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創世のアルケミスト~前世の記憶を持つ私は崩壊した日本で成り上がる~  作者: 止流うず
二章・後『七歳から始める大規模プロジェクト責任者』
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074 東京都地下下水ダンジョン その18


 巨大な土管のような構造のダンジョンで人間とモンスターが正面からぶつかり合っていた。

「しゃあッ!! おらぁッ!!」

 神国の兵を率い、陽動部隊の一方面を任された獅子宮(レオ)は自衛隊員ゾンビの真正面に立って拳を腐肉で構成されたゾンビの肉体に叩き込んでいた。

 機動鎧は着ていない。獅子宮は今回、通常は戦場に持ってこない、獅子宮用にカスタマイズされた枢機卿服を着ていた。

 銀糸や金糸の装飾が施された道着のようなそれはこの戦場にあっても綺羅(きら)びやかに輝いている。

 この枢機卿服には、今回の戦いのために特別な付与魔法がかかっていた。


 ――付与はユーリが指示したものだ。


 獅子宮としては特別に作られた枢機卿服に消せない付与を行うことはどうしても嫌だった。

 そして機動鎧を着るつもりもなかった。レベルの高い自分よりも部下の生存のために装備を回し、自身は優れた自己回復アビリティやヒットアンドアウェイの戦法で戦うことを決めていた獅子宮に、ユーリは『防弾』『拳武器強化』『自動HP回復』などの付与加工(エンチャント)をするように進言してきたのだ。

 獅子宮はユーリのその進言を生意気だと一喝したものの、ちょうどその場にいた巨蟹宮(キャンサー)が自分もやってくれと言い出したために、どういうことか枢機卿服への付与を許可してしまったのだ。

(どーも俺はあの男(キャンサー)に弱い)

 あちらの方が頭が良いのかすぐに言い(くる)められるのだ。

 かといってそういう場で避けようにも役割上、似たような仕事をするせいか共に動くことも多い。

 協力関係にならざるをえないのだ。どうしても。

「おらァッ!!」

 とはいえ、この枢機卿服は戦いやすい、と獅子宮は思った。

(付与も馬鹿にできねぇな)

 筋肉の信奉者である獅子宮は、機動鎧のようなレアリティの高い装備を除いて、誰が何を作っても同じだと思っていたが、そうでもないらしいようだった。

 銃系攻撃の威力や出血の状態異常発生率を低下させる『防弾』スキル。

 これは銃から受ける衝撃は抑えきれないなどの欠点のあるスキルだったが、獅子宮のスキルである『武僧』にはそういったものに対応する『スーパーアーマー』というアビリティがある。

 そしてスーパーアーマーもまた単体では欠陥のあるスキルだ。受ける衝撃を0にし、その場に堪えるだけのスキル。銃持ち相手では蜂の巣にされるしかないもの。

 だが、防弾でダメージを抑えることでこれは有用なスキルへと変化する。

 体力回復系のアビリティを使いつつ『自動HP回復』でHPを回復しながら片っ端から殴りつけるだけで敵はどんどん倒れていくのだ。

(巨蟹宮然り、あのガキ(ユーリ)然り、頭の良い奴の考えることはよくわからねぇが……)

 ゾンビを殴り飛ばしながら、拳に宿る神聖な光に複雑な思いを抱く獅子宮。


 ――『祓魔術(エクソシズム)』という魔法がある。


 神聖魔法の一つ。獅子宮も巨蟹宮もほとんど忘れていたような魔法だった。そんな魔法を使えと提案してきたのはユーリだ。

 自衛隊員ゾンビは死体(アンデッド)なのだ。神聖魔法の一つである『祓魔術』がよく効く。

 ただし、祓魔術は近接攻撃に限定して効果のでる魔法だ。

 死霊や不死者に属する存在に対する『特攻』を発動された対象に付与するだけのもので、銃を多用する殺人機械や自衛隊員ゾンビばかりが出現する廃都東京では無用の魔法だと思われていた。

 それがどうだ。

 『防弾』や機動鎧によって生存率が上昇したことで近接攻撃が可能になった今、こうして獅子宮の拳で一撃で消滅させられる自衛隊員ゾンビたちを見よ。

 同じ接触型の魔法であるターンアンデッドと祓魔術が違うのは、一撃で不浄を浄化するターンアンデッドと違い、特攻を付与するだけの祓魔術ならば倒した者に経験値が入ると、ドロップアイテムが手に入るということだ。

(ほとんどあのガキの言う通りってのが気に食わねぇが……)


 ――評価しなければならないだろう。


 獅子宮にとって、この魔法はもともと無視に近い存在だった。

 獅子宮も治療系の神聖魔法は多様していたが、こういったものを使ったことは少なかった。

 基本的に獅子宮が相手にしているのは廃都東京の中層や深層で出現する自衛隊員ゾンビではなく、浅層で出現する清掃機械(ヒューマンクリーナー)や殺人ドローンといったものだ。

