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第02話 にんげんふうふとおおかみおとこが たびだちました。

「はぁ…………今日でちょうど二年か……」


自分の部屋にある、暦表を見てため息をつく俺。


時間が経つのはとても早いもので、何の前触れもなく異世界に飛ばされてから、今日でちょうど二年。俺ももう気づけば19歳だ。



この二年間、俺は少しでもグラッシ夫妻の役に立とうと必死になって働き続けた。


とは言っても、この宿、昔からずっとここに滞在しているゼバスティアンさんの支援(ゼバスティアンさんはこの国の中で有数の学者らしく、国から相当な額のお金を貰っているのだ)で成り立っているようなものであり、ほとんど宿泊客はやって来ない。


その為、実際俺のやる事と言えばおつかいだったり自分の身の回りの事ぐらいしかなかったり、ここの国の文字の読み書きを覚える(なぜか話す事と聞き取る事は最初からできた)事ぐらいなのだけれど……。




また、ゼバスティアンさんが各国の図書館に出向いて過去の書物などをあさり、俺が帰る方法などがないか探してくれているが、今のところ何の収穫もない。


ここで暮らし始めてしばらくの間は、環境になかなか馴染めなかった事もあり、一晩中自分の部屋で泣き続けたり突然取り乱したりした事もあったが、今ではもうすっかり慣れてしまい、そういう事はなくなった。


それでも何かの拍子にふと「地球に戻りたい」と思ったりもするが、「もう俺はここで一生を終えるんだろうなぁ」と半分諦めてもいる。




確かに、ここでの生活は地球での暮らしと比べるととても不便だ。

遠くの人に何かを伝えたくても手紙しか(魔法使いだけは特別で念話を使えるらしい。どのようなものか詳しくは知らないが)手段はないし、インスタント食品のように便利な食料品だって存在しない。


しかし、その不便さを補って有り余るほどの楽しさがこの世界にはあった。

ワイバーンの背中に乗ってみたり、錬金術師が錬金術を実際にやっているところを見学したり、亜人種の人達と酒屋(ここの世界では18歳からお酒が飲めるのだ)でコミュニケーションをとったり……などなど。


どれもこれもが新鮮でこの世界での生活に慣れてきてからは、毎日が楽しくて仕方がない。




今日も酒屋で知り合いの行商人であるエリアス・ユハニ・パーテロと二カ月ぶりに合う予定だ。

エリアスは世界中を回り、色々な珍しい物を見つけてきてはここの貴族に高くで売りつけ、生計をたてている。


今日はその旅から帰って来る日なのだ。

エリアスが話してくれる旅の途中の話はとても魅力的で、聞いているとまるで自分もその旅に一緒に同行していたような気になる。


確か、今回の旅先は昔の遺跡が残る砂漠だったはずだ。


今日はどんな話を聞かせてくれるんだろうか?

今から楽しみで仕方がない俺であった。







「とりあえず朝ご飯食べないといけないな」


早く食べないとタシアおばさんに文句を言われてしまうだけでなく、その日の皆の昼ご飯と晩ご飯を自分で作らされるはめになるのだ。

昔はよく寝坊して、作らされたものだ。

まあ、そのおかげで人並みレベルの料理スキルを身につける事ができたんだから、タシアおばさんには感謝しないとな、うん。



「…………ん?」


俺は階段を降りたところで、ふと足を止めた。


受付カウンターの前に鞄がたくさん置いてあり、ゼバスティアンさんとハンネスおじさんがそこで何やら話し込んでいた。



“カウンターの前にたくさんの鞄が置いてある”


これは普通の宿屋なら当たり前の光景なのかもしれないが、ここではとても珍しい光景だったりする。


俺の記憶が正しければ、ゼバスティアンさん以外のお客さんが来たのは半年ぶりじゃないだろうか。


どうしてこんなにも人が来ないのかと言うと……立地があまり良くない事もあるが、一番の原因はハンネスおじさんもタシアおばさんも宿屋を真面目に経営する気がない事にある。


ゼバスティアンさんが毎月払ってくれるお金がなかなかに高額で、贅沢をしなければ宿屋を経営しなくても十分にやっていけるから、その気持ちはわからないでもないが……せめて看板ぐらいは出そうよ。

