㊱
読んでいただいてありがとうございます。
「来たか、ラフィーネ。堅苦しい挨拶はなしだ」
「はい」
通常ならここで形に沿った挨拶をするのだが、皇帝は公の場でない限り、こうして省略することが多い。
もっとも、これはある程度皇帝に近い人物限定なのだが、今の後宮に勤める者たちはこうして省略されることに慣れているので、動揺することはない。
「リンゼイル伯爵家の処分が決まった」
「覚悟はしております」
家名が残ればいい方だ。
明日から伯爵令嬢でなくなったとしても、このまま後宮で仕事は続けられることになっているので、今までの生活とそんなに変わることはない。
なので、ラフィーネ個人としては家がなくなってもいいけれど、そうなったら父や兄にとっては絶望しかないだろう。
あれだけ古くから存在している伯爵家であることを誇っていたのに、それがなくなるのだから。
「お前の父は伯爵から男爵に降爵だ。今、残っている領地が男爵位くらいの領地だから、ちょうどいいだろう」
「ありがとうございます。領地はそのままにしていただけるのですね」
「ただし、数年の間はこっちから人を送って監視させる。これ以上領地を減らしたり、天災などの理由以外で借金を増やしたりした場合は、取り上げて俸給に切り替える。それと、降爵に伴いリンゼイルの家名も取り上げる。これからは、別の家名を名乗ることになるだろう」
そうなれば、ラフィーネもそちらの家名を名乗ることになる。
それはちょっと面倒くさいな、と内心で思っていた。
手続きとか、何かよく分からない嫌みとかを言われるのかと思うとちょっと面倒くさい。
「それからラフィーネ、お前のことだが」
「はい。はい?」
思わず返事を二度してしまった。しかも、二度目は疑問形だ。
父が男爵になるのならば、自分だって男爵令嬢になるだけだと思ったのだが、ひょっとして違うのだろうか?
もしや、自分には別口の罰でもあるのだろうか。
あまり身に覚えはないのだけれど、あの父と兄が何かを言ったのだろうか。
「お前は今、あの家の籍から一時的に抜いてある状態だ」
そうだった。巻き添えを食らわないように、わざわざ籍を抜いてくれたのだった。
「それで、色々と考えたのだが、お前、このままリンゼイル伯爵になれ」
「は?」
言葉の意味が、全く理解出来ない。
皇帝陛下ともあろう御方が、何かよく分からないことをおっしゃっている。
「聞こえなかったのか?ラフィーネ、お前は今日からラフィーネ・リンゼイル伯爵だと言っているんだ」
「りんぜいるはくしゃく?ん?え?は?……えぇー!」
相手が皇帝だということもすっぽり抜け落ちた返事と絶妙なラフィーネの表情に、ユージーンはふっと笑った。
予め聞いていたヴァッシュは、そんなラフィーネの間の抜けた顔は見なかったことにして、視線を逸らした。
「もちろん領地はないから俸給になるが、一代伯爵ではない。お前が結婚したら、子供に継がせてやればいい。それとも、あの領地がほしかったか?なら、父親の方を俸給にするが」
「え?あー、あそこは要らないです。たいしていい想い出もないので。じゃなくてですね、リンゼイル伯爵を私が名乗るのですか?」
「そうだ。リンゼイル家の血筋がなくなったわけではないし、古くからある家を潰すとうるさい者たちもいる。次は自分たちの番かもしれないと怯えているだけのような者たちだが、うるさいことに変わりはない。今回は、先代リンゼイル伯爵の子供が新しいリンゼイル伯爵になっただけだ。何の問題もあるまい」
「ご、強引過ぎます。嫡男ではないのですが」
「能力の問題だ。ラフィーネ、帝国にとっては、お前の兄よりお前の方の価値が高い」
「……大変光栄な評価だと思います」
「なら、素直に受けておけ。それと、お前が爵位持ちと結婚しても、リンゼイル伯爵はお前自身かお前の血を継ぐ子供にしか名乗ることを認めないからな。お前の夫がリンゼイル伯爵を名乗ることは許さない。ついでに、父親の隠し子や兄の子供とかが湧いて出てきて文句を言ったとしても、男爵家の者が伯爵になることは許さない。だから、たとえお前が兄の子供を養子にしたところで、その子供は無爵の人間になるから気を付けるように」
「書面にしていただけると、父と兄が何か言って来た時に手っ取り早いんですが」
「いいだろう。正式な書類を発行してやる。せいぜい見せびらかせ」
「ありがとうございます」
見せびらかすつもりはないけれど、後々のことを考えると、書面がある方がいいに決まっている。
今の陛下の代ならともかく、子供の代とかになって不当に爵位を持っていかれたと騒がれても、皇帝の正式な書類があれば正当なのはこちらの方だと誰でも理解出来るだろう。
誰かが騒ぎそうなので、そういう書類はきっちり揃えておきたい。
「それから、もし、父や兄がお前に文句を言うようならこっちに回せ。俺の決定を不服とするのならば、俺に言うのが筋だろう。あ、それと、お前が根回しして撤回させろとか俺に取り次げって言われても断れ。皇帝から禁止令が出ていると言えばいい」
「重ね重ね、ありがとうございます」
実際、そういうことを言いそうな人たちなので、皇帝陛下からの命令です、ってはっきり言えるのは有難い。
あと、ただの男爵が皇帝に謁見出来る順番ってそうとう遅いですよね。
理由次第ですが、下手をしたら面会の申し込みをしてから一年以上待たされますよね。
皇宮から監視が入るから、領地の状況などは報告書が上がってくるのに、どんな理由で面会するつもりなのだろう。
下らない理由だと、さすがに却下されると思う。
ラフィーネは、ユージーンがまともに父と兄の相手をする気がないことを、はっきりと悟った。
そのことに納得も出来るので、もう一度あの二人にチャンスを与えてください、なんて愚かなことを言うつもりもなかった。
「ラフィーネ・リンゼイル伯爵、お前は、帝国と皇家を支える者の一人だ。その誇りを胸に仕事に励むがいい」
「はい。帝国と陛下の御為に」
正式な礼をしたラフィーネに、ユージーンは満足そうな顔をしたのだった。




