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120 八歳 その13


 旧山梨県にある七龍帝国帝都『ナーガ』。その帝城の一室で転生者にして、皇帝たる女帝イージスは配下の報告を聞いていた。

 ひざまずいた配下は二名、帝国にも名高き十二人の幹部『十二龍師』である『炎龍槍』と『白龍鎚』である。

「ほう? 神国が大使館を撤退させたと?」

「はい。大使館員や商人も全員帰国しました」

 女帝の問いに丁寧に応える白い鎧を着た巨漢、白龍鎚。

「ま、当然だな。それで殺したのか?」

「いえ、流石に外交官を殺したとなれば他国から批難を受けましょう。無事に返しました」

 なんだ情けない、といった女帝のため息を肩を竦めてみせる白龍鎚。

 そんな女帝に対し、脇に控えていた老人が残念そうに言った。

「これで神国からのワインの輸入はなくなりましたな。私はそれのみが残念ですな」

 宰相ヘルペリオン、帝国の内政を担当する老人の言葉にイージスは緩やかに微笑んでみせる。

「神国を潰し、技術ツリーのレシピを収集すればワインなどいくらでも手に入る。『炎龍槍』、『白龍鎚』よ。ただし、きたる神国との戦いにおいて、白羊宮(アリエス)宝瓶宮(アクエリウス)は殺すなよ。奴らは確保し、我らで使うのだ」

「はッ、我が兵にはよく言い聞かせておきます」

処女宮(ヴァルゴ)は必ず殺せ。邪神たる女神アマチカの予言をもたらすあの女は邪魔だ」

 力強く頷く配下に気を良くしながらそれで、と女帝は報告書を見て眉をしかめる。

「国境が封鎖された、というのは?」

「国境というよりは旧神奈川領域傍にある物資集積所ですな。神国がこの地点の廃ビル地帯を防衛拠点に改造し、我が帝国の情報経路を遮断するつもりのようですぞ」

 赤い鎧を着た巨漢、赤龍槍の説明に白龍鎚が補足する。

「神国に駐在していた外交官や商人なども帰国させられました。神国は完全に我が国との外交を断つつもりのようですな」

「スパイの存在に気がついたか。あの馬鹿国家にしては賢い……だが、ほう、この地点に拠点を作られると面倒だな」

 女帝の言葉に十二龍師たちは頷く。

「この防衛拠点建設予定地の両脇が殺人機械の領域ですから、押し通れば大きな被害がでるでしょうな」

「なるほど。この拠点を無視して進んでもいいが、神国が籠城し、戦いが長期化した場合の補給路が問題だな。ここはやはり落とす必要がある」

「ただし、これらの都市を拠点化するにも時間はかかるでしょうから、不戦条約の期限が切れるまでには完成しないと思われます」

 帝国が攻め入るまでの期限は三ヶ月もない。

 王国からの情報によれば神国は港の整備や船の建設などにも生産スキル持ちを当てているらしい。

 ゆえに帝国情報部の見立てではこの防衛拠点は侵攻時にも完成しないと推測されている。

 また帝国は神国攻めの際には神国の首都であるアマチカのコンクリート防壁を抜けるように、破城槌などの攻城兵器を持っていく予定である。

 帝国側にとっては、この地点が多少強化されようと問題ないとの考えだった。

「ふむ、それで拠点設営の責任者は誰だ? それぐらいは調べられただろう?」

「神童ユーリと呼ばれる処女宮の使徒のようですね」

「神童……子供か?」

 女帝の驚いたような言葉に炎龍槍が肩を竦めて答えてみせた。

「神国から帰国途中の帝国の外交官からは、我が帝国との不戦条約交渉の責任を取らされて左遷させられたとの報告が入っております」

 彼らはまだ帰国していないがスマホを使った通信で得た情報だ。

 女帝は嘲笑うように報告書を眺める。あの子供か、と転生者会議で見た子どもの姿を思い出していた。

「神童ユーリ、突然変異の高ステータスユニットなんだろうが所詮は子供。そんなものに大事な国境の拠点を任せるとはな。神国は我が国が本気ではないと考えているようだ」

 女帝の嘲りに十二龍師の二人も同調する。

「呑気な神国は不戦同盟が切れるまでは我が国が攻めてこないとでも思っているのだろうな」

「神童が本国に救援を求めたときにはもう陥落している、そういうことになりますな」

「貴様ら、子供は殺すなよ。そこまで優秀ならば捕虜にして我が国で使ってやろうではないか」

 帝城に女帝の高笑いが響いている。

 戦争の足音が神国へ近づいてきていた。


                ◇◆◇◆◇


 そうして私はワニ車に揺られて防衛拠点予定となる土地へとたどり着いた。

 帝国との輸出入を管理していた廃ビル地帯。

 崩れたコンクリートや割れた窓ガラスなどを見るとなんとも物悲しい気分になってくる。

(さて、まずはどうするかな)

 護衛を担当していた兵士の方に礼を言い、厩舎に向かうワニ車を見送りながら私は周囲を見回した。

 ひまとまず事前の防衛計画書通りにできているかの確認をすべきだろうか?

