第2話 償いをしろと言われてビクビクしていたのですが、メイドになれとのことなので「はいよろこんでぇ!!」なわたしです
リコリスが視線を向けた先にいたのは、メイド服に身を包んだ女性だった。
外見年齢は、20代後半に見える。
しかし溢れ出る威厳から察するに、実年齢はもっと上かもしれない。
メイド服の女性はたおやかな姿勢で、部屋の隅に置かれた椅子に腰を下ろしていた。
髪はサラサラとした、深緑色のボブカット。
吊り上がった楕円レンズの眼鏡をかけていて、その奥からハシバミ色の瞳が覗く。
美しい瞳。
そして、厳しそうな眼差しだった。
「……いえ。あなたはもう、リスコル姓ではない。家名を持たない、ただのリコリス」
メイド服の女性は、
「少しの間だけですけどね」
と続けたが、リコリスにはその意味がよく分からなかった。
「自己紹介が遅れたわね。わたくしの名は、サディーナ・スギモンヌ。このレーヴァテイン邸で、メイド達を統括するメイド長の役目を頂いているわ」
サディーナはリコリスに対して、椅子から立ち上がり淑女の礼などしない。
リコリスはもう、公爵令嬢ではないのだから。
「サディーナ様が、着替えさせてくれたのですか? ありがとうございます」
ベッドに上半身を起こしたまま、ペコリと頭を下げるリコリス。
そんな彼女に対して、サディーナは意地の悪い笑みを浮かべた。
「うふふふ……。旦那様が着替えさせたとでも、思いましたか?」
彼女がレーヴァテイン家のメイド長である以上、旦那様とはヘンリー・レーヴァテイン騎士団長のことに他ならない。
さっきまで想像していたことを見透かされ、リコリスは再び頬を赤く染めた。
「旦那様は、とても紳士的な方です。命にかかわるような場面でなければ、寝ている女性の服を脱がせたりなどしないわ」
急に真顔になって、眼鏡のレンズを光らせたサディーナ。
「ヘンリーが着替えさせた」というリコリスの想像を、主人への侮辱と受け取ったのかもしれない。
そう考え、リコリスは素早く謝罪する。
「失礼いたしました。ヘンリー様……レーヴァテイン卿のご配慮、感謝いたします」
「旦那様の呼び方を変えるあたり、自分の立場というものを分かっているようね」
もうリコリスは、公爵令嬢ではない。
反逆者の娘だ。
別人としてやり直すにしても、何の後ろ盾もないただの娘に過ぎない。
リコリスは瞬時にそれを理解し、立ち振る舞いを変えようとしている。
サディーナは内心、その変わり身の早さに感心していた。
「リコリス。体にどこか、異常はありませんか?」
サディーナに問われて彼女は、自らの体をペタペタと触ってゆく。
「はい、サディーナ様。鉄の枷で付いた傷や、痛みも残っておりません。これは、ひょっとして……」
「旦那様はあなたを運ぶ際、回復魔法で治癒し続けてくださったのよ。後で、感謝の言葉を忘れないようにね」
無論リコリスは、お礼を疎かにするつもりはなかった。
今の彼女は、「騎士様に保護されている、身元が不確かな女」に過ぎない。
公爵領から連行されてくる前に見聞きしたヘンリーの言動や、サディーナの接し方。
それらから察するに、元公爵令嬢としての血筋を利用し祭り上げられるとかそういう話でもないらしい。
ならば元貴族令嬢としてではなく、平民の娘として振る舞うべきだとリコリスは考えていた。
彼女は頭の回転が速く、考え方も貴族の娘にしては柔軟なのだ。
「健康なら、さっそく旦那様に挨拶をしに行きましょう。まずは寝間着から、壁に掛けてあるその服に着替えなさい」
サディーナは、リコリスの背後を指差す。
振り返り、壁に掛かっていた服を見て、リコリスの青い双眸は驚きに見開かれた。
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コンコンと、木製の扉がノックされる音。
執務室の中で書類仕事に勤しんでいたヘンリー・レーヴァテインだったが、すぐに訪問者がサディーナであると気付いた。
彼女のノックは、リズムが恐ろしく正確。
それでいて耳障りではなく、なおかつハッキリと聞こえる絶妙な音量なのだ。
「入りなさい」
大方リコリスが目を覚ました報告だろうと希望的観測をし、ヘンリーは入室を促す。
だが彼が耳にした報告は、希望的観測の斜め上をいくものだった。
「失礼します、旦那様。リコリス嬢が目を覚ましたので、お連れいたしました」