看板出すだけで人の入りは今の倍以上になるぞ、確実に。


ちなみに宿屋を辞めずに続けている理由は「ここで辞めたら負けだと思っている」との事。

ホント、セバスティアンがいなくなったらどうするつもりなんだろうか……俺が心配する事でもないはずなのだが、心配で心配で仕方がない。



「……今はとりあえず手伝いにいくかな。結構荷物多そうだし、2人じゃ大変だろう」


俺は食堂に行くのをやめ、カウンターの方へ向かう事にした。








「おはようございます。ハンネスおじさん ゼバスティアンさん」


「おはよう。レン君」


「ああ、レン。おはよう」


「これ、お客さんの荷物ですよね? どこまで運べばいいですか?」


あいさつもそこそこに早速本題に入る俺。


一応、住み込みで働かせて貰っている身なので、このぐらいの事は進んでやらないとな。


「え、ああ、いいよいいよ。やらなくて大丈夫だよ」


「いやいや、このぐらいの事俺がやりますから」


「そもそもこれ、お客さんの荷物じゃなくて私達の荷物だからさ、本当に大丈夫だよ」


「そうですか? ……でも、どうしてゼバスティアンさん達の荷物がここに?」


「いや〜、ちょっと旅に出ようと思ってね。私とハンネスさんとタシアさんの3人で」


「へぇ〜。3人で旅行ですか。確かにそれなら…………って、えっ? 3人ですか?」


「うん。3人。何か問題ある?」


「いやいやいやいや! 俺! 俺はどうなるんですか! まさかここに1人で残れと?」


それは流石に困る。

いくら2年この世界で暮らしてきたとは言え、1人で生き抜く自信は全くない。

そもそも俺の唯一の収入源はここのでアルバイト代だけなのだ。

そしてそのアルバイト代の大元はゼバスティアンさんの懐から出ている。


このまま1人置いていかれたら、間違いなく俺は野垂れ死ぬ。

何としてでもついて行かなければ!




「ちょ! 俺もその旅に連れて行って下さい! ここに1人置いていかれたら俺、確実に死んじゃいますよ!」


「悪いがそれはできないな」


さっきまでずっと黙っていたハンネスおじさんが険しい顔をして、重々しくそう言った。


「どっ、どうしてですか? どうして」


「なあ、レン。お前、今何歳だ?」


「えっ? えーっと、19歳ですけど……」


「だろ? もうお前も大人なんだから、そろそろ1人で何とかやっていかなくてはダメだ。今は俺の元で働いていたらいいかもしれないが……俺だってもう年だ。いつ死んでもおかしくない。お前には自立して欲しいんだ」


確かに、そろそろ自立しないといけないのかもしれないな……。エリアスも18歳の時に行商人を始めたと言っていたし。

今のままでは俺はただのフリーターである。流石にそれは嫌だな、うん。



「ですが……いくら何でも急すぎますよ。事前に言ってくれていれば、俺も俺なりにどうしようか考えましたよ……貯金もそんなにありませんし」


俺がそう言うと、ハンネスおじさんはばつが悪そうな顔になり––––


「あー……それは悪いと思っている。でも旅のに行く事自体、つい昨日決まった事なんだ。許してくれ」


––––と苦笑した。


「そうなんですか……だったら仕方ないですね」


「まあ、その代わりと言っては何だが……お前にこれを渡しておこうと思う」


そう言って、ハンネスおじさんは大きい革製の袋を俺に差し出してきた。


「…………何です? これ」


「いいから受け取っておけ」


「はぁ、わかりました……って、重たっ!」


ハンネスおじさんから革製の袋を受け取ったはいいものの、予想以上の重さに少しよろける俺。


な、何だ? 中に何が入っているんだ?


俺は慌てて袋を開け––––


「なっ……」


––––中に入っている物を見て、言葉を失った。


「な、何なんですか! この宝石は!」


何と、革製の袋の中には宝石がぎっしりと詰まっていた。

宝石に詳しくない俺でも、これだけあれば相当な額になる事ぐらいはわかる。

こんな宝石、ハンネスおじさんはどこから持ってきたんだ?

まさか、どこかで盗んできた物なんじゃ……。

そんな嫌な考えが俺の頭をよぎる。




「まだレンには話した事がなかったな。若い頃、俺とタシアは2人で一緒にトレジャーハンターをやっていたんだ。そこで手に入れた宝石がそれだ」


「そうだったんですか。でもどうしてそんな物を俺に……?」


2人が盗みをしでかした訳ではないのはわかったが……こんな高い物をどうしてハンネスおじさんと何の繋がりもない赤の他人である俺に……。



「これは本当は……俺とタシアの間にできた子にあげるつもりだったんだがな……あいにくなかなか子供に恵まれなくてな。もう完全に諦めていたところに突然お前が来たって訳だ」


そこまで言って、ハンネスおじさんは一旦言葉を切り、恥ずかしそうに笑った。

初めて見るハンネスおじさんの表情に少しドキッとしてしまう。


何だかこっちまで恥ずかしくなって来た……。


「最初は戸惑ったが、そこから今までの2年間はとても楽しかった。まるで本当に息子ができたみたいでな。お前はどう思っているかはわからないが……俺からして見れば、お前は大切な息子なんだよ」


「そ、そうなんだ……ありがとう」


「あ、ああ……」


「…………」


「…………」


ううっ。何だかとてもむず痒い。そして気まずい。

……ハンネスおじさん、いくら何でもクサイです。台詞がクサすぎますよ!