(ふむ、見た感じサボってはないようで一安心)

 廃ビル地帯の瓦礫が撤去され、兵が通りやすい通路になっていることに安心する。

「ちゃんとできてますね」

 私はさて、と他の場所も見て回るかと歩き出せば、遠くから兵が駆けてくるのが見えてくる。

「ユーリ様!!」

 兵が傍に来るまで暫く待ってから、私がそれが知り合いだということに気づいた。

 あの地下でお世話になった要塞建築家のベトンさんだ。

「ベトンさん! お久しぶりです!!」

 ガタイの良い男性兵士であるベトンさんを見上げながら私は彼が差し出してきた手を握り返す。

 力強い大人の手の感触におお、と私は楽しくなる。やはり筋肉はいい。

「なんとか前回のことで出世しまして、ここの建設部隊の隊長を任じられました」

「出世ですね。おめでとうございます」

 ありがとうございます、と八歳児に頭を下げるベトンさん。その恐縮しっぷりには驚くが一応私のほうが上司なのだ。

 ベトンさん側にはなにか言いたそうな雰囲気があるが、たぶん左遷のことだろうと無視し、実務に入ることにする。

「それでどうですか? 指示通りにやっていただけていますか?」

「瓦礫の撤去と外周部の廃ビルの強化ですよね? なんとかやってます。それと撤去した瓦礫の設置場所はこのような感じでよかったのですか?」

 ベトンさんにスマホの画面を見せられる。

 そこには廃ビルと廃ビルとの間を塞ぐように瓦礫が積み重ねられている写真が表示されており、私は、大丈夫です、と頷いた。

「ありがとうございます。小道は潰して廃ビルの入り口や窓もなるべく塞いでくださいね」

「あの、それでは我々もビルを利用できないのでは?」

「それはあとで説明しますので……ふむ?」

 どうしました? と聞いてくるベトンさんの身体は埃に塗れていた。

「そうですね……まずは各地を見て回りましょうか。それと休養のための施設などはどうなってますか?」

「はッ! ユーリ様の宿舎はきちんと用意させていただきました!」

 そうではなく、と私は集まってきた兵たちを見ながら片手を上げる。私を見た彼らが喜びの声を上げるのを見ながら私は、汚れて(・・・)いるな(・・・)と兵の様子に心配になる。

 力仕事などが多いとは言え、兵たちの臭いもよくない。風呂に入っているのだろうか? これでは病気になってしまうかもしれないな。

 神国の建築や鍛冶、錬金術スキル持ちが二百名ほど集められた防衛拠点作成部隊。

 あとから宝瓶宮様の部隊や天蠍宮(スコルピオ)様の部隊などからさらに二百名ほど送られてくる予定だがうまく使わないと彼らが疲れてしまう。

(まずは休養施設の作成を優先するか……毎日風呂に入れるぐらいの環境を作ってやって……それと兵の休養計画も作らなくてはな)

 苛烈な労働に耐えられる信仰ゲージがあるとはいえ、毎日働かせていては逆に効率が悪くなってしまう。

 ここで週休二日制の基礎を作ってしまおうか? 神国では兵の身分はそれなりに高い。

 帝国との防衛で功績を上げるだろう彼らが本国で週休二日制を応援してくれるようになるなら心強い。

 ベトンさんに案内されながら私は兵舎などの様子を見ていく。

「これが兵の宿舎ですか?」

「はッ、視察が来るとは思わずそこまで綺麗ではないのですが……」

「初夏ですからそこまで気温は高くないでしょうが……兵は暑がっていませんか?」

「いえ! 我慢できますので!! 気を使っていただかなくとも大丈夫です」

「そういう意味ではないのですが……」

 作業効率を気にして聞いているだけだ。

 熱中症対策に水と塩を与えたほうがいいな。一応、巨蟹宮様や獅子宮様に報告を送っておくか。

(温度対策か)

 神国の兵のローブは生地はそこまでよくない。スキルをそこまで付けられないがなにかスキルを削って耐暑スキル付きの夏用ローブを申請してみようか?

 ううむ、殺人機械との偶発的な遭遇を考えると防具の性能を落とすのはあまりよくないんだが……装飾品で作れないか磨羯宮様に相談しておこう。

 兵舎の中に入り、中を見て私はうーむ、と唸る。ベトンさんがなにか言いたそうに私を見てくる。

「あのー、なにか落ち度でも……?」

「いえ、落ち度はないです」

 なんでも彼の責任にしてしまうと可哀想だ。

 しかし、兵士の寝床の質がよくないな。

(本国から布団も送ってもらったほうがいいな)

 このぺらぺらの煎餅布団では疲れもとれないだろう。

 ただし国の予算を使えば左遷されていきなりそういったものを注文する私の常識が疑われかねないので、私の個人的な資産から出すことにする。

 あれこれとレシピだの発明だのの報奨で金だけは溜まりに溜まっている。

 兵士二百人分の布団を用意する程度ならわけはない。一応、増援分のも申請しておくが。

「次は食事の方をお願いします」

「そ、そこまでなさるのですか!?」

 驚くベトンさんの尻を蹴飛ばしたくなる。

 現状、二百人しかいないんだ。彼らをうまく働かせないといけないのだ。

 私は、あれこれ指示したり、叱ったりする前に、私の有用さを彼らに認めてもらう必要があった。



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