4月15日(火)合わぬものは合わぬのです
不快な表現が出るかもしれませんが、意味を知らずに使ったら、たまたま裏的な意味のある言葉で、後で知って赤っ恥かくことってあるよね!ということで軽く流していただければ幸いです。
授業が始まって一週間。なんとなくクラスの雰囲気にも慣れただろうとクラス委員を決めることになった。
「とは言っても、外部生はまだわからないことも多いでしょうから、内部生にお願いしたいと思います。皆さんはどうですか?」
自然とクラスの外部生は頷いていたようだ。勿論、私も大きく頷いた。異論はないよ。まぁ、これからの長い学園生活、うまくやっていくためにも、話しやすい人がいいな~って思いはあるけど。やっぱりセレブ学園でも真面目な優等生タイプ、物怖じしない積極的タイプ、大人しい消極的タイプがいる。そして、真面目不真面目関係なく、威圧的な王様、女王様タイプ。
私の目は自然と前方窓側に向いた。視線の先には、真白結菜嬢が座っている。先生の話が耳に入っているのかいないのか、結菜嬢はぼんやりと外を見ていた。彼女は、所謂女王様タイプだ。ただ、声高に自らの権力を誇示するというよりは、周りの取り巻きを使って思うように事を運ぶタイプ。ぶっちゃけ、真白って名前とは正反対の女の子。
どうして分かったかというと、このクラスに入ってからの教室の雰囲気。既に皆は、私が父の突然の出世で入学してきた所謂成金族だと知っていた。この学園には、勿論同じようなタイプの子もいる。だけど、やっぱり伝統と格式のあるお家柄出身の子の中には、成金族を見下す人っているんだ。
このクラスの女子生徒の中心人物、真白結菜嬢はまさにそんな子だった。全身ブランドで固め、学園の敷地内まで毎日外車で送迎。しかも、校舎前までお付きの人が鞄を持って従うといった徹底ぶり。いや……そんなことしなくても、この学園、セキュリティしっかりしてますよ?
ちなみに、クラスの女子生徒の大半は彼女を結菜様と呼んでいる。同級生なのに、なんで『様付け』なの? さすがに理解できないけど、こうも分かりやすく見下されると、茅乃ちゃんを呼ぶように『ちゃん付け』も癪だしねぇ。そんなわけで、私は勝手に結菜嬢と呼んでいる。いや、本当は真白にちなんで、真黒と命名したんだけど、なぜか顔を真っ赤にした風斗くんに怒られたんだよね……。なんでだろ?
あ、勿論本人やその取り巻きのいないところでの話。さすがに本人に聞こえるところで結菜嬢だなんて言えない。決してチキンなんじゃない。こんないざこざ、好き好んで飛び込まないってだけの話だ。疲れるだけだし。それに、取り巻きに加わろうって選択肢も私の中にはなかった。いやぁ、本当にこのクラスに丞くんがいてくれて良かったよ。丞くんのお家は新聞社って言ってたけど、聞いてみたら私でも知ってるくらい大きな新聞社だった。しかも、球団や放送局を所有してる会社じゃん! 風斗くんが仲が良いのも分かる気がする。風斗くんのお兄さんが所属しているのは、確かその球団だったし、お父さんも今はその局で人気の解説者。いずれは監督にって人だったはず。
風斗くんと言えば、彼も実は内部生にも関わらず、結菜譲たちにあまりよく思われていない。家柄が~ってヤツだ。お父さんがプロ野球で一時代を築いたくらいじゃ、結菜嬢たちは認めてくれないらしい。厳しいねぇ。まぁ、こっちはこっちで合わないなーって感じるから構わないけど……。
そんなことを考えてたら、教室のあちこちから声が上がった。
「九鬼くんがいいと思いますわ」
「ああ。僕もそう思います。彼は初等部からクラス委員をやってますし」
「そうですわ。なにより、彼は外部生の扱いもお上手なようですし……ねぇ?」
む。なんか今カチンときた。
発言したのは、内部生の人たち。それって私や茅乃ちゃんのことだよね? 前の席の茅乃ちゃんは、うつむいてしまった。ああもう! こういうのって本当に嫌だ。でも、教壇に立つ先生はその言葉に含まれた意味に気づいていない。
「そうですね。他のクラスに比べたら、このクラスは驚くほど外部生の慣れかたも早いですよ。九鬼くん、やってくれますか?」
「はい」
