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4月13日(日)意外な面を知ってしまいました

「のどか~。起きなさ~い」


 うう……あと5分……ごめん。あとせめて1時間……寝かせて……。


「ちょっと! 早くしなさい! おじいちゃん家行くって昨日話したでしょう!」


 ええ~? そうだっけ?

 悩み多き女子高生は昨晩も遅くまで色々考えていたんだよ。それを叩き起こすなんてどういうこと?


「何ブツブツ言ってるの。午後から行くって話していたでしょ」


 午後? え? もうお昼過ぎ? あらやだ寝過ぎちゃった。

 たっぷりと睡眠をとって頭は大爆発。

 CMで見て買った『起き抜けするる~ん』なるキャッチコピーのヘアミストをシュシュシュシュするも、う~ん……2割ほど落ち着いたかな……?

 ……ダメだ。やっぱり時間が経つとくるんとなっちゃう。

 ああ、でもいいや。これも慣れだよね。それに、ママに午後だと聞いたら急におなかが空いてきた。


「ママ~。おなか空いた。何かある?」

「もう~。パン自分で焼きなさい。あと、冷蔵庫にヨーグルトあるわよ」

「はぁ~い」


 最近のわが家のごはん事情はこんな感じだ。

 学園から帰宅すると、お菓子やパンをつまみ、だらだらしたり真面目に宿題して時間を潰す。すると、ママはパパより少し早く帰ってくる。ママのこれまでの主婦歴は伊達じゃない。短時間でちゃちゃっとご飯を作ってくれるんだ。でもやっぱり、朝と休日のお昼は簡単になりがち。だから、ママが私に料理作れるようになって欲しいって思うのも分かるんだけどね……あぁおなか空いた。マーガリンとイチゴジャムと1枚ずつ食べよう。ヨーグルトにはスプーン一杯の蜂蜜が最近の私のお気に入りだ。ちょーっと物足りないけど、午後からおじいちゃん家行くってことは、もれなく綾さんのごはんが食べられるってことだから、お昼はこうして軽~く食べる感じで大丈夫。

 綾さんのごはん、今日は何かな~? ……って! 綾さぁん!! まずい。また松丘くんのことを思い出してしまった……。

 ど、どうしよう!? こんな早くに綾さんと会うことになるなんて! いや、綾さんは何もしてない。――多分。……てことは、今日会えるのはちょっと様子を確認するのにちょうどいいのかな? おおうっ! なんだか使命感に燃えてきた! 私は今日、綾さんの様子と、あとはおじさんと綾さんの仲、そしてお兄ちゃんが何か変化を嗅ぎ付けていないか確認するのだ! おじいちゃんは……うん、いいだろう。そういうのには鈍い気がする。うん、ごめん。


「のどか。何力んでるの?」

「えっ? あ、うん。おじいちゃん家に行くのに気合をね!」

「あらあら。やる気になってくれて嬉しいわ。教科書もノートも、全部持ちなさいね」

「んっ?」

「授業は始まったばかりだけど、学園の授業に慣れてる内部生と違って戸惑ってるかもしれないからって、正樹くんが色々相談に乗ってくれるそうよ。昨日言ったじゃない」


 ええ~? そうだっけ……? なんか一気にテンション落ちたなぁ……。そんなこと聞いたっけ? まったく覚えてない。

 ママに急かされ、パンを急いで口に押し込むと、出かける準備をした。

 教科書とノート……主要教科のものだけでも結構な重さになるなぁ……。まあ車で行くからいいんだけど。



 * * *



「のどか、学園は慣れたか?」

「お兄ちゃん!」


 おじいちゃん家についてすぐ、私はお兄ちゃんと一緒に自分の部屋に行った。

 いきなり部屋を用意されて最初は戸惑ったけど、部屋が私の好みどストライクでしてねぇ。せっかくだもの、活用させてもらうことにしました。

 それにしても、お兄ちゃんは相変わらずカッコいい。この街に引っ越してきて、良かったことのひとつには、確実にお兄ちゃんに頻繁に会えるようになったことがランクインするね。しかもかなりの上位。

