4月16日(水)先輩の役に立ちたいんです
私は自信満々で、先輩にパソコンの画面を見せた。
昨日、結局下校時間ギリギリまで資料室で頑張って、私は記事をまとめ上げたのだ! 運よく、昨日は諏訪生徒会長も、総帥のとこの和沙さんも生徒会長室という名の避難場所には来なかったので、作業が進んだ進んだ。
私は正当な理由があって、新聞部の資料室で作業をしているのに、見つかるんじゃないかと気もそぞろで、集中できなかったんだよ。悪いことしてるんじゃないのに。
でも、画面を確認していた巴さんが「あら?」と声を上げた。
「え? なにかおかしいところ、ありますか?」
おかしいな。初代の制服は画質が粗くて、その中でも制服のデザインがちゃんとわかる写真を選んだり、かなり苦労して探し出したのに……。
「前の制服が無いわ」
「えっ? 前の制服って……20年とちょっと前のこれじゃないんですか?」
「ううん。これは5年くらいしか続かなかったはずよ。うちの両親が着ていた制服ね。所謂DCブランド制服の先駆けだったのよね。でも、卒業生の一流デザイナーに依頼して作ってもらったはいいものの、結局それまで学園の取り扱い店舗として契約していたお店で扱えなくなってしまってね。不満が出て、結局はブームが落ち着いた頃に、落ち着いたデザインに変わったのよ」
DC……? 一流デザイナーが学校制服をデザイン? 一体どこの言語ですか?
「それが、現在のデザインとさほど変わらないんだけれど、ブレザーの丈だったり、エンブレムの大きさ、あとはパイピングの色なんかが違うから、結構印象も違うのよ。我が家では叔母が着ていたわね。小さな頃、憧れたものよ」
「え~……じゃあ、今の制服になったのって……」
「そうねぇ……10年位前かしら? その頃からベストやカーディガンのオプションが始まったのよ」
移り変わりはやっ!
10年前か……この前見せてもらったお兄ちゃんのアルバムは、既にこの制服だった。てことは……。
「また資料室に……」
「そうねぇ。それがないと、歴代の制服の記事とはならないわね……」
なんてこったい! まさか、20年ちょい前に制服が変わってて、今の制服との間にもう一代があるとは思わなかったよ! いや、過去の新聞は見たんだよ? でも巴さんの言う通り、パッと見デザインに変化はないように見えたんだ。ほら、新聞って白黒だから……えーと……言い訳になりませんよねそうですよねごめんなさい行ってきます……。
「そう言う姉貴も、どうするんだ? ここ、空いたままじゃないか」
そう言いながら丞くんが指差した場所は、まだぽっかりと白く空いていた。
「……情報がなにも集まらないのよ……あのカードの効果、なかったのかしら」
「あ、学食やカフェに置いたカードですか?」
「効果、無いことないんじゃないの? めちゃめちゃメールきてるじゃん」
なぜか丞くんがニヤニヤと笑っている。巴さんはそれを苦々しく見返すと、「あの先輩、しつこいのよ」と吐き捨てた。
「なに? なになに?」
いつも巴さんにやりこめられてる丞くんが、なんだか優位に立っている。巴さんは本気で困ってるようだし……。私はドアに向かいかけた足を止め、机に戻った。
「姉貴をずーーーっとデートに誘ってる先輩がいるんだ」
「えっ!」
情報提供を呼びかけるためのカードでデートに誘うとは! 新聞部復権のために熱心な巴さんだから、メールも全部目を通してるだろうし、ひどいな!