丞くんは迷うことなく、その話を受け入れた。ただひとつの条件を出して。
「副委員を指名していいなら」
女子の中では、あらかじめ副委員に推す人も決めていたようだった。最初に丞くんを推したのだって、きっと計画通りなんだと思う。だから、丞くんの発言に少しもめたけど、「なら、俺は降ります」という丞くんの言葉に、結局は先生と女子側が折れた。
指名されたのは、山科ゆりえさんという内部生だ。タイプはというと、真面目な優等生タイプ。私たち外部生にも最低限の挨拶はしてくれるけど、かといって親しくする素振りは見せたことがない。見下してるっていうよりは、きっと人付き合い自体が苦手なんだと思う。そんな山科さんだから、突然のご指名に驚いたように立ち上がった。
「えっ? わ、私が!?」
「そう」
山科さんは明らかに戸惑っていた。でも、少し考えた素振りを見せた結果、渋々頷いた。
あれっ……意外と早く決着がついた。
その時になって、初めて結菜嬢が後ろを振り返った。
チラリとこちらを見ると、更に後方に視線を飛ばす。後方には、丞くんを委員長にと推した子たちが座っていた。後ろから「ど、どうしましょう……」「結菜さまのご希望でしたのに……」とオロオロしたように相談する声が聞こえた。
結菜嬢は、ただ面白くなさそうにフイとまた前を向いてしまった。
* * *
「女子は、鍋谷さんを推すつもりだったと思う」
放課後、部活に向かいながら丞くんに尋ねてみると、そんな応えが帰ってきた。
鍋谷さん……ああ、阿久津先生に熱心に話しかけてた子か。
「彼女って、確か結菜嬢の取り巻きよね?」
「そ。彼女自身はハキハキしていていい子なんだけどね。でも、彼女が副委員になったらなったで、真白たちのグループが幅を利かせて外部生は居心地が悪くなるだろう。せめて一年次ではそれは避けたかったんだ。だから推薦されなくても、立候補するつもりだった」
「そ、そうなの?」
E組に外部入学の女子生徒は少ない。私と茅乃ちゃん以外は、既に真白さんの取り巻きに加わっている。
もしかして……私のために? それに気づいて、なんだか恥ずかしくなってしまった。私、丞くんと親しくなれてラッキーって思ってたけど、今思えば最初に話しかけてくれたのは丞くんの方だ。
今更ながらそんなことに気づいてしまった。
丞くんは初めから私を気にかけて、庇ってくれてたんだ……。うわぁ、どうしよう! なんか意識したらドキドキしてきた! でも、隣を歩く丞くんはそんなことなど気づかずに話を続ける。
「そ。山科を指名したのは、あいつの親、大手の弁護士事務所やっててさ。ウチの新聞社とか篁一族がクライアントに名を連ねてる」
「総帥のところも?」
「ああ。あまりこういうやり方は好きじゃないけど、使えるものは使っとかないとね。本当はのどかとの方が楽しくできたと思うんだけどね」
ふぉっ!! これまでだったら普通に聞き流せてたようなセリフが突き刺さるんですけど! 副委員、本当は私だったら良かったってことだよね!?
「え、えっと。じゃあ指名してくれたら良かったのに!」
「そういうわけにはいかないよ。のどかはまだ学園に慣れてないし、一部の女子はまだのどかと話そうとしてないだろ。せめて学園内での立ち位置を確実にするまでは無理しない方がいい」
優しい! しかも、一部の女子から距離置かれてることも知ってる! 言ってないのに! なんだか、言っちゃったら負けな気がして相談できなかったんだよね……。
「あ、ありがとう……」
「お、素直だな。この学園独特だからさ、のどかももっと頼りなよ」
恥ずかしくなって思わず頷いた私の頭の上に、丞くんの手が乗った。
頭ぽんぽん! 頭ぽんぽんー!
「でも千石さんと仲良くなって良かったな。入学式から思ってたけど、のどかは話しかけやすいっていうか、人好きのするタイプだよね。正直千石さんのことは心配していたんだけど、彼女ものどかの存在に救われたと思うよ」
いやぁ! 照れる! 照れるじゃないですか!
どんどん顔が熱くなってくる。
「そ、そんなことないよ」
普通に答えるつもりが、さっきからどもってしまう。
普通に話すってどんなだっけ?
