第13話 メイドには適性がないから、騎士団長夫人になりなさいって言われました。どうやらわたし達のバックには、聖女様がついてくださっているようです
暗黒の夜空を飛行し続けていた、リコリスとヘンリー。
やがて2人の視線の先に、ポツポツと光が見え始めた。
「あれは……聖都ミラディア?」
「そうだ。魔法灯の明かり……そこに、人々が生きている証だ。悲惨な戦争でどれだけ多くの命が失われようとも、新たな命は生まれ、人族の歴史は続いていく。君の故郷、リスコル公爵領でもきっとそうだろう」
公爵領に「元」と付けないヘンリーの気遣いが、リコリスには嬉しかった。
先程「傍にいて欲しかった」と言ってくれたのも、嬉しかった。
だが同時に、辛くもある。
ヘンリーはもう、35歳。
なぜだか彼は、散々婚期を引き延ばしてきた。
だがさすがにそろそろ家格の釣り合う誰かと結婚し、家庭を築くだろう。
自分はそれを、素直に祝福できるだろうか?
「どうしたリコリス? 私の顔に、何か付いているか?」
気が付けば、ヘンリーの顔を凝視してしまっていた。
(ダメよ、リコリス……。気持ちを伝えるなんて、許されない)
所詮は叶わぬ、身分違いの恋である。
思いの丈を伝えたところで、どうにかなるものではない。
ヘンリーのことだから、疎んじて屋敷を追い出すような真似はしないだろう。
しかしお互いに気まずくなり、結婚後のヘンリーとその夫人に仕えることが難しくなるかもしれない。
せめてリコリスに平民としてでも戸籍があれば、少しは望みもあったのだが。
「そうだ、リコリス。君には、養子になってもらう。色々あって揃わなかった書類が、やっと揃ったのだ」
「……へっ? どういうことですか? わたし、旦那様の養子になるのですか? リコリス・レーヴァテインになるのですか?」
「それはまた、次の段階で……。いや、違う。すまんな、私の説明が悪かった。君には今、ミラディア神聖国の戸籍がなくて不便だろう? そこで適当な家の養子に入ってもらい、戸籍を作るのだ」
ミラディア神聖国の法において、戸籍を持たない者が戸籍を得るためには誰かの養子となるのが最も近道であった。
他に方法がないわけでもないが、最もスムーズかつスピーディーに手続きが取れる。
特に貴族の養子縁組などは、非常に話が早い。
「お気遣い、ありがとうございます」
いつの間にか雲が晴れ、月明かりが2人を照らしていた。
リコリスの表情は、月光に負けないぐらい輝く。
戸籍を得るということは、ヘンリーと結ばれる希望が出てきたという意味だ。
レーヴァテイン家は超名門ではあるものの、ヘンリー自身の爵位は1代限りの騎士爵。
名のある商家の娘などであれば、平民でも釣り合いは充分に取れる。
そうでなくともリコリスは商売を興し、自力で成り上がる気満々であった。
元々領地経営などの知識が豊富で、敏腕領主であった父からも、
『リコリスちゃんのお婿さんになる人には、領地経営の手腕は求めなくていいね。リコリスちゃん自身が、私以上に上手く領地経営してくれそうだから』
とまで、言われていたぐらいだ。
その手腕を商売に転用することは、充分に可能なはず。
鼻息を荒くしていたリコリスだったが、そこでふと我に返る。
「あの……旦那様。わたしは、どなたの養子になるのですか? わたしも知っている方ですか?」
「ああ、よく知っている相手だとも。……サディーナだ」
あっさりと言い放たれたヘンリーの発言に、リコリスの頬は引きつった。
サディーナのことが、嫌いなわけではない。
むしろその仕事ぶりに、尊敬の念を抱いている。
レーヴァテイン家に来てからはお世話になりっぱなしで、恩義も感じている。
だが、あのサディーナが養母――
笑顔で鞭の素振りをする未来のお義母様を想像して、リコリスは臀部を縮こまらせた。
「そういえばサディーナ様は、ご結婚なさっているのですか? ひょっとして、お義父様もできたりとか……」
「本人からは、何も聞いていないのか? サディーナはあれで、伯爵夫人だぞ」
しばしの間、夜風を切る音だけが2人の間に響き続けた。
リコリスの思考回路が、完全に停止していたのである。
「ええええええっ!! 伯爵夫人!? なんで伯爵夫人が、騎士爵家でメイドなんてやってるんですかっ!?」
「うむ、私にもよく分からん。元からサディーナは子爵令嬢だったのだが、なぜかレーヴァテイン家のメイドになっていた。そしていつの間にか、スギモンヌ伯爵と結婚していたのだ」
「まあ現在も子爵令嬢であるジニー先輩がメイドやってるぐらいですから、その先駆けだったと納得するとして……。普通は結婚したら、メイドは辞めますよね?」
