五章一幕=間者=
「入るよー」
ノックする音が聞こえ、三人揃って我に帰り扉の方へ視線を向ける。
まだ扉は開いてこそいないが、確かに人の気配がした。
「ど、どうぞ」
急いで袖で涙を拭き取り、返事をする。ふと視界に入った響さんも袖で顔を拭っていたのが見えたのでどうやら彼女も泣いていたらしい。
二人とも泣き虫ね、と言った割に自分も泣いていたのか。しかし声音を変えずに泣いていたとはやはり恐れいる。
(伊達にお姉ちゃんやってたわけじゃないってことか)
そういえば一度か二度、元の世界でも響を慕っていた子がいたな。名前はなんだったか……
「やぁ鳳くん。生きててくれてなによりだよ」
「あ、ありがとうございます」
「お気になさらず。さて、千代から少し話は聞いたけど……黄金とやらは殺しても死ななかったんだって?」
「はい。確かに心臓を貫いて握り潰したはずなのに生きてました。加えて確認できただけで四種類の能力を使用していました」
「どんなカラクリがあるんだか知らないけど、想像以上に厄介な敵であることは間違いないわけか」
「俺があそこで殺し切れていたら違ったんでしょうが、すいません」
「いや、予想外の出来事だからしょうがない。死んで生き返るなんて言うのは本来ありえないことだ。だから、それを踏まえて対策をとろう」
俺たちは黙ってうなずく。
現実は現実として受け取り、そこからどう対策するか。それが人間のやることだ。
殿様は俺たちの近くに座り、紅龍さんもあぐらをかいて座った。いわゆる軍議というものになるのか。
「まず僕たちの勝利条件を確認しようか」
「「「テラサイトをぶっ潰す(でござる)」」」
俺以外の三人が口を揃えて断言する。
すると殿様は「気持ちはわかるけど違う」と前置きをして言葉を紡ぐ。
「確かに三人の言う通り、ぶっ潰せたらそれが一番ではあるけど現状でそれが難しいのは全員わかってるよね」
「……はい。戦力の質はまだしも数が多すぎるので我々の戦える人間だけではどうあっても手が回りきらないかと」
「そういえば鉄華領で戦力になる人間って俺ら含めてどのくらいなんですか?」
「頑張って三百人っていうところね」
「テラサイトは?」
「優に二千は超えてるんじゃねえか? こないだ俺が二十人は殺したから減っちゃいると思うが微々たるもんだろ」
涙が出そうなほどの戦力格差だった。約七倍って言うのはちょっとやそっとじゃ覆せない数字だ。こちらの戦力が全員悪魔憑きっていうのなら話は別だけどあいにくそんなわけはない。
中々に絶望的だ……と、思った時だった。
「……そういや黄金の奴、不思議なこと言ってたな」
「不思議なこと、というと?」
「あ、はい。俺もあいつもここでは初対面で、かつあいつもそれを肯定してたんですが……『彼が言ってたように女顔』って言ってたんですよね」
「……本当かい?」
「間違いないです。よく考えたら彼って一体……」
「間者に間違いないね。だからそこから漏れて千代たちが捕まったのか……」
チッ、と珍しく憤りを込めた舌打ちをする殿様に少しびびりつつ、千代さんの方を見る。
「千代さん、大丈夫?」
「気にかけてくださりありがとうございます、主人様。私は大丈夫です……そも、間者がいたのならば気がつかなかった我々の不始末です。申し訳ありません殿」
「それを言ったら僕もだよ、千代。すまない」
……こんなに部下に謝る城主っていないんじゃなかろうか。
でも決めるところは決めるし、人柄もいいから慕われてるんだろうなきっと。
「でもこんなタイミングで間者がいるってなると、どうします? 俺は基本的に響さんと千代さんの二人としか交友ないからわからないですよ」
「そこは私にお任せいただけないでしょうか。不肖、この高垣千代が間者を見つけます」
じっと俺を見つめる千代さん。
それを言うのならば殿様にではなかろうか、と思いつつも誰も文句を言うようなそぶりはなかった。
むしろ殿様は無言でこっちを見て目で合図を送る。
おそらくは俺に任せると言うことだろう。
「……わかった。お願いするね千代さん」
「はっ! 必ずや間者を捕まえてご覧にいれます!」
気合が入っていた。とはいえ、ここはもう一つ俺もアドバイスというわけではないが耳打ちしとこうか。
「千代さん、一応可能性としてなんだけど……」
「はい……わかりました。その方向性でも調べます」
「ありがとう。でも怪我しないようにね?」
「ありがたきお言葉」
さっと頭を下げる千代さん。
「では、早速調べてまいります。ひび姉、主人様をお願いします」
「言われるまでもないわよ」
二人は微笑み、千代さんはすぐに部屋から出ていった。




