【78】決戦、終局
目を覚ましたエレンたちは、当然のことではあるがしばらくは状況が掴めずにいたようだった。
辺りを見回して、あるいは血に塗れた己の服や鎧を見て。真っ先に状況に気付いたラーイールが、愕然とした表情で俺とソラスを見る。
「……【蘇生】の、複数同時詠唱? しかも不完全な術式じゃない、完全な蘇生……こんな凄いこと、一体誰が」
「はいはい、私です、私こと先代勇者の娘、ソラス・トライバルちゃんです」
「なんと……流石はトライバルの娘御よ、こんな奇跡のような御業を、実現させるとは……」
口々に褒めるラーイールとゴウライに、彼女はえへへ、とだらしない笑みを浮かべる。
先ほどまで真っ青になりながら詠唱していたのと同一人物とは思えなかったが……【共闘の真髄】によるステータスバフがあるとはいえ、こんな無理難題を土壇場でやり遂げてくれたのは確かだ。
ちょっとくらいいい気分になっていてもバチは当たらないだろう。
それよりも。いよいよ真っ青になっていたのは、対峙している魔王の方だった。
<……は? なんなんですか、それ。そんなの……馬鹿げてる。人間ごときが成し得ていい領分じゃあないでしょう――>
すっかり余裕の失せた表情を浮かべて、半ばまで失せた右腕をこちらに向けながら叫ぶ魔王。
そんな魔王に、俺は肩をすくめながら再構成した【剣】を向け、告げる。
「あんたの言葉を借りるなら“借り物の力”だからな。このくらいできても、不思議じゃねえだろ?」
内心では【蘇生】を見事に成功させたソラスを撫で回してやりたいくらいに大喜びしているのだが、それは表には出さない。
そんな俺の隣に、折れた【レイライン】を携えたエレンが並んで。
「……よくもやってくれたわね、こいつ。この借り、高くつくわよ」
言いながら彼女は自身の魔力を【レイライン】に纏わせて、その剣先を俺と同じく魔王へと向けた。
<……ぐ、う、う。こんなこと。こんなこと、あっていいはずが、ない。私が。【外なる神】たる私が、こんなところで――こんな世界で滅びるなんて、あっていいはずが>
「ガタガタ煩いわよ、魔王。いい加減こっちもムカついてるのよ。一回殺されたし、何より……よりによってウォーレスに、助けてもらうなんて」
ちらりと俺を一瞥し、複雑な表情を浮かべてそう告げると。
「だから――今度こそ確実に、お前を、消し飛ばしてやる」
そう呟き、エレンが剣を掲げたその瞬間。先ほど放たれたのと同じか――いや、それ以上のおびただしい魔力が彼女の体から立ち上る。
<っ……! くそ!>
どうやらそれを食らったら流石の魔王といえど拙いらしい。焦りをにじませながら、魔力を練り上げているエレンを止めようと向かってくる魔王――その前に、俺は立ちはだかる。
「させるかよ」
<どけぇ!!>
余裕の一切ない叫び声とともに、魔王の周囲に無数の闇が生まれて、俺へと飛来する。だがそれを俺は【剣】でもって全て斬り散らし、魔王の懐へと肉薄する。
魔王もまたそれを察知するや即座にその膝を変形させていびつな形の刃を構築、それでもって俺の剣を防ぐと、切断された右腕をこちらに向ける。
断面が妖しい魔光を煌めかせるのを見て、俺はとっさに首だけ捻り――すると耳の真横を熱線が抜けてゆく。
危うく頭に大穴が開くところだった。ひやりとしながらも俺はそのまま【影歩】スキルで魔王の横を通り過ぎ、その後背へ。
だが魔王もそれに反応できないわけではない。巨体に似合わぬ俊敏さで反転すると、刃に変質させた足で蹴りを――
……繰り出そうとしたところ、その体をびくりと震わせて魔王は己の背後を……そこに深々と刻まれていた一撃を、見る。