「一年留学してたから、吹っ切れたと思ったのに……」
「え? 留学してたんですか?」
「そ。姉貴に振られてヤケおこしたって噂になってたけどさ。全然諦めてなくて、むしろ留学先のオープンな恋愛観に触発されたのか、もうアピールがすごいすごい」
「先輩で、留学してたってことは……大学部ですか? 遠いし、あまり会うことないんじゃないですか?」
大学部は、ここより少し郊外にある。でも、遠いとは言っても校舎が繋がっている中等部と高等部に比べたら遠いっていうだけで、天気のいい日は学園の屋上から見える場所にある。
「それがね。留学の間は休学扱いになってるから、今年3年生なのよ」
「そ。姉貴のこと諦めたと油断してて、一切教えなかったメアドをカードにしちゃったからさ。それ以来メールの嵐」
「私が欲しいのはネタなのに!」
すると、丞くんは呆れたようにため息をついて肩をすくめた。
「大体、学園の人気者の情報を募集して載せるってどうなんだよ」
「今は学園創立から続く、伝統ある新聞部存続の危機なのよ! まずは手にとってもらう。これが大事なの! この学園には芸能人も顔負けの美貌の持ち主がいるじゃない。なのに、皆秘密主義っていうか……プライベートが見えないのよね……それがまた魅力のひとつなんだろうけど……。隠されたら知りたいじゃない!」
「なら、先輩でいいじゃん。ハーフで顔もスタイルもいい上に、家柄もいい。かなり一途だし、付き合ってみたら? ネタがザックザク」
「……なるほど」
え! 巴さん、そこ「なるほど」じゃないでしょ!
「そんな! 巴さんが体を張ることじゃないと思います!」
「そうよね……。身の危険を感じるし……これは最終手段よね」
いや! 最終手段にもしちゃいけませんから!
「あら、のどかちゃん。そろそろ資料室行かなくて大丈夫?」
い、行きます。行きますとも! でも、早まらないで! 早まらないでくださいね!
「あら~。大丈夫よー。冗談だから。……でも、ネタ……ネタが欲しいわ……最悪、1回くらいならデートもありかも……」
巴さんが何やら思いつめた表情でそんなことをブツブツと呟いている。だから! ダメですってば! 自分を大切にしてください! ネタ! ネタですね! よし! 私がなんとかしましょう! だから巴さん、正気に戻ってぇぇぇ!
とは言うものの、外部生である私はまだ学園内の知り合いなんて片手ほどしかいない。その内2人は同じ新聞部だし、それ以外もネタなんて持っていない。そもそも、巴さんが欲しているネタは“学園のアイドル”の物。学園のアイドルって……誰? えーと……きっと諏訪生徒会長……あとは総帥のとこの和沙さん(多分生徒会副会長)あとは……阿久津先生もかな? あ、きっと浬くんもだね。
15年前の新聞を見ながらそんなことを考えていたら、私は大変な秘密を握っていることに気づいてしまった。
松丘浬君、人妻に懸想なう!
いやいやいやいや! これはイカンだろう。これじゃ一気にドロドロ昼ドラモードだ。もっと可愛いネタ。そう、例えば好きな女の子のタイプは~?とかさ。
「好きなスイーツ?」
そうそうそう。そういう可愛いの。あ、いいね、好きなスイーツ!って……この声は諏訪生徒会長!
どうやら考え事をしているうちに、お隣に生徒会長がやって来たらしい。資料室は天井までの大きな本棚がピッタリとはめ込まれていて、小さな書庫のようになっているが、実はひとつの部屋を本棚で仕切っただけの空間だ。資料室のお隣は生徒会室。その生徒会室とは内ドアで繋がっている。元々は生徒会顧問が使用していたみたいなんだけど、だいぶ前にドアは封鎖され、空き室になった。で、そこに今年の部室移動で入りきらなかった新聞部の資料が押し込められた。
で、この資料室に目を付けたのが和沙さん。今年の生徒会に理事長の娘が入った。どうやら、この子が生徒会長や和沙さんにベッタリしつこいらしく、仕事が思うように進まないらしい。それで、業を煮やした和沙さんが誰も使っていない資料室を半分片付けさせ、半分を生徒会長室として避難先を確保したのだ。本当は資料も処分してしまおうと思ったらしいんだけど、諏訪生徒会長が阻止した。これは、最初あの2人の会話を聞いてしまった日に知った内容。
この学園は建築資材も良いものを使っているようで、よほど大きな声を出さない限り、会話が隣室や廊下に声が漏れることはない。
でもここはもともとひとつの部屋。声のトーンでたまに途切れるけれど、結構ちゃんと聞き取れる。まさか、その本棚と資料に囲まれた狭い空間で作業をしている新聞部員に話が筒抜けだとはふたりとも思っていないだろうな。
それにしても、スイーツってなんのことだろう?
