【69】紫電、剛雷<1>
伯爵が告げたその名前に、動揺したせいもあっただろう。
「……っ……!」
鎧騎士――ゴウライが振るった重斧の一撃を剣で受け、けれど予想以上のその重みにたまらず俺は吹き飛ばされ、壁に向かって激突する。
粉砕された壁と、もうもうと上がる粉塵。打ち付けられた背中に痛みはあるが……今はそれどころじゃなかった。
「ゴウライ……お前、ゴウライなのか!?」
勇者パーティの一員として旅をした、気のいい重戦士。彼が何故――俺たちに敵対している?
混乱する頭で問いかけた俺に、しかし返ってきたのは重斧によるさらなる追撃だった。
「っ、くそ……! またあの洗脳魔法かよ、芸がねえ!」
吐き捨てながら彼の重々しい一撃を受け流して、どうにかその場で踏みとどまる。そんな俺の言葉に、ラーイールはすぐさま意図を汲んでくれたようだった。
「【解呪】を――ゴウライさん、どうか正気に……!」
彼女の祈りによって紡がれた魔力がゴウライの体を包んで、光の粒となって弾ける。解呪の魔法はたしかに発動した。
だが――
「う、おぉぉお!?」
何事もなかったかのように俺に向かって再び斧を振るうゴウライ。予想していなかったその一撃を辛うじて剣で受けながら、俺は――兜で覆われたその顔を注視する。
「っ……何でだよ、ゴウライ、あんたまさか伯爵の側に付いたってのか……!?」
その問いに、しかし彼は無言のまま、斧に力を込めていく。
ぎりぎりと鍔迫り合いが続くさなか、伯爵の声が広間に響いた。
「彼もまた、私の理想に賛同してくれた一人でね。……流石は現勇者一行として選ばれただけのことはあるというものよ」
その言葉に俺は、剣を交え続けるゴウライを見る。
剣と斧とが火花を散らせ続ける中――彼は、何も言ってはくれない。
違うとも、言ってくれなかった。
重斧が振るわれ、俺は空中に浮かされながらも体勢を直し、空中でゴウライに向かって一撃を浴びせる。
弾かれた反動で距離を取った俺――そのチャンスを見逃さず、趨勢をうかがっていたルインが編み込んでいた魔力をゴウライに向かって放つ。
わずかに動いてその攻撃を避けた彼だったが、しかし、
「――あまい」
彼の頭の横を通り過ぎた魔力弾は空中で静止し、そこで無数に分裂したかと思うと再びゴウライ目掛けて射出される。
その挙動ばかりは想定していなかったらしい。ゴウライは大きく跳んで避けようとするが、数発が彼の兜を打ち据えた。
無数に凹みができた兜を、邪魔だと判断したらしい。ゴウライは躊躇なくそれを脱ぎ捨てて、俺たちに向かって顔を晒す。
「……緻密かつ、正確な術式の操作。ルイン殿、また腕を上げたか」
そう呟く彼の顔に浮かぶのは、言葉とは裏腹に見たこともない、鋭い表情――それが武人としての彼、ゴウライの本気の顔なのだろう。
対峙して思わず震えそうになる剣先をどうにか両手で握り直して支える俺に、暖かな光が降り注ぐ。ラーイールが唱えた治癒魔法だ。
先ほど叩きつけられた痛みが和らぐのを感じながら、今度は俺の方からゴウライへと斬りかかる。
「ゴウライ……なんで、あんたが!」
ぎん、と、何度目か分からない剣戟が響く中、鍔迫り合うゴウライにそう叫んだ俺。そんな俺をじろりと見つめると、ゴウライは静かに口を動かした。
「……悪いな、ウォーレス殿。俺にとってもこれは、あの時に晴らせなかった悔恨を晴らす最後の機会かもしれんのだ」
「あの時? 何言ってんだ、ごうら……」
そう眉根を寄せた俺の前で、ゴウライがぼそぼそと口を動かす。
それが詠唱であると気付くのと同時――遠くからソラスの声が響く。
「ウォーレスさん、危ないです!」
瞬間、ゴウライと俺との間に魔力の光が凝集して。
ソラスの声で気付くと同時――それはその場で、炸裂した。
吹き飛ばされて転がる俺だったが、特に怪我などはない。どうやらとっさにソラスが簡易な防御魔法を掛けてくれていたらしい。
起き上がってゴウライを見ると、彼もまた健在な様子でそこにどっしりと立っていた。
「……防御術式があったとはいえ、炸裂魔法をあの距離で受けて無傷か。なるほど、やはりその遺物の力――侮れんな。それに」
そこで一言区切ると、彼はソラスを一瞥して奇妙な……懐かしげな表情を浮かべながら呟く。
「よく成長したものだな、彼女も」
そんな彼の言の意味は分からなかったが、それよりも俺は、今しがたのことについて問いただす。
「ゴウライ、あんたは重戦士のはずじゃ……。なんで魔法なんか、使えるんだ?」
重戦士は、武術のみに特化したクラスであり魔法への適性はないはず。実際に、エレンたちとともに旅をしていた最中も彼が魔法を使う場面は一度もなかった。
だというのに、今の魔法の威力は本職にも劣らないほどである。
そんな俺の疑問に――ゴウライは、纏う黒鎧についた煤を軽く払いながらこう告げた。
「俺の本来のクラスは、【黒騎士】。……10年前に先代勇者ミザリとともに魔王と戦い、その【腕輪】を打ち砕いたのはこの俺だ」




