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4月12日(土)新作スイーツに誘われました

 よく……眠れた。

 あれっ。昨晩あんなにも浬くんの暗い表情がチラついて、眠れずにベッドの中でもんどりうってたのに。

 それがいつの間にか眠ってて、しかもすっきりと目覚めるなんて……私ってこんなに図太かったっけ。

 まあいいや。あまり考えても仕方がないもんね。

 綾さんは周りから見ても、一樹おじさんと仲がいいし。そんな綾さんが間違いをおこすはずがない。いくら少年ぽさが残った若さ溢れるイケメンの少年が情熱的に迫ってきたからって流されるわけが……ホントに? ちょっと考えただけでドキドキしてきたんですけど! 浬くんがあんな切ない表情浮かべて告ってきたりしたらとか考えたら、恋愛経験皆無の私にはそれだけでドキドキのバクバクもんなんですけど!!

 どうしよう! 周りの人にはバレてないかな? 学園の子たちは綾さんを知らないし……あの表情の変化に気づいたのって私だけかな。

 わー! なんで入学早々こんな悩みを抱えなきゃならないんだ! やってられない。そうだ、おいしいものを考えようそうしよう。今日は午後からくまのカフェに行くしね!


『新作スイーツを試してもらいたいんだけど、週末は予定あるかしら』


 由香さんからメールがきていたんですよ! これは行くしかないでしょう! 返信は既にしてある。ぬかりはない!

 今日はパパもママも休日出勤で留守だし、1人だとご飯も味気ないから遅めのランチもくまのカフェで食べようかな。確か軽食も充実してるんだよね。そうと決まれば早速準備をしなくては。



 * * *



「いらっしゃいませ~。あ、のんたん待ってたわ!」


 大きなドアを開けるなり、由香さんが笑顔で迎えてくれた。その声に、お店の奥でお客さんと話していたクマさんも顔を上げて手を振る。私はそんなクマさんにペコリと頭を下げると、お店に入った。

 クマさんと話してるお客さん、めっちゃイケメンさんだ! イケメンさんというより、美人さん? 広く角ばった肩が見えなかったら中世的な女性かと思う位きれい。柔らかな少し長めの明るい髪がよく似合う色白美肌さんだ。羨ましい! 私も同じような柔らかくせ毛だけど、あんな優しげな雰囲気にならないよ。今日だって一生懸命ウォーターミストで押さえてきたけど、歩いてるうちにモッコモコ。


「じゃあね、馨くん。珈琲のお代わりはまた呼んで」

「ああ。ありがとう」


 馨くんと呼ばれた美人さんは綺麗な笑顔で応えると、視線を下に移した。手元には白いノートパソコンがある。おおっ。カフェでお仕事ですかオシャレですね。


「やあ、のんたん。みっちゃんは元気かい?」

「はい。元気です。今日も朝早くからパパと仕事に行きました」

「バリバリのキャリアウーマンだな」


 本当。数か月前まで専業主婦で、安いスーパー目がけて愛車の軽自動車を運転して農道走ってたとは思えないくらい、仕事にのめりこんでる。少し疲れてるようだけど、すごくいきいきしてるんだ。そう話すと、クマさんは苦笑した。


「昔から、のめりこむと一直線なんだ。気を付けてやって」


 幼馴染だというクマさんは、驚くほどママのことを理解している。

 そうなんだよなぁ……お見合いでパパに一目ぼれして、全てを投げ出して田舎にお嫁に来たり、総帥の秘書さんから藤ノ塚の話を聞いたら、藤ノ塚以外ありえない!って勢いでせっつかれたし……。巻き込まれるのは勘弁だけど、そんなママが私は好きだ。でも身体は大事だもんね。明日はお休みできたらいいけどな。

 そんなことを考えながら、由香さんに案内されてお店の中央付近のソファーに座った。土曜日のお昼過ぎというのもあってか、お店は結構な賑わいだ。それでも人の声や気配がうるさく感じられないのは、元倉庫というだけあって天井が高いのと、テーブルの配置に余裕があるからだろう。それぞれの席を区切るように置かれたグリーンや背の低いパーティション、本棚なんかも、座ってみるとちょうど視界が遮られていい感じだ。中央の席だから、四方を他のお客さんが取り囲んでるわけだけど、今だってホラ、見えるのはランチを楽しんでいる女性だけだ。いいなぁ、この雰囲気。やっぱり好きだな。


「のんたん、お昼食べたの?」

「あ、いえ。まだです」

「あ、じゃあまかないで良ければ持ってくるわよ」

「え? いいんですか?」

「うん。ハヤシライス好き?」

「大好きです!」


 くまのカフェに来るのは二度目だというのに、そんなことを感じさせない居心地の良さだ。それはママのおかげもあるかもしれない。「みっちゃんの娘さんだからのんたんだな」とドヤ顔で言ったクマさんに、みんなが賛成したので今では由香さんも私のことをのんたんと呼ぶ。


「交代で休憩取ってるのよ。今千香が休憩に入ったところだから、待ってて」


 千香さんというのは、由香さんの妹だ。就職活動に失敗して落ち込んでいたところをクマさんが声をかけたのだという。千香さんは、しっかり者でテキパキと動く由香さんとは対照的に、どこかおっとりのんびりしている人だ。

 お昼はカフェで最も忙しい時間帯だから、休憩は交代でとる。そのため、いつでも温かく食べられるようにまかないはクマさんが大きなお鍋でまとめて作るのだそうだ。カレーやシチュー、ハヤシライスにビーフシチュー、洋風の煮物なんかもあるそうで、今日はハヤシライスの日なんだって。

