第04話 しゃかいのきびしさを おそわりました。
「––––という訳で、このままじゃあ食っていけないから宿と並列してギルドを始めようと思うんだ」
「へぇ〜、なるほどねぇ」
ユクロヴァーさんの前で「ギルドを始める」宣言をしてから数時間後、俺は再び宿に戻ってきたエリアスに食堂で向かい合って座り、その経緯を話して聞かせていた。
ちなみにユクロヴァーさんは近くにあるまた別の宿に荷物を取りに帰っていて、ここにはいなかったりする。
「それにしてもさ、何でまたよりによってギルドを始めようと思ったんだい? もっと他にも色々選択肢はあったはずだよ?」
「いや、それにはちゃんとした理由がいくつかあるんだ。その中でも大部分を占めるのは新しい事業を始めるにあたってこの宿を辞めるような事はしたくないっていう思いかな」
せっかくハンネスおじさん達が長年経営(?)してきた宿なのだ。
それを赤の他人である俺がこの手であっさり閉ざしてしまうのは何だか忍びない。
まあ他にも、ただ単純にギルドマスターという存在がかっこいいからというのもあるのだが……。いくらエリアスが親友であるといえ、流石にそれを正直に言うのは恥ずかしいので、黙っておく事にする。
「まあ確かにギルドだったら宿をやめなくて済むね。でも両立するのはとってもと~っても大変だとは思うよ。大丈夫なの? レン」
そう言って、エリアスは呆れたように半眼で俺を見てきた。
「そうか? そんなに大変か?」
宿は実質あってないような物だし……ギルドはあくまで依頼人と受注人の仲介役(依頼人の出す報酬金の一部がギルドの物となるのだ)な訳だしそこまで大変なものでもないだろうに……。
どうしてエリアスはそんな呆れたような顔をするんだ?
「はぁ~。君は何にもわかってないんだね」
やれやれといった風に肩の所まで手を上げ、首を左右に振るエリアス。
あれれ? ギルドの事はだいぶ知っているつもりなんだけどなぁ……。
まあ、ギルドについての主だった情報源は地球にいた頃にやったゲーム(モン○ターハンターシリーズ等)だったりするんだけれども。
「まさかとは思うけどさ……レン。ギルドを始めたら依頼が舞い込んでくると思ってる? あそこのギルドのように」
エリアスのいう“あそこのギルド”とはこの宿を出て、北に少し行った所にあるこの国で最も巨大ギルド“グラディニールズ”の事だろう。この辺でギルドと言えば、そこぐらいしかないし。
ちなみに、この街が経済的に潤っているのはグラディニールズにやって来る依頼人や受注人のおかげだったりする。
武器や防具を買い替えたり、宿屋に泊まってくれたり(ただしうちの宿は除く)と常に街は依頼人や受注人がいっぱい。まさにグラディニールズ様々なのだ。
「え? 舞いこんで込ないのか?」
まあ、流石にグラディニールズみたいにはいかないにしても、一般平均レベルぐらいは稼げるだろう。
ギルドは結構稼げる職業と聞いた事があるし。
「…………はぁ……君の社会に対する認識の甘さには流石のボクも呆れざるを得ませんよ。レンには社会の厳しさという物を徹底的に叩き込まなきゃいけませんね。あぁ悲しいと同時に腹が立ちますよ、親友がこんなにも無能だなんて」
「!」
…………あ、これはヤバイ。マジでヤバイ。
そう直感した俺は物凄い勢いで椅子から立ち上がった。
誰にでも(流石に貴族や王族に対しては違うだろうが)フランクに話すエリアスが突然丁寧語で話し出す。
これは彼の堪忍袋の緒が切れた事を意味するのだ。
昔、酒屋でガラの悪いチンピラが周りを気にせずバカ騒ぎしていた時に、ブチ切れしたエリアスをすぐ横で見ていたからわかる。
ちなみにエリアスは決して怒鳴り散らしたり等の力任せな怒り方はしなかったりする。
「ねえ、レン。ボクの話、ちゃんと聞いていますか? ボクは君の為を思って話しているんですよ?」
あ〜、そうそう。
こんな感じに口だけスマイル(目は一切笑っていない)の状態で、いきなりレイピアを首元に突きつけてきたりするんだよな~。
レイピアを取り出すのがあまりにも速すぎて、あのチンピラも某然としていたよなぁ…………って……ちょっ!