覚醒の報告どころかすでに連れてきていると聞き、ヘンリーの心臓は跳ねた。
同時に、不安になる。
書類仕事にかまけるあまり、自身の身なりに乱れている部分はないかと。
サディーナに続いて入室してきたリコリスの恰好に、ヘンリーは眉をピクリと動かした。
現在のレーヴァテイン邸内でそのリアクションの意味を理解できるのは、メイド長のサディーナだけだ。
普段はあまり、表情を変えることがないヘンリー。
眉毛ピクリは、普通の人間ならば目を剥いて口をあんぐり級の驚き方なのである。
「サディーナ……。もうその恰好をさせるとは、気が早いのではないか?」
「旦那様、時間は有限です。リコリス嬢には、チャチャッと己の立場を理解していただきましょう」
サディーナは主人の言葉にも、すまし顔で答える。
若く見えるが自分より少し年上であるこのメイド長には敵わないと、ヘンリーも思っていたりするのだ。
「さあ、リコリス。旦那様に、ご挨拶を」
サディーナ言葉に従い、ヘンリーの前へと出るリコリス。
彼女の服装はもちろん、寝間着のネグリジェなどではない。
限りなく黒に近い、濃紺のワンピース。
足首の少し上まであるロングスカートの裾が、ふわりと揺れる。
その上から纏っているのは、まっさらな純白のエプロン。
ふりふりのフリルが、リコリスの可憐さをさらに加速させている。
元公爵令嬢のメイド服姿を見て、ヘンリー・レーヴァテインは心の中で絶叫していた。
(なんだ!? このギャンカワな生き物はっ!!)
声に出してしまったら、聖騎士団長やレーヴァテイン家当主としての威厳など吹き飛んでしまいそうな台詞である。
付き合いの長いサディーナには、もしかしたらヘンリー心の叫びが聞こえていたかもしれない。
即席メイドを冷静に品定めしているように見えて、実は見惚れて絶句していただけのヘンリー。
彼に向かい、リコリスは優雅にスカートの裾を持ち上げ淑女の礼で挨拶をする。
さすが元公爵令嬢と思わせる、美しい仕草だった。
「レーヴァテイン卿。この度は幽閉されていた牢屋から救出して下さり、怪我の治療までしていただいて感謝の言葉もございません」
リコリスから述べられる感謝の言葉に、ヘンリーはやっと正気を取り戻した。
「ふむ。そのことについては、気にしなくて良い。君を助けようと思って、連れ出したわけじゃない。……償いをしてもらうためだ」
淡々と言い放ったヘンリーの言葉と鋭い視線に、リコリスの肩はピクリと震える。
「わたしはどのようにして、父の犯した罪を償えばよろしいのでしょうか? この服装といい、見当がつきません」
可愛らしく首を傾げるリコリスに対し、
(これが若手騎士達がよく言っている、「萌え」というやつなのか)
などと思考を巡らせていたヘンリーだったが、サディーナの咳払いで話を続けざるを得なくなった。
「君にはこのレーヴァテイン家で、メイドとして働いてもらう」
「まあ! メイドですって!?」
「そうだ。元公爵令嬢である君にとって、これ以上ない屈辱的な罰だろう。爵位が遥かに下位であった、騎士爵の私に仕えるなどな」
リコリスの驚き方を、あまりに屈辱的な扱いに対するものだと思ったヘンリー。
だがリコリスの思考回路は、一般的な貴族令嬢のものとは少しズレていた。
「いいえ。わたしはメイドさん達の仕事にも、興味があります。昔からいちどやってみたかったのですが、公爵家のメイドさん達に止められて挑戦できなかったのです」
ヘンリーもサディーナも冷静さを装っていたが、魂は腰砕けになっていた。
メイドの仕事に興味津々で、挑戦してみたがる公爵令嬢など聞いたことがない。
いや――
「そういえば昔から君は、好奇心旺盛な子だったな」
「昔のことを憶えていて下さって、光栄です。旦那様」
もう「旦那様」呼び。
すでにリコリスは、ノリノリだ。
「旦那様、僭越ながら申し上げます。メイドの仕事を、『屈辱的な罰』などとおっしゃるのはあんまりです」
「む……」
「わたしがまだ公爵令嬢だった頃、メイドの皆様は誠心誠意、全力をもって屋敷の管理やわたし達の世話をしてくださいました。それを、罰などと……」
「確かに、君の言う通りだ。すまなかった、リコリス。サディーナ」
あっさりと謝罪の言葉を口にしたヘンリーに、リコリスは意外そうな顔をした。
『反逆者の娘なのだから、立場をわきまえろ』
