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読んでいただいてありがとうございます。何とか年内の完結を目指しています……。
妹が自分の留学費用のために売られたと聞いて気持ちが大きく揺らいでいる兄を見て、ラフィーネはため息を吐いた。
「お兄様って、昔から周囲の影響を受けまくるし、それを信じて疑わないわよね。しかも、他の人が出来るなら自分も出来るって思い込むし」
「え?」
「今だってお父様が言ったことを信じてここに来たんでしょう?お父様、私を売ったって言った?」
「……いや、言っていなかった」
「そうよね。絶対自分に都合の悪いことなんて言わないわよね。でも、少しうちの財政状況を調べればどこからお金が出たのか疑問に思うはずなのよ。お兄様、きちんと調べた?」
「……父上から、何も問題はなかったって聞いたから……」
「ほら、聞いただけで何の疑問も抱かずにそのまま信じていたじゃない。留学だってそうでしょう?お兄様の同級生の方で他国の方がいて、その方が、自国以外の国で学ぶのもいい経験になる、と言っていたから自分もその気になったんでしょう?」
ちなみにこれは、つい先日皇宮内で出会った財務局所属の兄の同級生に聞いた話だ。
あれ以来、たまに会うと多少立ち話をする程度の仲になった。
何気ない話から兄の話になり、当時いたという他国の人に話になったのだ。
その人がバルバ帝国に留学に来た理由が、自国だけでは学べないことを学びに来た、それがいい経験になる、ということだったそうだ。
確かに帝国しか知らないと分からなかったことが、他国に行って外から客観的に見ることによって分かる時もある。
だからと言って、家の財政が危ないというのに何年も行くことはない。
帝国から出たことのないラフィーネにだって、こうして皇宮で働いていれば自然と見えてくるものはあるのだから、まずは普通に帝国内で学べば良かったのだ。
「お兄様、何年の約束でフレストール王国に行かれました?」
「……一年だ」
「そうよね。でも、お兄様は一年経っても帰って来なかったわ。お兄様から送られてきた手紙を読んだ時、やっぱりねって思ったわ。お父様はどうするのかなって思っていたら、お兄様のやりたいことをやらせてあげたい、とかバカなことを言い出した時の私の気持ちが分かる?簡単に約束を破るような人があなたの息子です、って言いたかったわ」
「いや、それは……!」
「そもそも最初から一年間という約束を守る気はなかったんでしょう?お兄様に甘いお父様に言えば、何年でもフレストール王国にいることが出来るって思っていなかった?」
ラフィーネの言葉に、デリックはドキリとした。
正直に言えば、とりあえず一年と言っておけば、延長なんていくらでも出来ると思っていた。
フレストール王国にはバルバ帝国とはまた違った魅力があったし、いつか帝国には必ず帰らなくてはいけないから、それまでの間、出来るだけフレストール王国にいたいと思ったのも事実だ。
留学したあちらの学校を卒業しても、何だかんだ居続けた。
多少、仕事はしたが、それも知り合いに紹介してもらった短期間の仕事をしていた。
それ以外はフレストール王国の国内を旅行したり、図書館で好きな本を読んで過ごしていた。
友人たちと美味しいワインを飲みに、フレストール王国の隣国まで行っていたこともある。
生活費は、短期の仕事と父から送られてきたお金で十分だったから。
だが、そんなことを今この場でラフィーネには言えない。
言ったら、妹を売った金で遊んでいた最低の兄だと売られた本人に言うことになるから。
「……いや、ほら、一年はちょっと短いなって思って……」
「そんなの最初から分かっていたことでしょう?」
「一年の約束なら、父上もお金を出してくれるかって……」
「最初から守る気のない約束じゃない。お父様もお兄様も、守る気のない約束はするべきではないわ。そんなことを繰り返していたら、信頼なんてされなくなるわよ。二人がそんな風だから、私はさっさとあの家を出たんだし」
「それは、結婚がダメになったからじゃないのか?」
