【86】極限レベルだけど全ステータス「1」なのがバレて追放された最弱おっさん剣士ですが、レベル補正装備のおかげで勇者もドン引きするくらいに最強になったので追放者ギルドの局長として気ままに生きます
「へぅちっ!!」
暗く深いダンジョンの底。
盛大なくしゃみを散らしたソラスから若干の距離をとりつつ、隣を歩いていた俺は肩をすくめて呟いた。
「んだよ、風邪か? なんとかは風邪引かないんじゃなかったのか」
「遠回しに人のことを頭弱い子呼ばわりせんといてください……」
そうぼやくとソラスは杖を握ったまま、鼻をぐずぐずやりながらもう一度くしゅん、と可愛らしさとうるささの境界線上にあるくしゃみを散らしてぼやく。
「最近暑くなってきたから、巷で流行りの冷却魔法を使いながら夜寝てるんですけど……そのせいか逆に朝起きると寒くて寒くて」
「新人に毛が生えたくらいなのにそんな微妙な魔法に手を出すからだ」
言いながら、俺も無意識のうちに手で扇いでいる自分に気付く。
あれから一ヶ月が経ち、季節はもう夏。地下のこの薄暗いダンジョンも、独特の不快な熱気に包まれているようだった。
「……まったく、この暑いのにウォーレスさんってば、なんでこんな遺跡の探索依頼なんか受けちゃうんですか」
「受けたのは君だろうが。そのくせ当然のように俺まで頭数に入れて受注申請しやがって」
「でもお暇でしょう?」
「まあ……暇っちゃ暇なんだが」
ギルド局長という立場にはなったものの、ノルド氏の言う通り、実務で俺に回ってくるのはたまの書類確認依頼程度。
基本的には一介の冒険者と何ら変わりなく、たまに厄介そうな依頼のヘルプを頼まれるくらいだったりする。
そんなわけでソラスの言い分に何も言い返せなかったりはするのだが……さりとてそのまま頷くのも気が引けた。
「いやぁ、全く想定外でした……このあたりは地熱の関係でめちゃくちゃ地下の温度が高いなどと。近場が温泉街だから、終わったらさっぱり汗を流せそうなのだけが唯一の救いですが」
今回の依頼は、レギンブルクから少々遠くにある温泉街の住民たちから寄せられた合同依頼。
古くから神聖な場所として奉られている遺跡に住み着いてしまったモンスターたちを討伐し、追い出してくれ――というものだ。
この辺りの生息モンスターはそうレベルも高くはなかったので、ソラスくらいのレベルだと鍛錬にも丁度いい。
そんなわけで受注しようとした彼女であったのだが……どうやら受注最低人数が二人以上と指定されていたらしく。
俺に泣きついてきた彼女に根負けして、結局こうして同行するハメになったというわけであった。
……こんなクソ暑いダンジョンだと知っていたら、全力で用事を思い出していたのだが。
軽はずみに了解してしまった過去の自分を呪っていると……その時、薄暗い通路の向こう側から「ぐぉっ、ぐぉっ」というくぐもった鳴き声が聞こえてきた。
進行方向にいたのは――薄汚れた革鎧を身にまとった、二足歩行の豚のような生き物たち。
オーク、と呼ばれる、下級モンスターたちだ。
「うぅわ、オークですよ。この暑いのに、暑苦しいのが」
「暑すぎて動きたくないから、ソラス、任せた」
「えぇ!? ウォーレスさん、それはあんまりじゃないですか!? 私がオークどもにひん剥かれて見るも無惨なあられもない痴態を繰り広げるハメになったらどうしてくれるんですか!」
「今の君のレベルなら、あんなの魔法なしでも殴り倒せるだろ。いいから行ってこい、君のレベル上げも兼ねてるんだから」
「んもー!」
文句を言いながらも、こちらを見つけて飛びかかってくるオークたちに向かって呪文の詠唱を始めるソラス。
あれからひと月の間、彼女もまたちまちまとレベルを上げており(そのくらい宿屋の仕事がなかったとも言うが)、ひと月前には15やそこらだったレベルも今では24とそこそこの伸びを見せている。
この近辺のモンスターのレベルが15程度であることを踏まえれば、十分に手頃なものと言えた。
「【打ち水】っ!」
レベルに応じて強化された【詠唱短縮】スキルもあって、ほぼ一音節だけで呪文詠唱を完成させたソラス。その呼び声に従って、大気中の水分が彼女の元へと蒐まり、オークたちに向かって鋭い勢いをもって撃ち出されてゆく。
重い水弾の直撃を受けて、襲ってきたオークたちはたまらずそのまま倒れて魔素となって消滅。5体ほどいた屈強なオークたちは、すでにその一瞬で影も形もなくなっていた。
「いえい、ソラスちゃんの大勝利!」
ガッツポーズしながら飛び跳ねて無邪気に喜ぶソラス。だが――
「おまっ、後ろ!」