「エ、エリアス! 危ないからそれ! 冗談抜きで危ないから!」
そう言って、俺は慌ててエリアスから距離を置く。
危ない危ない。下手すればレイピアが首に刺さって死んでいたぞ、俺。
でも、何だかんだでエリアスと距離を置けたし……このままエリアスの怒りが収まるまで外に逃げてしまおう!
「レン。まさかとは思いますが、外に逃げ出そうだなんて考えてはいませんよね? まあ、仮に外に出た所でレンはボクの手からは絶対に逃れられませんけど」
レイピアを器用にクルクルと回しながら、にたっと不気味に笑うエリアス。
その姿は、いつもののほほんとしているエリアスの姿とはかけ離れている。行商人と言うよりは暗殺者のそれに近い。
「はっ……ははっ。まっ、まさか。そんな馬鹿な事を考える訳がないじゃないか。ただ……そう、急に立ちたくなっただけだ」
「……ふうん。そうですか。だったらいいんですけどね。どうぞ座って下さい」
「…………はい……」
俺はエリアスの威圧感に圧され、ペタンと椅子に腰を降ろした。
はぁ……このままお説教を受けるしかないのか。
エリアスに聞こえないように小さくため息をつく俺であった。
「––––という訳です。わかりましたか?」
「はい」
「はい」
「よろしい。ではこれで終わりにしましょう」
エリアスが喋り始めてから約二時間。
「社会のしくみ」についての講義はようやく終了した。
ちなみに、ユクロヴァーさんも宿に帰ってきてそのまま途中(確か開始十分後ぐらいだったように思う)から参加した。
いや〜。それにしてもエリアスの話、物凄くためになったな〜。
ずっと説教ばかりされるものだと思っていたけど、普通に高校の政経の授業みたいだったし。
エリアスの話によると、ギルドはとにかく「実績」が命。実績がなければ依頼人もやってこないし、受注人もやってこない。
だからできたてのギルドではギルドマスター自身がが様々な場所に赴き依頼を探してきたり、報酬金を他のギルドより高く設定したり、ビラを作って配ったりしているんだとか。
他にもギルド内の施設(モン○ンで言う温泉や酒場の事)を充実させたりもしているらしい。
「う~ん。結構お金がいるんだな、ギルドって」
ギルドはただの仲介組織だから、主な出費は人件費ぐらいで済むと思っていたのに。
やっぱり何事も軌道に乗って安定するまでは大変って事か……。
「そうだよ。ギルドはとっても大変だなんだよ? 始めるにはそれなりのお金と根気がいるし、たとえ経営がうまい具合に軌道に乗り始めても気を抜けないからね。そもそもギルドは依頼人や受注人との交渉が主な仕事だから、調整力が求められるし、依頼内容の吟味や、受注人の実力を見極めるための洞察力。他にもマネージメント能力が必要だよ」
「マ、マジか……」
ギルドマスターってそんなに高い能力を求められるのかよ……。
ああ、何だか始める前から物凄く不安になってきたぞ。
「まあ、そういう必要な能力はギルドを運営して経験を積んでいく中で自然と伸びていくだろうから、そこまで心配する必要はないと思うよ。問題はお金があるかどうか。これに尽きるよ。でもどうせレンの事だから全く持ってないんだろうね。もう……仕方ないなぁ。ボクが特別に––––」
「ああ、それならしばらくは心配ないぞ。一応、50万ミルならあるから」
沢山の宝石の中から一番小さい奴を選んで売って得た40万ミルに、元々自分が貯金していた10万ミルの合わせて50万ミル。
これが今の俺の全財産であると同時にギルドの運営費である。
俺の生活を切り詰めれる所まで切り詰めれば、いくらギルドの運営にお金がかかるとはいえ、一ヶ月ぐらいは持つだろう……多分。
ちなみに、ハンネスおじさんから貰った沢山の宝石は自分の部屋のとある場所に大切に保管してある。
ハンネスおじさんは手紙で「好きなように使え」と言っていたが、俺はこれ以上使うつもりは毛頭ない。
確かにあの宝石を全部売ってしまえば、ギルドを大きくする事なんてたやすい事だろう。
しかし、それでは自分の力でやったとは言えないんじゃないかと思うのだ。
でもまあ、流石に本当にお金に困ってどうしようもなくなった時には使わせて貰うかもしれないが。
「––––お金を利息無しで貸してあげ…………って、えっ? えぇぇぇぇぇぇっ!」
まるで宇宙人でも見てしまったかのように目を大きく見開き、驚くエリアス。
俺の横にいるユクロヴァーさんも、エリアスのように声はあげなかったものの、とても驚いたような顔をしている。