ぐらいの叱責は、覚悟の上だったのに。
「では、サディーナ。リコリスに食事を取らせた後、この屋敷を案内しながら仕事を教えてやってくれ」
「分かりました。厳しく仕込みます」
サディーナはどこからともなく、乗馬鞭を取り出した。
それを右手に持ち、余った自らの左手の平をペシペシ叩いてみせる。
「初日なのだ。ほどほどにな」
「畏まりました。さあ、リコリス。行きますよ」
退出の礼を取り、リコリスとサディーナは執務室を出て行く。
彼女達を見送ったヘンリーは、椅子の背もたれに体重を預けた。
そのまま天井を見上げ、ボソリと呟く。
「レオン、すまない。私はお前の死すらも、ダシに使おうとしている。だが、分かってくれるだろう?」
ヘンリーは思い出す。
「団長と呼べ」と言っているのに、いつまでも「先輩、先輩」と呼んでいた可愛い部下の顔を。
彼が生きていたら、きっと自分の計画を全力で支持してくれたと思うのだ。
『先輩も早く、可愛い嫁さんもらっちまえよ~。……俺みたいにな!』
と、上から目線で言ってくる後輩。
彼はもう、この世にはいないのだ。
胸に去来する寂しさを振り払うかのように、ヘンリーは万年筆を手に取った。
再び書類仕事に、集中するために。
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「とても、広いお屋敷なのですね」
食堂で食事を取らせてもらった後、リコリスはサディーナに案内されてレーヴァテイン邸内を見て回っていた。
「レーヴァテイン家は、数多くの聖騎士を輩出してきた歴史があります。騎士爵は1代限りのものですが、これだけ多くの聖騎士を送り出していれば名門中の名門と呼ばれるわ。家格は、男爵家や子爵家に劣らぬと言えるでしょう」
素っ気なく説明するサディーナ。
だがその口調の中に、誇りが滲み出ていることをリコリスは感じ取った。
「それでこんなに、大きなお屋敷を……」
内装や調度品こそ、簡素なもの。
だが館の大きさは、リコリスが生まれ育ったリスコル公爵邸に匹敵するものがあった。
「やむを得ず、大きくなってしまっているところもあります。後で案内するけど、軍略本や戦史などを大量に蔵書している図書室があるの。そこが広くてね。図書室管理も、我々メイドの仕事よ」
多岐にわたる仕事に辟易した顔を見せるかと思いきや、リコリスは目を輝かせて
「図書室! 素敵!」
などと感激していた。
「それにしてもサディーナ様……。男性使用人の数が少ないように感じるのは、気のせいでしょうか?」
前を歩いていたサディーナはリコリスの指摘に振り返り、唇の端を吊り上げる。
彼女の観察力に、感心していたのだ。
「よく、気づきましたね。そう、この屋敷では男性使用人の数は最低限。無駄に若いメイドの数が多い。なぜだか分かる?」
問われてリコリスは、思考を巡らせてみる。
お屋敷が広いのだから、人手が必要なのは当然のはず。
問題は、男女比がおかしいこと。
もうひとつリコリスが気になったのは、屋敷内を案内されながら先輩メイド達に挨拶して回る時の反応。
彼女達の視線が、警戒心や敵意を帯びていたことだ。
新しくできた後輩に、向けるようなものではない。
まるで、競争相手に向けるような――
そういえばメイド達が全員、育ちが良さそうな点も気になった。
あれはひょっとして、下位貴族のご令嬢や名のある商家のお嬢さんなのでは?
「まさか……。みんな、旦那様のお嫁さん候補……」
解答に、サディーナは大きな溜息をついた。
見当違いな発言をしてしまったのかと、恥ずかしくなったリコリスだったが――
「正解よ。レーヴァテイン家と繋がりを持ちたい貴族家や大商人が、頼まれもしないのに娘を次々送り込んでくるの。旦那様は見目がよく、収入も多い騎士団長。優良物件とみて、自ら突撃押しかけメイドになったご令嬢も多いのです」
遠くを見ながら、2回目の溜息を吐き出すサディーナ。
リコリスには彼女の呆れとウンザリ感も理解できたが、令嬢メイド達の気持ちも理解できた。
「仕方ありませんわ。旦那様は、素敵なお方ですもの。特に筋肉とか、筋肉とか、筋肉とか……」
「あなたが1番、旦那様を邪な目で見ているわね……」
ウットリとした表情で主人の筋肉を妄想するリコリスを見て、サディーナは3回目の長~い溜息を吐き出した。




