141 二ヶ国防衛戦 その12
神国領内の廃ビル地帯前に兵を整列させたエチゼン魔法王国の炎魔は、きしし、と可愛らしい少女の顔で先程声を聞いた、神国の子供使徒を嗤っていた。
――エチゼン魔法王国『十二魔元帥』『炎魔』。
魔女帽子をかぶった少女に見えるものの、その実態はレベル60オーバーにしてスキル熟練度80にまで達した、魔法王国……いやこの戦国日本における最強の将の一人である。
十年以上を少女の姿で生き、二度目の大規模襲撃ではモンスターの一軍を千体単位で焼き尽くしたこともある少女は馬鹿だなぁ、と敵国の使徒を笑っていた。
「王国歩兵に潜ませた間諜から連絡があったけどね、神国主力一万二千はニャンタジーランド領内にいるんだってさ! ユーリくんだっけ? すごい詐術だよね。自信満々でさ、殺戮させないでください~~って、ふふ、お可愛いことだよね」
炎魔の使徒である美しい女性二人が、炎魔の言葉に恐れながらも、こくこくと怯えながら頷く。
炎魔の使徒たちは、もともとは炎魔と同年代の少女たちだったが、十年の時で両者の間には、権力にも、強さにも、恐れあうだけの差ができていた。
「殺戮するのはこっちだっての……首都アマチカについたらコンクリート壁に隕石叩き込んでやる。神国のアホどもは皆殺しだよ」
SSR『獄炎魔導士』、それが炎魔のスキルだ。
そしてそんな彼女が魔法王国独自の魔法ツリーの影響を極限にまで受け、魔法王国の国民特性を十分に発揮した『炎魔』の必殺技を発動すれば、小さな都市や砦などなら容易く破壊できた。
必殺技には一日一回の制限があるものの、そんなもの対陣しながら毎日撃ち続ければいいのだ。
分厚いコンクリートだろうがなんだろうが炎魔には関係がない。
「おっと、そろそろうちの番かな……」
目の前では神国がなにかしただろう廃ビル街を突き進んでいく人魔の頑丈奴隷部隊の最後尾が見える。
罠があっても先行する奴隷部隊がなんとでもするだろう。
だから炎魔は気にせずに進軍を命じた。背後からは七龍帝国が続き、脆い魔法部隊の背後を守ることになる。
とはいえ、この戦いが終わったあとも同盟を組む仲だ。
せいぜい極まった魔法の頼もしさと恐ろしさを教えてやろうと、きしし、と炎魔は嗤うのだった。
◇◆◇◆◇
廃ビルの壁の中に埋め込まれた機械があった。
否、機械というより分類は殺人機械だった。
それは神国兵に破壊されたあと、機能を修復され、神国で育成されたレアメタルを埋め込まれていた。
――寄生され、乗っ取られていた。
もともと偵察鼠と呼ばれたそれには『監視』『偵察』『仲間を呼ぶ』機能しかない。
ただレベルが上がれば機能も進化し、『破壊工作』などのスキルも覚えるが……それでも弱いとされるモンスターだ。
唯一の驚異は『仲間を呼ぶ』スキルではあるが、それにも有効範囲があった。
そう、偵察鼠の狭い通信範囲内に存在する殺人機械しか呼べないのである。
だから驚異とは言い難いが、総じてめんどくさいと思われているモンスター。それが偵察鼠。
それが、連合軍の進む廃ビル地帯には埋め込まれていて……否、否である。
高レベル殺人機械がねぐらとする旧八王子領域まで、レアメタルを寄生させられ、色を塗られ、偽装を施された偵察鼠が、その通信範囲が旧八王子領域まで繋がるように点々とビルや地面に埋め込まれていた。
――『人間三万発見。人間三万発見』
廃ビル地帯に放った偵察鼠から偵察鼠へと報告がされていく。
その報告は、流れ流れて、とある者の耳に届く。
それを聞いた者は、隣接地域とはいえ、どうしてそこから通信が入ってくるのか不思議だったが、まぁいいか、と兵を放った。
隣接するエリアとはいえ、その者がユニットを動かす際には一定の制限が課せられているが、自衛であるなら問題はない。
前回の地下ダンジョンは失敗したが、今度はうまくやれるといいな。
そんな誰かの気持ちを乗せて、旧八王子領域から手始めにと、足の早い迷彩殺人ドローンの大軍が高速移動をはじめた。
◇◆◇◆◇
「ユーリ様、兵とスライムの移動が終わりました」
「そうですか、ありがとうございます」
廃ビル地帯地下に作った指揮所にて、インターフェースを見ながら私は小さく息を吐いた。
――偵察鼠はうまく働いたらしい。
事前に散々実験をしたので心配はしていなかったが、レアメタル寄生偵察鼠でもきちんと『仲間を呼ぶ』ことができた。
もっとも我々にとっての仲間ではないので、神国兵も見つかれば殺されてしまうが、こうして地下に隠れている分には問題はないだろう。
連合軍は気づいていない。
それは失敗しないように、露見しないようにこの作業に関しては凄まじく慎重に行った成果だ。
(偵察鼠に関しては様々な兵を介し、全貌がわからないように作業を行ったしな)
偵察鼠へのレアメタル寄生は私が行った。
私のインターフェースに表示された地図では、ところどころに設置した偵察鼠からの報告がリアルタイムで反映されている。
(それと、そろそろスマホの通信機能は使えなくなるな)
あのレベル帯の殺人機械は『妨害電波』の機能を持っている。
スマホ魔法は使えるがそれだけの箱になる。
