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【85】命の鎖

 がたがたと揺れる、馬車の車内。

エレンは窓の外を眺めながら、ぼんやりと呟いた。


「……はぁ、これから、どうしようかな」


 そんな彼女のアンニュイげな呟きに、反応したのはゴウライだ。


「どうする、とは? 考えずとも、恐らく国王陛下からはまたたんまりと仕事を寄越されるだろう」


「それはまあ、そうだと思うけどね。なーんか、いまいちやる気しないなぁっていうか」


「はっは。ウォーレス殿にフラれたのが響いているのか」


「フラレてないし」


 露骨にムスッとしながら頬杖をついて窓の外に視線を戻したエレンにはっはっはと笑いながら、ゴウライはそのまま何喰わぬ顔で話題を変える。


「まあ、それはそれとしても、今後は少しばかり慎重にいかねばならんだろうな。常に全体に気を配っていたウォーレス殿が抜けたというのもあるし――それに我々自身の、今の体の状態のこともある」


「体の状態?」


 首を傾げるエレンに、答えたのはルインの方だった。


「……蘇生の呪法で、わたしたちはほとんど完全な状態で蘇った。だが……蘇生の呪法にも、欠点はあるのだ」


「え、何それ。不穏な話?」


「それほどではない」


 そう答えて、無表情のままルインは己の胸元に指を当てると、


「……欠点というのは、わたしたちの体と、魂との接合の問題だ」


 そう前置きして、怪訝そうな表情を浮かべるエレンに向かって言葉を続けた。


「わたしたちの魂と体とは、魔力とも似たある種の【線】……あるいは【鎖】によって結び付けられている、と考えられている。そして、その発想に基づくならば“死”というのはつまり、体と魂とを繋ぎ止めている【鎖】が切れてしまうことに他ならないとも」


「それで、それと蘇生の話とが、どういうふうに関係するわけ?」


 首を傾げるエレンに、ゴウライが神妙な顔で代わりに言葉を継いだ。


「要は、脆いのだ。一度死んで蘇生された人間の魂魄を結びつけるその【鎖】は……死んだことのない者と比べて、遥かにな」


「……つまり?」


「蘇生によって【鎖】をつなぎなおした者は、もう二回目の蘇生はできない……ということだ」


 ルインの言葉に、エレンは肩をすくめて苦笑した。


「それじゃ、せいぜいもう死なないように気をつけないといけないわね」


「そういうことだ。ルイン殿も、気をつけるんだぞ」


「なんでわたしだけ」


 そう言って笑うゴウライに、ルインはむっとふくれ面になり。

 ……そんな雑談に興じる彼らの横で、けれど先ほどから一人、沈黙したままの者がいることにエレンは気付く。


「……どうしたの、ラーイール。お腹でも下したみたいな顔だけど」


「そんなことないですっ。……その。別になんでもないです。すみません」


「そう? ならいいんだけど」


 そう呟いて再び、頬杖をついて窓の外に視線を向けるエレン。

 そんな彼女を見つめて――それからラーイールは、己の胸元に手を当てて、神妙な顔のまま俯いた。


――。

 蘇生魔法。一度ほどけた命の鎖を紡ぎ直し、離れかけた魂を肉体に定着させ直す――最高位の回復術士のみが会得可能な、理外の御業。

 けれどさっき、ゴウライさんが言ったとおりその秘術も決して万能ではない。

 一度つなぎ直された命の鎖は――もう一度断たれれば今度こそ完全に喪われ、二度とつなぐことはできなくなる。

 ()()()()()()()()


「……どうして、こんなことが」


 呪力視によって己の”命の鎖”を見つめながら、ラーイールは誰にも聞こえないような声で呟く。


 一度は千切れ、つなぎ直されたはずのその鎖は。

 ……まるでそんなことを感じさせないほどに、傷一つなかったのだ。


 それは現在の蘇生の術式では決して到達できない、“完璧な”蘇生。

 おそらく精霊教会最高峰の術者である教皇様ですらなし得ないそれを、しかも五人分同時にやってのけた、あの少女――

 ウォーレスさんの【万魔の書】や【共闘の真髄】でのステータスの底上げがあったとはいえ、それはもはや、人の成しうる領域を超えた秘蹟に等しい。


「……あの子は、いったい……」

次で最終話になります。

順当にいけば21時頃更新の予定ですので、いましばしお待ち下されば。

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