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4月10日(木)小部屋に隔離されました

 通学3日目にして、女子友を手に入れた私の高校生活はなかなか良いスタートをきったのではないかと思っている。

 今も、残りの昼休みをラウンジでカフェラテを飲みながら茅乃ちゃんと選択授業の相談をしていた。

 選択授業は、事前に準備する物が必要な授業もあるから今月いっぱいは仮選択となり、興味のある授業を受けることができる。

 華道、調理、書道、社交ダンス、乗馬……なかなかセレブな授業が揃っている。

 書道は自前の道具が必要だし、社交ダンスは衣装と専用の靴、華道も着物が必要になってくる。一番準備が必要なものは乗馬だ。選択授業の前の休み時間はそのため30分という長い時間がとられており、その代わり授業は2時間ぶち抜きで行われる。藤ノ塚の時間割はかなり変則的なようだ。


「のどかちゃんは、何を選択するの?」

「う~ん……」


 華道は多分基本を知っている生徒ばかりだろうから、その中に未経験で入る勇気はない。同じ理由で社交ダンスや乗馬も無理。調理や書道っていうのは一見入りやすそうだけれど、作品展が問題だ。

 学年の最後の学期に、選択授業での成果を父兄に見せる機会が設けられるのだそうだ。

 調理部は学食を借りてコースを出すそうだし、書道も展覧会がおこなわれる。段持ちもいるであろう中で、半紙に「青い空」とか小学生ばりの作品を並べるのは恥ずかしすぎる。選択授業はそこまで考えなきゃいけない。良かった……良かったよ、お兄ちゃんに先に聞いておいて!


「茅乃ちゃんは?」

「ええと……私、華道も書道もしたことないし……社交ダンスも経験がないの……乗馬は……島の馬に乗せられて海岸線を散歩なんて……やったうちに入らないわよね?」

「そうだね……。それなら私も大岩井牧場に行った時ポニーに乗ったよ。でもそれってカウントしちゃいけないよね?」

「そうね。でも私もそんな感じよ?」


 良かった。茅乃ちゃんの言葉を聞いて、私はホッとしてしまった。

 茅乃ちゃんのお家はリゾートアイランドを所有、経営する正真正銘のセレブなんだけど、日本から離れた場所にいたということで、庶民の私並みに選択授業の選択の幅が狭まっている!

 結局、2人で選んだのは美術だ。これはセレブ必須じゃないでしょ。私は残念ながら絵心もないけど、前衛的だとかなんだとかでなんとかなりそうな気がするんだよね!

 そうと決まればさっさと登録しちゃおう。いやいや、選択授業の登録もアプリでできるんだから楽だねぇ。

 ポチポチっと登録完了。今月いっぱいは体験授業だから変更はきくんだけど、他の授業を試してみるつもりはない。美術は制服の上に着るスモックが必要なだけで、長い休み時間をラウンジでまったりティータイムができるじゃないか。いい選択だ。ひとつ決めてしまったことでだいぶ心に余裕が持てるもんだね。やっぱりこの端末便利だなぁ。

 これを作ったのが同じ高校生だなんて信じられない。

 ちょっと面倒だなってことや、あったらいいなって機能が揃ってる。

 巴さんはこの端末を嫌ってるけど、あくまでも敵はニュースアプリだけで、他の機能に関しては使っているようだ。当然だよね。この端末は学食をスムーズに食べられるだけじゃなくて、ロッカーの施錠だったり学園生活には欠かせない存在だ。それに、通学時の保護者報告機能とか、実際保護者からの評価も高いんだ。

 これを作ってる人って、どういう人なんだろう……ソフト部……確か、昨日の体験入部で一際賑わってたあの大きな部室だよなぁ。出迎える先輩とドアの前に群がる新入生が廊下まで溢れていた。だから余計、新聞部の閑散ぶりが寂しかったなぁ。

 今日は新聞部にも誰か来てくれるといいな。


 ――なんて思ってたけど、現実は厳しかった。

 今日もソフト部の部室前は人だかりが出来ている。男女共に人気のようだけれど、比率から言うと意外に女子生徒に人気のようだ。アプリ開発とか、仕組みがよくわからないけど、理系なんじゃないの? それともこの学校って、今流行りのリケジョが多いの? そんなことを考えながら人だかりを避けて通り過ぎようとした時だった。


