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第03話 ふぇありー やといました。

「はぁ……ある程度は予想してたけど……誰1人として来ないのは精神的にちょっとくるものがあるなぁ」


ゼバスティアンさん達がフューニマルトに旅立ってから六日後のお昼。


俺は受付で1人頭を抱えていた。


「役所の掲示板にも載せて貰ったのに……求人募集……」


宿の稼ぎの大部分を担っていたゼバスティアンさんがいなくなった今、このまま普通に宿を続けても大赤字になるのは目に見えているので、宿と並列して新しい事を始めようと思っている(ハンネスおじさんに宿を好きに使っていいと手紙で伝えられた)。

しかしそれを始めるのにはどうしても人手が足りない訳で。


そこで、四日前から役所に頼んでの求人募集の掲示板に載せて貰ったり、宿屋の前に募集の貼り紙を出してみたりしたのだが、誰1人として人がやって来ない。



仕事内容は主に新たに始める事業の補佐で女性限定一名。ただし人種は一切問わない(人種差別は法律で固く禁止されているが、いまだに亜人種を下に見ている人間も多いのだ)。

宿に住み込みでも自宅からの通いでもどっちでもOK。

住み込みの場合は朝昼夜のまかない付き。自宅からの通いでも昼、場合によっては夜のまかないあり。

給料は月20万ミル(ミルはこの国の通貨単位であくまで俺の感覚だが、1円=1ミルである)。

作業時間は日によって変わるが、1日9時間を基準としてそれを超過した分は給料に上乗せする。



と、条件は悪くないはずなんだけどなぁ……。

特に給料なんて破格中の破格だし……普通、この作業条件だったら10万いくかいかないかのラインだぞ。


う〜ん。本当に……何が悪いんだろうか?



と、必死になって悪い所を考えていると、突然入口のドアが開いた。



おっ! ついに来たか!


俺は余りの嬉しさに思わず椅子から立ち上がってしまう。



しかし中に入って来たのは可愛い女の子でも、妖艶な雰囲気を纏ったお姉さんでも、タシアおばさんのような恰幅のいいおばさんでもなく––––


「やあレン! 遊びに来たよ!」


––––やや長めの茶色い髪に茶色い目。爽やかで嫌味のない笑顔を常に振りまく草食系イケメンの行商人、エリアス・ユハニ・パーテロだった。


「…………何だ……エリアスか……」



そのままストンと椅子に腰を落とす俺。

ついに応募してくれる人が来た! と浮き足立っていたいただけに、全く予想していなかったエリアスの登場はなかなかにショックだった。

いや、嬉しい事は嬉しいよ? 俺はエリアスの事を一番の親友(と言うか、エリアス以外に友達と呼べるやつがいない)だと思っているし。ただタイミングが悪いというか何と言うか……。



「何だとはヒドイな〜、レン。ボクが遊びに来なかったら、君は誰とも話す事なく一日を終えていたはずなんだよ?」


そう言って、エリアスは頬をぷくーっと膨らませた。

こんな事をしても全然イラっとこないどころか可愛いとさえ思ってしまうんだから、草食系イケメンは恐ろしい。


そしてこいつはこんな爽やかな顔をしておきながら、危険な所へ自ら赴いて、珍しいものを手に入れ、ここの貴族に高値で売りさばき、相当な額のお金を稼いでいるのだ。

一歳しか年が変わらない(エリアスの方が上だ)のになんなんだろうね、この差は。



ちなみに何の接点もない俺とエリアスが知り合った理由は、ただ酒場でたまたま座った席が隣同士だったという至極単純なものだったりする。

そこから回を重ねて会う内に、気づけば親友と呼べる仲になっていた。



「いや、流石の俺でも誰とも話す事なく一日を終える事はないぞ? 昨日は……あれ? 昨日は…………あ、そうだ! 一昨日! 一昨日、役所の人と話したぞ! あれ? 4日前だったか? あぁ……4日前だったな……」