 たまたま迷い出てきた自衛隊員ゾンビと戦うにしても、遠距離攻撃と遠距離攻撃の戦いの場合、基本的にスマホ魔法での撃ち合いに終始するので祓魔術の出番がそもそもない。

 近接して殴り合うにしても自衛隊員ゾンビと殴り合う状況というのがそもそも相手に近づかれすぎて逃げ出せなくなっている状況なので、優先すべきと獅子宮が思っている、使い慣れた(・・・・・)様々な『武僧』アビリティを使うようなタイミングばかりだ。

(俺はちっと考えて戦うべきなのかもな……)

 獅子宮ほどの地位にもなると、戦闘での選択肢は多岐にわたる。

 状況把握や戦況への対応、使い魔の召喚、部下への指示、攻撃か、撤退か、調査か、回収か、部下たちの様々なスキルのどれを使うか、生存か自分を犠牲にして部下を逃がすか、剣か槍か拳か。

 ゆえに、自然と使用頻度の低い補助的な神聖魔法に関しては意識から抜けてしまう。

 そういうときに自然と案を出すべき人員も筋肉を中心に鍛えた近接スキル持ちばかりだ。

 もっとも、こういったアンデッド特攻が有効な亡霊戦車しかり自衛隊員ゾンビしかり、普段の神国周辺では見ないような敵と出会う状況が特殊なのだ。

 だから、案が浮かばないのも仕方ない(・・・・)と言えた。

「くそッ、だせぇな!! だせぇぜ!!」

「獅子宮様!?」

 獅子宮は拳の連打で自衛隊員ゾンビたちを倒しながら叫ぶ。突然の上司の言葉に部下たちも獅子宮から付与された祓魔術の武器で戦いながらも彼の方を向いてしまう。

「ガキ一人にいいように扱われちまってる! くそッ、俺ァ自分が情けねぇぜ!!」

 おい、と部下たちを見ながら叫ぶ獅子宮。

 部下たちは、はいッ、と叫びながら各々敵を倒していく。

 強敵である自衛隊員ゾンビを倒しながらの進撃なので自然と彼らのレベルも上がっていく。

「これが終わったら鍛え直すぞ! 俺もお前らもまだまだ強くなれる!!」

 自衛隊員ゾンビたちによる自動小銃による銃弾の雨を喰らいながらも武僧スキルの自己回復と回復魔法の同時使用によって耐えきった獅子宮は更に前進を進めていく。

 獅子宮の無茶な進撃を助けるのは、寄生マジックターミナルを量産したことで、彼のスマホに代わりに入れられた大量のパッシブスキルの存在もあった。

 如何に獅子宮のレベルが高くとも、これだけの集中攻撃を受けたならばほんの少し前の彼ならば一分も持たずに死んでいただろう敵の苛烈な反撃。

 それを助けているのが多くのパッシブスキルだった。


 ――しかし、この環境でそういった戦いができるのは獅子宮だけだ。


 機動鎧を着ていても負傷してしまう兵はすぐに下げられ、治療や装備の修理が行われる。

 全力で真正面から殴り合うために薬剤や補修のための資材は相応に減少していく。

 それでも獅子宮は前進を続けていく。攻められるときに攻めるのが獅子宮の戦闘スタイルだからだ。

 それが止まったのは、後方から兵が走ってきて、獅子宮にとある報告を伝えたためだ。

 それを聞いた獅子宮は口角を緩めるしかなかった。

「あのガキから、宝瓶宮の兵が送られてきたのかッ!」

「はい。錬金術師を始めとしたSRスキルもいます。我が軍で枯渇しかけていた物資も持ち込んでいます!」

「どこから湧いたかは興味があるが、正直に言おう。助かるぜ! わかった。存分にこき使ってやれ! これで進撃速度が上がるぞ!! 奴らを正面から撃破して、神国の強さをモンスターどもに思い知らせてやれ!!」

 獅子宮が士気をあげるべく大声で兵に情報を伝えれば、兵たちも応えるように武器を掲げて突撃していくのだった。


                ◇◆◇◆◇


「……なんだって? もう一度お願いします」

「陽動を行っていた磨羯宮(カプリコーン)様の使徒様、フィーアゲルン様の部隊が全滅しました」

「全滅? 全滅といったのか。送った我が兵はどうなった?」

「はッ、到着前に全滅の報が届いたのでこちらに帰還するよう指示を出させていただきました」

「それならいいが……全滅?」

 地図上の駒を取り除きながら主攻を担当している私と宝瓶宮(アクエリウス)様は地図を睨みつけた。

 全滅(・・)。全員死んだとかそういうことではなく、軍事的には組織的戦闘がとれなくなったという意味で使われる単語、だ。

 神国の軍隊は近代化されているわけではないし命令すれば最後の一兵まで戦うこともできるが、英雄でもない兵士がたった十数人で戦ったところで秒の時間も稼げるわけでもないので、今回はそういう状況になったら逃げてこいと命令してある。