「えーっと……二人共、そんなに驚く事か?」
「そりゃあ驚くよ! ハンネスさん達のすねをかじりにかじって半プー太郎状態で生きてきたレンが50万ミルも持っているだなんて、あり得ないよ! ねえ、ユクロヴァーさん!」
「はい! 失礼を承知でいいますが……コウノイケレンさんはどこからどう見ても貯金ができるようには見えません! お金が手に入ったら即座にその場で使ってしまうタイプに見えます! 正直『本当にこの人が月20万ミルも給料を出せるのかな?』とずっと疑ってました」
「……マ、マジですか」
「うん」
「はい」
二人同時にあっさり頷かれ、俺はがっくりと肩を落とす。
はぁ……。エリアスの言っている事は(今更ながら耳が痛いが)事実なので置いておくにしても、ユクロヴァーさんの発言はなかなかに胸に突き刺さるものがある。
俺ってそんな風に見えるのかなぁ……。確かにこの世界では大して貯金らしい貯金はしていなかったから強くは言えないけど、地球にいた頃はそれなりに貯金をしていたのに……。
まぁ、基本的な支出が本やマンガだけだったから、お金が貯まっていくのは当たり前と言えば当たり前なんだけども。
う〜ん……それにしても本当に50万ミルで持つんだろうか? ちょっと心配になってきたぞ。
ユクロヴァーさんに20万ミルを払わなければならないから、実質30万ミルしか残らない訳だし…。
果たして、黒字になるだけの人を呼び込めるのか?
「…………あ」
と、そこまで考えて俺はある事に気がついた。
これだとユクロヴァーさんの依頼を解決するのがだいぶ先になってしまうじゃないか!
エリアスの話を聞くまでは「依頼を出せば、すぐに受注人が現れる」と本気で思っていたばっかりに、ついついユクロヴァーさんに「ここで取り扱ってすぐに解決させる!」なんて言ってしまった……。
あぁ、俺のバカ。現実の厳しさを知らずに、ユクロヴァーさんにかっこいい所を見せようとした俺のバカ。
どうやってユクロヴァーさんに説明したらいいんだよ……。
「ユクロヴァーさんってフェアリーだよね? 何か特別な魔法を使えたりするの?」
「ええまあ。私は回復系の魔法を少し……」
「攻撃系の魔法は?」
「すいません。使えないんです。私達の種族は全体的に攻撃系の魔法に疎くて……」
「確かに、よくよく考えてみたら種族全体が攻撃系の魔法が使えたら、わざわざギルドに依頼を出そうなんて考えないよね。でも、回復系の魔法が使えるんだったら大丈夫。何とかなると思うよ」
「本当ですか⁈」
「まあ、最終的にはレン次第なんだけどね」
エリアスとユクロヴァーさんが何か話しているが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。
あぁ、どうしよう?
依頼金が0ミル(俺が依頼金はいらないと言ったのだ)なので、受注人への報酬は全額俺が負担するという事となるから、そこまで報酬金を上げる事もできないし……。
かと言って、ここで再び宝石に手を出してしまったら、この先もずるずる手を出してしまいそうだし……。
…………よし! 情けない話だけど、この際仕方ない! ユクロヴァーさんにお使いか何かに行って貰い、その間にエリアスに相談しよう!
そうと決まれば早速実行だ!
「ちょっと、ユクロヴァーさん。お使いに…………って、あれ?」
ユクロヴァーさんに斜め向かいにある肉屋で、今日の晩御飯用に何か適当に買ってきて貰おうとしたのだが––––
「それってここからどのぐらいの所にあるんですか?」
「う〜ん。歩いて20分弱かな?」
––––いつの間にかエリアスと一緒に外に出ようとしていた。
「ちょ! どこ行くの!」
俺は慌てて二人の後を追いかける。
「どこに行くの? って……ボク達の話、聞いてなかったの?」
「うぅ……ちょっと考え事をしてて聞いてなかった。ごめん」
「え〜っとね、今から傭兵管理登録センターに行こうと思うんだ」
「傭兵管理登録センター? 何それ?」
何だ? その名前からして物騒なセンターは?
この世界で二年ぐらい暮らしているが、初めて聞く名前だ。
「はぁ〜。よく傭兵管理登録センターも知らないでギルドを始める! とか言えたものだね……。まあいいや。知らないものは仕方ないからね。詳しい事は歩きながら話すよ。とりあえず外に出よう」
「あ、ああ……」
こうして俺はエリアスに連れられるままに、その傭兵管理登録センターとやらへ向かうのであった。