「背中への一撃は誉れとはならんが……生憎と俺は【黒騎士】なのでな」
<き、さま――>
暗黒の魔力によって創り上げた刃で、魔王に一撃を刻んだのはゴウライ。
そして彼が後ろに跳んで距離を取った瞬間、やや遠くから聞こえたのはルインの声。
「はなれろ、ウォーレス。死にたくなかったらな」
その言葉に俺もまたとっさに退くと、ほぼ同時。ゴウライの一撃でよろめいていた魔王の周囲に無数の魔法陣が浮かび上がり、その体を取り囲む。
瞬間――轟音とともに一条の白光が降り注ぎ、魔王の体を肩口から下に向けて貫くと、そのまま周囲の魔法陣に反射して何度も何度も魔王へと撃ち込まれ、光を撒き散らしていった。
<ぐ、が、あぁぁぁっぁぁぁぁああああぁぁッ!!!>
「こんどのは、効いたか」
そう言い放ってどこか得意げに杖を構えるルインの隣。ラーイールもまた、エレンに向けて強化魔法を掛けてゆく。
「【極光】【黒炎】【大海】【嵐風】【天雷】【常闇】――遍く精霊よ、今一度その【祝福】を、ここに――」
創世の際、世界を調律した原初6精霊。ラーイールの祈りによって引き出され、借り享けられたその力と混ざり合って、エレンの魔力が彼女自身の“赤”から“白”へと変わってゆき。
そして。
「…………勇者斬り、“絶”――!!!!!」
限界まで密度を増したその力の奔流が、世界を、そして魔王を呑み込んで、何もかもを白く染め上げてゆく。
全てを壊し、浄化し、あるべき形へと戻す力。吹き荒れる輝きに思わず顔を覆って――やがて爆風が収まった後。
そこにあったのは、全身をぼろぼろに朽ち果てさせ崩壊しつつある、魔王の姿だった。
ぴしり、ぴしりと、そこに在るだけで徐々にその外殻が剥がれ落ち、光となって消えゆく中。
<おかしいですよ、こんなの>
ゆっくりと、希薄な表情でぐるりとこちらを見つめて――魔王は呟く。
<なんなんですか、これ。こんな物語、滅茶苦茶です。死んだ人間が、生き返って。何もかもがご都合主義で、貴方のもとに収束して。こんなの……こんな物語を、私は、認めない。世界はもっと理不尽で、冷たくあるべきなのに。そうあるために、私は――>
「勝手にしろよ。あんたが認めなくても、俺には関係ない」
そう返して俺は、魔王に剣を向ける。
「俺たちは、生きている。生きて、幸せになるためなら、どんな狡いことだろうが利用してやる――それが人間ってもんなんだよ」
<……は、はははは。はははははははははははは。…………計算外ばっかり、ですよ。先代勇者も、貴方も。そして何より、ウォーレスさん――貴方の存在が、何よりも、埒の外にあった>
うわごとのように呟きながら、魔王はその体の表面がぱらぱらと零れ落ちていくのも構わず俺を見つめて。
<例外は、貴方だった。貴方を、排除、しないと>
その言葉と同時に崩れかけの右腕を刃に変えると、その体が弾丸のように俺へと向かってきて。
けれど。
「やらせるかよ」
スキル【反撃の狼煙】によるオートカウンター。そして【転化の一撃】による防御無視のダメージ返却。
右腕の刃を受け流しながら叩き込んだ一撃は、今度こそ魔王の体を両断して、抜けてゆく。
剣を振るって腰に収め、振り返ると。
断末魔の声すらなく――両断された魔王の体はすでに、光となって融けて消えていた。
「……じゃあな、メガミ」
最後の欠片が消えてゆくのを見届け、そう呟いて。
俺はその場に――墓標のように【天啓の枝】を突き立てる。
本来の所有者であった魔王が滅びたゆえか、純白であった剣は見る見るうちに黒ずみ、朽ちてゆき。
……塵となって消えゆくのに、ものの数秒もかかりはしなかった。
勝ったのだ。
俺たちは……魔王に。




