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4月11日(金)同学年にも人気者がいるようです

 あっという間に週末になった。

 授業開始から数日しか経ってないから、殆どの授業が先生の自己紹介から授業の進め方の説明だったり、必要なテキストが揃っているかの確認だったりで終わった。だからなんとなく、まだお客さん気分だったりする。

 外部入学の私にとって、一緒に机を並べている学生だけじゃなく、学園の設備なんかも初めてだから、すべてが目新しくていちいち新鮮で、おお! なんだこれ! なんて思っていて、それらを普通に使いこなしてる輪の中に加われてないんだよね。なんとなく、舞台を見てそこに感情移入してるような、そんな感じだ。

 今も、少し長い選択授業前の休み時間を教室近くの東ラウンジで紅茶を飲みながら周りを観察している。同じ外部生で南国の島で暮らしていたという茅乃ちゃんも、なんだかんだ育ちはお嬢様なので私よりも一足早くこの学園環境には慣れたようだ。

 家よりも豪華な設備の学園で、リラックスなんてなかなかできないんですよ。ここはやっぱり庶民とセレブの違いなのかな。

 たとえば、たまたまデパートで高級ブランドショップで気に入ったデザインのバッグを見つけたとしよう。セレブのお嬢様方は、きっとすぐに手にとりあちこち開けたりチェックするんじゃないかな。しかし、庶民は違います。まず、遠目に商品を眺める。そして、周りを見る。やましいことしてるんじゃありませんよ! ただでさえハードルが高くて軽々しく入れない場所で、お店の人に声をかけられるとか、なんの苦行かってもんなわけで。他のお客さんの接客をしていたり電話にでていたり……つまりすぐにお店の人が寄ってこなさそうな雰囲気だったら、そっと近づいて値札を見る。これが庶民の買い物ですよ。

 まあ、なにが言いたいって、こうしてラウンジにいる今も、隅に陣取って中央付近で華やかな会話を繰り広げるお嬢様、お坊ちゃまを観察しているのだ。


「それにしても、ラウンジはゆったりできていいねぇ。学生の人数からして、混んだりするのかなって思ったんだけど」

「ほんとね」


 茅乃ちゃんはジャスミン茶を飲みながら頷いた。いい香りがする。ジャスミンは茅乃ちゃんが住んでいた島の名産らしい。そんな茅乃ちゃんが認めるほど、ラウンジのジャスミン茶は美味しいということだ。今度飲んでみよう。


「西ラウンジは混んでるよ」

「えーっと、如月きさらぎくん」

「お。覚えてくれたんだ。サンキュー」


 話しかけてきたのは、丞くんとよく一緒にいる男の子だった。彼の名は如月きさらぎ風斗ふうとくん。オレンジの髪をした明るい子で、すぐにクラスのムードメーカーになった。高校一年生にして既に身長は180cmあり、スポーツが得意らしく、色んな部活から勧誘がきている。それもそのはずで、彼の父親は元プロ野球選手で、今は解説者。2人のお兄さんは現役のプロ野球選手と、サッカー選手だ。風斗くんはこれといって1つのスポーツに絞ってないみたいだけど……。


「どうして西ラウンジは混んでるの?」

かいりがいるから」

「カイリ?」


 はて。初めて聞く名前だ。まぁ、この学園に名前を知ってる人は数少ないから当たり前なんだけど。

 茅乃ちゃんに「知ってる?」と聞くも、彼女も首を横に振った。


「えぇ~っ、マジで? 1年で浬のこと知らないなんて、君らくらいじゃない? アイツ、A組だから、休み時間は大体西ラウンジにいるよ」

「そんなに有名な人なの?」

「現役高校生でアジアトップだから。けどスポーツ特待生ってヤツで学園に来てるわけじゃなくてさ。松丘酒造の息子なんだ。俺は、アイツに会って選手の道を諦めた」


 まつおかしゅぞう――!? そ、それはやっぱり……!


「テニスだね!?」

「なんでだよ」


 ちぇーっ。違うのか。その語感はテニスでしょうが!

