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迷走記  作者: 法相
七章=大団円=
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七章二幕=大脱出=

 深い。あまりにも深過ぎる。

 高垣千代は自分の主人である青年が陥没させた地面を見て驚愕した。

 推定でも百メートルはあるこの大穴は悪魔憑きですら落ちればただでは済まない。この深さでは這い上がることも困難だ。


「主人様……!」


 決死の行為であった、ということは千代にも理解できる。けれどもこれは……龍臥は本当に帰ってこれなくなるという恐怖が襲った。

 そしてほどなくしていやな地響きが聞こえる。

 もう程なくしてこの大穴は底にいる二人を逃さないように土が崩れていくのだろう。

 けれども時間が足りない。

 彼女の速さは鉄華領でも折り紙付きだ。しかしこの深さはどうあがいても間に合うものではない。


「……でも」


 千代は諦めたくなかった。ようやく全てが円満に解決しそうだというのに、それをこんな形で終わらせていいはずがないのだ。

 全速力で挑めば万に一つの可能性がある、そのくらい低い可能性。

 だがその程度で諦めるほど千代は弱くない。


「主人様、今参ります!」


 決意して踏み出そうとする。


『ごめんけど、その役目は私がもらってくわね』


 肩を掴まれ、踏みとどまらされた。


「ひ、ひび姉!?」

「私に任せて!」


 返事を聞かず、千代の肩から手を離して風峰響は走り出した。

 すでに身体はボロボロであるにも関わらず、けれども誰よりも速く深い穴の中へと飛び降り……駆け抜けた。

 土は刻一刻と崩れ落ちていき、その速さはほんの数十秒にも満たない間に龍臥たちを飲み込むことは明白であった。

 されども響の速さはそれ以上だった。

 砂粒より素早く、けれども確実に龍臥の元へと向かっていく。

 身体に激痛が走る、そんなものは無視する。

 不安はある、それでも駆け抜ける。

 すでに限界を一度超えたのだ。ならば今やっていることは許容範囲で、さらに無理をするだけのことだった。そうするだけの価値はある。

 だってとても大事なことを思い出したのだから。龍臥は響にとって、世界を超えた想い人なのだ。

 以前伸ばされた手を響は掴むことはしなかった。汚れきった自分を恥じて、龍臥には相応しくないと思っていたから自ら死を選んだ。

 そのことが龍臥を苦しめた。


(きっと、黄金をどうにかできたらもう余力なんて彼は残さない)


 龍臥がそういうことを考えていると、響は確信しており、事実その考えは正解だった。

 すでに龍臥は最深部で意識を失って屍のように動かなくなっている。

 けれども、ああけれども響はここで彼が死ぬことを絶対に許さなかった。

 目にも映らないその速さを最大限以上に引き出し、痛覚を無視した強行軍。

 そうでもしなければ龍臥に合わせる顔もなく、また受けるべき当然の痛みだと確信している。


「……み、つけた!」


 転がり完全に意識を失っている龍臥を見つけ、すぐに背中へおぶる。

 意識はないが呼吸はある。


「龍臥くん、絶対に助ける、から……! もう少しだけ我慢してね」


 歯を食いしばって、再び駆け出した。

 万全の状態でないとはいえ、一人の男性を抱えるのは問題ない。だが速度はどうあがいても落ちてしまう。

 ましてや登りは砂粒に逆らう形で負担も下の比ではない。飲み込まれれば、もろとも死ぬだろう、


「な、めるなぁああああ!!!」


 死にものぐるいで風を足に纏わせ、駆け上がる。


(もう二度と能力が使えなくなってもいい! 今度こそ、龍臥くんが伸ばしてくれた手を……無駄にしたくない!)


 すでに響は報われている。そのことを龍臥に、生きて伝えなければならない。

 地上まで後十メートル。

 もう少し、あとほんのもう少し頑張れば……!


(だから、もう少しだけ踏ん張りなさい! 私の足!)


 響の限界を超え酷使した足はすでに傷だらけになっており、皮膚は破け骨も見えていた。

 諦めない、諦めてなるものか!

 気がつけば響は吠えていた。もう助けられるだけじゃなく、きっと助けてみせる。

 風峰響として、桂響として、鳳龍臥を助け出すのだと。


『ひび姉ぇえええええええええ!』


 愛しい幼なじみの声が聞こえ、直後に彼女の目前に蛇が現れる。

 とっさにその蛇を捕まえ、最後の力を振り絞って駆け上がり腕に巻く。


「千代ちゃん、お願い!」


 叫んだ直後、グン、と勢いよく二人の身体は上へと引き上げられる。

 そしてそのまま、脱出に成功した。


「……あ、危なかった」

「主人様、ひび姉!」

「千代ちゃん、助かったわ……あの蛇呼んでくれなかったら終わってたかも……」

「いえ、私一人の力では……」

「素直に受けとれよ忍の嬢ちゃん。お前さんの能力なかったらこの二人はお陀仏だったんだぜ」

「紅龍……そうか、どうりで最後一気に引き上げられたわけね」

「力には自信あるからな。さて、あとは任せときな。大将首が落ちたなら残りは俺たちだけでどうにかしてやる」

「それじゃあ、お言葉に甘えて……」


 苦笑しつつ、緊張の糸が切れたせいか、響は再び意識を失った。


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