 千香さんがお鍋を温めなおしてるから、そのついでにもらってくると言って由香さんは立ち去った。

 まさかお昼までいただけるなんて、由香さんは「試食係もウチがお願いしたものだから気にしないで」って言ってたけど、なんだか申し訳ない。でも懐的には正直助かった。学園に通ってみてわかったけど、私のお小遣いじゃ誰とも遊べないんじゃないかな。まだ学園生活は始まったばかりだけど、いずれ茅乃ちゃんとお休みの日に遊んだりしたい! お小遣いに関してはそのうちパパやママに相談しなきゃなーと思いながらも、まだ中学のままなんだよね……1ヶ月5千円。田舎ではそんなに使うことがなかったし、今までのお年玉も含め、少しは貯金がある。でもそれだって最近やっと十万円の大台を超えたばかり。頑張ったよ。相当頑張った! でもさ、きっと藤ノ塚の生徒は桁が違うよね? 見える、見えるんだよ……貯金を切り崩す自分の未来が……そう遠くない未来だよ……その日のことを思うとガクブルだ。しかも綾さんに想いを寄せる(仮説)若さ溢れるイケメンの存在とか……これ以上悩みが増えるのは勘弁してほしいよ。意外と毎日ぐっすり眠ってるけどさ。

 おっと悩んでいたらハヤシライスがやってきたよ!

 おおっ! ドミグラスソース濃厚! お肉トロトロ! ウマー!!

 私はあっという間に完食してしまった。いや~、起きてからなにも食べてないんですよ。思った以上に空腹だったみたいです。


「わぁ! 全部食べてくれたのね。嬉しい」

「はい! めちゃめちゃ美味しかったです! ソースが濃厚で!! メニューになってもいいのに~」

「うふふ、そう? じゃあ、まーくんにそう伝えるね」


 いやもうぜひともそうしてくださいよ! 絶対ファンつくから!

 由香さんは嬉しそうに笑うと、私の目の前に陶器のデザートカップを置いた。中には綺麗な紫色のゼリーが入っている。


「由香さん、これは?」

「あのね、知り合いから新鮮なブルーベリーを分けてもらえることになったの。ハウス栽培もやっててこの時期でも食べられるのよ。色々考えたんだけど、綺麗な色味を利用したくてゼリーにしたの。ブルーベリーゼリーよ」

「ブルーベリージェリ……っと、ぜ、ゼリーですか。綺麗ですね」


 あうう。かんじゃったよ。濁点多くて言いづらいな。ゼリーが言えないとかなんか恥ずかしいんですけど……。


「あぁ~、言いづらい? 実は、まーくんも言えないのよね……うーん、ネーミングは考え直さなきゃいけないかしら……他には何か気になることある?」


 おっと、そうでした。私はこのカフェのスイーツ試食係。今日はお仕事に来たのでした。

 う~ん……せっかく綺麗な色なのに、陶器の器だともったいないな。あ、美味しい。程よい酸っぱさで、濃厚なドミグラスソースを堪能した後だから、余計サッパリ感を感じる。

 それを言うと、由香さんは早速メモを取り始めた。


「そうね……グラスの方が清涼感もあっていいわよね」

「ええと……あと、少しかたいかなぁって……もっとするするっと食べられたらいいんですけど……あと、なんていうか……」

「うん、なんでも言って」

「えっと……普通すぎるかなぁって」


 そうなのだ。まだこの段階では目新しさを感じない。正直、ブルーベリーゼリーって今じゃコンビニで1年中手に入る。くまのカフェは他とは一風変わったスイーツがあるという印象なんだけど、新鮮なフルーツが手に入るようになったとはいえ、ゼリーでそれがわかるものかなぁ?


「う~ん……結構、粒の大きさにバラつきがあってね。大きくて形の整ったものは、飾りにもなるように使えるのよ。ほら、前に食べてもらったパンケーキとかね。だから粒の小さいものなんかは、こうしてゼリーとかジャムにしようかと思ったんだけど……でも、これって結局店側の事情だものね」


 どうしよう。由香さんが真剣な表情をして考え込んでしまった……。

 すると、後方から千香さんの声が聞こえてきた。


「申し訳ありません。まだ正式なメニューではないんですよ」


 ど、どうしよう。私のことだよね。ここに案内されたとはいえ、店内で堂々とまかないと試作スイーツ食べてるって、他のお客さんから見たら変だよね。


「そうですか。ここのカフェは裏メニューがあるのでてっきり……すみません」


 あ、良かった。裏メニューの存在も知ってる物わかりのいいお客さんで……それにしても……今の声、どこかで聞いたような……?

 誰だっけ……そんなことを考えていると、由香さんが何かを思い付いたようだった。


「うん、クラッシュゼリーみたいにして、上に乗せるのはどうかな? 下にミルクプリンを入れて上にクラッシュゼリー……ミルクプリンの中にブルーベリーソースを仕込むのもありかな……うん」


 なにやら思い付いたようで、由香さんは次々とアイデアを口にする。

 ブルーベリーソースを仕込んだミルクプリンにブルーベリーのクラッシュゼリー? おお! それはおいしそうだし、ただのミルクプリンだと思ってスプーンを入れたらトロッとブルーベリーソースが出てきたら面白い!

 すると、開けられたドアから突然強風が入ってきた。


「きゃっ……」

「むっ!」


 ちなみに、きゃっと女性らしい声を上げたのは由香さんだ。

 私は目にゴミが入って悶絶していた。痛いー! 痛いー!!


「お客様、大丈夫ですか? お帽子が……」

「ああ、重ね重ねすみません」


 どうやら突発的な強風が吹いた時、タイミング悪く帰ろうとドアを開けた人がいたらしい。やっぱりその声には聞き覚えがある。でも今はそれどころじゃない。

 目が! 目がぁ~!!

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