 ちょっと言動が軽いけど、日曜の午後にラフな格好で家にいるってことは、彼女ナシかな……ちょっとホッとしたりして。これが俗にいうブラコンってやつですか? 従兄だけど。


「う~ん。女の子の友達もできたし、入学前に会った先輩の弟も同じクラスでね。全然知らない人ばかりの中に入ったにしては、なかなか良いスタートかも」


 うんうん。ほんと、こういうのは最初が肝心だからね。高等部は外部生が3割程とはいえ、なんていうの……社交界的なところで顔見知りだったりするんじゃないの? それは総帥のパーティーでちょっと思ったんだ。だから、茅乃ちゃんのように日本を離れていた子が同じクラスにいてくれて本当に嬉しい。しかも、茅乃ちゃんは時々世間知らずのような発言はするけど、決してお金持ちぶったことは言わないからね。中には、やっぱりお金持ちを鼻にかけるような子がいるわけなんですよ。そんな視線はビシバシ感じるわけだ。だから、そんな輪に加わらなかった茅乃ちゃんに目をつけたんだけど、我ながら正解だったね。


「そう。良かったじゃないか。のどかは人に警戒心を抱かせないタイプだからな。親しみやすいというか」

「えっ。そうかなぁ」


 それは褒められたんだよね? ちょっと顔がニヤニヤする。


「じゃ、教科書見せてみ。授業の雰囲気とか、慣れたか?」


 あうう……お兄ちゃん、切り替えが早すぎるよ……。

 そうは思いながらも、私は大人しく教科書を取り出した。

 藤ノ塚は、単なるお金持ち学園なだけじゃない。ちゃんと教育にも力を入れてるし、そこも父兄に評価されてる点だ。

 休み時間はラウンジでくつろいでいる子たちも、授業となると人が変わったように真面目になる。前に丞くんが言ってたように、このメリハリが授業の集中力につながるのかもしれない。それと、授業も今までとはまったく違うものだったんだ。授業には、常に先生が2人いる。1人は、教卓で授業を進める。そしてもう1人は後方で授業を見ている。これは、生徒の授業を受ける姿勢を見る目的と、授業の進め方をチェックしてるんだ。でも、それだけじゃなく、時々教室内を回って、生徒が全員この授業を理解しているのかも確認して、時には生徒ひとりひとりに授業についてのフォローもしてるんだ。その分、メインで授業を進めている先生は、スムーズに授業を進めていける。生徒も、居眠りや内職はできない。それに慣れるのは、正直厳しかった。ちょっとぼ~っとしてたら、背後からサブの先生がやって来て「どこか分からない箇所でもあるんですか?」と声をかけられたんだよね。一気に目が覚めたよ。ただでさえ藤ノ塚は1クラス30名以下という少人数制なのに、先生が2人もいたら授業に集中せざるをえないって感じなのですよ。


「え? 他の学校は教師は1人で授業をするのか?」


 ちょっと! お兄ちゃんまで何そんな世間知らず発言してんの!

 まったく。これだからセレブは……!


「そうだ。もう阿久津には会ったか?」

「え? 阿久津?」


 はて。誰だっけ。どこかで聞いたような……なんせ、この春から覚えなくちゃいけない名前がいっぱいでね。ちょっと聞いただけの名前とか、記憶に定着しないんだよね……。


「前に話しただろ。俺の親友で、藤ノ塚で教師をヤツがいるって」

「ああ!」


 そうだったそうだった! 確か、現国の先生で阿久津あくつしゅん先生。現国はもう授業受けてるけど、残念ながらメインでもサブでもないんだよなぁ……。私のクラスは担当してないっぽい。