 連絡を行っていた兵は、離れていたために生き残れたらしい連絡兵とまだ通信を行っている。スマホを片手に指示を仰いでくる。

「ユーリ様、生き残った兵はどうしますか?」

「作戦通りにこちらに帰ってくるように命令してください。護衛は必要ですか?」

「いえ、脅威は去ったらしいので移動するだけなら問題ないようです」

「脅威? 自衛隊員ゾンビにやられたのではないのですか?」

 スマホを片手に指示を出している兵は「モンスター側も全滅したんだな?」と確認をとっている。

 報告をするなら情報をまとめてからしてほしかったが、相手側もどうやら混乱したままのようだ。

「確認できました。掘削蚯蚓(トンネルワーム)に挟撃を受けたようです」

「掘削蚯蚓? たった一体のモンスターに? 大群できたとかそういうことではなく?」

 驚いた様子の宝瓶宮様が聞き返せば、兵は相手にそのままを聞き返す。

「どうやら準ボス級に相当する巨大な個体に背後から攻撃を受けたようです。そしてその巨大掘削蚯蚓が自衛隊員ゾンビも巻き込んでそのままこの敵生産施設に向かって移動をしているようです」

 その報告に私と宝瓶宮様は顔を見合わせた。困る。それは困る。

 そして私は磨羯宮様が攻略しあぐねている敵の銃座が何の為のものか理解した。

(我々ではなく、掘削蚯蚓対策か……)

 レベルが異様に高いのもそれでレベルを上げたのか。

 それとも亡霊戦車と同じように、大規模襲撃のために予め高レベルの個体が投入されていたのか。

「どうするユーリ? ゾンビどもとカチ合わせて漁夫の利といくか?」

「いえ、それは少しまずいです」

「まずい?」

 宝瓶宮様が言うように、カチ合わせて共倒れが一番だろう。

 だが私はガトリングを持った空挺部隊ゾンビのレベルが気になった。この戦いで神国の兵を殺しまくっているあの空挺ゾンビのレベルは70レベル帯に到達している。

 もちろん相手はアンデッドなのでどれだけレベルが高かろうと接触さえできればターンアンデッドで一撃で仕留めることができるが、ボス級モンスターを倒すことで奴に進化された場合、神聖魔法に対する耐性を取られるかもしれない。

(奴らは処女宮(ヴァルゴ)様より賢いからな)

 私の考えを聞いた宝瓶宮様がなるほど、と頷いた。

 私は植物紙に今までの情報をわかりやすいように書き直すと兵に渡す。

「この情報を磨羯宮様に伝達してください。掘削蚯蚓は必ずこちらが倒すこと。経験値の総取りとはいきませんが、これで多少は経験値が流れるのを防げるはずです」

 はい、と頷いた兵を見送りながら私と宝瓶宮様は地面(した)を見た。足元でも私たちの作戦は進行しているからだ。

「それで、こちらはどうなっていますか?」

「順調だよユーリ。距離もそうないからな。自衛隊員ゾンビのドロップアイテムから出た銃弾を解体した火薬で作った『ダイナマイト』。こいつをマジックスライムの体内に仕掛け、奴らの施設に潜入させ、同時起爆することで敵を倒せずとも施設を破壊する作戦。見事だよお前は」

「どちらにせよスライムが死にますから、失敗したらこちらも痛いですがね」

 ついでに言えば使った坑道も封じる。今我々の戦闘要員は磨羯宮様が前線に持っていっているために(ゼロではないが)坑道から逆襲された場合、こちらが全滅するからだ。

「私も完璧に成功するとは思っていない。だがそれでも、あの厄介な銃座のいくつかでも潰せれば御の字だろう」

 宝瓶宮様の言葉に私は、そうなればいいなと祈るような気持ちで頷く。

 話しながら自分の手に目を向ければ、手が震えているのがわかった。

 宝瓶宮様が怪訝そうに私を見たが、なんでもないとでもいうように私は送るスライムの選定を始める。

(キリルが来ているそうだが……)


 ――会えないだろうな。


 一進一退、一秒単位で状況が変わっているのだ。指揮を担う私が、そんな中で彼女に会うことは難しい。

 宝瓶宮様たちと会話するのだってかなりの無理を行ったのだ。宝瓶宮様が連れてきた兵を借りられたというメリットがなければ指揮を担う私が場を離れただけ。ただ全体を危険に晒しただけだっただろう。

 もちろんキリルと話すことはできる。

 だがそれで作戦に遅延が生じ、そのせいで兵が死ねば、このさき私は彼女と会話することに後ろめたさを持ってしまうだろう。

(それだけじゃない)

 我々が負けてここが落とされれば、宝瓶宮様たちが連れてきてしまったキリルも死ぬことになるのだ。

(正念場だ。やるしかない)

 胸を張って、彼女に会うために。



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