【82】新たな伯爵
あれから一週間ほどが経過して、俺たちはひとまずその間もずっと伯爵の城にとどまっていた。
今回の事件では色々と……そう、本当に色々とあったから、その事後処理や事情聴取も含めて、ちまちまとやることが残っていたのだ。
「よう、来たな、“英雄”殿」
その日、呼ばれて行った先は伯爵の執務室。
そこに鎮座していた男――キースに、俺は苦い顔で手を払う。
「その呼び方はよしてくれよ、“伯爵サマ”」
「……ちっ」
意趣返しとばかりにそう返すと、彼――“現”伯爵は舌打ちをこぼしながら椅子に身を沈めて息を吐いた。
――。
魔王を倒した日から、状況は水面下で、けれど目まぐるしく動いていた。
まずアリアライトたちが王立騎士団の中央本部に今回の事件の概要を伝えて。
その結果……中央から急遽執行官が寄越されて、伯爵についての処遇決定が行われることとなった。
事細かな議事の内容をここで言ってもつまらないので省くが……最初に執行官から命じられた判決は、伯爵の死罪。
……だったのだが、今回の一件が必ずしも完全な伯爵の意志によるものだけでなく、そこには魔王による煽動が介在していたこと。それに何より、被害者であったところのエレンたちが彼の情状酌量を求めたこともあって、本件の沙汰はひとまず中央での審査に持ち越されることとなった。
まあ、冷静に考えると予定調和だったのだろうとも思う。
なにせ、伯爵自身も魔王戦役当時この一帯を守り続けた有能な騎士であり、その名声は中央までも轟くほど。
そんな彼を民はよく信頼し、慕っていて――ゆえにそんな彼が魔王の手先として凶事に手を染めていたなんてハナシを、中央側とて公にはしたくなかったのだ。
そんな思惑もあって、今回の件は民には公表されることなく内々に進められて。
ひとまず伯爵はその任を解かれて、息子であったキースが伯爵の位をそのまま継承し、この所領の統治を任されることとなったのである。
――。
「今日てめぇを呼んだのは、まあ、その後の顛末を共有するため――ってところでな。と言っても大したことはないが」
そう言って、仏頂面のまま彼は腕を組んで続けた。
「クソ親父と手を組んでいた魔族の残党連中の件。こっちはおおよその全容が把握でき次第、中央の騎士団の手も借りて大々的に駆逐していく予定だが……どうやらもう少し時間が掛かりそうでな、今は待ちだ」
「そうか。……妙な真似をしてこないといいが」
「させねえよ、少なくとも俺の治めるこの領土の中ではな。……それにいざとなれば、またてめぇの力を借りるとするさ」
「そんな時が来ないことを願ってるよ」
そう苦笑しながら俺は、そういえば、と彼に問う。
「あんたが領主を継承するってことだが……正式な公表は、いつになるんだ?」
「一ヶ月後くらいに予定している。急な代替わりだ、色々と理由もでっち上げねえといけないし、関係する方方への連絡もひととおり済ませねえと。……ったくあのクソ親父、面倒を押し付けやがって」
目つきを鋭くして毒づく彼が次期伯爵というのは色々と課題がありそうに思えたが……まあ、そこはあと一月のうちに彼女がみっちりと矯正してくれるのだろう。
そう思いながら俺は、彼の背後で存在感を消して佇んでいた、前伯爵付きであったあのメイドへと視線を移した。
「何か」
「いや、あんたも無事で何よりだと思ってな」
魔王の攻撃から伯爵を庇って、上半身だけになっていた彼女。
しかしそこは人ならざるもの、魔力によって動く自動人形であったことが幸いしたのか――あの状態でも依然として、彼女は生きていた。
そんなわけで、この数日の間にルインやラーイールがつきっきりで修復してくれた結果……彼女の体はしっかりと復元されて今に至るというわけだった。
眉ひとつ変えない無表情のメイドへ、俺は苦笑しつつ言葉を続けた。
「それにしても、あんたは伯爵に同行しなくてもよかったのか。あんただって伯爵のことは心配だろうに」
そんな俺の問いかけに、彼女はゆっくりと首を横に振る。
「問題ありません。勇者さま方が口添えして下さったこともありますから、旦那様はきっと、ご無事で戻って帰られるでしょう。それに」
言いながら彼女はちらりとキースを一瞥して。
「この不出来な次期ご当主をしっかりと叩き直せと、旦那様から命じられておりますので」
「……その顔でそういうことを言われると、どうも落ち着かないんだがな」
苦々しい顔で呻くキースを見て思わず吹き出した俺に、彼のとびきり殺意に満ちた視線が突き刺さった。
「……ともかくだ。そんなわけでひとまず、中央との面倒な話し合いとかは一段落したから――てめぇや勇者たちはもう、帰らせていいってことになった」
「そうかい。ここの部屋と飯は名残惜しいがそろそろオンボロ宿に戻りたいと思ってたからな。そりゃあありがたい」
オンボロ宿とはどういう言い草ですか、と脳内ソラスがわめいた気がしたがそこは置いておきつつ。そう返した俺に、キースが続けた。
「帰りの馬車は明日に手配しておいたから、それで帰るといい。それと……こっちのほうが本題だが、クロムライトたちがてめぇに挨拶したいって言ってたんでな。気が向いたら、顔を見せてやってくれ」
「ああ、分かったよ。……じゃあ、早速行ってくるとするかね」
言いながら席を立つ俺に、その時キースが「待て」と続けた。
「それと、最後に一つ……癪だが、言わせてくれ」
「あん?」
首を傾げて振り返る俺に。
キースは改まった様子で向き直ると――ゆっくりと頭を下げてこう続けた。
「ウォーレス・ケイン。うちのクソ親父を助けてくれたこと、感謝する」
そんな素直な彼の言葉に、俺は肩をすくめて。
「……そう言ってもらえるなら光栄だ、伯爵殿」
皮肉抜きにそう告げると、キースは収まりの悪そうな表情で視線を逸した。