 そう言うと、お兄ちゃんは残念そうな顔をした。


「そうか……阿久津はのどかのクラスを担当してないのか……」

「うん。でもそういえば、すごく人気がある先生だって聞いた気がする。確かB組の副担任かな? 名前、阿久津先生って言ってた気がする」

「ああ、人気あるなら多分アイツだ。そっか、のどかはまだアイツに会ってないのあ……」


 そんな残念そうに言われると、なんか申し訳ない気持ちになってくるよ……。

 阿久津先生は、確かA組からC組を授業で担当してるはずだ。松丘くんを見学に行った時、ラウンジにいた一部の生徒から「阿久津先生の方がいい」っていう声を聞いたんだ。なんでも、いつも穏やかな笑顔を浮かべていて、ちょっと授業で引っかかってると、すぐに気づいて丁寧に教えてくれるんだって。

 これはアレですよ。松丘くんは見るからに体育会系だけど、きっと阿久津先生っていうのは松丘くんとは正反対の文系青年なんだね。そこに年上の落ち着きが加わったものだから、年上好きにはたまらんのだろう。まだ見たことないけど。でもさ、これは好みが分かれるところだから、どっちがより素敵とか人気があるとか、較べるところじゃないんだけどね。ちなみに、私のクラスの現国の担当は丸メガネを鼻先に引っかけたおじいちゃん先生だ。声が小さいから聞き取るのが大変で、サブのふくよかな女性教師がいつも忙しく机を回っている。学園側がマイクを導入しようかなんて話が出てるって噂を聞いたけど、本当、どんだけセレブ学園なんだって思うよ。かと思ったら、普段使わない部屋は古風な鍵を使ってたりするしね。


 これまで授業を受けた教科を一通り、お兄ちゃんに確認してもらった。中学もそこそこの進学校だったのが幸いして、授業がまったく理解できないっていうのはない。あとは学園ならではの授業スタイルに慣れて、サブの担当教員のフォローをうまく利用したらついていけなくなるってことはないだろうと言ってもらえた。それでも分からない箇所なんかは、お兄ちゃんに見てもらうことになった。

 授業の進み具合は私も心配だったから、ホッとしたよ。


「良かった。ホッとしたら喉が乾いちゃった。キッチンに行って来てもいい?」


 おじいちゃん家とはいえ、同居してるわけじゃないから、勝手にキッチンに入るのははばかられる。すると、お兄ちゃんが自分が行くと言い出した。


「俺が用意してくるよ。今日はたっくんが来てるんだ。アイツ、料理教わってるのを人に見られるの嫌うからな……コーヒーでいいか?」

「うん! ありがとう。え~っと……たっくんって……あ、お隣さん?」


 この街に越してきてからおじいちゃん家に挨拶に来た時、窓から見たあの人だ! 艶々キューティクルが眩しい黒髪を持った、涼し気な目元にメガネが似合う綺麗な人だね? あの綺麗さには驚いたから覚えてるよ! そういえば、綾さんに時々料理を教わってるって聞いたけど、今日がその日だったんだ。それにしても、見られるのが嫌って……今や料理男子なんて普通っていうか、むしろモテ要素だと思うんだけどね。シャイな人なのかな?

 でも、その理由はシャイだとかそんなことじゃなかったみたい。

 お兄ちゃんがドアを開けた途端、ガラガラガッシャーンとけたたましい音が階下から聞こえてきた。


「あぁ……またやってる……」


 お兄ちゃんが呆れたようにつぶやいた。


「す、すみません! 手が滑ってしまって……!」

「あらあら、大丈夫よ。今ほうきを……。触っちゃダメ! 手を切っちゃう!」


 ガチャン!


「す、すみません!」

「たっくん! 触っちゃったの? 血が出てるじゃない!」


 とうとうお兄ちゃんが大きなため息をついてしまった。


「え~と……のどか。ちょっと待っててくれ。救急箱も必要なようだから……」

「う、うん」

「アイツ、料理を覚える気はあるんだけど……ビックリするくらい不器用でな。ギャラリーがいるとそれに輪をかけて危険が増えるんだ……」


 え~と……今、綾さんと2人のはずだよね? それでこの状態ってことは、これに輪をかけてって、相当なカオス?

 クールビューティーたっくんは、まさかのドジっ子だったようです。


 



 

 

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