「そこは伯爵と、サディーナ自身の趣味らしい。伯爵は、妻にはメイドであり続けて欲しいと。サディーナも、メイドであり続けたいそうだ」
「趣味で済むんだ……」としか、リコリスには言いようがない。
だがあのサディーナなら、「伯爵夫人がメイドなんて……」などと言ってくる輩を鞭で黙らせるぐらいはやりそうだ。
「伯爵……。わたし養女とはいえ、伯爵令嬢になってしまうのですね……」
ヘンリーとは――結婚できなくもないだろう。
騎士爵家とはいえ、レーヴァテイン家は超名門。
おまけに教会聖騎士団団長とくれば、伯爵家が養女を嫁がせても醜聞にはならない。
「ちなみに君に婿を取らせ、跡継ぎにという話でもない。あの家にはもう、優秀な跡継ぎがいるからな。君は戸籍を得るだけで、自由の身だ。サディーナの家に住む必要もない。……そこでだ」
ヘンリーが何かを提案する前に、リコリスが叫んだ。
「これまで通りメイドとして、お傍に置いて下さ……」
「ダメだ」
被せるように断られて、リコリスはショックを受けた。
「そんな……どうして……。先程『帰るぞ』と仰って下さったのは、一緒にレーヴァテイン家に戻ろうという意味では……」
「『これまで通りメイドとして』の部分が却下だ。この1ケ月で、自分がやらかしてきたことの数々を忘れたのかね? リコリス。君は、メイドに向いていない」
全く否定できなかった。
「危険がメイド服を着て歩いている」だの「破壊者メイド」だの言われる存在。
それがリコリスだ。
「そ……それではメイド以外の形でなら、お傍に置いていただけるのですね? どんな仕事でも構いません。旦那様の近くにいたいのです」
「ほう? ならば大変な役職がひとつ空いているが、それでも構わないか?」
「ええ。なんだって、やってみせます」
言い切ってから、少し不安になるリコリス。
ヘンリーは自分に、いったい何をやらせるつもりだろうか?
「言質は取ったぞ。それでは君にやってもらう新しい仕事は、『騎士団長夫人』だ」
「お任せ下さい。騎士団長夫人だろうがなんだろうが、絶対にこなしてみせま……騎士団長夫人?」
リコリスは首を傾げた。
騎士団長とは、いま自分をお姫様抱っこして飛んでいるヘンリー・レーヴァテインのことだ。
騎士団長夫人というからには、当然その奥さんというわけで――
「騎士団長……夫人……? 旦那様の……奥さん……?」
無言で頷くヘンリーを見て、リコリスは自分の解釈が間違いでなかったことを理解した。
「拒否は許さぬ。私の妻となりなさい、リコリス・リスコル公爵令嬢。家名を持たぬ、ただのリコリス。リコリス・スギモンヌ伯爵令嬢」
――今までの経歴を含めて、丸ごと全部受け入れてやる。
そう言われた気がして、リコリスの胸は火傷しそうなほど熱くなった。
「と……突然過ぎます! それにわたしは、反逆者の一族。そんな者を、妻に娶るなど……。バレてしまった時、旦那様にどれだけご迷惑をかけることか……」
ヘンリーからのプロポーズに、月まで飛んで行ってしまいそうなほど舞い上がっていたリコリス。
だが彼女の口は嬉しい気持ちとは裏腹に、否定的な言葉を吐き出してしまった。
あれだけ憧れていた、ヘンリー・レーヴァテインからのプロポーズだというのに。
商人として成り上がってでも、ヘンリーと結婚するチャンスに賭けていたのに。
あまりに突然。
そしてあまりに自分に都合が良すぎて、不安になってしまったのだ。
同時に、処刑されてしまった父親への後ろめたさも感じてしまう。
自分だけがのうのうと生き延びて、幸せになってよいものだろうかと。
「案ずるな。君の素性を知りつつ妻に娶ることについては、心強い協力者がいる。スギモンヌ伯爵夫妻もそうだし、聖女アナスタシア様も後ろ盾についてくださっている」
「聖女様もですって!? いったいなぜ? わたしの父が起こした反乱のせいでご主人を……レオン様を失ったのではないのですか? 恨まれる覚えこそあれ、協力して下さるなんて……」
「それが、剣聖レオン・ノートゥングの遺志だからだ」
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
昨年のことだ。
レオンの自宅ノートゥング家で酒を飲みながら、男達は恋愛話に花を咲かせていた。
「……で? 先輩が嫁さんにしたいっていう、カワイ子ちゃんは誰よ?」
「絶対、誰にも言うなよ? ……リコリス・リスコル公爵令嬢だ」
ヘンリーの言葉を聞いた瞬間、レオンは腹を抱えて爆笑した。
「ぎゃっはっはっはっ! 昔、俺が言った通りになったじゃねえか。いつからだ? まさか、リコリスお嬢ちゃんが7歳の時からか? とんだロリコン野郎だな、先輩」