「冗談で言ったつもりだったんだけどなぁ……まさか本当に誰とも話してなかっただなんてね……」


エリアスが本気で同情するような目でこっちを見てくる。



「仕方ないだろ! 求人募集を見た人がいつやって来るかわからないから、ここに一日中いなくちゃいけないんだよ!」


言い訳っぽく聞こえるかもしれないが、事実である。

それに宿に泊まりにくる客がもしかしたら来るかもしれない。まあ、可能性は限りなく0に近いが。


「あぁ、やっぱりまだ決まってなかったんだ。何をする為に新しく人を雇うのかは知らないけど……あれさ、これ以上待っても誰も来ないと思うよ」


「どうして?」


「月給が高すぎるんだよ」


「高くて何が悪いんだ?」


「みんな勘ぐっちゃうんだよ。『こんなに月給が高いのには必ず裏があるぞ』ってね」


「あぁ……なるほどな」


確かに言われてみればそうかもしれない。


月給が高ければ高いほど人の食いつきが良くなるだろうと、ついつい上げすぎてしまった……。

通常の二倍以上の月給って……よくよく考えてみれば異常だよな。そりゃあ怪しまれて誰も来ない訳だ。

何でそんなとても単純な事にも気づかなかったんだろ、俺。

やっぱりまだまだ考えが甘いんだろうか?



「ありがとうエリアス。早速、役所の掲示板に載せてある求人募集の月給の部分を下げるように頼んでくる」


「そうだね。10万ミルぐらいが妥当だと思うよ。後、ボクも一緒について行くよ。この後、役所の近くで人と会う約束をしているからね」


「ああ、そうしてくれると助かる。役所って待っているばかりで物凄く退屈なんだよな」


「ちょっとした用事でも軽く一時間はかかるもんね〜」


などと雑談を交わしながら、外に出る為にドアノブに手をかけたその時––––


「すいませ〜ん!」


––––という声がノックと共に向こう側から聞こえてきた。


もしかして……!


俺ははやる気持ちを抑えて、ドアをゆっくりと開けた。

勢いよく開けると、開けたドアに向こうにいる人がぶつかってしまうからだ。


「はい、どちら様ですか?」


ドアを開けると、そこにいたのは––––


「私を雇って下さい! お願いします!」


––––背中の中ほどまで伸びた青色の髪に同じく綺麗な青色の目。俺の胸元ぐらいの身長。そして何よりも目を惹いたのが青く透き通った背中にある一対の羽。

そう、フェアリーだった。










「えーっと……雇う事はもう決定しましたが、私––––ああ、自己紹介がまだでしたね。私、鴻池 廉と申します。私はあなたの事を全く知りませんので、簡単に質問をさせて頂きますね。まずお名前は?」


「シルヴィエ・ユクロヴァーです」


「なるほど……ユクロヴァーさんね……。年齢は?」


「17です」


「じゅ、17? それにしてはなかなかに貧相な体だな……」


「えっと、コウノイケレンさん。今何かおっしゃいました? 声が小さくて聞き取れなかったのですが……」


「えっ? ああ、いえ。単なる独り言です。気にしないで下さい。17歳……っと」


まさかの応募者が出てきたという事で、俺は食堂で長机を挟んで向かい合って座り、面接も兼ねた(雇うのは決定しているのだが、念の為である)色々と質問をしていた。


この世界には履歴書という概念がなく、相手の情報が知りたければ一つ一つ直接聞かなければならないのだ。


ちなみにエリアスは最初は俺と一緒にこのユクロヴァーさんに色々と質問をする! と言っていたのだが、人と会う約束の時間を間違えていたのに気づいたらしく「うわぁ〜! 遅刻だ遅刻!」とか半泣きで叫びながら、ついさっき飛び出して行った。

