丸い肩。
うっすらとしか顔を出していない鎖骨。
手の甲にできるエクボ。
短い指。
ふにふにと柔らかいおなか。
隙間ができない太もも。
最近、コンプレックスがやけに気になる。
茅乃ちゃんはいいなぁ。しっとりと流れる綺麗な黒髪と、そこから覗く白くて長い首。淡い水色のカーディガンを着ていても華奢さが分かる角ばった肩。いかにも女の子って感じで、小柄な丞くんと並んでてもバランスがいい。それに、地味な茶色のメガネで目立たないけど、すごく整った顔立ちをしてるんだ。かなりお化粧が映えるタイプだと思う。
「……どうしたの? のどかちゃん」
「えっ? ううん! なんでもない! あ、ねえ。今日は学食にしようよ」
コンプレックスは昔からあったけど、それでも自分が嫌いなわけじゃない。ずっと付き合っていくんだもん。そう思ってたのに、ふたりが並んで話をしているのを見ると、なんだかとても羨ましく感じてしまった。
「木曜だからだろ。今日はどこだっけ?」
「今日はインド! バターカレーが食べたいでっす!」
「バターチキンカレーだろ。バターカレーってなに。カロリーカレーじゃん」
「ううううるさいな! 通じたんだからいいじゃん」
現れるなり、風斗くんにつっこまれた。それを聞いて丞くんと茅乃ちゃんは笑っている。いいじゃんはちゃんとわかったようだし!
気を取り直して……そう。毎週木曜日、学食では世界の様々な料理が食べられるんだ。今日はインドデー。特にバターチキンカレーは絶品だと、お兄ちゃんから聞いたんだ。だから、私は特にインドデーを楽しみにしていた。入学して2週目でインドデーがきたことは嬉しい。
この会話で、丞くんは慣れたように端末を操作した。
風斗くんが私と茅乃ちゃんにランチをおごってくれたあの日から、特に約束しなくてもなんとなくランチは4人で一緒に食べるようになった。誰からともなく「今日はどっちにしようか」だの、「学食にしようぜ」と話題に出し、そして意見がまとまると毎回丞くんが代表して予約してくれる。
「こういうのって……素敵ね。来週はどこかしら……」
「来週はイギリスだってよ。もう予約アプリでお知らせが更新されてた」
「イギリス? って、ご飯マズいんだっけ……」
「う~ん……まぁ、あまり評判は良くないよね。でも、学園のランチではアフタヌーン・ティーのセットが出るよ」
「なにそれ?」
「午後のティータイムに出されるものなんだけど、ここではランチ用にキッシュやサンドウィッチなんかの軽食の種類も多いから、楽しいと思うよ」
「焼き菓子もセットされてるし……のどかちゃんは好きなんじゃないかしら」
「へえ~。そうなんだ!」
聞けば聞くほどお得感満載じゃないか! 一気にテンション上がったね。これは来週も楽しみだ!
すると、丞くんが何かを思い出したようにトン、と机を軽く叩いた。
「スイーツと言えばさ、とうとう姉貴のところに情報提供メールが来たんだ」
「えっ!?」
やばっ。体がビクッと反応しちゃった。平常心平常心。でもどうしよう。胸がバクバク言ってる。
「情報提供って……前に丞くんがくれたお姉さんのカードのこと?」
「へえ! 一体、誰のどんな情報だよ?」
「それは内緒~。俺には守秘義務があってだな」
い、いやいや……丞くん、あなた今「スイーツと言えば」って、めっちゃ言いましたやん!
と、言いたいのをグッと我慢した。下手なことは言えない。私が犯人だと、知られてはいけないのだ! あああ……メール送る時だけ気を付ければいいと思ってた私はなんて甘い考えだったんだろう。そうだよ、こうして話題にのぼるわけじゃん。それを知らないふりしなきゃいけないんだ。これはちょっと……大変かもしれない……。
「時期的に藤見茶会も近いしさ、姉貴は新聞を手に取ってくれる人が増えるんじゃないかってめっちゃ喜んでるよ」
「藤見茶会も近いし」って……丞くん……あなたって実は、あまり隠し事ってできないタイプですか?