「あっ! 今日は大和先輩がいらしたわ!」

「うそっ! 見えない! どこっ?」

「きゃぁ! 素敵!」


 女子生徒の黄色い声が聞こえてきた。どうやら人気の先輩が在籍してるようだ。昨日は文化部長のお仕事で生徒会に顔を出していただの、皆さんお詳しいことで……。大和先輩――昨日巴さんが苦々しく口にしていた名だ。てことは、部活に興味があるリケジョじゃなく、アイドルに群がるファンってことか。

 こんなにも女子生徒が集まるだなんて、どんな人だろう? 人だかりの後方から背伸びしてみても、全然見えない。くそぅ。身長153cmの私には無理だ。目の前には分厚い壁が立ちふさがっている。

 私は諦めて新聞部の部室に向かった。まぁいずれどんな人か、顔を拝む機会はあるだろうなって思って。

 それにしても、新聞部は今日もしっかりとドアが閉められている。でも、それに対して何も思う人はいないようだ。


「失礼します」


 ノックをして中を覗くと、机に向かっていた巴さんが顔を上げた。

 昨日、丞くんと一緒に片づけをした部室は、4つあった机がすべて使える状態になった。でも、壁一面にある資料棚はお手上げだ。これでも年代別と用途別できちんと分かれているのだという。

 丞くんは今日はまだ来ていない。私は巴さんに挨拶すると、巴さんの隣の机にバッグを下ろした。


「あれ? 巴さん、何やってるんですか?」


 巴さんはA4サイズの厚紙を名刺サイズに切っていた。小さな文字が並んでいるけど……なになに?


「あなただけが知る特ダネ。学園の人気者情報募集?」

「そうよ。私考えたの。学園の真面目なネタばっかりじゃ、ダメだって。人は好奇心が強いでしょ。知りたいことや気になることが書かれてたら手に取ってくれるかもしれないじゃない」


 はぁ……それで……ゴシップ情報を募集とな。


「私自身、学園のあちこちに足を運んで取材してるんだけど、なかなか出てこないのよね。それで、こういう方法を思い付いたの」

「は、はぁ……」


 どうしよう。巴さん、めっちゃ真面目だ。めっちゃドヤ顔でカード切ってる……!


「た、丞くんはなんて?」

「丞? ああ、まだ戻ってない? 部長命令で、あちこち回らせてるの。このカードを置いてもらう場所の確保にね」


 ああ……丞くんの表情が浮かぶ……やれやれって感じで向かったんだろうなぁ。

 よく見ると、連絡先として書かれているのは巴さんのメールアドレスだ。こんな貴重なものをばらまくなんて! よしよし私も一枚いただいてしまおう。巴さんとは連絡先交換したけど、お互い同じメッセージアプリ使ってたから、メアドは知らないんだよね。

 さて……昨日は片付けだけで終わっちゃったし、私はどうしたらいいんだろう。


「巴さん。私はなにをしたらいいですか?」


 ゴシップ記事を求めてるということは、取材? か、カメラマンとかかな!? デジカメ持ってないんだけど、スマホなら……!


「うん。のどかちゃんには『藤ノ塚の歴史を知る』っていう定番のコーナーをお願いしたいの」

「藤ノ塚の歴史を知る――なんか、渋いタイトルですね」

「そうねぇ。創刊号からあるっていうから……」

「すごい! 何十年も歴史があるコーナーやらせてもらえるんですか!?」

「そう。お願いできる?」

「もちろんです!」


 巴さんにそんな大切なコーナーをまかせてもらえるなんて嬉しいじゃないか! 俄然やる気がでてきた! だけど、そんな私に渡されたのは小さな鍵だった。


「……なんですか? これ」

「資料室の鍵よ。これからはのどかちゃんの管理ね」

「しりょうしつ……」

「そう。新聞部の部室が一番小さな部屋に移動させられたのは聞いたでしょ? 置ききれなくなった過去の資料は、全部資料室に移動したのよ」

「はあ……」


 受け取ったのは、使い込まれた古い鍵だった。この学園で昔ながらのこんな古い鍵を使ってる部屋があるなんて。置ききれなくなった資料を急遽詰めこめたということは、元から使われていない空き部屋だったのかな。それなら鍵が古いタイプなことも頷ける。