そんな状況なら、自動SPを補給し、命令すれば自律して魔法を放ってくれるマジックターミナルの方がまだ有能だろう。
ちなみに当然だが我々もスマホでの通信はできなくなる。
だが私たちは寄生偵察鼠のライト機能を使って簡単なモールス(正確にはモールスとはちょっと違うが)通信が使えるのだ。
しかし帝国と魔法王国にそのような備えはないだろう。これで奴らは本国との連絡が断たれることになる。
ここで起きたことは、帝国も魔法王国も何もわからなくなる。
――連合軍を率いるそれぞれの君主ですらわからなくなる。
(私は処女宮様のインターフェースの仕様から、お前たちのインターフェースが情報を収集するフラグを知ってるんだよ)
かつて私が隠匿したレシピが処女宮様のインターフェースに登録されなかったように、都市偵察に出た獅子宮様が私たちに報告するまでその報告内容が巨蟹宮様のインターフェースに記録されなかったように、『報告』をフラグとしてインターフェースが情報を登録していることはわかっている。
我々国民がスマホを与えられているのはそのためだ。
おそらく国民のスマホからインターフェースに位置情報や生体情報などが飛んでいるのだろう。
逆にかつて私が処女宮様から権限を貰い、使徒のインターフェースから信仰ゲージを消費しつつ様々な命令を出せたように、国民が所持するスマホを介して他国の君主も直接的な命令を支配する国民に出すこともできるはずだ。
それを私は断絶してやることにした。
神の視点から状況を判断した君主が撤退を指示しても、間に合わないようにしてやる。
――話してもわからないなら、何もわからないままに死ねばいいのだ。
この廃ビル地帯から少々の平野を挟んで存在する、殺人機械どもの領域である旧八王子地帯。
そこから続々と放たれる殺人ドローンの集団。他にも自衛隊員ゾンビに、亡霊戦車清掃機械と少々懐かしさすら感じるモンスターたちが続く。
あとは……見たことない奴もあるな。歩行銃座、亡霊装甲車などの神国のデータベースになかったモンスターだ。
怪物どもが見慣れたような、見慣れないような、そんな日本にいる。頭がくらくらしてくる。
(というか、この日本には少しだけ変化があるんだよな)
大怪獣らしきものが這ったからできた『這いずり平野』とかそういうものではなく、それは誰かが意図的に与えた変化だ。
例えば資源の配置などに意図的に偏りがあるとかそういったものだ。
だからこの廃都東京では木材がほとんど採取できない(資源を偏らせて戦争をさせたいものがいる?)。
東京だって二十三区外には山だの森だのがあったのに、それが廃ビル街に変わっているのだ。
つまり都道府県ごとにアイテムのように『属性』を与えられている?
この東京の属性はいうなれば『都市』『汚染』『機械』などだろうか?
それが出現モンスターにまで影響を――現実に意識を戻す。
(気にはなるけれど……あとだな)
偵察鼠どもから様々な報告を貰いながら私は、さて、どのあたりでやってやろうかと唇を舐める。
狙いは共倒れだ。
――免罪符は得ている。そのために通話を私はしたのだ。
泣いて頼んでわからないなら、もういいさ。
お前たちがやりたかったことを、神国抜きでやってくれ。
◇◆◇◆◇
最初にそれに気づいたのは、廃ビル地帯にようやく侵入を果たした、七龍帝国の白龍鎚が率いる精鋭山岳歩兵部隊の一人だった。
石材破壊に使えるハンマーと木材破壊に使える斧の両方の効果を持った特製長柄斧を肩に担いで歩くその男は、ふと気になってビルとビルの間の脇道に入ってみた。
山中での偵察兵も兼ねる山岳歩兵の悪いクセだと思いつつも、神国が罠や偵察兵を脇道に配置していないか気になったのである。
とはいえ隊列から離れた彼に対し、すぐに部隊長を務める壮年の兵から叱責が飛んだ。
「おい! 何もねぇから、さっさと進むぞ」
「あ、いや。なんにもねぇってことはないっすよ。ほら」
「ほら、ってお前」
男が指差したものは、ただの瓦礫の山だ。捨てる場所に困ったのか脇道を塞ぐように瓦礫が積み重なっていた。
大通りが瓦礫一つなく進みやすいのに対し、脇道は全てこんなものだった。
「貿易用の中継地点だったんだっけか? わざわざ大通りを掃除するのもいいがこの瓦礫は、鉄骨にコンクリートぉ? こんなところに置かずにちゃんとスキルで素材に加工すりゃいいのによぉ」
男は長柄斧でガンガンと瓦礫を叩くが、この瓦礫の山を破壊するには少々以上の時間が必要そうだった。
もっとも破壊する必要はないが、破壊工作も得意とする山岳歩兵の習性として、障害物を見ると壊したくなる欲があった。
「ったく、いいから早く隊列に戻れ」
「了解っと。しかしこんな立派な廃ビル街に兵を置かねぇってのももったいない話っすなぁ」
「神国は王国側の戦場に兵を出しているらしいからな……主力が戻ってくるまで首都アマチカで籠城するつもりなんだろう」
「あー、めんどくさいっすね。あ、首都襲うときはちゃんと略奪ボーナスタイムくださいよ」
わかったわかった、と言いながら部隊長がその兵の肩を掴み、隊列に戻ろうとした瞬間。
――上空より連続した銃声が響いた。