あいつ、たまにそういう所があるんだよな。おっちょこちょいというか抜けていると言うか……。

それでも色々な危険な場所に行っては、ケガ一つなく帰ってくるんだから本当にエリアスという人間はよくわからない。



「えーっと……出身はどこですか?」


「ココルネです」


「ココルネ?」


……聞いた事ないなぁ、そんな国。

というか、俺はここの国以外の国名は知らなかったりする。この2年間、文字を書く練習やこの世界で生きて行く為に必要最低限の事柄を学ぶけで精一杯だった。


だからこの国がどのぐらいの広さなのかや、ここの街が国のどこら辺にあるのかなど全然知らない。

だから、1人で遠出をする事ができないのだ。

決して胸を張って言える事ではないので、近々勉強しようと思っていたりする。



「はい。この国の西隣にある小さな国です。そこのオーレンと呼ばれる湖から生まれました」


「へぇ……」


ゼバスティアンさんからだいぶ前に教わった事だから、物凄くうろ覚えだが……。

川や木や建物やなどと妖精は繋がっているんだったかな。その繋がっているものが死んだりなくなったりするとその妖精の命もそこで終わるとか。

また、妖精は力が弱い代わりに空を飛んだり魔法が使えたりするらしい。

何でも川や湖と繋がっている妖精は水、建物と繋がっている妖精は土のようにその繋がった対象によって使える魔法の種類が違うんだとか。



「何でこの求人募集に応募しようと思ったんですか?」


「月給が他と比べて高かったからです」


「怪しいとは思わなかった?」


さっきまで全然そんな事に気づかなかった俺が聞くのもなんだが、まあ一応聞いておこう。


「思いましたが……今はそんな事を気にしている場合ではないので実は……」


そう言って、ユクロヴァーさんは悲しそうに顔を伏せた。

なるほど……どうやら込み入った事情があるようだ。


俺は背筋を伸ばし、座り直す。

やはりこういう事はちゃんとした姿勢で聞かないとな。



「実は最近、オーレン湖に毎晩何者かが毒を毎晩流し込んでいるんです。今は少量なのでまだ何ともありませんが、このまま放置していては湖は完全に汚染され、私達の命が危ぶまれます。なのでギルドに頼んで犯人を捕まえて貰おうと思ったのです。相手がはっきりとわかっていれば自分達で手を打つ事も可能ですが、全く情報をつかむ事ができなかったので。しかし自給自足が基本の私達にはあまりお金がありません。そこでこの辺で一番賃金の高いと言われるこの国に働ける中で一番若い私がやって来て、稼ぎに来たというわけです」


「なるほど……そんなひどい事をする輩がいるんですね……」


やはり人間の仕業なんだろうか。

悲しい事に亜人を見下す人間がいるように妖精を見下す人間も存在する。

何でも「妖精は人間の失敗作であり、消えるべき存在」なんだとか。

バカみたいな話ではあるが、事実そういう考えを持った人間がいるのだ。


地球でもそうだったけど……どうしてみんな仲良くできないんだろうな。どうしてそんなにも差をつけたがるんだろうな。ただ見た目が少し違うだけなのに……。

俺個人の力ではどうしようもないのがとても歯がゆい。


「……はい。そこで一つお願いがあるんです」


「何でしょう?」


「給料を4ヶ月分前借りさせて欲しいんです! お願いします! それだけあればギルドに依頼をする事ができるんです! その代わり、どんな厳しい事でもやりますし倍の8ヶ月タダで働かせて貰いますから! お願いします!」


そのまま土下座するんじゃないかという勢いで、ユクロヴァーさんは頭を下げた。


「ちょ、ちょっとそんな事しないで、顔をあげて下さい! ちょっと4ヶ月前借りは難しいですけど、俺に考えがあるんです」


「考え……ですか?」


目に涙を浮かべながらもユクロヴァーさんは可愛く首を傾げる。


そんなユクロヴァーさんの顔を見て、俺の新しい事業への思いは更に強くなった。


ここであったのも何かの縁だ。絶対に成功させてやる! そしてユクロヴァーさんを助けだすんだ!



「ええ、そうです。実はここ宿なんですけどね、見ての通り客が全くやって来ないんですよ。そこで宿と並行して新事業を始めようと思うんです」


「確かに……求人募集に書いてありましたね。新事業の補佐をして欲しいって。それが何か関係あるんですか?」


「はい。俺が始めようと思っている新事業。それは––––––––ギルドなんです」




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