六章九幕=策=
思い切り踏み込んだ拳は互いの顔面にぶつけられ、クロスカウンターのようになる。
この一撃は、重い。だがそれでも……
「さっきまでほどじゃねえなぁ黄金ぇ!」
明らかに威力は落ちている。
手加減などこんな状況でコイツがするわけもない。つまり今のこの一撃が全力であることを示唆していた。
そして拳に特殊な属性付与がないことから考えても、今までの驚異的な付与能力はあの剣だったわけだ。それに加えて身体強化も加わったのなら響さんの速さに対応できたのもうなずける。
そして睨んだ通り、やはりコイツ自身の悪魔憑きの能力は不死身の方だ。
「それがどうした! 僕は死にさえすれば完全回復する! お前らの敗北に変わりはないだろうが!」
黄金の言うことはもっともだ。だが、コイツは馬鹿なのだろうか。
俺にそんなことが『関係ない』のは今に始まったことじゃないと言うのに。
「お前こそボケがはじまったか!? それこそいまさらどうしたってやつだ!」
右の頬を殴られれば左の頬に打ち返し、完全な拳による泥仕合。このままでは一方的に消耗するだけの俺では勝ちの目はない。
だから全力の拳、と見せかけてフェイントでサマーソルトキックを顎にぶちかます。
「ごふ……!?」
のけぞった。
続けて全力で頭突きをかまし、人中に乱打を叩き込む。
人間の最もわかりやすい急所はここにある、と昔母さんに教わった。鳩尾、鼻、金的。
その全てに全力の拳と蹴りを叩き込む。並の人間同士でも下手すれば命に関わる急所への攻撃は人を超えた悪魔憑きの身にも効果的面のようで黄金は痛烈に叫んだ。
「あぅがぁあああ!? お、おと……りぃいいいいいいいい!?」
「死なない、な。だがこれでいい」
「何を言って……ぁ、ギィ……?」
黄金の動きが緩慢になっていき、地面に膝をつける。ようやく、だ。
「千代さんの毒蛇、ようやく効果が現れたか」
「ぁ……ん……ら……とぉ……!?」
「何、簡単な話だよ。すぐに効かなかったんだから待てば効くかもってな。そのための殴り合いだったわけだ」
とはいえ、そのためにもらったダメージは無視できるものじゃない。
なんならもう俺の体力というか制限時間はとっくに過ぎているくらいだ。前回のこいつとやりあった怪我も開いてきているし、なんなら呼吸をするだけで痛い。
だけど、もうすぐで終わる。これが俺の……最後の仕事だ。
「なぁ黄金、お前がいる以上鉄華領に安息はこないだろう。だから、ここで終わらせてやるよ」
どう考えても、俺にはこの策しか出てこなかった。
足元に意識をやり、俺と黄金のいる範囲の地面を操り、柔らかくする。
俺が考えたコイツをどうにかする方法は、地面の中に沈めるという方法だった。いくら死なないと言っても半死半生の状態で沈めれば……身動きが取れない。
ただ柔らかければ脱出される恐れもある。今の俺ではコイツを止められるほどの硬さを出すには離れて操っても強度が足りなくなる。
「さぁ、心中と洒落込もうぜ黄金ぇ!」
「……!? やぇ……!」
意図を察したのだろう、黄金の顔は見るからに真っ青になっていく。
その間にも深く、そしてわずかばかりに周囲にも見てわかるように地面を陥没させていった。
すでに深さは百メートル近い。悪魔憑きといえどこの深さから脱出するのは不可能だ。
「これで、終いだ」
すでに力はほとんど入らない。文字通り最後の一撃だ。
「響の仇……とらせてもらう」
「==D{}pふぃs@:@_fsぷお0!?」
喚く黄金の言葉を聞き流し、土をまとわりつかせ確実に、堅める。固めて硬くする。何重にも層を作るように、脱出など許さぬように。仮に破ったとしてもさらに奴を絶望させるために。
これでようやく終着点だ。俺が響と一緒の場所になんて行けるはずもないけど、これでいい。
ああでも……響さんの顔が脳裏を過ぎる。
ほんの短い時間だったけど、彼女と過ごした日々は俺にとってかけがえようのないものだった。だから、少しだけ悔やむ思いもある。
けれど一番の後悔は……
(ちゃんとお別れ、言えなかったな……)
ふと、力が抜ける。もうこれで全てを出し切った。
後はコントロールを失った土が元に戻ろうと土砂崩れを起こすだろう。
意識がまどろみ、どんどんとまぶたが重くなる。
響……これで許してくれよ。俺ももうすぐ……