 それにしても、人気者は同学年にもいたのか。東ラウンジがやけに空いててゆったり過ごせると思ったのは、そういう理由があったんだね。

 私達は早速昼休みに西ラウンジに行ってみることにした。とは言っても、茅乃ちゃんはあまり興味がないらしく、私が引っ張って行ったんだけど。

 クラスは1クラス30名で、A組からF組まで全部で6クラスある。私はE組なので、東ラウンジが近い。で、噂の浬くん――松丘まつおかかいりくんは、A組。必然的に、教室から近い西ラウンジを使ってるってわけだ。

 すると、西ラウンジは確かにたくさんの人で賑わっていた。あれれ、同じE組の女子もいるよ。そして、いました。いましたよ。噂の人物。確かに目立つ!

 小柄な丞くんはおろか、クラスで一番の長身と思われる風斗くんですら、成人男性に比べると線が細く少年の面影が濃い。でも窓際の一番端に座って友達と話している松丘浬という少年は、やけに大人びていた。

 身長は、多分風斗くんよりも高い。少し吊り上がった一重の目を持った日に焼けた精悍な顔立ち。がっしりとした広い肩と長い手足。同級生よりも一足も二足も早く青年へと変わりつつある男の子がそこにいた。

 短い髪は無造作に立てられていて、毛先は照明で金色に輝いている。聞いたところによると、彼は将来有望な水泳選手ということだから、塩素で髪の色が抜けてしまっているのかもしれない。……やっぱりテニスじゃないのか。


「うわぁ……なんだか、やけに男らしい雰囲気の子だね」

「そ、そうね。なんだか同じ年とは思えないわ」


 茅乃ちゃんも驚いたように応える。

 これは人気が出るのも分かる。

 なんていうか……周りと空気が違う! そう感じたのは、この学園では3人目だ。1人目は、入学式で一瞬にして劇場の空気を変えた諏訪雨音生徒会長。そして、2人目はパーティーで一際目立っていた総帥の曾孫、篁和沙。生徒会長室に会長と一緒にいたってことは、彼も生徒会関係者なんだろうか……。あの言い方だと、書記ではないよね。普通に考えれば副会長? 篁グループの御曹司ということでこの学園でも大きな権力を持っていそうなのに副会長の席に収まっているとはなんか意外。となると、諏訪会長は相当大きなお家なんだろうか。

 でも、その2人と浬くんが違うのは彼の周りにはとてもフレンドリーな空気が流れていることだ。少し吊り上がった目を細め、大きな口を開けて豪快に笑うさまは見ているこちらもなんだか笑顔になってしまう。


「な? すげーだろ」

「ああ、浬か。あいつ中等部からグングン身長が伸びて、一気に男らしくなったよなー」


 小柄な丞くんが羨ましそうに呟いた。

 丞くんは、153cmの私よりもほんの少し高いところに顔がある。多分、160ちょっと位かな。姉である巴さんと並ぶと、まだ少し低いんだよね。丞くんはそのことを随分と気にしているらしい。

 でも大丈夫! 男は身長じゃないよ! うん! それに、巴さんがあんなに背が高いんだから、これから伸びるかもしれないし。


「ねえ、浬。今日の選択授業は音楽だったんでしょう? 音楽に決めるの?」


 浬くんのそばにいた少し派手な女子生徒のグループの1人が、浬くんに話しかけた。

 おおっ! 周りの意識がその質問に向いたよ! 皆、浬くんが何の授業を取るのか気になるんだね。


「う~ん……音楽にはしねぇかなー。なんで?」


 いやいや。そりゃ同じ授業を取って、あわよくば親しくなりたいって乙女心でしょ! 鈍いの? そっち系鈍いスポーツ少年ってキャラなの?


「えっ? おんなじの取れたらなーって。ねえ、乗馬はどう?」

「乗馬? あーダメだわ。俺、速水さんからNG出てっから」


 乗馬に誘った女の子は、不服そうに口を尖らせた。


「えー。誰それ?」


 今! 今速水って言った!? それって……一樹おじさんのこと?

 おじさんは、水泳の元日本代表選手で、今おじいちゃんが経営するスポーツジムの本社で働いてる。スポーツトレーナーをしているって言ってたけど……浬くんを担当してるってこと? せまっ! 世間せまっ!