でもこの話の流れに、ふたりとも何の疑問も持っていないようだ。ここは、このまま話に乗った方が良さそう……?
「ふふふ藤見茶会って一体どんなこと、するの?」
どやぁ。華麗な乗りっぷりだろう!
ん? 何きょとんとした目をしてるんだい?
な、なんで皆して笑うんだい!?
結局、その後すぐに先生がやって来て、ゆっくり話せたのはランチの時間だった。
「藤見茶会っていうのは、1年と2年が参加でさ。入学式やった劇場あるだろ。あの前の藤棚庭園でやる茶会だよ。4~5人のグループを組んで、1年がスイーツと紅茶を用意するんだ。そこに2年生が一緒のテーブルについて、先輩との交流をはかるってイベント」
おお! なんだか昨日の生徒会長の会話が理解できたぞ!
「スイーツは私達が用意するの?」
「そう。先輩をもてなすってコンセプトだからね。……俺はこの4人で一緒にやりたいけど、構わない?」
「も、もちろん! ね? 茅乃ちゃん」
「え? ええ……」
「良かった」
ホッとしたように丞くんが微笑んだ。そんなの……当たり前じゃないか! 他の人とグループとか、考えられないよ。
「2年生は、好きなテーブルに座るの?」
「いや。同じEクラスの先輩たちをもてなすんだ。姉貴もEクラスだから、姉貴が来るんじゃないか? あ、でも生徒会メンバーや文化部長は実行委員だから、各テーブルを回って、その中で自分の座りたいところに座るんだ。今年はさ、メンバーがメンバーだから皆気を引こうと躍起になるぞぉ。女の闘いだな」
物騒なことを言って風斗くんはニシシと笑った。
なにそれ。怖いんですけど。
でも……そうか。他の生徒会メンバーはどうか分からないけど、諏訪生徒会長や和沙さんに自分たちのテーブルに座ってもらって一緒にお茶したいんだな。それでお近づきになれたらって乙女ゴコロなんだろう。あと……文化部長って、確かソフト部の大和先輩だよね。顔は見たことないけど、あの人も人気があるし……そうか。選ばれるのはたった数テーブル。でも、庭園には何十テーブルも並ぶわけで。こりゃ確かに女の闘いだわ……。
つまり、昨日の会話だと、諏訪生徒会長は、藤見茶会で『ピンクレモネードのトライフル』が食べたいわけで、それがあるテーブルを選ぶ可能性が高いってことか! これは私、かなりいい仕事をしたんじゃないですかね!?
「藤見茶会の詳細も、確か……行事アプリで詳細が出ていたわ」
「あ。そうなの? あとで読んでおこう」
「ま、俺たちは早いうちにグループも決まったし、後はスイーツ担当と紅茶担当を決めればいいだけだな。どうしようか?」
「俺、甘いものって制限あってあまり食わねえから詳しくないよ」
そうか。風斗くんの家はスポーツ一家。彼自身もこの春までは現役のスイマーで全国大会にまで出てたくらいだから、食べ物の制限はあったんだろうなぁ。今は自由に食べているようだけど、見る限りデザートは食べないんだよね。もしかしたら食べなれてないっていうのもあるかもしれない。ま、そのおかげでその分のデザートは私のおなかにおさまるんだけどね。
「そうだよな。じゃあ、俺と風斗は紅茶担当で、スイーツはのどかと茅乃ちゃんに頼もうか」
「そうだね。私も紅茶って詳しくないから、そうしてもらえると有難いな」
「よし、決まりだな。後で担任からまたグループ分けの話はあるだろうけど、俺たちはこれですすめよう」
スイーツかぁ……クマさんにお願いしようかな?
学園に持っていくとなると、テイクアウトできて尚且つ常温保存できるものだよなぁ……。あ、くまのカフェの隠れ人気メニュー、和三盆ドーナツにしようかな? 頼めば用意してもらえるのかな……由香さんに相談してみよう!