恥ずかしすぎて本当に顔から火が出てきそうだ。


でもまぁ……悪い気はしないな。いや、むしろとても嬉しい。

ハンネスおじさんが俺の事をそんなにも思っていてくれていたと知れたからな。



「そ、そういえばどこに行くんですか?」


そんな気まずい空気を払拭する為に、俺は話題を強引に変える。


これ以上この空気の中にいたら、恥ずかしさのあまり悶死しかねないからだ。


「ここからずーっと東に行ったところにあるフューニマルトという国だよ。島国にという事もあってあそこは独自の文化が広まってるらしいんだ」


「へぇ〜、そうなんですか」


東に位置している島国か……何だか日本みたいだ。

やはりどんな世界にもそういう国があるんだなぁ……もしかしたらエリアスなら詳しく知っているかもしれないな。

今日会ったら聞いてみるか。


「そもそもその、フューニマルトでしたっけ? にどうして行くんですか?」


「いや、実はね……レン君。ある古い書物に書いてあったんだけど、約100年前にフューニマルトでとある男が『自分は異世界から来たんだ!』って言い続けていたらしいんだよ。周りの人は誰も信じなかったみたいだけどね。しかも面白い事にその男はその村に突然現れてしばらくしたら『帰る方法がわかった!』と言い残して忽然と消えてしまったんだってさ」


「マジですか、それ……? もしその帰る方法がわかれば……」


「いや、それはまだ何とも言えないね。もしかしたらその男はただ頭がおかしいだけの人だったかもしれないし、そもそもその書物に書いてある事自体がデタラメかもしれない。実際に現地に行って調べるしかないね。1人じゃ調べるのが大変だからハンネスさん達も頼んでついて来て貰う事にしたんだ」


「何かすいません。俺の為にわざわざ……」


ゼバスティアンさんの話を聞いて、何だか俺は申し訳ない気分になってきた。俺の為にわざわざ遠いところまで行って、調べてくれるだなんて……。行くだけで相当なお金がかかるはずだ。


俺が頭を下げると、ゼバスティアンさんはモフモフしてそうな手を横に振りながら––––


「いやいや、いいんだよ。国から特別に援助金を出して貰えるから実質タダで行けるし、前々からフューニマルトには行ってみたいと思っていたからね」


––––と笑った。



「そうですか……本当にありがとうございます。……あれ? そういえばタシアおばさんは? さっきから見当たりませんが」


お礼の言葉を言いたいのに……いくら周りを見渡してもタシアおばさんは見当たらない。


自分の部屋にまだいるんだろうか?


「ああ、タシアさんは今頃飛行船乗り場にいると思うよ。出発前にレン君の顔を見ると泣いちゃうから会いたくないんだってさ」


「ははっ……何だかタシアおばさんらしくないですね」


いつも強い口調で俺をガミガミと叱っていたタシアおばさん。そんなタシアおばさんが泣いている姿なんて、俺には想像できない。


「そうかな? 実にタシアさんらしいと私は…………おっと、もうこんな時間か。悪いねレン君。もっと話したいけど、もう行かないと飛行船に乗り遅れちゃう。宿屋の前に馬車も待たせてるしね」


「いえいえ。早く行って下さい。もし遅れたりなんかしたら、タシアおばさんに怒られちゃいますよ」


「ははははは、それもそうだね。じゃあ行きましょうか、ハンネスさん」


「ああ」


「じゃあ馬車の所まで––––」


––––荷物を持ちますよ、と言おうとしたのだが、ひょいひょいといとも軽そうに荷物をまとめて持ち上げるゼバスティアンさんを見て、そのまま口を閉じる。


そう言えばゼバスティアンさん、普通の人間じゃなかったんだよなぁ。

今更になってそんな事を思い出す俺。


ここに飛ばされた日はゼバスティアンさんの顔を見て絶叫したんだっけ。


他にもタシアおばさんと一緒に料理を作ったり、ハンネスおじさんにここの国の常用文字を教わったり、ゼバスティアンさんに地球の事を半日以上もかけて根掘り葉掘り聞かれたり……。


今となって振り返って見れば懐かしい思い出である。



「じゃあ行くね」


「じゃあな」


荷物を持って、出て行こうとする2人。



「いってらっしゃい! そして今まで本当にありがとうございました! タシアおばさんにもよろしく言っておいて下さい!」


俺は2人が視界に入らなくなるぐらいまで深々と頭を下げ、2人が外に出るまでずっとそのままでいた。


これ以上2人を見ていると、涙が溢れてきそうだったからだ。



「ははっ……これじゃあタシアおばさんの事言えないなぁ」


顔を上げ、誰もいなくなったロビーで俺はポツリとそうつぶやくのであった。







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