「俺のトレーナーさん。普段使わない筋肉が張るとさ、記録がね~」


 悪いな、と続けた浬くんに、他の女の子が「じゃあ何にするの?」と詰め寄った。浬くんはそれに対して曖昧な返事をする。


「ねえ。じゃあ、今日の放課後遊ばない? 外部生も入ったことだし、クラスの親睦会でもしようよ」

「え。ずるいわ。私達のグループでA組ってあなただけじゃない」


 今度は同じグループで内輪もめが始まった。あらあら、おモテになることで。

 でも彼女たちの仲間内での牽制は肝心の浬くんには伝わってない。


「ワリ。それも無理。今日もトレーニング。それに、今日は綾さんも来るから遅れらんねーんだ」


 ニカッと爽やかな笑顔で断ったんだけど、女の子たちは浬くんの口から飛び出した女性の名前に敏感に反応した。

 その名をきちんと理解してるのは、蚊帳の外にいる私くらいだろうな。後ろで丞くんも風斗くんも「アイツ、彼女いたっけ?」とか言ってるし。

 いやいや、綾さんは一樹おじさんの奥さん。きっと管理栄養士として浬くんのトレーニングにも参加してるんだろうな。


「ねえ! アヤって誰よ」

「綾さん呼び捨てにすんな。管理栄養士だよ。特別メニュー作ってもらってて、それを寮に提出しなきゃならないんだ」


 女の子たちの殆どはほっとしたように笑顔を見せた。

 ほうほう。浬くんは寮生なんだね。確かに、自宅ならお家の人に協力してもらったらメニューはなんとかなるんだろうけど、寮ともなるとそうもいかない。綾さんが特製メニューを作って、寮で特別に作ってもらうんだ。スポーツ選手って大変だなぁ。


「でも! 担当の栄養士って言っても女は女じゃん! ほんとに栄養士と選手ってだけの関係なわけ?」


 一部の女の子は管理栄養士だからって油断ならないと言わんばかりに詰め寄る。こわいこわい。良家の子女らしからぬ言葉使いですなぁ。周りのソファに座って聞き耳立ててる他の子たちに比べると派手な身なりといい、やっぱりセレブにもギャルっているんだね。でも心配には及びませんよ。綾さんはうちのママよりも年上だからね~。確か47歳だったかな? スラリとした長身にピンと伸びた背筋、食事療法のおかげなのか、年齢を感じさせない美肌とサラサラと背中まで流れる黒髪を持つ綾さんだけど、さすがに母親と同じ年代だもん。浬くんも栄養士さん以上の想いはないでしょー。


「――綾さんは、速水さんの奥さんだから……」


 ……ん? 浬くん? 君、今唇を噛みしめましたか? なんか表情沈んでませんでした? 気のせいですよね?

 浬くんの変化に内心アワアワしていると、さっきまで嫉妬心丸出しだった女の子たちが思い出したかのように騒ぎ出した。


「あ! 速水さんって、息子さんが学園の卒業生だよね? すごいカッコイイんだ~。ねえ! 浬会ったことある? 紹介してよ~!」

「なによ梨々花、浬くん一筋じゃなかったの? 浮気者~」

「違うって! そんなんじゃないって!」


 浬くんとその友人は、「うるせー」と言いながら女の子たちを置いて席を立った。

 なんか、ため息ついてませんか? 気のせいですよね? 同学年のアイドルが、年上の既婚女性に想いを寄せてるとか、絶対気のせいですよね?

 ああー、どうして好奇心に負けて見に来ちゃったんだろう。見てはいけないものを見てしまった気がする。

 周りの友人たちは、女の子たちの追及をうっとおしく感じての反応だと思っているようだ。口ぐちに「あいつらあんま相手にすんなよ」とか「相変わらずモテんな~」などと言ってる。

 そうだよね? きっと沈んだ表情をしてたのは、女の子たちがうるさかったからだよね?


「のどか、そろそろ行こうぜ」


 丞くんの言葉に頷いたけど、友人の言葉にやっと笑顔を見せて教室へと向かう浬くんの横顔が気になって仕方がなかった。

 


 


 

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