言いながら【影歩】で距離を詰めると、彼女を後ろに庇いながら俺は左腕を振るって飛来してきたものを弾き落とす。
オークたち特有の、ねじり曲がった返しがついた太矢。それを放ったのは、通路の奥からのそりと姿を現した――今しがた倒された雑魚よりもふたまわりほどは大きな個体だった。
オークチーフ。雑魚オークをまとめ上げる、司令塔級――オークの中でも知能の高い、特異種だ。
<ふゅー、しゅるぅふ>
鼻息とも声ともつかぬ奇妙な音律をオークチーフが発すると、その後ろからさらに無数のオークたちがこちらに向かって突進してくる。
……なるほど、こいつらが恐らく近隣住民の悩みの種というわけだ。
「ひぇぇぇぇ!! ウォーレスさんっ!!」
「ちっ――援護任せたぞ、ソラス!」
そう言って俺は左腕を構えて、意識を集中。すると魔王のそれと同じ無機質な左腕に、いつの間にか一振りの剣が握られていた。
【守り手の剣】。魔王の左腕を得てから表示されるようになったそのスキルは、当初は空欄で表示されていた3つの不明スキルのうちのひとつだ。
細かな効果はいまだに分からないが……とりあえずこうして左腕から自在に武器を生み出すことができる、そこそこに便利なスキルとして使っている。
剣を振るって接近してきたオークを2匹いっぺんに斬り伏せると、ソラスが放った雷撃の魔法が後続の数匹を直撃。
オークチーフを守る雑魚が途絶えたところで俺は一気に距離を詰めると、その首を一直線に斬り飛ばす。
絶命し、オークたちがみな魔素へと分解されて消えていくのを確認すると、俺は後衛のソラスに向き直って素直な驚きを告げた。
「……また強くなったな、君。まだ色々と詰めは甘いが……単純な魔法の威力だけなら、ルインにも肩を並べられるくらいじゃないか」
「え、ホントですか? ふふふ、そう言われると悪い気はしませんね……。実際最近、魔力の伸びが妙に良いんですよね。毎日苦手なピーマンを一個食べてるおかげでしょうか」
「それは間違いなく関係ないと思うが……」
つい褒めてしまった俺の言葉を足がかりに、また彼女は調子に乗ってしまったらしい。
ドヤ顔で薄い胸を張りながら、胸板をぽんと叩いて自信満々にこう告げる。
「ま、この超絶スーパー美少女大魔術士にかかればこの程度の討伐依頼はお茶の子さいさいってわけですよ。これだけじゃ経験値的にも寂しいですし、オークチーフ一匹と言わず、ダース単位くらいで来て欲しいですねぇ!」
「君は本当に面白いくらいに図に乗るよな……」
……なんて、もう恒例になりつつあった不毛なやり取りを交わしていた、その時だった。
<しゅー、ふしゅぅ>
そんなオークの鳴き声が再び聞こえてきて、俺たちは廊下の奥を注視して――そこで思わず、硬直する。
奥からは、先ほど倒したのと同じようなオークチーフが……今度は無数に、ひしめくようにしてこちらへとぎらついた視線を向けていたからだ。
「……おいソラス。君が余計なこと言うからだぞ」
「私ですかぁ!?」
そんなことを言い合っている間にも、オークチーフの群れは仲間を目の前で倒されたことで余計に殺気立っているらしく、手に手に凶悪げな斧や鉈を握りしめてこちらへと向かってくる。
「ああくそ! やってやるぞソラス、こんな暑苦しいところでオークどもに圧死させられるなんてまっぴらごめんだ!」
「モチのロンです! 勝ったら温泉、勝ったら温泉んん――――っっ!!」
口々に間抜けな鬨の声を上げながら、俺たちも武器を構えて――
――。
極限レベルだけど全ステータス「1」なのがバレて追放された最弱おっさん剣士ですが、レベル補正装備のおかげで勇者もドン引きするくらいに最強になったので追放者ギルドの局長として気ままに生きることにします。
……まあこんなドタバタした日々というのも、ある意味気ままといえば、気ままなものだろう。
少なくとも俺は……こんな日々をわりと、気に入ってはいる。
-了-
というわけで、当初の予定通り、区切りの良いところ……というわけでこれにて完結です。
ここまで読んで下さった皆様、これから読んで下さる皆様、本当にありがとうございました。
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また書きたい欲が高まれば、その時はDLC的な話しを唐突に投げるかもしれませんがひとまずはこんなところで。
どうか皆様にとって、本作との出会いが益体のあるものでありますように。
――。
ちなみに全体としては次のパートで”完結”となります。
ただし先に言っておくと、蛇足です。
本編としては本パートにて終了なので、次パートについてはお好みでどうぞ。




