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【81】小さな、小さな決着

 ……。

 誰もいなくなった遺跡の奥。玉座の間の扉から、這い出してくるものがあった。

 それは――一匹の、蛇のようなもの。

 ようなもの……というのは、その体表に鱗はなく、どこか陶器を思わせるような質感をしていて――その頭部もまた、赤い一眼があるだけのひどく簡素な、どこか作り物めいた構造をしていたからだ。


<……くそ、くそ。なんで。こんな体になって、逃げるしかないなんて>


 蛇の体から怨嗟の声を響かせて、それは――魔王だったその残滓は、口惜しげに蠢く。

 ウォーレスたちの最後の一撃を食らって、全身の魔素の大半を浄化され。

 どうにかぎりぎりのところで魂魄の欠片を繋ぎ止め、空間の歪みの中に潜んで身を隠して――彼らが去るのを待っていたのだ。


<ああ、悔しい、悔しい……。あんな人間に、ここまで滅ぼされかけるなんて……>


 計画は、完璧だったはずだ。

 ガードリー伯爵を操って復活のための“場”と“依代”、そして依代が上手く成立しなかった場合に受肉のための体を構築するための“肉”も集めさせて。

 そしてあの【天啓の腕輪】と【天啓の枝】を握らせた人間を唆し、力ある魔族を狩らせることで魔力を蓄えさせる。

 その両者ともに、多少のイレギュラーはあれどおおよその目論見通りに進んだはず。

 だというのにどうして……最後の最後で、こんなことになってしまったのか。


 己の矮小にして醜い体を見て、魔王は身震いする。

 あの勇者の一撃で、蓄えていた魔力と肉体ともにほとんどを消し飛ばされてしまった。

 だから今ここにあるのは、かき集めた残り滓。

 その辺りの低級魔族にすら劣る、吹けば飛ぶような儚い存在だ。

 ……“魔王”としてこの世界に降り立ったこの私が、どうしてこんな。

 勇者のせい? それともあの黒騎士のせいか。

 ……いや、そのどちらでもない。彼らを縊り殺すのは、大した労力ではなかった。

 ならば――


<……全部、あの人間の。ウォーレスさんの、せいです>


 存在を偽って近づいた私の口車に乗って、借り物に過ぎない力で慢心して暴れ回っていたあの何の変哲もない、ただの人間。

 あの人間のせいで何もかもが狂ってしまった。

 全ての帳尻が、関節が外れて、食い違ってしまった。


<奴を……奴だけは、殺さないと>


「そういう物騒な物言いは、よくないなぁ」


 うわ言のように呟いていた魔王へと、その時、返ってくるはずのない声が返ってきた。

 驚いて視線をうつろわせると、いつの間にか魔王の目の前で、一人の男が魔王を見下ろしていた。

 その顔には……見覚えがあった。


<……【銀閃の勇者】……>


「その二つ名、この歳で呼ばれるのはちょっと恥ずかしいんだけどな。……まあでも覚えていたんだね」


 薄暗い廊下に似合わない輝くような笑顔を浮かべてそう告げた男の顔は、忘れようもない。

ミザリ・トライバル――10年前に己を討ち、封印した先代勇者だ。

 10年前とほとんど変わらぬ若々しい顔で、けれどどこか老成したような雰囲気を漂わせながら、ミザリは魔王を見下ろして口を開く。


「ゴウライから救援要請があったから遠路はるばる来てみれば、もう大体カタがついてるみたいだからこのまま帰ろうかなぁと思っていたんだけれど――妙な気配の残滓を感じて、来てみて正解だったよ」


 にこやかな笑顔のままそう告げて彼が手を軽く振るうと、虚空からそこに剣が現れて。

 それを魔王へと突きつけると――さらに彼はこう続けた。


「とはいえ……さて、どうしようかな。君のその様子じゃ、多分ここで僕が斬らなくても勝手に消滅するだろうけど」


<くっ……>


 即席で無理やり纏め上げた義体ゆえに、全身から今も魔素の流出は続いている。

 このままほどけて消えるのも、ミザリの言う通り時間の問題だった。


<私は貴方たちを、許さない。10年前、私の道を阻んだ貴方を。そして私を討滅した、ウォーレスさんを。……世界は均衡するものです、だからこそ、貴方がたに天秤が傾くなら、私もまた、再び――>


「ああ、煩いな」


 魔王が言い終わる前に、ミザリはあっさりと剣を振るう。

 それきり魔王の残滓は魔素となって溶け、辺りにはその気配すら感じられなくなった。


「……こういうところで勿体をつけると痛い目を見るからね――って、もう消滅したか」


 呟きながら剣を消すと、ミザリは小さくため息をついて踵を返す。


「……あっけないなぁ、本当に。僕たちがあれだけ苦労して、やっと封印しかできなかったっていうのに」


 苦笑しながら独り呟くと、逆さまの廊下を見上げて彼は目を細めた。


「これも――“彼女”の導き、ってことなのかな」


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