5 白昼夢
白昼、夢を見る。
白い花びらは儚く、記憶のどこかに刻まれた残像。
痛みに目を閉じると、浮かぶ横顔。
乱れた銀色の髪、頬を伝う雫。
その姿は美しく、どこか悲しい。
白昼の夢。
***
「……お、……美桜っ」
名を呼ばれ、目を覚ます。
まだ、頭がぼんやりしている。
「美桜。起きた?」
窓から、茜色の夕日が差し込む教室。
まだ電気のついていない教室は薄暗く、窓際だけがやけに明るい。
私は机の上で、居眠りをしていたようだ。
顔の下敷きになっていた腕に、痺れが残っている。
「……誰?」
目の前には、顔の下半分が茜色に染まった人。
強く差し込む西日が眩しく、顔の上半分が見えない。
「他にいるのか? こんな優しい彼氏が」
「健?」
目の前には、幼い頃から見慣れた人。
優しい、私の大切な人。
「また、夢を見たの」
美しく、悲しい夢。
「最近、特にひどいの。前はこんなに頻繁には見なかったのに」
桜の下で涙を流す、人。
「美桜はその人に、見覚えがないんだろ? だったら、映画か何か……」
健は、気のせいだと言う。
外国人でもないのに、銀色の髪だなんて。芸能人でもあるまいし、と。
「お化けとか、妖精とかかなぁ? ほら、私、前に……」
言いかけた私の頭に、大きな健の手がのせられた。
「昔見た映画か何かだよ。ほら、もう帰るぞっ」
健はいつも、髪がくしゃくしゃにならないよう丁寧に頭を撫でる。
そのしぐさが、私を大切にしてくれているようでくすぐったい。
私は健に手を引かれ、教室を後にした。
入学してから三年間、私はずっと健と一緒にいる。
幼なじみなのだから、その前も一緒にいたのだけど。
あの日以来、健は私の手を離さない。
私が消えた、あの日。
行方不明になった、二週間。
私には、その間の記憶が無い。
何があったのか、知っている人もいない。
「……貧血で倒れたらしいな」
高校の三年間。最初は同じクラスだった私達も、二年、三年と違うクラスになった。
私は寂しい反面、健から解放されて楽だったような。
健の方は私の事が心配だと言って、友達に探りを入れている。
貧血。最近、よく貧血で倒れる。
健に正直に言うと、心配してしまうから黙っていたのに。
「……居眠りだよ」
今年三年生の私達。
健は今年の夏で、部活を引退する。
倒れた事が知れたら、部活を休んでしまいそうで黙っていた。
「春だから、きっと眠いんだよ。倒れた時だって、あの夢を……」
視界に、桜が舞う。
私は、健の手を強く握った。
倒れる直前に良く見る、残像。
「美桜? どうした?」
健が足を止め、心配そうに私の顔を覗き込む。
舞い散る、桜。
「ううん。何でもない」
私は手を広げ、花びらを受け止めた。
この花びらは、本物の桜。
夢で見る桜とは違う。
「私、桜を見ていると……何故か、胸が詰まるの」
「美桜」
健が頬に、手を添える。
温かくて、さらりとした感触。
そっと触れた唇は、掌より熱い。
私よりも体温の高い、健の温度。
「もう、どこにも行くなよ」
あの日以来、健の顔つきが変わった。
優しいだけじゃない、強い意志を持った瞳。
けれど、時折見せる顔はどこか切ない。
「どこにも行かないよ。私には、健しかいないんだから」
健しかいない。
私には両親がいない。
育ててくれたのは、祖父母。
健はそんな私の事情を知っているから、こういう時困ったように微笑む。
『いなくなっても、健は見つけてくれるじゃない』
頭の中で私の声が響く。
『健は助けてくれたじゃない』
何を?
「美桜?」
健が私を見つめる。
「何でも……ない」
混乱する私の頭上で、桜が舞う。
はらはら、はらはら。
まるで散り急ぐかのように、花びらが舞い散る。
「ねえ、健。私……」
茜色の空が翳る。
『闇が、来る』
聞き覚えのない言葉が、頭の中で響く。
私の声で、私の言葉で、知らない言葉が響く。
『……も、も』
知らない、甘い声。
私は健の手を離し、頭を押さえた。
知らない声が、景色が、流れ込んでくる。
「美桜。そっちは……」
健の声。
頭の中の声が、現実の声より大きく響く。
私は、頭を抱え歩いた。
視界には、残像。
「何? これは……」
ふらつく体、もつれながらも繰り出す足。
「危ないっ! 美桜っ」
腕に熱い健の手。
おぼろげだった視界が、はっきりと見えた。
「たけ……」
目を見開いた、健。
揺らぐ、体。
闇が来る。
闇夜に二人の体が、舞い落ちる。
いびつに歪む、視界。
「美桜……」
衝撃は思ったよりも軽く、私の体は健に包まれていた。
「健……」
私の目の前には、健。困ったように微笑む、健。
「良かった、美桜が……無事で」
そう言って、私の頭を撫でた。
「健?」
丁寧に撫でる手が、止まった。
桜の花びらが舞う。
桜の木々が土手の上から、二人を見下ろす。
「健っ!」
笑顔のまま、目を閉じた健。
後頭部から、赤い色が流れる。
「嘘っ。何っ? 何でっ」
泣き叫ぶ私と、動かなくなった健。
桜は、知らぬ顔で二人の上にも舞い落ちた。
アルファポリス恋愛大賞エントリーしました。
かなり下の方で埋もれてます。
やっぱ、まだまだがんばらなきゃダメですねぇ。