「そう。もうすぐ藤見茶会だろ。雨音がどのテーブルにつくか、皆きっと興味津々だ」
「それは和沙もだろう。でもそうだな……ピンクレモネードのトライフルかな」
「なにそれ」
「限定品なんだ。まだ食べたことがない」
ピンクレモネードのトライフル? ピンクレモネードってあれだよね。レモンの果汁にお砂糖たっぷりの飲み物だよね。なのに、スイーツ? トライフルってなんだろう。
いやそれより! 藤見茶会でスイーツ……諏訪生徒会長がどのテーブルに座るか、このスイーツにかかってるって……巴さん! これは特ダネですよ!
さっさと前のデザインの制服が載った新聞を見つけて、巴さんに知らせなきゃ! すみません生徒会長。漏れ聞こえる会話からも、生徒会長はどこまでも清廉潔白。顔は天使心は悪魔の和沙さんと違って、凛としたお姿そのままにその心までも美しく、ほんっとうに素晴らしい生徒会長様です。はい。
でも私、巴さんの役に立ちたいんです!
急いで、でも隣に存在を気づかれないようにひっそりと息をひそめて作業をすすめ、以前のデザインの写真を見つけた私は、これまた音を立てないようにこっそりと資料室を出た。有難いことに、ふたりはあの会話の後、仕事に没頭していたようで、私は気づかれずに資料室を出ることができた。
でも、下校時間が近づいていたため、新聞部に戻ったらもうそこは施錠されていた。
巴さんにすぐにでも知らせたかったのになぁ。まあ、メールでもいいか……。
でもね、家に帰ってメールを送ろうとしたところで、私は思ったわけですよ。
巴さんは、他の生徒に新聞の存在にもっと関心をもって欲しいんだよ。それで、皆が気軽に参加できる企画を考えたんだと思うんだ。それを、新聞部員の私が情報提供するのって、巴さんはがっかりするんじゃないかな。あんなに、伝統ある新聞部の威厳を取り戻したいって言ってたのに、個人情報晒してまで企画した結果がしつこい先輩からのお誘いメールばかりだなんて……。皆の新聞部に対する無関心さに悲しい思いをするんじゃないだろうか……。
でも、ここで私が一般の生徒を装って情報を提供したらどうだろう? なにしろこの情報は大人気の生徒会長のもの。藤見茶会がどんなものか、まだ私にはよくわからないけど、今日のふたりの会話からして、とても重要なワードのような気がするんだ。もしかしたらこれがきっかけで、新聞を手にとってくれる人が増えるかもしれない。そして、本当に情報提供メールをくれる人だって出てくるかもしれないじゃない。
うん。やっぱりそうしよう。
私はパソコンを開くと、私だと分からないように全然関係のない文字列でフリーのメールアドレスを作り、カードに書かれた巴さんのメールアドレスを打ち込んだ。巴さんは、明らかにケータイの物だと分かるメアドなのに……ごめんなさいっ! でも私、先輩のために黒子になりますっ!
ええと……クラスと名前か……これは匿名にして、と……。
『諏訪生徒会長が藤見茶会で食べたいスイーツは、ピンクレモネードの……』
あれ? ピンクレモネードのなんだっけ? ト……トライアングル? いやまさか。あれ? まあいいや。ピンクレモネードだけでも分かればじゅうぶんでしょ。
……いや、待てよ。藤見茶会で食べたいスイーツっていうのも、書かない方がいいかな。だって、今日生徒会長室で話してたことそのまんまだ。もしかしたら、生徒会長が藤見茶会の話を出したこと自体、今日が初めてかもしれない。
う~ん。あまり詳しく書かない方がいいか。ざっくり、ふわっとの方が無難だよね。長文になると文体に癖がでるともいうしね。最初の情報提供者が私だと知ったら、巴さんはがっかりするだろう。よし。書き直し、書き直しっと……。
『諏訪雨音生徒会長が好きなスイーツは、ピンクレモネード』
これでどうかな? うん。いいだろう。謎の人物っぽいし!
私はもう一度、宛先のアドレスと文面を確認すると、ドキドキしながら送信ボタンをクリックした。