そんな私に気づいていないのか、丞くんはまたポンポンと私の頭に手を乗せた。
「そんなことあるって。のどかはさ、内部生が持ってないような大らかさがあるんだ。外部生が増えるって言ったって、やっぱ入って来るのって同じような人間ばっかでさ。なんか、面白い子が入って来たなって思った。それでも入学してからは、のどかも馴染もうとして苦労してたろ。俺に頼るのもなんか悪いなって感じでさ。でもさ、俺も面白くてやってるから。だからのどかはもっと気軽に頼っていいよ。のどか達と一緒にいるのは楽しいし、俺だって守りたい」
びっくりした。だって丞くんだって内部生として培ってきたものがあって。人間関係だってそうでしょ。高校でいきなり現れた外部生があれもこれもと頼りまくっていいわけじゃない。こっちに関わってる間、彼の今までの日常だった人間関係はおろそかになるわけで……。それを、面白いからの一言で頼れって言われるなんて、思わなかった。
ホッとした。なんだかんだちょっと気負ってたところはあったし、馴染まなきゃって肩肘張ってたとこもあった。慣れないお仕事頑張ってるパパやママには言えなくて、少しだけ息苦しかった。それがこうして言ってもらえて、すごく楽になった。
同時に、私の胸になにかじんわりとこみ上げてくるものがあった。
思わず隣の丞くんを見る。
ほんの少しだけ見上げる近さにある、丞くんの顔がいつもと違って見えた。
胸が ざわつく
「ほら、なにぼんやりしてるんだよ。着いたぞ」
「えっ、もう?」
ざわめきの正体に気づく前に、部室にたどり着いた。
胸はすぅーっとスッキリしていて、気持ちの楽さだけが残っている。
はっ! もう? だなんて、私なに言ってんの!
大好きな大好きな大好きな巴さんのお手伝いができるのに! 一緒に楽しく部活動なのに! 新聞部の復権のために、私も頑張りますからね! 巴さん!
「あ、来たわね。丞、使う画像は決まった? あと……のどかちゃん、記事はまとまったかしら?」
「ま、まだ……です」
「そう。……どう? 書けそう? 藤ノ塚の制服遍歴っていうのはとてもいいところに目をつけたと思うの。私、期待してるのよ。締切、今週中なんだけど……できそうかしら?」
「はいっ! 頑張ります!」
「そう、良かった。じゃあ、行ってらっしゃい」
「……資料室……ですか」
「ええ。鍵は、持ってるわよね?」
ええ、ええ。ありますとも。お気に入りのキーホルダーにつけて、ちゃんと持ってきてますとも。
はぁ……でも、今日も資料室かぁ……いや、過去の新聞から学園の歴史をまとめるっていうのは、資料室でないとできませんもんね……いや、頭ではわかってるんですよ。でもね、巴さんとも丞くんとも一緒にいられないじゃん……はぁ。って、なんでここで丞くんのことを!? いや、私が新聞部に入ったのは巴さんを手伝いたいからだからね! さぁ、名残惜しいけど、巴さんが任せてくれた担当はちゃんとやらなきゃね。
「――行ってきます……」
「うん。よろしくね。下校時間まではここにいるけど、ギリギリになりそうなら、直帰でいいわよ。施錠だけは忘れずにね」
「はーい……」
丞くんに、にこやかに手を振られてしまった……はぁ。
しょんぼりした気持ちのまま、廊下を歩いていると、途中の部室から女の子の声が聞こえてきた。
「大和先輩! 指はどうなさったんですか!? お怪我ですか!?」
「まぁ! 本当! キーボードを叩くお姿が痛々しいですわ!」
……ああ。ソフト部か。いいなあ賑やかで。
どうやら巴さんの敵、大和先輩は怪我をしたらしい。心配してか、ここぞとばかりにお近づきになるためか、ソフト部に入部できたラッキーな女子生徒が騒いでいた。それに対する大和先輩の返答は聞こえない。うん、学園のドアはそんなに薄くないもの。これだけで女子生徒の声の大きさがわかるというものだ。どんだけアピールしてるんだか……。モテるのも大変だね。
まぁいいや。私はあの孤独な空間に向かうのだ。さっさと記事をまとめて、孤独な作業から卒業しなきゃね!




