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迷走記  作者: 法相
四章=過去=
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四章三幕=追憶一=

 ほどなくして殿様に報告を終えた千代さんが戻り、俺たちの空気の変化を感じたのか少し不安そうに「なにかあったのですか?」と聞いてきた。


「なにか、というよりも千代さんにも話したいことがある、ってのが正しいかな」

「私たち二人に話したいそうよ」

「であれば、私の不甲斐なさを罰するお話でしょうか」

「いやそれは違うから」


 なんでこんなに自己評価低いんだろう、千代さん。

 閑話休題。


「……俺の元いた世界の話。俺が大事に思っていた女の子を、守れなかった話だよ」

「それって……私にそっくりだったていう女の子のこと?」

「はい。だからその子と響さんを重ねて……すいません、俺は最低な男だ」

「……一度お飲物をご用意しますのでお待ちください」


 そこから千代さんがお茶を用意して、話を始めることになった。


「これは俺と響……桂響と出会って、死に別れた話です」


 救いなどなく、ただ俺が彼女を守れなかった。それだけの、俺の無念しかないつまらない話だ。



『龍臥くんおはよう!』

『おはよう。……ほんとにタメ口でいいんですか?』

『いいのよ。私は助けられたんだし、恩人に対してそれくらいのことには気にしないわよ』


 助けた日の翌日、俺たちは一緒に登校した。

 俺は彼女に悪い噂が流れる可能性が高いので断ったが、勢いに押し負けて了承してしまった。

 案の定、登校した俺たちに対して視線は集中したし、教員も驚いていた。

 当時の俺は不良……まぁ寺子屋でいうとこの悪童みたいなものだったから、それはもう驚かれたわけで。

 ……まぁその悪童の印象も陰湿な嫌がらせをする奴らをボコしただけでついてしまった悪名だが。訂正するのも面倒だったし、授業を真面目に受けてたかと言われると半々だったし。

 ともあれ、それからちょくちょく一緒に登校したりご飯とか食べたりして過ごしていた。

 母さんが亡くなって以来、多分一番幸せな時間だったと、今でも断言できる。

 当時は存命だったじいちゃんからも「明るくなったな」って言われて、その時は自覚がなかったけどそれだけ俺は響という光に救われていたんだ。

 けれども、そんな幸せな時間はそう長く続かなかった。

 数ヶ月たった頃、響の元気がなかった。彼女は気丈に振る舞っていたけど、短い付き合いは短い付き合いなりにわかることがあった。

 声に張りがないなんてそれこそ典型例で、思わず「大丈夫か?」とも聞いたんだ。

 だけど彼女はしきりに「大丈夫だから!」って言っていた。

 今思えば、無理にでも俺は事情を聞き出すべきだった。それから一緒に登校する時間やご飯を共に過ごす時間が減っていった。

 おかしいと思って何度か家に行ったけど、門前払いだったり居留守使われたりで……俺は気づかぬうちになんかしてしまったかと思って正直凹んでた。

 そして、そんな時間が一ヶ月ほど過ぎたところで全校集会があった。

 俺も体育館に移動するために教室を出た時、ふと一人だけ別の場所に行く響の姿が見えた。

 真面目な彼女が全校集会をサボるなんてありえない、なにかあると思って俺も抜け出して響の後を気づかれないようについていったんだ。

 彼女の向かった先は屋上だった。

 普段は立ち入り禁止だけど、俺たちはよくご飯を食べていた場所だった。

 嫌な予感がなんとなく胸によぎって、すぐに俺も屋上に出た。


『響!』

『……りゅう、がくん?』


 屋上の端に彼女は立っていた。それこそ一歩踏み出すだけで落下してしまう場所だ。


『おい、何してるんだよ……早くこっち来いよ。危ないぞ』

『いいん、だよ。私は自分の意思でここにいるんだよ』

『ふざけんな! お前、どうしたんだよ!? なんか悩み事あるなら俺が聞く! だから早く戻ってこい!』

『優しいよね、君は』


 そんなところが好きなんだよ、私。と返事をされる。


『そういう風には思わないけど……』

『自覚と自信がないだけだよ。ねぇ龍臥くん……君は優しい人だよ。あの時見ず知らずの私を助けてくれて、ありがとう』


 涙をこぼしながら語るあの時の響の姿を、俺は一生忘れることはできないだろう。

 なんでそんなことを今言うのか、全くわからなかった俺はただただ混乱するだけだった。


『なんだよ、そんな最後の別れみたいな言葉……これからだって助けるよ! 俺は、俺は響を守りたい』


 偽らざる本音。

 そういうと、彼女は微笑んだ。


『ありがとう。それはきっと本心で言ってくれてるんだよね。でも、ごめんね。私にはもう、守られる資格なんてないの』

『資格なんていらないだろ! わけわかんないこと言うなよ!』


 これ以上意味はない。

 さっさと連れて帰る、そう思ったのに。


『ごめんね、大好きな龍臥くん』

『っ!』


 気がつけば身体は走り出していた。

 人生で間違いなく全力でまっすぐに、最短に。

 けれどそれよりも早く彼女はその身を投げ出していた。


『響ぃ!』


 必死に伸ばした手はむなしく空を切り、彼女の身体は重力に従って落ちていく。


『さようなら』


 最後にそう呟いて俺の目の前で響はどんどん小さくなり……地上には赤い模様が咲いた。

『ぁ……あぁ……ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!?????』


 その場で俺は叫び、教師たちが駆けつけるまで俺はそのまま泣きながら叫び続けた。


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