【70】紫電、剛雷<2>
「……先代勇者の、仲間だった? ゴウライ、さんが?」
驚きを隠せない様子で呟いたのは、ラーイールだった。だが彼女だけではない、ルインも、俺もまた……彼の語ったその言葉を、にわかには信じられずにいた。
【黒騎士】。人でありながら魔族の戦技と魔法とを身に着けて、破壊の業に特化した騎士。
先代勇者……ソラスの父親とともに戦ったとしてその一行に数えられる英傑だが、【黒騎士】という通り名以外はほとんど知られていない、謎に包まれた人物でもある。
噂によれば、魔王討伐の後は勇者一行と離れどこかへ消えたという話だったが――
「ゴウライ、あんたが……?」
「隠していたことは、ここに詫びよう」
そう呟くと彼は斧の柄頭を床に打ち付け、静かに続ける。
「知っての通り、俺の――【黒騎士】の業は外法のもの。この先の時代に残すべきでない、負の業。ゆえに俺は、【黒騎士】の名とともにその業も封印した。国王から再びの招集を受け、お主たちの旅に同行することになってからもな。……だが」
そう言葉を区切ると彼は俺を……否、俺の【腕輪】を見つめてその表情を険しくする。
「10年前、その【腕輪】と【剣】とを砕いたのは他ならぬ俺であった。だというのに、あの遺跡で変わり果てたそれを見て――俺は気付くことができなかった。そのせいでエレン殿やラーイール殿、ルイン殿……それにウォーレス殿、お主までも巻き込むことになってしまった」
淡々と、けれどどこか悔恨を秘めたその言葉に、俺は剣を構えながらも問う。
「……あんたはこの【腕輪】と【剣】がどういうものなのか、知ってるのか?」
そんな俺の問いに、彼は重々しく頷いて。
「それらはふたつにしてひとつの祭具――魔王の肉体が滅び、霊体だけとなった後に復活を遂げるための”道標”。それを依代たる者が着けることで、魔王はその体に受肉することができるのだ――伯爵の元を訪れた魔族は、そう言っていた」
そう答えると、彼は重斧を持ち上げて、ぐるりと一回転させる。
すると柄の周りに周囲から這い出してきた闇が纏わりつき――やがて重斧は一振りの巨大な剣へと、その姿を変える。
「ゆえに、魔王を受肉させるためにはその【腕輪】と【剣】が必要なのだ。悪いがウォーレス殿――俺はお主を斬り、それを奪う。そして……10年前に果たせなかった役目を、今度こそ果たさせてもらう」
闇で形作られた大剣を頭上に構えてそう告げると、彼の剣に膨大な魔力が集まり始める。
「……ったく、なんでそうなるんだよ、ゴウライ……!」
そう吐き捨てる俺だったが、文句を言ったところで彼が考えを変えてくれる様子もなさそうだった。
ゴウライの剣に集まりつつある破壊の魔力。そのおびただしい力の奔流は、正式な魔術士ではない俺ですら肌にびりびりと感じるほどのもので。それゆえに俺はただ、その場で剣を構えて守りを固める。
下手な動きをすれば、消し飛ばされる。それだけの――滅茶苦茶な力だった。
「この……!」
ルインがゴウライに向かって、魔術を編み上げようとする。だがその時――彼女の傍にあの伯爵のメイドが現れ、いつの間にか手に握りしめていた短剣を彼女に向かって無造作に振り下ろす。
「危ない!」
ソラスが彼女に飛びついたお陰ですんでのところで回避したルインだったが、とはいえあちらもあちらで、こっちを援護する余裕もなさそうだった。
何か使えるスキルはあるかと思考を巡らせるが、あいにくと防御に使えそうなものもない。せめて【練気法】によって体中の筋肉の活性を高め、彼の斬撃に即応できるようにと構えを固めて。
「――――」
その時ゴウライの口が、何かを呟いて。
その声なき言葉に俺が気付いたその瞬間――限界まで凝着していた破壊の力が、振り抜かれる。
【須臾の掌握】スキルによって知覚スピードを限界まで高めて、その一撃を回避する術を模索。だが即座に不可能と認識して、俺は【反撃の狼煙】スキルによる完全カウンターと【転化の一撃】を発動、全身全霊の力を乗せた反撃剣を、ゴウライの斬撃に正面からぶつける。
剣から迸る光と、ゴウライの振りかざした闇。
その双方が相克して広がり弾けて、凄まじい衝撃波が広間中に拡散。辺り一面が、ただ真っ白な光に包まれ、視界が塗りつぶされる。
全身の感覚すら融けて、消えたかのように思えて。けれど恐らくそれはごく一瞬。
やがて――光が収束した広間の中心部。ひび割れた床の上で、俺とゴウライは両者とも、剣撃を振り抜いた姿勢のまま立っていた。
「――ウォーレス殿。実に、見事だった」
ぽつりと、ゴウライはそう呟いて。
と同時……彼の手に握られていた黒の大剣から魔力が解けて、芯となっていた大斧が、粉々に砕けて散る。
そして。
「……勝負は俺たちの勝ちだぜ、ゴウライ」
そう呟いた、俺の左手。
そこにあったはずの肘から先は、消え失せていて。
……そこにはまっていた【腕輪】。そしてゴウライの一撃を受け止めた【剣】もまた、粉々に砕け散って、床に散らばっていた。