「違う。ごく最近からだ。こないだ大規模な夜会の警備を、務めたことがあっただろう? そこで可憐な令嬢に成長した彼女を見て、なんとしても妻にしたいと思ってしまったのだ」
「ふーん。本当のところは、どうなんだかな? まあ、気持ちはわかるぜ。リコリスお嬢ちゃん、可愛いもんな。ウチの嫁さんや、娘の次ぐらいに」
レオンの嫁バカ、娘バカっぷりは大陸一なので、リコリスがその次と言われてもヘンリーは怒ったりしない。
だがレオンの妻と娘は、可愛いというよりは美人顔。
この聖都で流行りの顔ではなく、モテるのは断然リコリスのはずだと心の中で謎の対抗意識を燃やすだけだった。
「しっかしよぉ~。相手は公爵令嬢だぜ? 先輩の役職と家格なら、伯爵令嬢まではギリ行けると思うけどよ。さすがに公爵令嬢はなぁ~。リコリスお嬢ちゃん、ひとり娘だし」
「むう……」
「いっそ俺が、リスコル公爵に脅しをかけるか? 『領地全体を真っ二つにされたくなければ、娘を差し出せ』とか」
「やめろ。お前の管理責任を問われるのは、いつも私なんだぞ?」
「冗談だって。じょ~だん」
止めなければ、本気でやらかしそうなのがレオン・ノートゥングという男なのである。
ヘンリーが騎士団長という役職を与えられたのは、
『剣聖レオンを御せる男は、黒鷲ヘンリーだけ』
という、教会上層部の判断からだろう。
男達2人は、手詰まりになってしまった。
一介の騎士団長と公爵令嬢が結ばれる筋書を、全く思いつけない。
しばしの沈黙の後、応接室の扉がノックもなしに開かれた。
「話は聞かせてもらったわ」
「聞かせてもらったのですわ」
突然乱入してきたのは、黒髪の美女と美少女。
レオンの妻アナスタシアと、娘のヴェリーナである。
「アナスタシア様。いくらなんでも、盗み聞きとはあんまりです」
「何を言っているの? 団長もレオンも、声が大き過ぎよ? 廊下の向こうまで、聞こえていたわ。だいぶ酔いが、回っているようね」
聖女アナスタシアから言い切られて、ヘンリーは反論できなかった。
このご夫人はメイド長サディーナと似たところがあって、なんだか逆らいにくいのだ。
実際にアナスタシアとサディーナは、交流があるらしい。
なんでも似たような趣味を持つ、仲間なんだとか。
お酒だけでは物足りないだろうとの配慮か、フルーツの盛り合わせが運び入れられた。
ヘンリーは唖然とする。
盛り合わせの量はかなり多く、皿も大きく重そうだった。
それをまだ10歳の娘であるヴェリーナが、片手で軽々と運んできたのだ。
この怪力に、バランス感覚。
剣聖レオンの血を、色濃く受け継いでいるのかもしれない。
「女子は騎士になれない」などというふざけた法がなければ、将来は聖騎士団にスカウトしたい逸材だった。
「ヘンリー騎士団長。あなたには主人がいつも、大っ変お世話になっております。リスコル公爵令嬢の件、私も全力で応援させていただきましょう」
「アナスタシア様にそう言っていただけるのは、とても心強い。しかし、具体的にはどうやって……」
「私にもまだ、具体的な案があるわけではないわ。でも最近、教会内部でリスコル公爵領にちょっかいを出そうとしている人物がいるという噂があるの」
「それは、まことですか?」
「まだ情報収集中で、真偽は不明よ。もしそれが事実だったとしたら……リスコル父娘が危機に陥ったら、あなたが颯爽と聖騎士団を率いて助け、恩を売るの」
「なるほど」
夫のレオンとは違い、アナスタシアのアイディアは現実味のある提案に思えた。
しかし――
「それでもダメなら、私が教会を通じて圧力をかけるわ。実家の商会からも、経済的圧力をかけてもらいましょう。夫婦揃って聖伯の爵位持ちである私達ノートゥング家は、公爵家でも無視できない存在のはず。使える圧力を総動員して、娘を差し出させるよう仕向けましょう」
圧力づくしなアナスタシアの策略に、ヘンリーは内心ちょっと引いていた。
この人が敵でなくて、本当に良かったと思う。
「頼もしい嫁さんだろ?」とニヤつくレオンの隣では、ヴェリーナが父親にリンゴジュースを作ってあげていた。
片手でグシャリと林檎を握りつぶす、ワイルドな手法で。
父親のレオンはそれを無作法だと怒ることなく、「お~。ヴェリーナたん、力持ち~」と褒めちぎる。
(ノートゥング聖伯家は、恐ろしい家だ)
酔いが回り、恋バナで熱くなっていたはずのヘンリー。
その頭は、すっかり冷めきってしまっていた。
「とにかくよ。俺達夫婦は先輩がリコリスお嬢ちゃんを嫁さんにできるよう、全力で応援するぜ」
帰り際にかけられたレオンの言葉が、やけにヘンリーの胸に染み渡った。




