二章三幕=暗雲=
「質問、いいですか?」
だから俺ができることといえば、強引にでも話をそらすことだ。
何もわからないから、空気を読まない選択を取ってもダメージというのは最小限で済む。
「なにかしら?」
「向こうさんが姫さまを指名してきたのは、いつ頃ですか?」
「三ヶ月くらい前よ。向こうの偉い人が来てね、以前はそうでもなかったんだけどなーんか急に圧が強くなってたのよね」
「圧が強い」
「そしてそれを私が断ったんです。最初は素直に引き下がったのですが……たいして間を空けずにまた」
「ふむ……」
「お偉いさんは最初断った時点では少し顔を引きつらせてたくらいだったんだけど、回を重ねるごとにさらに威圧的になってきてね……五回目辺りで殿がキレた」
あーっと納得する。
昨日の威圧感を見るだけで、あの人の怒ったところは想像するに難くない。
「お父様も最初の方は穏便に済ませようとしてくれていたのですが、領主としても父親としても我慢ならなかったということで……」
「いい親父さんですね」
俺に物心ついた時から父親はいなかった。
だから父親の愛情を受けられる彼女は羨ましくある。
「ですがそのせいで、戦の準備が始まり千代ちゃんやみんなにも迷惑を……」
「蒼ちゃんは気にしないの。だいたい面も見せない奴の結婚相手になりたがるもんか」
「は? 顔も見てないの?」
「一回も見てないわね。少なくとも私はね」
「同じくです。縁談を持ってくるだけで……」
なんとも言えない状況だ。
いくら縁談の話といえど、相手の顔を見もしないっていうのはおかしな話だ。
「……そういえばここに写真ってあります?」
「ん? あるわよ」
あるのか。
だったら顔を知らせることもできるはずなんだが、なぜかそれをしていない。
本当に情報が少ない、どういうこったい。
「なんかその相手っていうのに情報はないんですか?」
「……今のテラサイトの中核を担う戦士、とだけは聞いています」
中核を担う……つまりあいつらのとこでいうなら、騎士団長とかそういう類の存在か。
けれども立場はある程度上なのはわかった。
まぁ一国の姫さまを娶ろうとするわけだからそこそこに立場のある人間ということなのは自明の理か。
しかしそれならそれで、自国の人間で結婚させないのはやはり護さんが言った通り領地を接収することが目的なのか?
「龍臥くん、真面目に考えてくれてるのは嬉しいけど君じゃどうしようもないことだから」
「う、そりゃそうですけど……」
「鳳さん、あなたはお優しい人ですね」
「え?」
何をいってるんだろうか、この人は。
「えっと、なんで……?」
本当にわからないので、思わず聞き返してしまった。
「普通は相手のことなんて考えないわよ。ましてや、龍臥くんは昨日この世界に道化師から連れてこられたのに私を守ってくれるし、雰囲気的にそう見えるわよ」
「そうですね。お父様も今朝食事の際に鳳さんのことを面白そうな人と言っていましたし」
「え、ええ……?」
知らない間に勝手に評価が上がっている。
ど、どういうことだってばよ……
「困惑してるみたいだけど、なんも知らない君がテラサイトの騎士に挑んだのは紛れもなく普通じゃないからね。この時点で度胸は買われてるのよ」
「うーむ……?」
「それに今回の件もお父様は無理に参加してもらう気はなかったのに、加入してくれましたし」
「まぁ、それは個人的な問題で、たまたま目的が合致したってだけですよ」
嘘は言っていない。
俺が呼び出された先で出会った人間が響さんでなければ、正直俺は途方にくれていたと思う。
はっきり言えばこの姫さまのことを考えているというわけではない。ただ響さんの大切な友人であるし俺は世話になっている身だからできることをしているだけだ。
「響さん、姫さま。勘違いされているようなのではっきりと言っときますね。俺は俺の思うように動いているだけです。他人のために動いてるってわけではないのでそこはご容赦を」
なるべく声の抑揚を抑えて、はっきりと言っておく。
二人はあっけにとられたような顔をするが、すぐにほくそ笑んだ。
「だそうですよ響ちゃん」
「なら私たちも好きなように思っておくわ。ね、蒼ちゃん」
「ん?」
「はい。私たちは私たちで鳳さんがいい人だと勝手に思っておきます」
「ちょ、え?」
想定外の反応だ、
必要以上に信用しないでくれ、っていう意味合いを込めて言ったつもりだったのに。伝え方を間違ったのだろうか?
「まぁ龍臥くんって悪ぶってるけど、結局人助けしちゃったり甘さでトドメを差し損ねそうなくらいには人が良さそうよね」
「ええ。まだほんの短い時間でしかあっていませんが人の良さが滲み出ているというか」
「あの、恥ずかしいんでやめてもらっていいですか?」
こんな風に人に褒められるっていうのは慣れていないから純粋に顔が赤くなる。
思い返してみれば、俺のことを褒めてくれたり認めてくれたのは家族以外ではあの娘だけだった。……もっと幼い頃にはもう一人いたような気がしたけど、うまく思い出せない。
「そうやってすぐ照れるところとかも純真よね」
「からかわないでくださいよ。ったく……あ、厠ってどこに行けばあります?」
「部屋を出てから右にまっすぐよ。案内したげる」
「いいですよ。多分迷わないでしょ」
「いいからいいから。それじゃ蒼ちゃん、ちょっと龍臥くんをトイレに案内してくるわね。すぐに戻ってくるから」
「はい、いってらっしゃい」
「ほら、じゃあ行くわよ」
強引だな、と思っているところを背中をガンガン押され俺は姫さまの部屋を後にした。
※
「戻ってきたわよー」
「あら、お早いですね」
「きっちり案内したからね。戻るのは大丈夫でしょきっと」
だといいですね、と蒼ちゃんは笑う。
しかし本人は隠しているつもりだろうが、その表情には疲労が濃く見られる。化粧でうまくごまかしているようだが、伊達に長い間一緒に過ごしてきたわけじゃない。
真面目な人間だから勝手に人の分の責任まで背負って、そして潰れそうになる。
好ましい人格ではあるけど、心根が優しすぎるのも問題だ。将来人間関係で今以上に悩まされてしまいそうだからそこは不安である。
まぁ、だからこそどこの馬の骨とも知らない男に嫁がせる気は殿やみんなと一緒でないんだけど。
ふと、窓の方を見る。
さきほどまでは青空が広がっていたというのに、いつの間にかどんよりとした曇り空になっている。
「……なぁんか嫌な予感」
どういうことが起きるのか、というのはわからないしそもそも予感だけど、なんか引っかかる。
「とりあえず、窓閉めようか。急に雨が降られたら困るもんね」
「どうですね。それじゃ……」
「あ、私が閉めるわよ」
立ち上がろうとする蒼ちゃんを制止し、私は窓の方まで歩く。
そして窓の近くまで行った時だった。
突如窓から傷の入った手が伸び、人が現れて窓にもたれかかった。
だが、その人物は私も蒼ちゃんもよく知っている人間だった。
「千代ちゃん!?」
私たちの幼馴染であり、現在テラサイトへ潜入任務を行なっていたはずの高垣千代ちゃんだった。
しかも腕だけではなく傷は多数あるのが見られたので、急いで私は彼女の身体を掴んで部屋の中へと入れ込んだ。
「しっかりして千代ちゃん! テラサイトにやられたの!?」
「ぁ……」
「! 響ちゃん、千代から離れて!」
「え?」
蒼ちゃんの叫んだ直後、私の腕に鈍い痛みが走り、視界がぐらついた。