「茅乃ちゃんはどういうのにする?」
「私、あまりこの辺りのお店……まだ分からないの。駅前のデパートなら行ったことあるんだけど……」
駅前のデパート――あ、白銀デパート本店だ。白銀デパートは結菜嬢のお家が経営するデパート。確かにあそこのデパ地下のラインナップはすごい。全国各地どころか、海外の有名スイーツショップも並んでいる。でも……間違いなく、結菜嬢のグループはそこを利用するだろう。私もくまのカフェ以外の個人経営のお店はまだ開拓できてないしなぁ……そうだ。茅乃ちゃんにもくまのカフェを勧めてみようかな。同じお店のスイーツだと、統一感でるよね。
「茅乃ちゃん。私もまだこの辺りのお店、詳しくないんだけど、おすすめのお店ならあるよ」
「本当? あの……あとで教えてもらってもいい?」
「勿論だよ!」
今度の土曜日、また行こうかなって思ってたから、茅乃ちゃんを誘ってみようかな? うふふふ~楽しみ。
「あら、丞にのどかちゃん」
「巴さん!」
私たちが食べていたテーブルにやって来たのは、お友達と一緒の巴さんだ。部室以外で会うのは初めて。
「風斗、何その髪色。チャラいわね」
「ええっ! みんな似合うって言ってくれるんすけど!」
風斗くんのこともよく知っているのか、オレンジ色の髪に手を差し入れ、わしゃわしゃと乱暴に撫でる。「やめてぇぇ!」と言いながらも、風斗くんはされるがまま。それにしても九鬼姉弟は頭を撫でるのが癖なんですかね? される側としては、心までかき乱されるんですけどね! ほら、風斗くんだって顔を赤らめてはにかんで……よ、喜んでる!? これはもしや……もしやですか!?
「巴チャ~ン。そんな子からかって遊んでるんなら、いい加減俺と遊んでくんない?」
突然周りが騒がしくなったと思ったら、風斗くんよりも派手な髪色の男の人が現れた。
とびぬけて白い肌に薄い茶色の瞳。少し厚めの唇は楽しそうに弧を描いている。長めの金髪は両サイドを後頭部でしばり、そこから漏れた一筋が高い鼻にかかっている。彼はそれを小指で軽く払うと、風斗くんの髪をかき回していた巴さんの手を取った。
「ちょっと。いきなり何なんですか先輩」
「いきなり、じゃないっしょ~。俺、いい加減焦れちゃってさあ。ま、焦らされるのも嫌いじゃないけど? でも他の男と楽しそうにしてんの視界に入れられて黙ってるほど寛容でもないんだよね~」
着崩した制服はネクタイが緩められ、鎖骨がチラリとのぞくほど開いている。そこから漏れだす色気といったら……!!
日本人離れした容貌と、大人びた雰囲気。飛び出た喉仏と角ばった顎。先輩の手を掴みあげたゴツゴツとした大きな手は既に少年の域を抜け出している。
これは……例の先輩だ! ハーフだし、1年休学していたと言っていた。だから、今年19歳のはず。くそう。この年齢って、1年の差って大きいんだよ!
金髪の美男子……まるでファンタジー世界じゃないか!
なのに……何だろう。この残念なチャラ男っぷりは……。
それが顔に出てしまったんだろうか。先輩の文句を軽くかわして自分のペースで会話していたチャラ男先輩がこちらに視線を向けた。
「なに。1年?」
「……ハイ」
「ふ~ん。ちょっと乳くさいけどぉ、君らとも遊んでやろっか?」
「……えっ」
真面目な茅乃ちゃんは体をこわばらせて俯いてしまった。
なにこの男。この学園に通ってるってことは、それなりの家柄なんだろうけど、全然教育がなっておりませんですよ! 運よく茅乃ちゃんは窓際だ。私は茅乃ちゃんを庇うように座りなおすと、睨み付けるように先輩を見上げた。
「なんだよ。その目。俺が遊んでやろうかって言ってやってんのに」
「いりません! 巴さんも嫌がってるじゃないですか!」
「はぁ? なに。お前、もしかして俺のこと知らねーの?」
「知りませんけど!」
「マジで? 俺、ジュモンボーイだぜ?」
はあ? 呪文ボーイ? 脳内もファンタジーかよ! 残念にも程がある!




