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      21 薄紅の涙

この世界は、いつだって残酷。

生きるか死ぬか、全ては鬼の為すがまま。

『鬼は美しくとも、鬼。想いを寄せれど、待っているのは地獄』


……お母さん。


お母さんは、銀朱様の事を想っていたのですか。


……想ってしまったのですね。


小箱は、薄紅の形見。

鬼を想った悲しい……人。


『この身は銀朱へ  薄紅』


紙切れは、ひらひらと舞い落ちた。

私の心に一筋の、傷跡を残して。


身を捧げるほど、銀朱様を想ってしまったのですか。


……お母さん。


その気持ち、いつか私にも理解できるのでしょうか。


****


「薄桃、薄桃っ」


目を開くと、そこは……。


「黒紅……さま」


夜風が、頬を撫でた。

ゆっくりと体を起こすと、乾いた落ち葉がかさかさと鳴った。

私の背には、木。斜めの切られた大木の、幹。

もたれる様に、私は寝かされていた。

ここは……。

銀朱様と薄紅が……逢瀬を重ねた場所。


私は、記憶を確かめるように自分の姿を見直した。

乱れた髪、裸足のままの足。

肌蹴ていた胸元はきれいに直され、黒紅様の着物が掛けられていた。


「何が、あったんや」


黒紅様は、大木の幹にじっと手を当てた。


「小箱。私、何も知らなくて……。夕鶴姉さんが、お母さんの形見だって……。それを銀朱様が見つけて……」


思い出しても、恐ろしい。

鬼の銀朱。


「そうか、夕鶴が隠しとったんか。……女は恐ろしいなぁ。鬼の俺でも、そんなんようせん」


夕鶴姉さんは、中身を知っていたのだろうか。

知っていて、隠した……の。


「黒紅様、あの小箱は何ですか。姉さんは私にくれたけど、あれは……。銀朱様に宛てたものでした」


黒紅様は目を閉じた。

手はそのまま、大木の幹に当てたまま。


「そうか、やっぱり薄紅は銀朱にあげたんか。最後まで連れない女やなぁ、薄紅は。」


黒紅様の手が、赤く光った。

光はそのまま、大木の幹に吸い込まれるようにじんわりと光って消えた。


「良いもん、見せたる」


その言葉を待っていたかのように、大木がうねりを上げた。

斬り口から、新しい幹が、枝が伸びていった。

大きな幹から伸びた枝は、瞬時に葉を広げ、蕾をつけた。


薄い、桃色の蕾。


しなだれた枝の先から、競うように花が開いた。

薄紅色の……満開の花。


まさに圧巻、幽玄の美。


暗闇に静かな灯りを灯すように、小さな花が頭上を彩った。

幻想的な、風景。

花の周りだけ、闇が薄まり青く見えた。


「桜は満開に限るなぁ。散り際の美しさよ」


夜風に吹かれ、小さな花びらが舞う。

そう、この花は『桜』

私は、今までどうして忘れていたんだろう。

黒紅様の着物を見ても、ただの花吹雪だと思っていた。

私は手を差し伸べて、舞う桜を愛でた。


「この樹の下で、薄紅はよう泣いとった。はらはら散る花びらが、薄紅の涙みたいで……辛いなぁ」


黒紅様は、桜を見上げたまま呟いた。

この人は、本当にわからない人だ。

卑怯な手を使って、ここに薄紅を引き止めた張本人なのに……。


「薄桃、帰れんかったら俺の所においで。百姫楼には戻らんで。……俺と楽しく暮らさんか」


私は、首を振った。


「……鬼は、嘘つきです」


黒紅様は、片目を瞑って仕方なさそうに顔をしかめた。


「お前も連れんなぁ。けど、正解や。鬼は自分の欲望のままに生きとるからな」


はらはらと、桜が散る。

お母さんの流した、涙の桜。


黒紅様は、私の頭を撫でた。


「……お別れや、薄桃。もうじき銀朱が来る。後は、薄桃と銀朱の話や」


黒紅様が、行ってしまう。


「あの、着物……」


肩に掛けられたままの、桜吹雪の着物。


「餞別や。それと……銀朱がまだ荒れとったら危ないから、木の後ろに隠れとき。……良いもん、見つかるかもしれんで」


はよ、隠れ。


黒紅様の手振りが、そう言っているように見えた。

私は、木の後ろに隠れその姿を見送った。


美しい桜。


去り行く、黒い鬼。


……お母さん、ありがとう。

最後まで私を守ってくれて。


はらはらと、風に舞う桜。


私は……泣きたくなった。



あと2、3話で終わる予定です。


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