「で。資料室ってどこなんですか?」

「北棟の5階よ」


 北棟……部室がある中央棟とは中庭を挟んで反対の、高等部の教室がある棟だ。

 今月号の締切は、中旬というので早速資料室に行くことにした。

 ええと……部室は中央棟の5階にあるから、資料室も同じフロアだ。東西どちらかのラウンジを通って行くことができる。いまだ賑わう他の部室の前を通ってラウンジに向かうと徐々に人の賑わいが遠のいた。教室のあるフロアと違ってラウンジも閑散としている。なんか嫌だなぁこの空気。北棟に着いたけど、人気ひとけがないんですけど……。

 廊下の片側にはドアがずらりと並んでいる。幸い、資料室は一番手前にあった。渡された古い鍵でドアを開けると、中は四方を高い棚に囲まれた狭い空間で、ひとつだけある窓のそばに小さな机がある全体的に薄暗い陰気な部屋だった。置いてあるものが古いからか、なんだか埃っぽい。ドア横のスイッチを押しても蛍光灯はつかない。切れてるのかな……まぁいいや。明かりが必要なほどの暗さではない。ちょっとでも陰気な雰囲気をどうにかしたかっただけで、作業は窓際でしたらいいだろう。それにしてもすごい資料の数だ。不自然な位置にある柱や蛍光灯から、圧迫感を感じるこの狭さは、ひとつの部屋を無理やりふたつに分けたようだった。

 ここでネタになる過去の資料を探すのか……なんだか想像していた部活動と違う……。少し残念に感じながらも、近くの棚からファイルを取り出して机に広げた。わぁ、手書きの新聞だ。歴史を感じるなぁ。写真も粗い。ほほう。昔はセーラー服だったんだね。

 手書きの新聞は紙自体が少し黄ばんでいることもあって、少し読みづらかったけどただでさえ学園のことを何も知らない私には新鮮なことばかりですぐに夢中になってしまった。無音の世界でじっくりと昔の学園生活に思いをはせていると、突然ドアを閉める音が響いて、私は心臓が飛び出るかと思うくらい驚いた。

 なに? なにごと!? 資料室のドアを見ても、誰もいなければドアが開けられた様子もない。第一、音は天井まである大きな棚の向こう側から聞こえてきた。


「荒れているな」

「ったく。今年の書記は使えないね。生徒会のメンバーは僕たちに選ばせてくれるって話じゃなかった?」

「仕方ないだろう。理事長の娘だ。それに、少し勝手が分からないメンバーだからといって一緒に仕事ができないのでは、俺たちもそれまでということだ」


 聞こえてきたのは、イラついたような声と落ち着いた声。この声は覚えている。先日の入学式で皆の注目を浴びる中、堂々と話していた諏訪雨音生徒会長だ。もう1人は誰だろう?


「そんなのは上手くやるよ。当然だろ。けど……面白いな。あの女、僕と雨音、両方に色目使ってた。――ねえ、雨音。どっちが目当てか、ちょっと遊んでみる? 好意のある素振りを見せたら、どっちにすり寄るか――」

「悪趣味だな」


 まったくだ! なんだその発言! 女子の敵だな!

 でも……なんで生徒会長の声が? 確かに横のドアには生徒会室のプレートがかかってたけど、廊下からは何も音が聞こえなかったし、こんなにクリアに聞こえるなんてなんだかおかしい。

 隣に人がいるなんて知らない2人は会話を続ける。


「でも実際、気にならない?」

「ならない。それに、そんな風には俺には見えなかった。和沙の思い違いだろう」

「それはないね。まぁ、そうやって遊ぶのはたまにならいいけど、ずっとあの調子じゃほんと仕事にならないよ。急ごしらえだけど、生徒会室の横に生徒会長室を作って良かった。さすがに長時間だと相手するのも疲れる」


 和沙……どこかで聞いたような……って、総帥の曾孫くんじゃないか!

 パーティーで見た、あの人の良い天使のような笑顔の下はこんな悪魔だったのかー! ショック!

 しかも……資料室が異様に狭い理由が分かった……生徒会長の専用の部屋を確保するために押しやられただなんて……この部屋、元々生徒会室とは続き部屋だったのかな。なんか……すごく居づらいんですけど……。


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