「それもあるけど、元々家を出ようとは思っていたのよ。だから、真面目に勉強をして上位の成績を取り続けていたんだし。ヌークス子爵家に嫁いでいたとしても、何らかの形で仕事はしていたかも。婚約者はアレだったけど、子爵ご本人とはけっこう気が合ったから、家の手伝いとかなら許してくださっただろうし」
ラフィーネのその言葉に、デリックの目が一瞬キラリと光った。
父が進めているラフィーネをヌークス子爵の後妻に、という話が上手くいけばまとまる。
年齢差はあるが気が合う人ならばラフィーネもそこまで嫌がらないはずだ。
デリックのそんな思いを含んだ視線に、ラフィーネは何だか嫌なものを感じた。
「……何だかすごく嫌な予感がするのはどうしてかしら……?言っておくけど、ヌークス子爵はもうリンゼイル伯爵家からの頼み事は引き受けないわよ」
「は?」
「当たり前でしょう?子爵家が、いくら貧乏とはいえ、伯爵家の娘を二度も貶めたのよ?普通、また関わろうなんて思う?」
確かにヌークス子爵はリンゼイル伯爵家そのものには関わる気はないが、ラフィーネ個人との関わりを絶ったわけではない。
たまに皇宮などで会った時は軽く立ち話をすることもあるし、ヌークス子爵の方が気を遣って他国の珍しい物を贈ってくれる時もある。
ラフィーネもヌークス子爵の持ってくる物の品質に間違いがないことを知っているので、服や装飾品などが必要な時は子爵に頼んでいる。
ヌークス子爵が持ってくる物がラフィーネの頼んだ物より値段の高い物だったりするのだが、子爵は、ラフィーネさんが皇宮内で着てくれたり身に着けてくれるだけでいい宣伝になるので、と言って笑っていた。
実際、ラフィーネの身に着けていた物を見た皇妃オーレリアがヌークス子爵に興味を持ち、その商機を逃がさなかった彼は、皇帝夫妻に直接会うことを許されている商人の一人になることが出来た。
ヌークス子爵はラフィーネとの繋がりのおかげで新しい仕事も入ってほくほくなのだが、彼の最大の悩みは跡取りについてだった。
どう考えても息子に後を継がすのはマズイので、親族から見込みのありそうな若者を養子にしようかと悩んでいる最中だ。
そんなことを知らないデリックは、ラフィーネの言葉に小さく唸った。
このままでは、ラフィーネは後妻に行かないし、家に入った監査をどうこうすることも出来ない。
父親から言われた仕事が全く出来ていないことになる。
もし、このまま何の成果も得られすに帰ったら、いくら息子に甘い父親だとしても怒られることは確実だ。
「……ラフィーネ、父上がお前を、その……売ったというのは、帰ったら父上に確認する。だが、貴族の娘として家長が嫁ぎ先を決めるのは仕方のないことだと思う。そのためにお金が動くのも……。お前は売られたと思うかもしれないが、それは支度金とかで……」
「それならその支度金はどこへ消えたの?お父様は何の支度もしてくれなかったけど?全てヌークス子爵がやってくれたわよ」
「そ、それは……俺も帰って調べないと何とも言えないが、それはまた別の話で、今は監査のことだ!」
過去にラフィーネが、本人曰く売られたとしても、今は関係のない話だ。
重要なのは、今行われている監査のことだ。
「別、ねぇ。その辺も含めて監査が必要だと思われたんだけど。まぁ、いいわ。それで、監査ね。大人しく受ける以外、何があるの?」
「だから、高位の」
「紹介したところで、誰も止めてくれないわよ」
「いいから!お前は紹介するだけでいい!後は俺が話す」
「へぇー」
チラリと隣の騎士を見ると、しっかりと頷いた。
「じゃあ、紹介してあげる。こちら、ヴァッシュ・トリアテール公爵様。陛下のお従兄弟で騎士団長の地位に就いていらっしゃる、最上位の貴族の方です」
「…………は…………?」
ポカンとしたデリックに、ラフィーネを庇うように、ヴァッシュが威圧感をたっぷり出して前に出た。
「ヴァッシュ・トリアテールだ」
「…………へ?いや、だって。護衛…………」
「騎士が要人の護衛に就くのは当たり前だろう」
「要人?ラフィーネが?」
「ラフィーネ嬢は、皇宮内ではなくてはならない女性だ」
色々な意味で。
「この言葉は陛下の意と受け取ってもらってかまわない。今回の監査を止めることはない。以上だ」
威圧感に負けて後退りしたデリックに、ヴァッシュはそう宣告したのだった。




